第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
52 復讐者の慟哭 -ユニウス・セブン落下阻止戦 4
先行しているユニウス・セブンの断片群が徐々に赤く染まりながら尾を引き始めた。その事が地球大気圏への突入と摩擦熱が発生し始めている事を教えてくれる。
そんな現在の状況を頭の片隅に放り込んだ後、視線を走らせて、ジンM2型とトリコロールカラーのMSを探す。
……いた。
亀裂が走るも砕け切っていない大きな断片……周囲四百メートルは軽く越える岩塊の上で、二機共に激しい機動戦を繰り広げているようだ。また、その戦場の向こうからはミネルバ隊のMS……、白ザクと紅ザクが接近してきている。
それらを把握しながら、トリコロールカラーのMSに呼びかける。
「ザフトのっ! 引けっ! 活動限界だっ!」
「うるさいっ! オーブ軍は「いいから引けってんだっ、坊主っ! てめぇを心配して、仲間が迎えに来てるんだぞっ!」ッぁ! ……レイ、……それに、ルナまで」
一瞬、動きが鈍くなったトリコロールカラーのMS……いい加減、面倒だから、〝トリコロール〟と入れ替わる形で、件のジンM2型へとビームアサルトで攻撃を仕掛ける。
そして、ジンM2型もまた、こちらの意図を汲んだのか、まるで殺陣を示し合わせていたかのように、明らかに動きが鈍った〝トリコロール〟へは攻撃を加えず、素早く距離を取って、別の場所へと誘いをかけてきた。
「悪いな、お前の相手は俺だ」
「ふはっ、道連れにするのが小童では不足していた所だっ、貴様で丁度良いっ!」
「ッ! あんたらっ!」
「ほれ、坊主はさっさと行け。ここからは大人の時間だ」
「運が良かったな、小童!」
〝トリコロール〟が再び俺達の後を追おうとした所を、バレルの白ザクと同僚の紅ザクが押さえ、全力噴射で、落ち行く大地から離れて行くのがモニターの隅に映っていた。
「……お前、さっきの、あの坊主の言葉に、心を動かされただろう」
「……ふんっ、ただの気紛れに過ぎん」
だんだんと身体に重圧が……というよりは、自分の存在そのものが巨大な存在に吸い寄せられているような錯覚を覚えつつ、本格的な攻撃を……、ジンM2型の進路を塞ぐように、ビームを速射する。
だが、その全てをこれまで以上の神憑った動きで回避され、それどころか、あっという間に距離を詰められてしまい、手に持った刀で袈裟懸けに切り付けてくる。
こちらも咄嗟に回避行動を取るには取ったのだが、斬撃範囲を少し読み誤ったようで、さっきの重散弾砲のように、ビームアサルトを銃身の中程で断ち切られてしまった。
「おまっ! さっきもやってくれたが、MSの武器って、高いんだぞっ!」
「ほざけっ! 我が必殺を何度もかわしておいて、よくも抜け抜けとっ!」
とにかく、刀を何とかしようと、半ばで断たれたビームアサルトを投げつけつつ、頭部機関砲で射撃を加えるが……、シールドで防がれてしまった上、更に攻撃をぉぉぉっとっ!
「ぬぅっ! 伊達に白服を纏った訳ではないかっ!?」
「お前こそ、なんで無名のままだったんだよっ!?」
得意技らしき下段からの振り上げ斬撃をかわして直に噴射を掛け、右肩部シールドを打撃面にして、ジンM2型の側面へと体当たりを喰らわせる。
「ぬぉっ!」
繋ぎっぱなしの非常回線から相手の呻きが聞こえてきたが無視し、姿勢が崩れた相手の頭部……モノアイ部へと右腕部の篭手からニードルを撃ち込んで、メインカメラや各種センサーを破壊する。
「貴様ッ!」
それでもまだ、相手が攻撃態勢に移ろうとするので、今度は右手指からトリモチを射出して、刀を持った右腕部の間接を固着させ、同時に左手にビームサーベルを装備して、下半身と右腕を刈り取る。
「くっ、嬲るつもりかっ!」
「んな、趣味の悪い事するかっ!」
そんな答えを返しつつ、更にトリモチを射出して、左腕や残った右腕部の主要な間接部、ついでに、爆発されては叶わないから、切断面にも固着させていく。そして、逃げられないように大地面にも接着させる。
「何故! 一思いに殺さんっ!」
「お前は捕らえて、裁きの場に引き渡すんだよ」
「ふっ、ふはははっ! まさか、大気圏を無事に抜けられるとでも?」
「……通常なら抜けられんだろうが、足元にこれだけ大きな遮蔽物があるんだ、抜けられるさ」
……もっとも、途中で、この岩塊が摩擦熱によって分解したり、岩塊全部が火の玉になったり、周辺に発生するプラズマに機体が持たなかったりしたら燃え尽きて終わりだし、例え、無事に抜けたとしても、推進剤が足りなくて減速に失敗したり、姿勢を崩したりしたら、地上六十階建てのビルからノーロープ・バンジーを試みたカエルのようになるけどな。
「くく、生かして裁く等、甘いな」
「馬鹿言うな、そんな甘い考えじゃない。お前を裁きの場に引き出す事で、今回の件で発生する新しい怨念を、世界から溢れ出る憎悪を、少しでもお前に集約させる為だ。そうする事で、世界からガス抜きして、全世界規模での全面戦争にならないように回避に努めるのさ。お前は、お前が言うこの欺瞞に満ちた世界から新しく汲み出された憎悪の中で……、お前と同じ思いを抱いた人々から裁きを受けるんだ」
「ッ!」
「そして、自分達が為した罪業と今から犠牲になる人達の怨念と被害にあう人達の憎悪を一身に背負って、死ね」
……そう、こんな非道を為した以上、安易な死は、絶対に許さない。
「……くく、くはははっ! それが貴様の本音か!」
「ああ、この場に二人しかいないからな、特別に教えてやったんだよ」
「あのパトリック・ザラが、何故、貴様を重用していたのか、今、理由がわかったぞ」
「んなこと、どうでもいいさ。……さて、少しでも、この塊を削ってくるから、大人しくしてろ」
「貴様は、俺が自殺すると考えぬのか?」
「したいならすればいい。その時はその時で、精々、お前の死体を利用してやるさ」
そう、死体が残っていれば、身元確認することもできれば、そこから背後関係を洗える可能性もある。それが無理だったとしても、こいつらが、代替が進みつつあるとはいえ、ザフトの主力機であるジンM2型を〝部隊単位〟で運用していた以上、ザフト或いはプラントに関係がある事は間違いない。
いや、関係がなかったとしても、ユニウス・セブンの管理責任があるんだし、罪状をでっちあげてもいいって……、あー、命の危機の所為か、ちょっと黒くなってるな、俺。
「どちらにしろ、この世界を復興させる為に、ザフトとプラントからは、それこそ、尻から毛がなくなるまで毟り取ってやる」
「くく、くくく、ふはははははははっ!」
「って、笑うなよ、冗談を言ってるつもりはないんだぞ」
「俺にとっては、それも一つの復讐になるからな」
「それはなんとも、ポジティブシンキングなこった……」
そんな事を口にしながら周囲を見回すと、足元の大地、その一画に深い亀裂が大きく走っている事に気が付いた。
おそらくはメテオブレイカーが破砕し切れなかった後なんだろうと当たりをつけつつ、武装を確認する。
……使えるとしたら、四セットある破砕榴弾だろう。
つか、突破中に熱に負けて爆発されるのも困るし、始末する為にも早く……っと、破砕できなかった一番大きな岩塊で大量の爆発が起き始めたってことは、どうやら、第一艦隊やザフトのミネルバからの攻撃が始まったみたいだな。
この攻撃で岩塊を大気圏外に弾くなり、少しでも削れたり、砕けるなりしてくれたら最高なんだけどなぁって、俺も自分にできることをしよう。
破砕しなければならない大地から離れてしまわないよう、慎重に機体を動かしながら、見つけた亀裂に近づいて行く。
……しかし、時限式じゃないからなぁ、一斉にタイミング良くはできないし、端の方から順番に爆発させて行くしかないか。
そんなことを考えつつ、機体を一方の端へと向けて進めていると、嫌が応でも、周りの光景が目に飛び込んで来る。
ユニウス・セブンの破片群は大気との摩擦で発生する赤い輝きが増していれば、機体外温度もまた、凄まじい速度で上昇していくのがわかる。つか、コックピット内の温度も普段よりかなり高くなってきている。大気圏突破までの僅かな間だが、機体も身体も持って欲しいもんだと思いながら、全ての冷却系の最大出力にしておく。
「っお?」
直近にある、今、立っているモノよりは少し小さいサイズの岩塊で次々に爆発が発生し始めた。よくよく見れば、どこからともなく、ミサイルが飛んで来ては着弾しているようなのだが……、飛んでくる方向はオーブ艦隊やザフトのミネルバがいる座標からではない。
……もしかしたら、〝ドラ猫〟がやってくれているのかねぇ、等と思いながら、一発目の破砕榴弾を射出するべく、照準を慎重に合わせ……、亀裂の一つに向って撃ち出す。
…………ッ!
むむ、流石に、MS一機は確実に爆砕できる代物だけに、迫力がって……、おっ、おおっ、やった!
端から亀裂までの二十m程に過ぎないが、亀裂から先の部分が剥離したかと思うと、そのまま分解していって、徐々に小さくなっていく。
うっし、この調子でやっていこう。
そんなこんなで地道な爆砕作業を続ける事、合計十一発分……、亀裂より先の部分を全て剥離させる事に成功した。ついでに言えば、〝ドラ猫〟が攻撃してくれた隣の岩塊も当初の半分以下のサイズにまで分割されている。
だが……、まだ、俺の足元の大地は一部を剥離させる事に成功したとはいえ、大半が残っている。
人一人ができるのは……、一人の力は所詮こんなモノなのだと冷徹な理性が脳裏で囁き、僅かな力でも何かの足しになると信じていた感情は嘆息する。
……ただ、無念だ。
何とも言えない無力感が圧し掛かる中、プラズマが発生しているのだろう、眩い光で彩られた周囲を見渡すと……、オーブ艦隊からの攻撃は終わり、ミネルバらしき艦影がまだ半分以上、原型を止めている一番巨大な大岩塊へと攻撃を続けていた。
そして、その向こう側も、地球の大気層や地表部が太陽光を反射して、発している光で明るくなり始めている。
……つまり、大気圏突破も直に終わるということだ。
地上の人達に降り注ぐ災禍を思いながらも、今からは自身と〝世界への生贄〟を生き残らせる事を第一に考えよう、そう、考えた時だった。
「ッおぉぉっ!」
俄かに大きな衝撃が二度三度と起きたかと、足元の大地が揺れ始める。
「な、何だっ?」
「……ら、南アメリカ合衆国軍のエドワード・ハレルソンだ! 突入前から爆発を観測していたが、まだ、ここらで誰か遊んでいるのかっ!?」
南アメリカ合衆国軍っ!?
「こちら、オーブ国防宇宙軍所属、アイン・ラインブルグ。流石にもう遊んではいないが……、今、初めての地球にドキドキしている所だ」
「ッ! ひゅ~、こいつは驚きだ。あんた、前の大戦で、教官と引き分けたっていう、黄狼かい?」
「その教官が誰かは知らんが、黄狼ってのは、確かに言われているな。そういうお前さんは、【南米の英雄】とか【切り裂きエド】って、人から呼ばれてないか?」
「ああ、そう呼ばれる事もあるな。……はー、どうやら、あんたも本物みたいだな。いやはや、あの教官と引き分けたって聞いた時は、眉唾な話だと思っていたが、今みたいな無茶をしている所を見ると納得できる」
「そりゃどうも。で、用件は?」
「何、物騒なモノが落ちて来るって、あんたの所の大将から連絡を受けていたからな、マスドライバーを使って迎撃に上がってきてたんだよ。後少ししたら、他の連中……ムラサメ隊や地上の連中がミサイル攻撃を仕掛ける予定だ」
……その攻撃が命中して、足元の岩が、少しでも砕けたらいいんだけどなぁ。
「で、あんたは、無事に降りれそうなのか?」
「何分、宇宙からのノーロープ・バンジーは初めての事でね。できれば、誰かに助けてもらいたいもんだ」
「……よし、なら、俺が助けてやろう」
「……は? いいのかって、それ以前に、できるのか?」
「ミサイルは全弾撃ち尽くして後は引き揚げるだけだし、今日は使ってるのは【レイダー】ならMS一機くらいは乗せてやれるから、構わないさ。……ついでに言えば、あんたよりはマシな条件だったが、俺も宇宙からのノーロープ・バンジーを経験した事がある。その不安な気持ち、少しはわかるんだよ」
「それは何とも心強い」
確か、レイダーってと……、連合が開発したMA可変機……、ヤキン・ドゥーエで戦った〝黒〟だったはずだし、MSを載せる事もできるかもしれないか。
「なら、頼んでいいか?」
「ああ、こっちがわかるように、目立つように飛び降りろ。上手く潜り込んでやるよ」
「わかった、そうさせてもらうっと、忘れる所だった。実は今回の事態を引き起こした犯人を確保しているんだが、そいつの機体を持っても乗せられるか?」
「ッ! げほっ……、何だって?」
「いや、だから、今回の事件を引き起こした犯人を確保しているんだよ」
「……そりゃ、なんとしてでも、連れて帰らんといかんな。よしっ、多少、バランスが崩れても、俺が何とかしてやる!」
「言うほど楽じゃないだろうが……、よろしく頼む」
「ははっ、元戦闘機パイロットに任せな!」
軽やかでいて頼りになりそうな声を信じ、機体をジンM2型の元に向わせると、通信系から僅かの間で聞き馴染んだ声が響いた。
「ふんっ、貴様も、運が、良いな」
「阿呆、こんなことに巻き込まれている時点で、運が悪いっての」
未だに憎まれ口を叩く……。
「そういえば、お前、名前、なんてんだ?」
「……サトー、だ」
「じゃあ、サトー、これから回収してもらうから、大人しくしてろよ」
「ここまで、固められたら、動けはせんっ」
機体の冷却系が弱いのか、先程よりも弱くなったサトーの毒づきに、まぁ、確かにねぇ、等と口元を歪めながら、トリモチ塗れのジンM2型を岩塊から引き剥がして持ち上げる。
「サトー、死ぬまでの短い間、混乱する世界を見て、精々、喜べばいいさ」
「貴様に、言われるまでも、ないわっ」
それでも、まだまだ元気なサトーの声に肩を竦めつつ、落下し続けている岩塊から機体を空へと投げ出す。そして、南アメリカ合衆国軍が攻撃を仕掛けるという岩塊群から離れるべく、他の破片群に当たらないように注意しながら、スラスターを噴射させた。
……おー、環境破壊云々って言われていても、やっぱり地球ってのは綺麗なもんだねぇ。
等と、未だに落下している恐怖を少しでも押し殺す為にも、青や白といった色が目立つ地球を一時眺めた後、一緒に地球に落ちてきた岩塊群を見渡す。
……大小、様々な岩塊の分解する兆しは見せず、下部は真っ赤な輝きを保ったままだった。
その事実に、再び、心中に無念さが滲み出てくるが……、機体の下方に飛行機めいたブルーのシルエットが見えたので、頭を振って意識を切り替える。と、ハレルソンから連絡が入ってきた。
「とりあえず、うちの司令部を通じて、オーブ……アメノミハシラに、あんたが生きている事を連絡しておいたぜ」
「ああ、ありがとう、助かるよ」
「何、アメノミハシラにはうちも色々と世話になってるからな、これくらい気にするな。それよりも、地球へようこそ! 物騒な落下物はともかく、あんたは歓迎するぜ」
「どうせなら、こんな非常時じゃない時に、ゆっくりと歓迎されたかったもんだよ」
「ははっ、確かにな」
さて、足場がほとんどないから、慎重にっと……。
「おっと、意外と着地が上手いな、バランスがほとんど崩れなかったぜ」
「まぁ、似たような奴を宇宙で運用しているからな」
「……よし、後は俺に任せな。あんたは大人しくして、バランスを崩さないように頼むぜ」
「そうさせてもらうよ」
……あー、今回は本当に、色々と疲れた。
間違いなく、レナ達に心配させているだろうから、早い所、無事だって自分で連絡を入れないとなぁ。
岩塊群に飛来したミサイルが着弾している様子をサブモニターで眺めながら、少しでも破砕が上手く行く事を祈りつつも、そんな事を考えた。
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