第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
47 繰り返される過ち -ユニウス・セブン 3
10月10日夜。
在プラント公使館から進宙式襲撃とアスハ代表行方不明の報を受けた宇宙軍総司令部は、本国政府やプラント駐在公使を通してプラント政府と連絡を取り合って、アスハ代表の安否確認や状況の把握に務める一方で、ユニウス・セブンに関わる警戒情報をプラントを含めた世界各国に送ったり、最悪の想定……ユニウス・セブンが地球に向って動き始めた場合における、段階的な対応策の立案や第一艦隊の召集や出撃準備、破砕用の爆発物等々の準備に走り回る事になり、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。当然の事ながら、サハク准将もその渦中のど真ん中にあって、報告を受けては指示や命令を飛ばすという司令塔を務めている。
一方、俺はというと混乱の坩堝になっている宇宙軍総司令部を尻目に、即応部隊の一員としてユニウス・セブンへと向っている所であり、つい先程まで席を設けてもらえた即応部隊幹部会議からMS格納庫の直ぐ脇にあるウルブス小隊の詰所に戻ったところだ。
そんな訳で小隊の三人からの質問を受け付けながら、会議で仕入れた情報を元に現状説明を行っており、今もコードウェル三尉の質問……アスハ代表の安否について答えている。
「では、三佐、カガリ様……アスハ代表の安否は、まだ確認できていないと?」
「ああ、プラント政府も追撃態勢の構築やらコロニーへの攻撃を警戒やらでドタバタしている上に、進宙式に参加していた政府やザフトの偉い人達にも犠牲者が出ているらしくて、色々と混乱しているようでな、駐在公使は確定情報を中々得られないそうだ」
……とはいえ、事件発生からそろそろ四時間は経つはずだし、確定情報があってもいいんだけどなぁ、と思ったら、レナが律儀にも手を挙げて質問してきた。
「じゃあ、先輩、デュランダル議長に関しては?」
「こっちは難を逃れて、例の新造艦に避難していたらしい」
「それは不幸中の幸いでしたね」
「そうだな、不幸中の幸いだと言えるんだが……、その新造艦は、襲撃を仕掛けてきた連中の母艦を追っている最中らしい」
「へっ?」
おや可愛い、レナの目が点になった。
「え、えーと、一国の元首を乗せたまま、ですか?」
「ああ」
「もしかしたら、戦闘で撃沈される可能性もあるかもしれないのに?」
「あー、まー、そういう危険もあるにはあるが、大々的に執り行なった進宙式を壊された手前もあるしな、議長としては潰された面子を回復させる為にも、新造艦の優秀さを……、自身の命を預けられる程に信頼できるモノだとアピールしたいって思惑もあるかもしれん」
「でもさ、聞いた限りだと、どちらかと言えば、出来上がった焼き魚を〝ドラ猫〟に取られて、慌てて裸足で追い掛けたって感じじゃない?」
アスハ代表が行方不明だというのに、あまり常と変わらぬマユラが述べた、どこかで聞いた事があるようなフレーズに、言い得て妙だと思いながら頷いて応える。
「その可能性の方が高いかもな。まぁ、とにかく、デュランダル議長が追撃に出て、不在になっている影響もあって、プラントというかL5は非常に混乱している状況なんで、ユニウス・セブンに関する情報も引き出せていない」
「なら、L1からはどうなの?」
「そっちもユニウス・セブンに関する動きは初耳らしくてな、アメノミハシラからの要請を受けて入れて、別ルートからプラントへ確認作業を行ってるそうだ」
「あれ? 先輩、L1はユニウス・セブンを監視してなかったんですか?」
「ああ、そうなんだよ、レナ。プラント国防軍は創設の経緯から、ザフトの軍事部門と仲が悪い状態だからな。無用の軋轢を避ける為にも、ザフトが噛み付いてきそうな事には手出ししなかったらしい」
なんとも、国防軍司令官になってるリューベック司令の苦労が透けて見える話だった。
「そもそもの話、プラント国防軍自体が防衛隊ならともかく、機動戦力はオーブ軍の一個艦隊程度しか持っていないからな、精々、〝ドラ猫〟を見つけ出す為の目を構築するのが精一杯だろう」
「あ、あの三佐」
「ん、なんだ、コードウェル三尉」
「L1って地球圏の要衝ですよね?」
「ああ、そうだな」
「もっと戦力を置いた方が、周辺に睨みを効かせる事ができると思うんですけど、何でそんなに少ないんですか?」
「三尉の言う通り、それが一番正しい事なんだけどさ、現実ってのは純軍事的には正しくても、政治的な理由で最良を潰されることが往々にして起きるんだよ。今のL1の場合は、周辺への遠慮とかじゃなくて、ザフトにとっての不都合を避けたいから……、プラント国防軍に自分達が持っている武力に匹敵するような戦力を持たせたくない事ってのが、一番の理由だな」
「な、なるほど……」
もっとも、世界各国政府が絶対に敵に回したくないと考えているに違いない、〝プラントの魔女〟ことカナーバさんがL1の再開発局長兼行政局長を務めているから、不足している戦力分の代わりにはなっている為、周囲への牽制はできているみたいだけどな。
〝魔女〟に関わる事だけに口に出すことなく、内心で収めていると、再びレナが口を開いた。
「プラントとアスハ代表に関してはわかりました。なら、私達は今後、どう動くんですか?」
「まずはオオツキガタの活動半径に入り次第、機動MS中隊から偵察機を先行させて詳細な情報を収集する事になった。それ以後は、アメノミハシラとの情報リンクやユニウス・セブンの観測態勢を維持しつつ、参謀本部が立案中の作戦計画に従って動く。だから、偵察機の出撃後は、俺達も何があっても即応できるように、スクランブル待機する」
「わかりました」
頷いて見せたレナに代わって、今度はマユラが質問してくる。
「小隊の分隊編成と武装パックは?」
「俺とマユラで第一、レナとコードウェル三尉で第二だな。兵装に関しては、第一は両機共にAパック、第二は、レナがS/Sパック、三尉がFSパックだ」
「了解、強襲が二、狙撃・偵察が一、制圧支援が一ね。強襲が装備する重散弾砲のカートリッジは?」
「……俺がキャニスター、マユラがクラスターで行こうか」
「ええ、フルカワ整備班長に伝えておくわね」
「頼む」
そして、最後にコードウェル三尉が手を挙げたので、頷く事で意見を促してみる。
「三佐、仮にですが……、計画案ができる前に、ユニウス・セブンに推進装置が取り付けられていた事が判明した場合は?」
「その時は、アメノミハシラと連絡を取り合って、サハク准将の指示を仰いで、対処する事になっている」
「じゃあ、その……、動き出した場合は?」
「こいつもサハク准将の指示を仰ぐ事になっているが、事態の進行が早くて、アメノミハシラから命令が来る前に動く必要がある場合はトウラン司令が独断専行して命令を出す。……まぁ、この辺はさ、まだ三尉が気にする所じゃないから、俺の命令に従ってくれたらいい」
「……はい、わかりました」
これで終わりかなと思い、三人の顔を見渡す。
……うん、ないようだな。
「第二種戦闘配置か出撃になるまで、まだ時間がかかるだろうから、皆、入れ込み過ぎない程度に緊張は持っていてくれ。……以上だ」
「「「了解」」」
との言葉と共に、三人が敬礼するので俺も答礼する。
アットホームな雰囲気漂う身内だけの小隊とはいえ、一応のけじめって奴だな。
◇ ◇ ◇
日付が変わって、11日。
偵察機を先行出撃させた後のスクランブル待機の中、実は初陣だったコードウェル妹の緊張を解す為に、レナやマユラと一緒に戦中の苦労話や戦闘時の心境を語る等して、時間つぶしをしていると、アメノミハシラから〝微妙な表情を浮かべてしまう朗報〟と〝眉間に皺を寄せてしまう朗報〟が飛び込んできた。
まずは前者だが、ザフトの新造艦【ミネルバ】に乗り込んで、〝ドラ猫〟を追跡しているデュランダル議長と連絡が取れた際に、アスハ代表もミネルバに乗っている事がわかり、生存が確認されたのだ。
俺が羨む男前なトウラン司令から聞いた話によると、襲撃に巻き込まれた時に護衛官が咄嗟に判断して、緊急避難的にミネルバに逃げ込んだそうで、現在は〝お客さん〟として迷惑を掛けているとか……。
いやはや、普通に考えたら、一国の元首を乗せているだけでも大変なプレッシャーなのに、他国の元首まで乗せ、しかも、正体不明の敵と戦闘行動を取る事になってしまったミネルバの艦長さんには心からご同情申し上げたい。
次に後者になるが、ユニウス・セブンの不審な動きに関して、デュランダル議長がプラント政府の公式な見解として、プラントはユニウス・セブンで何の作戦も予定していなければ、そのような情報があった事も把握していない、と述べたと言うものだった。
この情報もまた、非常にダンディなトウラン司令から教えてもらったのだが、プラントはああ言っているが、正直怪しい所なので、戦闘があると考えておいてくれ、とかなり難しい顔で付け加えられてしまった。
その懸念は正しいというか、はっきり言って、巡回や常時観測を行っているというのに、情報を把握していないと言われたら、関与しているのではないかと、疑わざるを得ないだろう。
まぁ、それでも、サハク准将とデュランダル議長の直接会談によって、オーブ軍のユニウス・セブンへの接近と進入、有事の際の作戦行動を認められたし、ユニウス・セブンには作戦行動中のプラント所属機はいないとの言質も取ったから、その場で〝なんらかの〟工作をしている連中がいたら、容赦なく排除できるというものだ。
というか、地球に落下した場合、最も困るのがプラントであり、自身である事をデュランダル議長も承知しているらしく、軌道変更に失敗した場合に備えて、念の為に、信頼できる部隊にメテオブレイカーを運ばせて設置させるとのことだった。
うんうん、助かるわぁって、元々、ユニウス・セブンをしっかりと管理していなかったプラントの不始末が疑惑を呼んでいるんだから、それ位はしてもらわないとねぇ。
……しかし、サハク准将とデュランダル議長の直接会談かぁ。
好奇心猫を殺すというが……、ちょっと見てみたい気がしないでもない。
尻尾を股の間に挟みたくなるような冷笑を浮かべるサハク准将が鋭い舌鋒で切り込み、煮ても焼いても絶対に食えない微笑を湛えるデュランダル議長が柔らかなオブラート表現でいなす。
逆に、デュランダル議長が常の余裕を無くすことなく、一つの言葉に二重三重の意味合いを含ませて、プラントにとって何らかの利益を引き出そうとするのに対し、サハク准将は慇懃無礼な言葉を使って、相手を挑発しつつも、オーブの不利益なるような言質を決して与えずにかわす。
……うん、居合わせただけで、胃がやばい事になりそうだから、やめとこう。
自分の中で結論が出たところで意識を現実に戻し、偵察小隊が送ってくるものとは別物なのだが、モニターに映されているユニウス・セブンを見てみる。
これを地球に落す、か……。
はっきり言って、常人がやろうとする事とは思えないというか、少しでも他者の痛みを自分の痛みに置き換える事ができるだけの感受性があったり、様々な立場から自らの行いの結果を想像できるならば、到底できない所業だ。
いや、俺が以前、月へと質量攻撃を俎上に乗せた事を知っている者がいたら、何を今更、良い子ぶって言ってやがると思われるかもしれないが、やはり、〝想定する〟のと〝実行する〟のとでは、天と地の開きがあると思うのだ。
もしも、本当に実行に移す連中がいるのなら、エイプリルフール・クライシスを引き起こした連中のように、自分達のコミュニティ外の人を人と思ってないか、根本的に人としての想像力が欠如しているか、或いは、自らの信念や正義、復讐や憎悪といったモノが過ぎてしまい、本人的には極普通だと思っていたとしても、他者……世間一般的な見解から見れば、狂人と言われる部類と化しているかだろう。
しかし、誰が……って、こんな条件に当てはまるのって、ファントムペインみたいなブルーコスモスでも行き過ぎた急進派か、ザフトやプラントに蔓延るコーディ至上主義者しか、考えられないよなぁ。
加えて言えば、攻撃対象として地球を選んでいたり、世界に及ぼす影響が大きさを考えると、コーディ至上主義者あたりの可能性が高そうだ。
……はぁ、もう、いっその事、そういった連中を十把一絡げにして、太陽あたりにフリーフォールさせた方が、世の為人の為にいいんじゃないか?
徐々に腹の底からわき出してきた怒りを、どう解消したものかと考えていると、レナ達と話をしていたマユラが、すいと横にやってきて、上目遣いに見上げてきた。
「アインさん」
「ん、どうした?」
「今回の件、最悪の想定が本当だとして……、いったい、誰が、どうして、こんな事をするんだろうね?」
「丁度、その事を考えてた所だったんだが……、マユラって、もしかして、俺の心を読めるのか?」
「あはは、そんなこと、できるわけないよ」
……だよねぇ。
我ながら馬鹿な反応したモノだと思いながら、自身の考えを述べてみる。
「はっきりと言って、わからん」
「えー、もうちょっと、真面目に考えてよ」
「いや、もうね、正直、考えたくないのよ。たとえ、どんな理由があろうとさ、世界に大破壊をもたらそうとする連中の事なんてさ」
偽りのない本音を使って韜晦してみせたが、この部屋の中で一番付き合いが長いレナには通じなかったらしく、こちらもコードウェル三尉との話を切り上げて、口を挟んできた。
「マユラ、先輩のことだから、本当は犯人について、推測できてるんだと思うわ」
「でも、言わないって事は?」
「ふふ、実は、ハラワタがグツグツと煮えたぎっていて、爆発寸前なのよ。もしも口に出したら、怒りが止らなくなるから我慢してるだけ」
あってるだけに反論できないわぁ、と言ってしまいたいが、一応、抗議だけはしておこう。
「……お前ら、人を何だと思ってるんだ?」
「そうですね、イメージ的には、表面はジョークグッズなのに、中身は本物の爆発物って所でしょうか?」
「うーん、客観的に見ると、牧羊犬の振りをして、羊を柵に追い込んで囲った後、ゆっくりと食べちゃう狼?」
……可愛い恋人達に心折られそうなアインです。
しょぼーーんと落ち込む俺を他所に、顔をつき合わせたレナとマユラがやいのやいのと俺に関することで色々と述べ始めると、残った三尉も近くに寄ってきて、何とも言えない表情で話しかけてきた。
「……三佐、男の人が多人数の女の人と同時に付き合う事って、私が想像していたような、男だけに都合の良いモノじゃなくて、実は、とても大変なモノだったんですね」
「プラスだけに目を向けがちだけど、マイナスだって通常の三倍か、下手すりゃそれ以上になるからな。……でも、まぁ、三尉、最初からその辺も覚悟していたさ、はは、あはは……はぁ」
なんか、そこでヘドロの様にわいていた怒りがどっかに飛んで言った気分だわぁ。
でもまぁ、このお陰で、肩に入っていた余計な力が抜けたのは確かだから、感謝しておこう。
「確かに、マユラが言う通り、昼はせっせと真面目に仕事してるのに、夜になったら、本当に豹変するものね」
「うんうん、表面だけ見て、優しいと思ったら大間違い、私達だけじゃ、絶対に、アインさんの〝爆発〟に耐えられないもん」
「……そう考えると、ミーアちゃん様々よね」
「……そうね、大部分を引き受けてくれるミーアちゃんがいなかったら、私達、ベッドの上で死んでるかも」
……コードウェル三尉の生暖かい目が痛かったけどな。
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