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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
56  悲嘆する蒼き星 -ブレイク・ザ・ワールド 4


 約一週間ぶりに帰ってきたアメノミハシラだが、流石に家に直行と言うわけにはいかず、任務に失敗した旨を報告するのを兼ねた帰還報告をする為、宇宙軍総司令部に赴く事になった。

 そんな訳で、直属の上司に位置づけられる、即応部隊司令のトウラン一佐の元へと報告に行くと、

「ラヴィネン二尉からオペレーション・トラクターでの作戦行動に関する報告書は既に受け取っているし、以後の行動についても先に報告書を受け取っているので、ラインブルグ三佐が特に付け加えたい事がなければ、これらを正式な報告とする。……先の任務については残念な結果に終わったが、君が、いや、君達が全力を尽くした事は十分に把握している。よって私からは言うべき事はないし、君が過度の責任を感じる必要もない。それよりも、よく生きて戻ってきてくれた。ラインブルグ三佐、私は君の生還を嬉しく思う」

 だなんて、とっても有難い言葉を頂いた。

 うぅ、ザフトでは、まず考えられないよっていうか、あの戦争の二年間、こんな温かみのある言葉をザラ議長以外の上役からほとんど聞いた事ないぞ、おい。

 かつて所属していた組織の悲しい現実を思い返しつつ、帰還報告も終わって、三日間の休暇ももらえたし、今日は家に帰ってミーア達に心配を掛けたと平謝りするかぁだなんて事を考えながら、トウラン一佐のオフィスを辞すると、つい先程、司令部の出入り口で別れたばかりのアサギが通路で待ち受けていて、捕まってしまった。ちなみに、この場にいないマユラだが、エヴァ先生の所に精神状態の診断を受けに行っている。

「三佐、サハク准将がお呼びです」
「……呼び出し?」
「はい」

 任務報告は終わったんだけど、いったいなんだろうか等と考えるも、上位者からの命に服さない理由はなく、いつもの如く、アサギに案内されて司令官室に赴く事になった。

 その道々、少しでも情報を仕入れる為にアサギに問い掛ける。

「准将、忙しいのか?」
「ええ、先程、帰還報告に行きましたけど、第一秘書……首席副官を務めているフルヤ三佐が、准将のスケジュール調整や参謀本部との連絡に追われていましたから、お忙しいでしょうね」
「コードウェル一尉はいいのか?」
「私の主な役割は見聞きした現場の生の声を司令に届ける事ですから、基本的にそこまでは忙しくありません。副官部には他のメンバーもいますしね」

 なるほど、サハク准将らしい人の使い方だなと納得しつつ、話を転がす。

「じゃあ、その一尉が見聞きしたアメノミハシラや司令部内の空気はどうだ?」
「今、帰ってきたばかりなので、把握できているのは司令部内の極一部だけですが、それ程、荒んではいないようです」
「先の作戦でテロリストに出し抜かれて、地球にユニウス・セブンの落下を許した影響はあまり出ていないと?」
「はい」

 ……ふむ。

「あの時に、できる限りの事をしたからかね?」
「恐らくですが、他国軍……三大国軍が対処に動けなかった中で、対処に動けた事が大きいかと」
「普段、世界に対して大きい顔をしている連中が動けなかった状況で、落下阻止の為に動けただけでも遥かにマシだろう、って奴か?」
「ふふ。ええ、言い方は悪いですけど、そのような感じです」

 まぁ、立地に助けられたとはいえ、僅かな間に即応できたんだから、その評価は正しいわなぁ。

 ……なら、サハク准将の機嫌、そこまで悪くはないかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 アサギの先導で司令官室に入室すると、サハク准将は執務机で書類と睨めっこしながら、様々な案件の決裁をしていたようだ。

 いやはや、この刻一刻と変化していく世界で舵を……自陣営の方針を決める司令官って、重責だし、本当に大変だよなぁ。

 そんな思いを内心で抱いていると、書類から目を離してこちらを見た准将は、いつものように、口元に不敵な笑みを浮かべ、普段と変わらぬ声音で話し掛けてきた。

「先の任務、ご苦労だったな、ラインブルグ」
「いえ、任務を満足に果たせず、申し訳ありませんでした」
「ふっ、それを言うならば、みすみすテロリストの攻撃を許してしまった我とて同じ事だ。既に終わってしまった事である以上、必要以上に気にする事はない」

 そう応じてくれたサハク准将に軽く頭を下げる事で感謝の意を示し、次の言葉を待つ。

「さて、今日、ここに呼んだのは、お前の意見を聞く為だ」
「意見、ですか?」
「ああ、より多くの意見を聞く事で、今後の方針決定の参考にしたいと思ってな」

 多くの意見を聞きすぎた結果、多種多様な意見に翻弄されるって事もあるけど……、サハク准将みたいに芯の通った人だったら、本当に参考にするだけで、自らの意思で方針を決定するだろうから、まず、大丈夫だろう。

 だから、別に意見を言う事に関しては構わないんだけど、なんというか、ザフトのような組織体系が適当でいい加減もとい未完成だった組織ならともかく、ちゃんとした組織の中にいる以上はねぇ。

「あの、参謀本部や他のお偉いさん方には?」
「既に諮っている故、気にする必要はない」
「そういうことでしたら……、それで、何に関する事でしょう?」
「今回のテロ事件を受けて、アメノミハシラはどのように動くか、また、戦争が起きた場合、どのような立場を取るか、だな」

 ふむ、どのように動き、どのような立場を取るか、か。

 ……。

「今の状況においては、プラントと被災各国間の積極的な仲介はオーブ本国に任せて、以前のように、馬鹿なジャンク屋と言いますか、宇宙海賊が好き勝手に暴れ回らないように、各所に睨みを効かせて、宇宙の治安を維持するのが良いのでは?」
「理由は?」
「オーブ本国がやる気を出して、自ら苦労を買って出ようとしているんですから、その見せ場を奪うのも如何なものかって事と、被災各国が復旧、あるいは復興に向けて動くにしろ、安定して物資を供給できなければ話にならないって事ですかね」

 今の社会、宇宙と地球が相互に関わりあって成り立っている事を踏まえて考えてみると、一方の乱れだけなら何とか支える事はできるが、両方が乱れた場合、先の戦争の時のような凄惨な状況を招きかねないからな。

「ついでに言えば、アメノミハシラで生産した物資を供給する事で、他所様から感謝されつつ、利益を得られるだなんて、漁夫の利的な面もあります」
「……では、戦争が起きた場合は?」
「その場合も、基本、火の粉が降りかかったり、どこかの陣営から圧力や脅しを受けない限り、関わらない事が一番ですよ。争いという名の舞踏会に参加しても、敵手(パートナー)に合わせた結果、ただ無様に踊り狂って疲れたり、多少の満足感を得られたとしても、大いに腹を空かせたりするだけで、酷い目にあうのは間違いないですからね。そういった事は、やりたい人にやらせるのが一番です」
「ふふっ、お前は相変わらず、身も蓋もない物言いをするな」
「まぁ、今は軍属ですけど、一応、企業グループに属していますから……、戦争に巻き込まれると、軍需はいいですけど、民需に関しては経済活動が大きく停滞してしまって、碌な事がなさそうです。まぁ、ちょっとだけ毒を吐けば、実家から見ると、緊張状態だけど戦争のない平和な状態が最も儲かります」

 自分、武器商人でもありますから……。

「ですので、俺の意見としましては中立的な立場で復旧と復興を支援して、戦争になった場合は自身の領域を守りつつ基本的には関わらず、戦後の復興期に備えて力と金を溜めるって所です」
「戦争には関わらず、自身の領域を守り、力を溜める、か……。ふむ、お前の意見、参考になった」
「いえ、微力ですが、お役に立てれば幸いです」

 これで終わりかなと思いながら、次の言葉を待っていると、准将は俄かに頬杖をつき、卓上に置いてある書類をトントンと指で叩きながら、再度、口を開いた。

「もう一つ聞いておこう。お前も知っていると思うが、プラントはユニウス・セブン管理の不手際……責任を認め、復興支援を行うと共に、外からの目を招き入れての全面的な捜査を約束したが……、以後、どうなると思う?」
「……親プラントの大洋州連合はそれで矛を収めると思われますが、その他の国に関しては、サトーの取調べや実施されるであろうプラントでの捜査の結果待ちという所でしょうか?」
「被災国が自制して、プラントとの衝突は起きないと?」
「あ、いえ、三大国に関してはわかりませんね。三大国の内、ユーラシア連邦と東アジア共和国の国力は、紆余曲折を経て、落ち目になってますが、それでも単独でプラントを攻撃できるだけの軍事力を持っていますから、それを使って、何らかの報復を……、武力制裁を起こす可能性も高いでしょう。なにせ、三国共に、内部に大規模な反プラント・反コーディネイター勢力を抱えてる事もありますし、各国軍部もユニウス・セブンの落下に際して、これといった対処ができず、地球への落下を許しただなんて失態もあります。加えて、ここまで世界を牛耳り、リードしてきたという誇り……面子もありますしね」
「……ふむ、では、三大国が武力制裁を発動させるとして、どれくらいの規模と見る?」
「先の戦後復興の半ばでの被災という事もありますし、三大国としても全面戦争は避けたい所だと思います。よって、起きるとしたら、睨み合いから小競り合い程度ではないでしょうか? ……若干、俺個人の願望が入ってますから、ちょっと甘めの予測かもしれないですけど」
「……確かに、お前にしては甘い予測だな」

 あー、やっぱり願望を抜きにしないと駄目か。

「と言う事は、既に三大国に動きがあると?」
「ああ」
「……帰ってくる途中に、コードウェル一尉から、地上と宇宙、それぞれに動きがあるとは聞いていましたが、そうですか、既に動き始めていますか」
「もっとも、地上に関しては、ユーラシアと東アジアは国内の分離独立派に対する牽制、大西洋連邦はカーペンタリア及びジブラルタルへの圧力が目的だろう」
「……宇宙では?」
「宇宙でもだ。三大国、それぞれの思惑は異なれど、三者ともに、こちらが本命だろう」
「プラントに対する航路封鎖でも始めていますか?」
「いや、今の所、各国それぞれが、独自にL4に駐留していた艦隊を動員し、L1方面に動かして、L1に圧力を掛け始めている状況だ」
「あれ、三国は連携していないんですか?」
「言っただろう、それぞれの思惑は異なると」

 確かにって、でも、地球圏の要衝……航路の重要経由地であるL1がそれだと、嬉しくない話だな。

「基本的には、プラントから譲歩を……賠償を引き出す為の駆け引きだろう」
「砲艦外交って奴ですか」
「……それだけで済めば良いがな」

 えー、サハク准将ぅ、そんな不安を煽る物言いは止めてくださいよぅ、と、物騒な言葉に血迷って、カワイ子ぶってみたくなるが、盛大に引かれるか、汚物を見るような目で見られるだけだから止めておこう。

「それだけでは済まない可能性があると?」
「ああ、現状、プラントと三大国、使用している兵器の格差が実質的になくなり、抑止力であるジェネシスもなくなった今ならば、数の力を使って、前戦争期のベテランが多く存在するL1を封鎖できれば、プラント本国があるL5まではヤキン・ドゥーエ要塞位しか遮るものはない。強大な戦力を有する三大国、特に大西洋連邦ならば、単独でも要塞を抜き、プラントを制圧する位は容易かろう」
「つまり、これを良い機会と見た連中が、報復と銘打って、プラント本国に攻撃を仕掛ける可能性もあるということですか?」
「そういう事だ」
「……えと、准将は、プラント本国に存在する艦隊は脅威ではないとお考えで?」
「先の一件で易々と防衛圏内……本土に敵の侵入を許した上、新型機を強奪された事を考えると、その実力が知れていると思わんか?」

 なるほど、そうとも受け取れるのか、だなんて思いが顔に出てしまったのか、准将は訝しげな表情を見せると、更に口を開くと質してきた。

「ふむ、何か、思うところでもあるのか?」
「いえ、先の一件ですけど、俺はてっきり、〝ドラ猫〟……プラントから新型機を奪取して見せた連中が、ザフトを上手く出し抜いたとばかり思ってましたよ」
「……む」

 あ、准将も自分の侮り……ザフトの実力について、過小評価していた事に気付いたみたいだな、ちょっと、それは思いつかんかったわぁ、って顔をしたかと思うと、苦笑を浮かべている。

「相手を侮る等、我も少々、自惚れや相手への過小評価が過ぎているようだな」
「いえ、相手の実力を推し測る機会は少ないですからね、今回の件を受けて、准将がそう考えるのもわかる気がします」
「ラインブルグ、我に慰めは不要だ。だが、以後は、気を付ける事にしよう」

 そうサハク准将が応じてみせるが……、こういう正すべき所は正すという姿勢が、准将に一つの勢力を率いるだけの力量を与えているのかもしれないな。

 内心で上司を評価するだなんて、ある種の不遜な事を考えていると、准将は一つ咳払いして、改めた口調で話し出した。

「ラインブルグ、今日はご苦労だった。ウルブス小隊のメンバーには三日程、休暇を与えるように、トウランに伝えてある。しばしの間だが、心身の疲れを癒せ」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

 その言葉を最後に、俺は身体に染み付いてきたオーブ軍式の敬礼をサハク准将に施し、サハク准将がそれに頷いて応えた後、司令官室から退出した。


 三日間の休暇は、心配を掛けたミーアやレナ、マユラのご機嫌取りと、知り合いへの謝罪で潰れるだろうなぁ、等と、内心でショボーンとしながら……。


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