第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
46 繰り返される過ち -ユニウス・セブン 2
「アサギ、映像を」
「わかりました」
サハク准将の機嫌が少し回復した影響もあるのだろう、コードウェル一尉はこちらにわかる程度に微笑んで軽く頭を下げた後、准将の指示した通りに端末を弄り、司令官席背後の大モニターに見覚えのある映像を映し出した。
星光に彩られる虚空に浮かぶ島のように、或いは、大地から掘り起こされた木の根のようにも、宇宙に浮かぶクラゲのようにも見えるそれは……。
「これは、地球周回上のユニウス・セブンですか?」
「そうだ」
「何時、誰が、どこで、ですか?」
「先月末、SKOの定期便が、アメノミハシラ-L1航路を航行中にだ」
准将の肯定と説明を聴きつつも、更に詳細な情報を仕入れるべく、かつて守りきれず、目前で破壊されてしまった一つの世界を見つめ続ける。
……。
……。
……んんっ、光った?
「スラスター光、みたいですね」
「ああ」
「……墓場荒らしをする、不心得なジャンク屋ですか?」
「かもしれぬな」
でも、最低でも、十以上の光が見えるとなると……、個人経営が大半のジャンク屋だと、あまり考えられないんだよなぁ。もちろん、見知った仲間で集って動く事もあるだろうから、ないこともないだろうけど、この場合、考えられるのは……。
「ジャンク屋にしては数が多いようにも感じますし、L3を逃れた海賊連中ですかね?」
「やはり、お前もそう思うか」
「ええ、参謀や情報分析官の皆さんはなんと?」
「海賊あたりが妥当だと考えている」
……でも、自分で言っておいてなんだけど、ユニウス・セブンで海賊はなぁ。
「ですが、それも奇妙なんですよね」
「理由は?」
「はい、ユニウス・セブンってのは、プラントでは多くの同胞を失った〝悲劇の地〟……大きな墓標ですから、一種の聖域です。当然、管轄しているプラント……、ザフトが常時観測をしたり、巡回を出したりしているはずなんですけど」
「……その具体的な回数はわかるか?」
「俺がザフトを辞める寸前に回ってきた計画案では、観測は二十四時間体制で、巡回は一週間に二度でした」
再び整った眉間に皺を寄せると、サハク准将は瞑目して、口を開く。
「巡回は一週間に二度行い、加えて、常時観測している以上、海賊が拠点とするには難しかろうな」
「ええ、もしも、海賊が現れようものなら、必ず排除に動くはずですよ。巡回だって、不心得なジャンク屋が〝墓荒らし〟をしないようにする為の牽制ですし」
「だろうな」
……むぅ。
「ザフトが、ユニウス・セブンで何らかの作戦を計画しているんでしょうか?」
「お前が今言った、プラントの聖域でか?」
「正直、あまり考えたくはないですが、常に考えうる最悪を想定しておいた方が、心理的に余裕ができますからね。そういう可能性がある以上、都合よく見て見ぬ振りをして、無視する事はできませんよ」
「……確かに、国防に携わる者は、それ位の心持でいた方が良いだろうな」
ゴートン艦長だって、現実は往々に想定の斜め上を行く、って言ってたからな。
「それに、准将も、この映像を俺に見せるということは、何か、思う事があるのでしょう?」
「ああ。本来は海賊が活性化したり、拠点化するかもしれないという危惧から、参謀本部から上がってきた情報だったのだが……、お前が言うように、ユニウス・セブンで動きがある事、プラントが見逃すだろうかとも思えてな。以前、ザフトに属していたお前からも意見を聞きたいと考えたのだ」
「なるほど……、それでは、デュランダル議長にアスハ代表の教育を〝お願い〟した時に、この事も?」
「ああ、ウナトにそれとなく尋ねさせてみたが、ユニウス・セブン関連の報告……異常は上がっていないとの事だ」
……上がっていないか。
「一国のトップにまで情報が届かない事、おかしいとも言えるし、おかしくないとも言えますね」
「上に上がる情報も取捨選択される以上、一国のトップまで届くとは限らんからな。……もっとも、議長は情報を得ているが、なんらかの思惑を持って、韜晦している可能性もある」
もちろん、その可能性はあるだろうけど、ザフトの場合だとなぁ……。
「下手すると、議長が知っていて韜晦している可能性よりも、上に上がる途中で情報そのものが握り潰されたり、怠慢で放置されている可能性の方が高いと思いますよ」
「何?」
「……そういう組織でもあるんですよ、ザフトは」
あぁっ、綺麗な眉間にますます縦皺が深く刻まれていく、だなんて本人の代わりに嘆いていると、准将は皺を何となく妖しさが漂う指先で揉み解し始めた。
「……実は、これ以外にも、他の情報源から気になる情報が入っていてな」
「それはどのような?」
「プラントで現体制……ユニウス体制に不満を抱く者達が、事を起こすかも知れぬという話だ」
「クーデター……、ですか?」
「いや、そこまではわからぬ」
眉間から長い指を離して、目を開いた准将は右手を顎にやりつつ、語を続ける。
「だが、現状におけるプラントの政治体制が、ギルバート・デュランダルの手によって巧く調整され、旧ザラ派、旧クライン派、中道派、どれもが主流派と呼べない状態である以上、その可能性もあるだろうな」
「へぇ、デュランダル議長は主流派を持たずに君臨ですか。それは何とも凄い事ですが……、納得できます」
「ほぅ、奴と面識が?」
「一度きりですがね。……では、そのどれかが政権奪取に動くと?」
「ああ、何らかの方法でデュランダル政権に打撃を与え、奴を追い落とすつもりなのだろう」
ユニウス体制に不満を抱いている奴らが、何らかの方法で、体制を支持する現政権に打撃を与えて、デュランダル議長を追い落とそうとしているってことか……。
「准将は、どうすれば、どのような事が起きれば、今のユニウス体制が崩れると思いますか?」
「誰もが条約を守る気を無くす程に……、再び、武器を手にするべきだと世論が傾くような、或いは、条約の破棄を決断せざるを得ないような大きな出来事が起きれば、後は坂道を転がるように、容易に崩れるだろう」
条約を守る気を無くし、武器を手にするべきだと世論が傾き、破棄の決断をせざるを得ない、大きな出来事、ねぇ……。
……。
キーワードをフワフワと脳裏に浮かべて考え込みながら、あるがままに、大モニターの青白い光の群れを見ていると、天秤型コロニーの大地面ではなく、大きな採光窓や構造体となる外壁を補強する巨大ワイヤー部分……クラゲの足の部分に集っている事に気が付いた。
「スラスター光、ワイヤー部に集中していますね」
「むっ、ユニウス・セブンか?」
「ええ、これって、最大倍率ですか?」
「ああ、これが最大だ」
もう少し、細かく見れたら、詳細がわかるんだけど……。
「今現在、観測してるものはないんですか?」
「丁度、地球の陰に隠れていて、今、ここからでは観測できぬ。もしも、できたとしても、これと同じ位の解像度だろう」
「そうですか」
しかし、あのスラスター光の動き、どこかで見たような動きなんだよなぁ。
……。
まるで何か、作業をしているよな、あの動き……、いつだったかなぁ。
……。
でも、宇宙での作業を見るような時って、戦中し……かッ!
「……思い出した」
「どうした?」
「いえ、先の戦中、ザフトがL4で東アジアの新星を奪取したでしょう?」
「うむ、その後、L4からL5まで運んで、ボアズに改名したのだな」
「はい。で、その新星を運ぶ時に推進機を……、フレアモーター(※注)を付ける作業を遠方から見た感じに……、L4から引き上げる時に見た光景に似てます」
「……な、に?」
「准将には今更でしょうけど、無重力で物をまっすぐ目的地まで運ぶ為には重心バランスが大切になりますから、微妙な調整が必要になるでしょう? 当然、フレアモーターを取り付ける時も、計画モデルと実物とが微妙に違う方が多いそうですから、そうそう当初計画通りには上手くいきません。なので、どうしても設置場所の調整に飛び回る必要があります。……この映像の光は、その時の動きに似てるように感じます」
交代部隊と入れ替わって、L4からプラントに帰るまで待機休憩室で寝泊りしてた時、暇つぶしにL4の映像をモニターに映し出して見ていて、あの光の動きはなんだろうと首を傾げていたら、シゲさんが教えてくれたんだよな。
「……アサギ、映像を最初まで戻せ」
「は、はいっ!」
しかし、もしも、今、俺が口に出した〝似ている光景〟が現実だと考えると、自然、何者かがユニウス・セブンを動かそうとしていることになる。
まぁ、ひとまず、作業をしている者達が何者であるかは置くとして、何故、ユニウス・セブンを動かす?
……。
正直、結び付ける理由もないし、根拠や証拠もない、自分の想像と勘でしかがないのだが……、それでも、このユニウス・セブンでの不審な動きと今まで准将から聞いた内容とが癒着してしまったかのように、引っ付いてしまって離れない。
ユニウス・セブンを動かす目的って……。
「ラインブルグ、今、お前が想像した最悪を話してみろ」
「正直、口に出したくないですが……、おそらくは……、ユニウス・セブンを使った……、大質量攻撃でしょう」
「その対象は?」
「先程聞いた、ユニウス体制を崩す事を目的とするプラントの一派が実行犯ならば、地球が最も確率が高いでしょうね。それ以外が実行犯なら、プラントのコロニー群も有力候補になります」
プラントも地球市民から大きな怨み買ってるから、そんな可能性もなきにしもあらず、って奴だ。
「……聞くが、その大質量攻撃、ザフトで検討した事はあるか?」
「そこまではわかりませんが……、戦中、ザラ議長と月のプトレマイオスの無力化を図る方法について話をした時に、無力化する手段として、大質量攻撃を俎上に乗せたことはあります」
「月攻略に失敗した後だな?」
「ええ。ですが、その時は、政治面や環境面でのデメリットが大き過ぎるから止めた方が無難だろうって、結論を出しておきました」
俺の言葉に一つ頷いたサハク准将は、背後の大モニターに椅子ごと振り返り、映像を見つめ始める。
「……だが、パトリック・ザラは質量攻撃について、研究をさせていただろうな」
「その確信の源は?」
「我が当時のパトリック・ザラならば、そうするからだ」
「……納得です」
うん、映像が最初に戻って、また動き始めたな。
……しかし、この最悪の想像、本当だったら、非常に拙いんじゃないか?
プラントの天秤型コロニーに使用されている大地は、小惑星を利用した直径約十㎞の代物だから、恐竜が滅びた要因を作ったって言われている、大昔の隕石とほぼ同じ大きさだ。
無論、衝突時の速度も大きく関係してくるから、一概には同じとは言えないが……。
「……下手をすると、地球に壊滅的な被害が出るな」
「ええ」
「これへの対抗策は……、やはり、地球の重力圏に捕らわれる前に、フレアモーターの一部を破壊することで重心バランスを崩し、突入軌道から逸らしてしまうことか」
「それが一番確実で安全なはずです。それ以外で軌道を変える手段としては、大量のミサイルやイズモ級の陽電子砲みたいな強力な砲を断続的に当てるか……、或いは、何らかの方法で一点に断続的に集光し、構造体か基部になってる小惑星の一部を加熱、蒸発させ、その際に発生する反動を利用するか、ですね」
「ふむ、最後のが最も経済的だな。……工業区で使ってる太陽炉を応用できれば可能かもしれんが、現状では間に合わぬかも知れぬ」
「……これが極々最近の動きである以上、最悪の場合、遠からず事が起きる可能性が高いはずですしね」
あ~、幾らパーシィでも、〝こんなこともあろうかと〟は、都合よくできないからなぁ。
「いっそのこと、かつての連合軍がボアズを崩壊させたように、核の飽和攻撃を仕掛ければ、楽なのだがな」
「その分、ザフトやプラントの反発がえらい事になりそうですけどね」
「何、その時はその時で、管理が不十分であった事を突いてやれば良い事だ」
「確かに……って、……いやいや、それ以前に、オーブって、今すぐ使える核を持ってるんですか?」
「……お前はどう思う?」
「……あー、国防の大根幹に関わりそうな機密には触れたくないので、先の発言はなかった事にしてください」
俺、半年後に退役したら、一週間はミーア達とイチャイチャネチャネチャするんだ。
「ふっ、用心深いものだ。だが、真面目な話、事が起きて、ユニウス・セブンが地球の重力圏に捕らわれた後は、何らかの方法で破壊せねばならんだろう」
「そうですね。大質量のままでは地球に壊滅的な被害を与えると考えられるので、少しでも質量を小さくして、大気圏突入時に磨耗させる為にも、破砕に務めるのがベターだと思います」
「……だが、それだと、世界各地に被害が散らばるな」
「本当に、嫌な話ですが……、下手をすれば地球の地軸が傾いたり、自転速度が増減したりするような、局地的な大破壊……、いえ、全世界規模の破壊と長期間に渡って続くであろう天候不良を容認するか、世界各地に被害を分散させて、異常気象と混乱を短期間に収めるか、の択一です」
これ、どちらかを決断する指導者、辛すぎるわ。
「……まったく、頭が痛く、悩ましい事ばかりだ」
「ええ、ようやく、世界が安定を取り戻しつつあるというのに……」
……何で、それを破壊しようとするんだよ。
外面には出さず、内心で悄然としていると、スラスター光の動きを確認したのだろう、サハク准将が声を出した。
「……お前が言った通り、確かに、スラスターの動きがワイヤー部に偏りすぎているな」
「はい。それで……、宇宙軍はどう動きますか?」
「知った事か、と声を大にして言いたい所だが……、事がオーブ本国にも大きな影響を及ぼす可能性があるだけに、座して見ているわけにもいくまい。まずは、世界各国にユニウス・セブンの落下があるかもしれぬとの警戒情報を発しよう。無論、プラントにも、ユニウス・セブンでの動きが何なのか、関与しているのかを再度問い合わせる必要もあるだろうな」
「……直接的には?」
「参謀本部に段階別の落下阻止案を立案させる間に、艦隊に召集を掛けて即応態勢に持っていこう。当然、ユニウス・セブンへも部隊を送り、真相を確かめる一手を打つ」
となると……。
「即応部隊を出すと?」
「その為に作ったからな」
「……残り半年は、給料泥棒するつもり満々だったんですけどねぇ」
「ふふっ、世の中、そう上手くいくものではない」
「ええ、今、実感しているところですよ」
まったく、どうしてこうなった?
「では、今日中にでも、即応部隊を出す故に……」
んんっ? 通信端末がって、コードウェル一尉が慌てて取り付いて対応しているよ。
……。
でも、今、このタイミングって……。
「……准将、何だか、嫌な予感、しませんか?」
「……奇遇だな、我も、碌な事ではないと、勘が訴えてくる」
准将と見解が合致したということは、間違いなく、困った事が起きたに違いない。
っと、通信相手から情報を聞き取ったコードウェル一尉が、普段は血色の良い顔から血の気を無くして、一言。
「准将、在プラント公使館からの速報で、つい先程、新型艦の進宙式が何者かに襲撃された模様です。……また、居合わせたアスハ代表の所在も確認できないそうです」
※注 フレアモーター
太陽フレアで発生した荷電粒子とモーターの磁場を作用させて、推力を得るシステム、と思いねぃ。
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