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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
51  復讐者の慟哭 -ユニウス・セブン落下阻止戦 3


 ユニウス・セブンの大地が激しく振動し始めたかと思うと、中央エレベータから四方向へと亀裂が広がっていき、そこから爆炎が吹き上がった。

「なっ!」
「元より、我らは決死ぃっ! 貴様らの思い通りにはさせんっ!」
「先輩! 大変です! ユニウス・セブンが大きく……、大きく四つにっ! わ、割れていきます! ッぁ! こ、このままだと、最低でも三つが、落下軌道コースに乗っきゃぁあ!」
「レナっ!」
「……だ、大丈夫ですっ! でも、ウルブス4とパッツがっ! 飛んできた破片で損傷! あ……、ユカリちゃんも怪我をっ!」
「ッ! 援護はもうしなくていい! 回避に集中してろっ!」
「は、はい!」

 ……やられたっ!

 推進機の破壊で突入コースを逸らされそうな時に備えて、ユニウス・セブンの内部に爆薬を仕掛けていやがったのかっ!

「三段重ねかっ!」
「ふふ、ふはははははっ、たとえ全てが無理だとしても、これで少なくとも三つの断片は地球に落ちるっ! 貴様らの頑張り過ぎのお陰でなっ!」
「あ……、わ、私……の、所為?」

 ぁッ! まずい、マユラが動揺してる。

 目前のジンM2型を警戒しつつ、マユラに大声で呼びかける。

「馬鹿っ! ウルブス3! 相手の戯言に耳を貸すなっ!」
「で、でもっ!」
「気をしっかり持て! こんな事、誰も予測できていないし、当然、お前の責任でもないっ! マユラ! お前の所為じゃないんだっ!」
「でも! でもっ! わ、私がっ! わたしがっ!」

 くそっ、作戦が成功したと安心した所を思い切り衝かれた所為で、まともに思考が働かなくなっているのかっ!

「ウルブス2! ……レナ!」
「あ、はい!」
「マユラが精神的なショックを受けて、自失しているっ!」
「えぇっ! だ、大丈夫なんですかっ!」
「わからんっ! だが、今のマユラじゃ、戦闘行動を取る所か、回避行動すら怪しい! 下手すりゃ、破片の直撃を受けるか、落下に巻き込まれる危険があるっ!」
「わ、わかりました! 何とか、回収します!」
「すまんが、頼むっ!」
「了解です!」

 レナに任せれば、何とか……、いや、俺と一番長く苦楽を共にしてきた戦友なんだ、万難があったとしても、絶対にマユラを回収してくれるだろう。

 そんな頼りになる戦友の相棒である以上、俺も、レナがマユラの回収を終えるか、ザフトが破砕作業を始めるまでの時間稼ぎをして、かつ、落下コースに乗ったままのこの破片をなんとかしないと、顔向けできないな。

 それにしても……。

「こんな馬鹿げた事を決死の覚悟でするなんて……、狂ったか?」
「この場所で、家族を……、大切な者達を失った我らの悲しみ……、貴様らには、いや、他の者達にはわかりはせぬ」
「大切な者達を失った我らの悲しみ、か……」

 こちらの動きを警戒するように対峙したまま、静かに語った一人の男の言葉を反芻して、思う。

 大切な者を失った悲しみは……、特に他者によって唐突に奪われた時の悲しみは、簡単に癒える事はないというか……、癒える事があるのかと思う程に、想像を絶するものなんだろう。
 いや、俺だって、レナやマユラ、ミーアや親父といった家族、パーシィやベティ、シゲさんやおっさん連中みたいな仲間の命を、突然に、理不尽な事で、誰かに奪われていたら、目の前の復讐鬼のようになっていてもおかしくはない。

 ……だが、しかしだ。

「あの戦争で、大切な者を理不尽に失ったのはさ、お前らだけじゃないんだけどなぁ」

 ユニウス・セブンへの核攻撃に対する報復と被害者遺族達の憎悪を晴らす為の手段として実行された、エイプリル・フールの愚行……地球へのニュートロンジャマー無差別散布は地球上のインフラに深刻な被害をもたらし、地域や国によってその数はまちまちだが、結果的に十億以上の人命を奪う事になった。

 当然の如く、生み出された十億以上の怒りと悲しみ、それに怨みは既にプラントという国家とコーディネイターという存在に向けられているというのに、更にユニウス・セブンなんて物を落されたら、間違いなく、その膨大なエネルギーは目に見える形で噴出するだろう。

「なぁ、ようやく落ち着き始めた世界に、また戦争を引き起こして、いったい何になる? 結局は、誰もが何かを失って、お前達みたいな存在を新しく生み出すだけなのに……」
「……ぁあ、ああっ! わかっているとも! 我らがしている事が、ただ我らの憎悪を晴らす為の手段に過ぎぬこともっ、我らの憎悪が消えたとしても、新たな憎悪が生み出される事くらいっ!」
「だったらっ! 何故っ!」
「我らが人だからだっ!」
「ッ!」

 ……ラウよ、お前が言ってた通り、人って、悲しい生き物だよなぁ。

「……もう、今更って事か」
「貴様のような者と今少し早く話をしていたら、我らも考え方を変えた可能性もあったかもしれん。しかしっ、最早、遅い! 遅いのだっ! 我らは……、ここで憎悪を晴らしっ、我らが愛する者達の墓標と共に潰えるっ!」
「なら、俺は……、それを力尽くで止めるまでだっ!」
「笑止っ! 我らの思いっ! その程度の意志で砕けると思うなっ!」

 遮蔽物に隠れていたジンM2型が刀を構えつつ、高機動で動き始めたので、それに合わせて、速射モードでの射撃を加えながら、こちらも動き始める。

 射線から僅かに逸れながら、急速に距離を詰めてくる機動は……、相手の名前は知らないがが、ザフトでも有数の腕を持つ、ベテランだったのは間違いない動きって、不味いな、機動に翻弄されて、もう、彼我の距離がほとんどっ!

「ッ!」

 まったく……、見事なまでに機体を操って、得物の差をものともせずに攻撃を仕掛けてくるから、本当に溜まったものではない。

 今度は距離を詰められないようにする為、慎重に距離を維持し、こちらが一方的に攻撃しやすいポジションを取るべく位置取りに努めている最中、ふと、ジンM2型の背後を見ると、ユニウス・セブンという一つの小さな世界から四つの巨大な岩塊と化した中の一つが、地球に向かう軌道から大きく逸れて行くのがわかった。

「ウルブス2、ウルブス3は!」
「ウルブス3の回収に成功しました! ですが、ウルブス4が損傷している影響もあり、ウルブス1の援護を行える状態ではありません!」
「それは構わない! 後、ウワツから何らかの命令か、今現在の作戦状況についての情報は入ったか?」
「はい! ウワツからの情報では、宇宙軍総司令部はオペレーション・トラクターが失敗したと判断、オペレーション・クラッシャーを発動しています!」

 オペレーション・クラッシャー……地球軌道上に展開している第一艦隊での全力攻撃かっと!

 ジンM2型が擦れ違い様に振りぬいた刀が右肩部の電磁シールドを掠ってしまったようだ。

「ザフトはっ?」
「ザフト任務部隊は破砕準備を進めていますが、未だにバンディッツの妨害があり、一部でメテオブレイカーが破壊されているみたいです!」
「連中は決死……一種の死兵である以上、そうなるのも当然だろうな」
「ザフト側に、その事、伝えますか?」
「いや、向こうだって気付いているはずだ。それよりも、レナ」
「はい」
「マユラ達を連れて、帰艦しろ」
「ッ! 先輩一人を残して「お前は小隊№2なんだからさ、まず、戦闘継続が難しい二人を無事に帰還させるんだ」でも……」

 ……ジンM2型の動きや時折、断続的に続いている振動の影響で弾け跳んでくる岩石の断片に気を配りながら、度重なる射撃でエネルギー残量が少なくなったビームアサルトのカートリッジを交換する。

「何、俺もこいつを何とかしたら、いつも通りに帰艦するさ」
「……わかり、ました」
「ああ、二人を頼むぞ」
「……了解です」

 不承不承といった感があるレナと通信を切ると、続けて、〝ドラ猫〟リーダーのネオなんとかから通信が届いたので、こちらも非常用回線をオンにする。

「黄狼さんよ、悪いが俺達は引き揚げる」
「ああ、お疲れさん」
「……責めないのか?」
「いや、何でよ? お前さん達がどこの所属で、何者かは知らんが、訳のわからん状況の中で、危機回避の為に動いたんだ。その思いが本物だったって証拠だろうし、実際、助かってる。だから、感謝こそしても、罵倒することはないさ」
「……すまんな。だが、引き揚げた後からでも、何かで支援する」
「おお、助かるよ」
「……生き残れよ」
「当たり前だろう! 可愛い恋人達を遺して死ねるかってんだ!」

 あれ、なに、この沈黙。

「……お前、今、恋人〝達〟って言わなかったか?」
「ああ、言ったぞ」
「それは惚れた女と連絡が取れない上、周りにもちょっかいを出せない俺に対する厭味かっ! やっぱ、お前、ここで死んどけっ!」
「おうおう、男の嫉妬は心地良いのぅっ!」
「はっ、それだけの憎まれ口を叩けるなら、こんな所では、絶対に死なんだろうさ!」
「そっちこそ、我慢しきれず、他の女に手を出して、後で本命に刺されんようにな!」
「言ってろっての! じゃあな!」
「ああ!」

 ……そう、湿っぽい別れの挨拶なんて、いい歳した男同士では似合わんさ。

 そんな思いを胸に、何とか大地面にしがみ付いている建築物の残滓を遮蔽物として利用しつつ、モノアイでこちらを捕らえ続けているジンM2型の側面へと回り込むべく、機体を操っていると、相対している敵手から通信が入ってきた。

「ラインブルグ、貴様に問いたい」
「……何だ」
「この欺瞞に満ち、偽りの平和を謳う世界に価値はあるのか?」
「……あるだろうさ。たとえ世界に欺瞞に満ちてようが、それは人が人である以上……、本音と建前がなければ、人の社会がスムーズに回らない以上、必ずついて回るモノだし、当然とも言えることだ。それに、偽りの平和を謳っていても、現実、そこに争いがないだけで、今を生きる人の不幸が減るのもまた、事実だしな」
「ならば、その欺瞞と偽りの平和の陰で、嘆き悲しむ者達はどうすればいいのだっ! 同胞の死を忘れ、過去のものとして扱う陰でっ、失ったモノの大きさに嘆く者達はどうすればいいのだっ! ただ、忍従せよと!? ただ、「あんたっ! いったいっ! なんなんだーーーーーーっ!!!」ぬぐぉぅっ!」

 猛烈なスピードで突如として現れたミネルバ隊所属のトリコロールカラーのMSが、件のジンM2型に、何故かビームサーベルでの攻撃ではなく、体当たりを伴なったシールドでの打突を喰らわせた。

 見事なまでにもつれ合いつつ、吹き飛んで行くジンM2型とトリコロールカラーのMS……って、いかん、一瞬、呆けた。

 何とか、頭を再起動させて、その後を追う間も、通信系から声が響いてくる。

「ふざけんなよっ! 前の戦争で、家族を失ったのは、あんただけじゃないっ! 俺だって! いや、もっと多くの人がっ! 大切な人を、突然、亡くしてるんだよっ!」
「っ! 小童っ!」
「でも、その悲しみを乗り越えてっ! 何とか、前を向いてっ、生きようとしてるのにっ! あんたっ! あの、心にポッカリと穴が開いた苦しみを経験しておいてっ! まだ、俺達みたいなのを生み出そうとしてるのかよっ! そんなことっ! 絶対にさせねぇーーーっ!」

 ……いや、今の機会に、破砕作業を指揮しているジュールに連絡を入れてみるか。

「こちら、オーブのラインブルグ。ジュール隊長、聞こえるか?」

 む、忙しいのか?

「こちら、ラインブルグ、ジュール隊長、聞こえるか? 破砕作業の進捗状況を教えてもらいたい」
「……こちら、ジュール! 作業は進行してますがっ、活動限界が近い! 推力が弱い一部の機を後退させました!」
「ッ!」

 活動限界が近いって……、いつの間にか、そんなに時間が過ぎていたのか。

「破砕開始は?」
「……今です!」

 そのジュールの言葉を裏付けるように、俺が立っている岩塊と隣の岩塊に閃光が走り、亀裂が広がって行くって、おい。

「もう一つはどうなってるっ!?」
「……申し訳ありません、メテオブレイカーどころか、部隊自体が全滅させられました」

 ……なんてこった。

「そいつへの対処は、どうするんだ?」
「ミネルバが共に大気圏突入し、陽電子砲を断続的に発射して、破砕に務めます。また、オーブ艦隊もぎりぎりまで攻撃を仕掛けるとの連絡が入ってます」
「その分、残り二つに対する攻撃が弱くなる可能性が高いか。……わかった。これ以上、ここにいても、攻撃の邪魔になるばかりで、俺達の力は尽きたってことだな」
「……はい」
「いや、悪い、愚痴になった。では、ジュール隊長、時間を取らせて悪かった。お前さんはお前さんの責務を果たしてくれ」
「ええ、わかってます」

 その返事を聞いて通信を切ったが……、どうする?

 俺が接地していた岩塊はあまり破砕が上手くいったとは言えないというか、今現在、乗っかっている場所も含めて、周辺には下手をすれば戦艦並み……、いや、それ以上の大きさの物が三、四個は存在しているようだ。

 ……だが、このまま、この場にいても、もう何も出来ない上、活動限界も近いし、引き揚げた方が無難だろう。

 そんな事を考えていたら、先程、横槍を入れてくれたトリコロールカラーのMSのパイロットと思しき若い声が通信系に飛び込んできた。

「どうしてだよっ! どうして、そう簡単にっ、戦争なんて引き起こせるんだっ! こんな風に勝手に戦争を引き起こしてっ! 俺は、俺達は、ただ普通に暮らしていただけなのにっ! いきなり、戦争に巻き込まれてっ! 父さんも、母さんもっ、マユもっ! 突然、戦争に巻き込まれて死んだっ! どうしてっ! ……どうして、俺はっ! 俺は……、守る事が……できないんだよ…………」


 その悲嘆に満ちた言葉を聞き……、かつて、エイプリルフール・クライシスを引き起こした後、胸の内で誓った事を思い出した。


 ……。


 やはり、現在進行中で、馬鹿げた事が進んでいる以上は……、持てる力を振り絞り、最後まで努力しないといけないだろう。


 もちろん、下手をすれば、死ぬかも……、いや、死ぬ可能性の方が高いかもしれないけど……。


 ……。


 ……死にたくないなぁ。


 ……。


 でも、あの日に見た光景とあの時に感じた思い、何より、自分で心に決めた決意から背を向けて、ここで逃げるわけには……、いかないよな。


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