第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
55 悲嘆する蒼き星 -ブレイク・ザ・ワールド 3
ほぼ一日かけてオーブ本国に到着した後、空軍の施設を拝借して、一応の任務報告書をアメノミハシラに帰還している即応部隊司令部宛に書き送ってから、サハク家が経営しているホテルでマユラと〝熱い〟一夜を過ごす事になったのだが、空が白むまで、互いに激しく求め合った為、流石に少々眠い。
そんな訳で動きが鈍い俺とマユラを他所に、テキパキと動いたコードウェル一尉……アサギの手配で、早くもオーブ本国からアメノミハシラに帰還する事になり、再建されたマスドライバー【カグヤⅡ】があるカグヤ宇宙港で出発を待っている。
「流石だな、コードウェル一尉」
「ありがとうございます、三佐。ですが、誰かさんが手伝ってくれたら、もう少し段取りよくできたのですが……」
「あ、あー、ちょっと、軽食を買ってきまーす」
アサギの追求から逃れる為だろう、マユラは席を立つと、素早い動きで近くの売店に向ったようだ。
「いや、すまん。マユラが使いモノにならなかったのは、俺の所為だ」
「ふふ、わかってます。そもそも、さっきのは冗談ですから、気にしないで下さい」
……いやはや、全てはアサギ様の掌の上って奴か?
「それに、私が三佐とそうなった時は、マユラに頑張ってもらいますから」
えと、アサギって、こんなにも明け透けな性格だったっけ?
「んんっ、は、話を変えるが、本国の被害、結構、酷いな」
「……ええ、復旧には、時間が掛かりそうです」
この宇宙港に来るまでの僅かな間に垣間見た、オーブ本国の被害は、やはり酷いものだった。
あえて詳しくは述べないが、首府があるヤラファス島やアカツキ島の沿岸部では防波堤の一部が津波に抗し切れずに破壊された結果、臨海する都市部では避難が遅れていた車や一部の建物、それに伴なって市民が多数流された為、今現在も、アスハ代表首長の命でオーブ国防陸海軍及び本土防衛隊による捜索や救難活動、仮設避難所の設置やインフラの復旧活動が行われている状況だ。
被災した人達に、一日でも早く、日常が帰ってくる事を祈ろう。
そんな事を考えながら、アメノミハシラへの定期便が出発するまでの時間を有効利用すべく、中央ロビー、そこに設置されている大型ディスプレイで流されているオーブ国営放送の報道特番を、待合ソファに据わったまま、顎に手をやって眺めている。
番組内容は本国被災地の情報や各国の被害状況といった事を伝えるもので、今は、今回の災害の原因について、身元不明のテロリストによって引き起こされた凶行であると、アナウンサーと解説員による対話形式で解説しているようだ。
だが、つい先程まで読んでいたオノゴロ・ジャーナルやライジング・オーブ、オロファト・タイムスといった本国の主要なマスメディア紙では、本国の被害状況や全世界規模で起きている災害について、大々的な特集を組んで挙って伝えている。その中で、本国を襲った津波等の災害がプラントが管理するユニウス・セブンがテロリストの手で落下させられた事が原因である事を明記すると共に、このようなテロリストの動きに気付けず、凶行を許してしまったという事はプラント政府の管理が十分に行き届いていなかったのではないか、とも報道しているから、おそらく、これらを読んだオーブ市民の対プラント感情は悪くなってきているはずだ。
とはいえ、幸いな事に今の所、俺が見知っている限りだが、その対プラント感情の悪化が即コーディネイター排斥には直結してはいないようだ。けれども、もしも、ブルーコスモスみたいな反コーディネイター系組織がここぞとばかりにネガティブ・キャンペーンを実施した場合は、そんな動きも出てくるかもしれないから、十分な注意が必要だろう。
後、ブルーコスモスの私兵組織というか、過激派の実行部隊であるファントムペインがナチュラルとコーディネイターの対立を煽るような、きな臭い動きをしないように、何らかの牽制をしておいた方がいいんだが、この辺りはどうなっているのかねぇ。
一人難しい顔をしていると、俺の隣……以前より距離を詰めて座っているアサギが俄かに声を出した。
「三佐」
「ん、どうかしたか、一尉」
「これからの世界状況はどうなると思われますか?」
「これからか……」
アサギの言葉を受け、ディスプレイから近くの売店で三人分の軽食を買い求めているマユラへと視線を移しながら、胸の内の予想をまとめて、口に出してみる。
「プラントが責任回避に動いた場合は、また、戦争だろう」
「……では、責任を認めて、謝罪したり、賠償に応じた場合は?」
「その場合、それなりの確率で戦争は回避されるだろうが、被災国というか、プラントと距離を置く国は〝いやがらせ〟めいた経済制裁を発動する可能性が高いとも考えられる」
「スペースコロニーに必須な、水や食糧等の輸出制限?」
「まぁ、表立ってはそれと見えない形になるだろうけどな」
もっとも、そんな感情的な側面を抜きにして、現実的に考えても、自国が大規模な被害を受けてる状況で、他所に回す物資はないはずだから、これが丁度いい言い訳になるって寸法だ。
「親プラントを国是にしている大洋州連合は支援しないと?」
「俺だったら、逆に支援を寄こせって怒鳴る被害だ。今回はそう簡単には味方しないさ」
親プラントを標榜しているとはいえ、大洋州連合内にも反プラント派が少しずつ台頭してきているみたいだし、今の流れのままだと、政権が引っくり返る可能性だって考えられる。
「結局の所、プラントがどう……、ニュース速報みたいだな」
「ええ、そのようですね」
さて、ディスプレイの上部分に速報を知らせる文字が躍っているが、何が出てくるか。
「……プラント最高評議会議長、ユニウス・セブンの管理が不十分であったと正式に認め、公式に謝罪すると共に、今回の落下テロで被害を受けた被災地に対して、復興支援を表明。また、テロリストとプラント政府及びザフトの組織的な関与は否定するも、国際刑事機構の立会いの下、全面的な内部調査を約束、か」
「三佐、これは……」
「あー、これはちょっと荒れそうだなぁ」
復興支援や他国の目を入れた全面的な調査はいいが、肝心の賠償が抜けているとなると、各国から反発が起きてもおかしくはない。
「まぁ、被害が全世界規模に広がっているだけに、賠償しきれるとは考えられないのは確かだが……」
「今回のテロで被害を受けた側の感情は許さないでしょうね」
「ああ、それに……」
っと、流石にここじゃ、これ以上の話はまずいな。
アサギに目配せして見せると、向こうの同様の結論に至っていたようで、小さく頷き返してきた。
そんな俺達に影が落ちてきたのに気付き、顔を上げてみると、マユラが可愛く口を尖らせていた。
「むー、アサギ、私が寝てる間に、もしかして、アインさんの内堀埋めた?」
「えっ、何の事?」
「とぼけても駄目だからね。女の勘って、自分の男に関してはもの凄く働くんだから」
そんな見も蓋もない事を言いつつ、アサギと俺に軽食……、サンドイッチや旧日本の影響を大きく受けているオーブらしく、おにぎりやお茶を手渡すと、俺の隣……アサギとは反対側に陣取って、甘えるように腕に縋り付いて来た。
当然の如く、昨晩もお世話になった、我が侭な胸の膨らみから温かみと鼓動が伝わってくる。
「チッ、狙ってたのに」
「くそっ、なんだってんだ、あいつ。軍人の癖に、二股だと? あいつより俺の方が、絶対、顔は上だってのに、この世の中、絶対に狂ってやがる」
「リア充モゲロ! モゲテシマエッ!」
「お姉さん、この売店に、金槌とか、釘とか、人形とか、売ってないの?」
周辺で、ちょっとした声が聞こえてきたが……、まぁ、無視しておこう。
「ま、マユラ、流石に、制服姿でそういう事は、止めた方がいいんじゃない?」
「ふふーん、私、軍での栄達なんて、もう興味ないから、いいもーん」
「いや、だ、だから、マユラじゃなくて、三佐に迷惑が掛かるって言いたいの」
「あー、マユラ、嬉しい事は嬉しいんだが、一尉の言う通り、TPOは弁えて欲しいな」
「ちぇー、アインさんって、昨日の夜の息子さんと一緒で固いなぁ」
ちょっ、おまっ!
また、周辺の気配が一瞬だけ強くなると、ざわ、ざわ、と主に男の囁き声が……。
「さて、どうやって、始末するべきか」
「シンプルイズベストだ、山に埋めよう」
「いやいや、足に鉄球を繋いで、海に沈める方がいい」
「だめだめ、ああいう野郎は、ジュニアをもいで収穫してしまうのが一番効果的だ」
うぅ、流石に、周辺を見回す勇気はありませぬ。
「ま、マユラっ!」
「にしし、これが経験者の余裕って奴よ、アサギと違ってね」
「ッ!」
ああ、今度は、アサギの顔色が羞恥と怒りで真っ赤にって、そろそろ、止めないとマズイな。
「おい、マユラ」
「なにっぅっ! い……、いたい」
空いている手で、デコピンをして、これ以上のマユラの暴走を止める。
「ちょっと、はしゃぎすぎだ」
「……うん。……ごめん、アサギ」
「……はぁ、もう、いいわよ。マユラが調子に乗りやすいのは昔からだし」
「むぐぅ」
「でもね、今に見てなさい、マユラ。今にその余裕をなくしてやるから」
あわわ、アサギがコードウェル妹が俺との模擬戦で負けた後に、よく見せていたような表情をっ!
「の、望むところよっ」
「本当にいいの? 私、三佐、取っちゃうわよ?」
「絶対に負けないわ!」
な、なんて事だ、マユラにまで火が……って、さり気に男連中の包囲網がジリジリと狭まってるっ!
「んんっ、コードウェル一尉、そ、そろそろ、と、とと、搭乗時間に、な、なるんじゃないかな?」
「……あ、あら、本当ですね」
「ほ、ほれ、マユラも、一尉を睨んでないで、い、移動する準備を」
「むー、わかったわ」
再び、聞こえてくる男達の舌打ちと密やかな罵り声を耳で拾って思う。
やれやれ、本当に、ここは落下するユニウス・セブン以上の危地だわ。
◇ ◇ ◇
俺達三人が乗ったアメノミハシラ行きの連絡船は、特に何事もなく、マスドライバーによって打ち上げられたのだが……、うん、初めて体感したけど、マスドライバーって、中々、経済的で便利だと思うわぁ。
仕組みとしては、第一段階加速として、海に向ってせり出しているマスドライバーで身体に過負荷にならない程度で等速加速する事で音速越えまで持って行く。そのレール上で音速を超えた段階で、第二段階加速として連絡船備え付けの補助推進機……スクラムジェットを始動、一層の加速を開始して、空に投射。後は大気圏を出るまでスクラムジェットで加速して、宇宙空間に離脱するって形だ。
そんでもって、空気がほとんどなくなる宇宙空間まで到達したら、燃料満タンの連絡船本体のスラスターを使って、加速や軌道の微調整をして、目的地への航路に乗るらしい。
ちなみに、無人の貨物のみだと、地球軌道上に直接投入できる位に加速させるらしいが……、そこまでいくと、よくぞまぁ、その貨物を入れているカーゴが空気抵抗で燃え尽きないモノだと感心せざるをえないって、そういえば、宇宙商船で使ってる例の往還型コンテナ搭載部もそうなんだよなぁ。
いやはや、前世からは想像できない程に、凄い技術ってなもんだ。
そんな具合に、一人頷いていたら、窓際に座っていたマユラが、小さくと驚嘆の声を出した。
「どうした、マユラ」
「ほら見て、アインさん」
「おっと、これは……」
マユラの言葉を受けて、小さな窓を覗くと、地球の影から姿を現した太陽、その光を受けて、地球の夜面が昼面に変わる所、いわゆる、明暗境界線がくっきりと見えた。
「あー、そういえば、こんな風にゆっくりと地球を間近で見たことなかったな」
地球軌道上に来たのって、戦争時ばかりで、四月馬鹿が起きたり、戦闘したり、仕事に追われてたりしたからなぁ。
……。
でも、なんか、いいな、こういうのって。
「三佐、綺麗ですね」
「ああ、先の落下テロで大規模な被害を受けたとは思えないほどにな」
「もう、アインさん、ちょっと位、純粋に楽しむって事ができないの?」
「ははっ、そうだな」
確かに、マユラの言うように、一時位は忘れる事ができたらいいんだが……、また、戦争の引き金が引かれるかもしれない状況だと、そう簡単に忘れる事はできない。
……今回の一連の騒動、やっぱり、戦争になるんだろうか。
「アインさん?」
何とか、戦争を回避する方向に時流が流れてくれればいいが……、事が事だけに難しいかもしれないな。
「……三佐?」
今回の事で、一番の責任があるプラントからは毟り取る気満々だったけど、戦争はノーサンキューだ。
なにせ戦争という非常事態が、ヒトの理性を容易に振り切る事は先の戦争で実証されているんだ。事が起きたとしても、せめて限定戦争に止めて、全世界規模の全面戦争だけは回避して欲しい。
「むー、言った途端に考え込んでる」
「よくあるの?」
「頻繁じゃないけど、たまにね」
でも、サトー達、テロリストとデュランダル議長に代表されるプラント政府やザフトとが繋がっているかどうかで、話が大きく変わってくるだろうなぁ。
はぁ、せめて、プラントが形だけでもいいから、賠償に応じる態を取っていたら、ここまでヤキモキすることはなかったのに……って、いたたっ!
気付いたら、悪戯顔をしたマユラが俺の脇腹を思いっきり、抓っていた。
「ま、マユラ?」
「いい女を放って、一人の世界に入り込んで、考え込んでいる悪い男に制裁中でーす」
「じゃあ、無視された私にも制裁する権利があるわね」
「ちょ、いちいちちちっ!」
どこか拗ねた感があるアサギにまで抓られた事で、両脇ががががっ!
「三佐、いえ、アインさん、思いつめるのも毒ですよ?」
「そうそう、TPOが大切なのはわかってるけど、リラックスできる時はリラックスしようよ」
あうあうあう、痛みが、なんだか、快感にって、ちがうっ!
「わ、わかったから、そろそろ、離してくれ。危ない性癖に目覚めそうだ」
俺の物言いに両者共に、クスクスと笑うと、マユラは素直に、アサギはもう一度力を込めて抓ってから、手を離した。
なので、ちょっとした意趣返しを試みる事にする。
「なぁ、マユラ、アサギって、あれだな。人をいぢめて、喜ぶタイプじゃなかったか?」
「なっ、さ、三佐っ!」
「うん、確かに、〝いぢめっ子〟の気があった気がする」
「ま、マユラまでっ!」
思わぬ逆撃にアサギが頬を朱に染めて、抗議の声を上げようとしているが、マユラと目配せしあって、アサギからの意見を封じるように畳み掛ける事にする。
「わた「でも、どうしてわかるの?」いてっ!」
「いやさ、さっき、抓ってる手を離す時にさ、駄目押しにもう一抓りされたんだよ」
「い、今の「あ、だから、わかったんだ、アサギの本性」マユラっ!」
「ああ、今まで以上に力を込めてたからさ、もしかしてって思ってな」
「だか「なるほどねぇ」二人とも、聞いて!」
ようやく、話を遮ったアサギは、今度は興奮と羞恥の所為だろう、先程のように顔を赤く染めた上、両手で口元を覆いながら、涙目で切々と訴えてくる。
「二人とも、酷い。私、そんな人をいぢめて喜ぶような事はしないわ」
「ははっ、わかってるさ。今のは、ただの冗談だよ」
「……冗談にしても、酷過ぎます」
あ、あぅぁー、やりすぎたか?
「あー、いや、悪か「待って、アインさん」マユラ?」
何故か、ジト目をアサギに向けたマユラは、少々強引に、アサギの両手を口元から引き剥がすと……、隠されていた口元には笑みがががっ。
「もう、せっかく、アインさんから一晩一緒に過ごす約束を取ろうとしたのに、マユラ、邪魔しないでよ」
「邪魔するわよ。ねぇ、わかったでしょ、アインさん。アサギって、私達っていうか、アストレイのテストパイロットを務めていた三人の中で、一番頭が回るんだから、油断しちゃ駄目」
「……今度から、気をつけるわ」
しかし、アサギと一晩一緒に過ごす約束か……。
「……アインさん、まさかとは思うけど、残念だとか、思ってない?」
「いやいや、そんなことはこれっぽっちも」
「え、あのフライト中、私に言った事は嘘だったんですか?」
「あ、あー、その、実は、結構、思いましたですはい」
「もー、アインさんたらっ、昨日の夜、私とあれだけしておいて……、まだ、足りてないの?」
「いや、ま、マユラ、その、これはだなっ」
「言い訳無用。……アインさん、ユニウス・セブンで無茶した件と今回の件について、レナとミーアちゃんと一緒に、タップリと搾るつもりだから、覚悟しておいてね」
「……はい」
うぅ、これは奥様連から伝えられたっていう、伝説の説教部屋行きって事か?
これから先に待ち受ける、三日三晩の説教地獄を思いつつ、連絡船内部のモニターに映るアメノミハシラを眺めながら、お、女って怖いと、改めて実感すると共に、密やかに心中で涙した。
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