第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
44 蓄えられる力 -L3再開発 4
九月も終わりに近づき、俺達、予備役召集組の任務期間も残すところ後半分程度となった。
今現在、宇宙軍の訓練施設では本国からの移住者や他国からの移民者の中から新たに募った志願兵へと訓練や教育を施しており、後半年もすれば、予備役で賄っている宇宙軍の人員も確保できるだろうとは、宇宙軍の内情に詳しい、コードウェル姉こと、アサギ・コードウェル一尉の話だ。
別に宇宙軍が嫌いという訳ではないのだが、やはり、軍務に関わっているとなると、いつ何時、戦場に出て死に直面するかわからない以上、早い所、兵役期間が終わって欲しいものだと思う。
……ぶっちゃけると、もっと、ミーア達とイチャイチャネチャネチャさせてくれっ、てことだな、うん。
まぁ、未恋に満ちた無妻男共に刺されそうな事は一先ず置いて、静止軌道を回るアメノミハシラには、今日も世界各国からナチュラル、コーディネイターを問わず、貧困や迫害から逃れる為に、アメノミハシラやL3で建造中のコロニーへの居住を希望してやってくる移民達や、宇宙での生存に不可欠な水、建造中のコロニー内部で使われる土壌、月や資源衛星から産出される鉱物資源、アメノミハシラ内部で生産された食料品や工業製品、MSのパーツのような軍需品を乗せた商船が頻繁に行き来している。
何が言いたいかと言うと、それだけ地球圏全体が先の戦争からの復興に向けた動きが活発になっているって事と、軍需関連産業以外でも大々的に資金が回るようになってきたって事だ。当然、先の掃討戦でならず者の拠点だったL3が制圧された事で、宇宙海賊による被害が戦争前のレベルまで大幅に低下し、商船が安全に航行できるようになっていた事も大きいはずだ。
もっとも、先の掃討制圧戦を経ても海賊被害が完全になくならない辺り、海賊というものが、G並にしぶといという事を知らしめてくれる。
そんな海賊に抗する組織として立ち上げられた、オーブ宇宙軍の外郭団体である宇宙航路維持機構(SKO)だが、宇宙海賊が活発だった時期から比べれば、トツカ級一とハガネ級四で構成される護衛隊がL3制圧前の四個から二個へと規模を半減させたものの、主任務を従来任務である商船護衛を兼ねた商船航路の巡回へと変えたり、デブリの衝突や船内火災等で航行に影響を及ぼすような大きな事故が起きて、遭難してしまった商船の救難救助やサルベージも任務に含まれる事になったから、これからも存続して行くことが決定している。
この動きを受けて、アメノミハシラ以外……世界各国に拠点を置く保険会社の中にも、宇宙商船が損害保険に加入する条件として、SKOと救難救助及びサルベージの契約を結ぶって条項を新たに加えた所もある位に、国際的にも認知されてきているから、以後も安定して存続して行く可能性が高いと言えるだろう。
いや、このまま順調に成長していけば、警察と消防を足したような組織になりそうだから、ある意味、各国軍以上に、商船乗りや宇宙市民に親しまれ、頼りにされる組織になるかもしれない。
こんな具合に状況が落ち着き始めている宇宙から地球へと視線を向けると、相変わらず、エネルギー開発や分配を巡る意見対立や、反コーディネイター系民間軍事組織ファントムペインによるコーディネイターへの、各国から非難声明が出される程に組織的で苛烈な弾圧や、ファントムペインの弾圧に反発したコーディネイターによる大西洋連邦やユーラシア連邦での連続テロといった問題は数あれど、地球上で交わされていた銃火はほぼ収まり、国家間の戦争や紛争へと発展しそうな程の大きな問題は見受けられないから、ある意味、世界は常態に戻ったと言えるだろう。
もっとも、ファントムペインによる弾圧やコーディネイターによるテロからわかるように、あくまでも、表面上に過ぎないだろうけどな。
……。
もしも、四月馬鹿が為されなければ、もう少しは……、いや、虚しいから止めておこう。
◇ ◇ ◇
9月15日。
オーブ国防宇宙軍は他国軍と対峙して宙域の安定を担う正規艦隊や拠点防衛の要である防衛隊とは別に、有事の際、即座に動かせる戦力として、総司令部直轄の即応部隊(Operational Rapid Force)を立ち上げた。
この即応部隊の戦力の内訳は、ワダツミ級MS母艦ウワツ、ナカツ、ソコツの三隻から成る機動戦力群とそれなりの砲戦打撃力を有するトツカ級と近接防衛に優れたクロガネ級がそれぞれ二隻ずつで、計七隻の艦艇と艦載MS部隊で構成されている。ザフトでいえば、戦隊と分艦隊の中間程度の戦力を持っていると言えるだろう。
そして、総司令部付だった俺達ウルブス小隊も、来月の頭……十月一日付けで、正式にこの部隊……、正確に言えば、ウワツの艦載MS隊として所属する事になっていたりする。
その為、レナとマユラ、それにユカリ・コードウェルは、ウワツへの引越しに向けて、各種書類や報告書、各人のパイロットスーツ等の装備品、着替えやちょこにマシュマロといったお菓子類等の私物を纏めて、準備を進めている。
ちなみに、俺なのだが……、先日の配属通達に引き続き、今日も今後のスケジュールをわざわざ持ってきて説明してくれたアサギ・コードウェルの相手をしていろと、レナとマユラから言われたので、部屋の片隅で梱包作業を眺めながら、掃討制圧戦でお世話になったワダツミや所属する事になる部隊について、情報を仕入れるべく話をしている。
「なるほど、ワダツミは即応部隊じゃなくて、練習艦隊行きか」
「はい、宇宙軍の増強には欠かせないとコガ一佐から具申がありまして、准将がそれならばと……」
「うーん、あのコガ一佐のことだし、案外、ワダツミに愛着が湧いたから、手放したくなくなったからだったりしてな」
「ふふ、現場主義のコガ一佐なら、その可能性も捨て切れませんね」
最近、コードウェル一尉と話をしてると思うこと何だが……、俺よりも年下のはずなのに、時に年上女性を思わせる包容力があるというか、うーむ、一緒にいても肩肘を張らなくていいというか、うん、レナ達とは別方向で、リラックスできるんだよなぁ。
まぁ、妹の三尉やマユラから言わせると、自宅でのプライベートや戦闘時と比べたら、それなりに猫を被ってるらしいが、猫かぶりは誰だってやってることだし、傍から見て、不愉快に感じるほどに大きな落差がなければ、それでいいと思ったりする。
加えて言えば、ミーアやレナ、それにマユラとは、また違った愛嬌があるからなぁ、と思ったところで、最近のマイブームなのか、髪を後で束ねた一尉が頬を若干染めつつ、小首を傾げて見せた。
「えと……、三佐、ずっと、私を見られてますけど……、何か、変な所ありますか?」
「あ、いや、ごめん、変なところなんてないよ。ただ、髪を束ねているのが、何気に似合っているなぁって思ってた」
「ッ! え、えと、その、お世辞はいいですよ?」
「いやいや、本当本当」
わー、なんか、恥ずかしげに顔を染めるのもいいわぁ。
って、いかんいかん、これでは口説いてるのと同じではないか。
「んんっ、は、話を戻すけど、即応部隊に配備される他のワダツミ級も、当然、ワダツミみたいにMSを効率的に運用できるように改装されているんだよな?」
「え、あ、は、はい」
ここで一尉が大きく一呼吸を置いたので、自然、呼気以外でも膨らんだ胸に視線が走ってしまう。
うむ、やはり、女性の胸ってのは、形や大小だけじゃなくて均整……身体とのバランスが大切だよなぁ、って、これ、明らかにセクハラだっ、俺自重っ!
咄嗟に視線を作業をしている三人に移すと、マユラが悪戯猫のような顔でニヤニヤと笑って、こちらを見ている事に気付いてしまった。
……他の二人に伝わらないように、後でマユラのご機嫌取りに務めよう。
「えと、ワダツミ級ですが、今回の改装で、トツカ級で採用されている簡易型電磁カタパルトとMS用の整備設備を装備しましたので、艦載機数を十二から八に減らしています」
「となると、片舷で四機になるのか」
「はい、それで、即応部隊の旗艦になるウワツにはマリーネを、ナカツとソコツにはオオツキガタを艦載して、運用する予定です」
……ふむ、ワダツミ級三隻で、マリーネが八機、オオツキガタが十六機か。
「トツカ級には?」
「こちらも四機ずつマリーネが配属されます」
……何となく見えてきたな。
「あれか? この即応部隊は四機小隊編成を基本にしたMS部隊の運用テストも兼ねているのか?」
「ええ、三佐が言われた通り、四機小隊編成を艦隊へ導入するか否かの判断材料として、トツカ級で四機運用する際の問題点の洗い出しや評価と、四-四編成……四個の四機小隊からなる中隊運用を試してみる事も任務に含まれています」
はー、宇宙軍のお偉いさんも色々と頑張ってるなぁ。
「それで、MSの指揮系統はどうなるんだ?」
「ナカツとソコツが運用する十六機のオオツキガタで機動MS中隊を構成して、部隊行動することになっています。二隻のトツカ級に艦載されている二個小隊に関しては、迎撃や艦隊防衛が主任務の護衛MS隊となります」
「で、俺達は?」
「ウワツ……三佐達の【ウルブス】と新しく結成された【パンサー】は独立MS小隊として、部隊司令の指揮下に置かれます。どちらかといえば、予備戦力的な存在ですね」
「へぇ、パンサーかぁ、小隊長はなんて名前で、どんな人?」
「パンサーの小隊長はタワラ・ジロウ一尉です。通信部で働いている奥様を大切にしている優しい方ですよ」
「へー、奥さんが通信部にいるって事は、職場結婚?」
「ええ、士官学校の同期という話ですよ」
「そういうのって、あるんだなぁ。って、肝心な部隊司令を先に聞かないといけない所か?」
「ふふ、どうでしょうね」
うん、やっぱり、コードウェル一尉の笑顔には、おいたをした男の子を包み込む力があるわぁ。
……むっ、何やら、視線を感じるような?
再び、顔を部屋の中央に向けると、レナが、寒気を感じる位に、綺麗過ぎる笑顔でこちらを見ていた。
こ、ここはご機嫌を取る為にも、今晩は堕ちてなき出した後も手加減せず、入念に相手することでご容赦頂こう。
「……げふげふ、それで、部隊司令は?」
「え、ええと、ウワツの艦長も兼ねるソウマ・ドラ・トウラン一佐です。この方はミナ様と同じく、氏族の方なんですが……」
「方ですが?」
「はい、結婚して、婿養子に入られた方ですので、元からの氏族出身じゃないんです」
「ほうほう」
「ですから、氏族出身者によく見られる、傲然とした所はありませんので、付き合いやすいと思いますよ」
「そりゃ助かるな」
いやはや、オーブの氏族って、政治と軍事を独占している貴族のような存在……一種の特権階級みたいなもんだから、結構、勘違いしたのがいるからなぁ。
実際、L3掃討制圧作戦前に、俺がレナとマユラを囲ってるって話が表に出た時に、こっちの業務に支障が出る程に、ねちっこく、粘着質的に、しつこく絡んできた氏族出身の中年二佐がいたんだよなぁ。
その時は自身の立場……新参者という事もあって、色々と我慢していたが、流石に業務……その質が実戦での生死を左右する訓練に影響を及ぼし始めただけに、これはどうしたものかと思い悩まされたものだ。
まぁ、俺にとっては本当に幸いな事に、件の二佐が公金横領と職務怠慢の罪で軍内部を取り締まる監察部に捕り、軍事法廷での審議の結果、不名誉除隊になった上で本国の刑務所に収監されたから良かったものの、もしも、それがなかったら、いい加減にぶち切れて、例の肥満体な二佐をダストシュートに放り込んで、俺がお縄になって軍事法廷の場に立っていたかもしれない。
……いやはや、本当に、幸いだったなぁ。
「なら、真面目に職務をこなしていたら、特に問題はないって事かな」
「あ、でも……」
「え、もしかして、何か、いるの」
「その……、あくまでも小耳に挟んだ事なんですけど……」
「小さな事でもいいから教えて欲しい」
「では……、パンサー小隊にキリオ・ラン・サマリア一尉という人がいるんですが、そのサマリア一尉が、三佐の事を何かとライバル視しているみたいでして」
「……何故に?」
「流石にそこまではわかりませんけど、サマリア一尉は確か、三佐と同じ歳だった気がしますから……」
「ああ、なるほど、急に横から入ってきたくせに自分より上の階級なのが気に食わないって所かな」
俺の物言いに一尉は頷きつつ、さり気に付け加えてきた。
「後、マユラやレナさんを囲っている事も影響しているはずです」
「それに加えて、男の嫉妬か。……これに関しては、甘んじて受けないといかんよなぁ」
でも刺されるのだけは勘弁な、って思った所で、コードウェル一尉が若干躊躇する様子を見せながら、口を開いた。
「……あの」
「ん?」
「三佐は、三人の内の誰か一人を選ぶ事を考えていないんですか?」
「んー、付き合い始めてから、一度も考えた事もないな。……俺自身、自覚できる程に独占欲が強いし、一度、懐に入れた女を手放すようなお人好しでもない。それに、三人ともちょっとした意地の張り合いはするけど陰湿な事はしないし、互いの全てをさらけ出してるから遠慮もしていない。加えて、社会通念には喧嘩を売ってるけど、それ以上の迷惑を掛けない様に、みんなで意識して生活しているしな」
「そう……ですか」
「ああ、女から見れば、最低な男だろうけど……、まぁ、なんとか、お目こぼしをお願いしますよ」
「……私は、三佐くらいに、全員の面倒を見れるだけの甲斐性と愛情があれば、いいとも思いますよ?」
「あはは、フォロー、ありがとう」
……さてと、引越しの準備もほとんど終わったみたいだし、飯でも食いに行くか。
「コードウェル一尉は、これからどうする?」
「えっ?」
「引越し蕎麦……って、言ってもわからんだろうけど、今日はこれくらいにして、居住区画の方に食べに行こうと思ってな」
「……それなら、ご一緒しても?」
「よし、決まり」
オーブの食文化って、今は亡き、心の故郷の料理が多いから嬉しいんだよねぇ。
という訳で、作業が終わった後、五人でサハク准将が贔屓にしているという第一居住区画にある蕎麦屋に行く事になったのだが、そこで頼んだ天麩羅蕎麦……、遥か過去……前世で食して以来、ずーーーーーっと、食べていなかった天麩羅蕎麦の、そのあまりの美味さ……、揚げたて天麩羅のサクサク感と蕎麦の風味や喉越し、更には舌に染み渡る蕎麦つゆの美味さに、思わず滂沱の涙を流しながら、〝うううぅぅまぁぁあぁいぃぃぞぉぉおーーーーーっ〟と雄叫びを上げてしまい、レナやマユラ、それにコードウェル姉妹だけでなく、その時に店にいた人達、皆から笑われてしまったのは良い思い出である。
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