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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
43  蓄えられる力 -L3再開発 3


 九月。
 四機小隊編成の基本戦術を構築すべく、日々是検討しつつ、実機やシミュレーターでの確認を行っているのだが、MSだろうが戦闘機だろうが、やる事は一緒なんだから、先人が生み出した旧世紀より伝わる戦闘機の運用方法……二機で分隊(ロッテ)を組み、この分隊を二個揃えて小隊(シュヴァルム)を構成して運用する方法が良いのではないかと、個人的には判断している。

 要するに、分隊では二機一組で連携を行い、二個の分隊で構成される小隊では分隊同士で相互支援を行うという形態だ。

 これのメリットは三機よりも二機の方が呼吸を合わせ易いから緊密な相互連携が期待できるし、熟練に必要な訓練時間も短縮できる。また、分隊での二機連携に慣れてきたら、同じ相互連携システムである小隊連携自体のイメージを掴みやすくなるので、小隊での熟練が更に早まるって事もあるだろう。

 いやはや、やはり、積み重ねられてきた先人の知恵ってのは偉大なものだし、大切にしたいものだ。

 そんな事を考えた所で、マユラが小隊オフィス備え付けの液晶パネルに実物映像を映し出して、凛々しくもどこか甘さを感じさせる声で特徴を説明してくれている、ハガネ級とトツカ級の合いの子のようなクロガネ級へと意識を向ける。

 実は明日、実際の艦艇とMSシミュレーターとを宇宙軍総司令部の大型コンピュータを介して繋ぎ、仮想空間上で模擬戦闘訓練を行うという初めての試みで、うちの小隊が第一艦隊第一宇宙戦闘群第三戦隊……クロガネ級四隻と対戦するのだ。

「ここに映して出されている通り、クロガネ級は対艦兵装こそ、艦首艦上部のゴットフリートMk.72一基と艦首艦底部の75㎝単装リニアカノン一基だけだから、トツカ級よりも見劣りするけど、BIで使用されている対MS・MA制圧用小型ミサイル【ヤカゼ】を運用する六連小型ミサイル発射管が二基ずつ両舷に埋め込み装備されているし、近接防衛火力の要であるビームファランクスが艦首側の艦上艦底部に各四基、両側舷に各二基、艦尾の艦上艦底部にも各二基で合計十六基、艦尾主兵装として艦上艦底に30㎜連装ビーム砲が一基ずつ、相互支援……十字砲火が形成できる位置に備えられているわ」

 後、付け加えれば、艦橋部付近には12.5mm近接防御機関砲(CIWS)が三基据えられているし、艦底部のバイタルエリアを保護する為に電磁式対ビームシールドとCIWSを一基装備している。更には艦首にも電磁式対ビームシールドを装備しているから、ハガネ級と違って、艦隊戦でもお荷物にならない程度に追随して、対艦攻撃を仕掛ける事もできたりもする。

「それにトツカ級と同じく、近接防衛システム……リングを運用していることから、懐における死角はほぼ存在していないと言っていいでしょうね」

 まぁ、要するに、全ての面でバランスの取れたトツカ級と比べれば、クロガネ級は接近してくる敵機や脅威を迎撃して排除する事に重点を置いている近接護衛艦って奴だな。実際、シミュレーターでコンピュータが操るクロガネ級と対戦してみたんだが、MSにとってはかなり厄介な相手だった。

「このクロガネ級をマリーネ単機で落す事ができるかをシミュレーション等で検討した所、S/Sパック(狙撃・偵察兵装)での艦体側部への長距離狙撃か、Aパック(強襲兵装)で可能な限り接近して、破砕榴弾を大量に撃ち込むのが最も有効であるとの結果が出ているの」

 お、流石にニューフェイスとはもう呼べない、【ウルブス4】……ユカリ・コードウェルが手を挙げたぞ。

「はい、ユカリ、関係する事ならどんなことでもいいから、遠慮なく言ってね」
「あ、はい。……えと、マユラさん、なんで単機での対艦攻撃を検討したんですか?」
「ビーム兵装を装備したMSが単機でも艦艇を落す事ができるっていう事を戦訓で得ているから、基本データとして、マリーネが単機でクロガネ級を落とせるかどうかを調べたのよ」
「そういうことでしたか。……でも、Aパックでの強襲はともかく、S/Sパックでの長距離攻撃だと、外れる可能性が高いと思うんです」
「うん、それで?」
「はい、ですから、HAパック(重攻撃兵装)で攻撃を仕掛ける方が有効なんじゃないですか?」
「そうね、ユカリの言うことは堅実だと思うし、本来なら、それが一番なんだけど……、単機の場合、HAパックで攻撃を仕掛けると、こっちが落ちる可能性の方が高いのよねぇ」
「……HAパックは防護性が弱いから?」
「ええ、そういうこと。アインさん、じゃなかった、三佐でも落されるわ」
「ラインブルグ三佐でも、ですか?」

 驚きで目を見開いたコードウェル妹は、確認するようにこちらを見たので首肯してやる。

「ああ、相手が単艦でも、リングを有効に利用されたら、俺も簡単に落ちる、っていうか、実際、一対一のシミュレーター訓練でポンポン落された」

 HAパック装備では、クロガネ級に接近を図ろうにもは防護面が弱い上、大きい爆発物を肩に乗せている事からビームファランクスの弾幕だけでも脅威になって、容易には近づけなかった。ならばと、機動力と運動力でもってビームの雨を避けながら、何とか隙を見つけて、対艦ミサイルや無反動砲弾を弾切れになるまで発射したのだ。けど、無反動砲弾は弾速が遅く、ミサイルは可燃物満載ということもあってか、その全てがビームの雨やCIWSの迎撃で破壊されてしまうという悲しい結果に終わってしまったよ。
 こんな具合に対艦攻撃が失敗してガックリと来ている所に、追い討ちを掛けるように、これからは俺のターンとばかりに大量の小型ミサイル……ヤカゼが撃ち出された時には、思わず顔が引き攣った程だ。
 それでも諦めずに、追尾してくるミサイル群をビームアサルトや頭部機関砲で迎撃したり、フレアーで誤誘導させたりして対応しつつ、まずは、こちらの行動を制限する原因となっているビームファランクス群を一画だけでも破壊しようと、少し接近して破砕榴弾を撃ち込もうとしたら……、いつの間にか、リング上を回る四機のベルダンディが装備する重散弾砲の十字砲火帯……キルゾーンに嵌り込んでしまっていて、こちらが攻撃を仕掛ける前に、クラスター弾の暴風雨を浴びたのには泣いた。

 マリーネのシミュレーターで撃墜判定を受けた後、メインモニターがブラックアウトしてから赤字で出てくる、【m9(^Д^) 撃墜されてやんのっ!】を見たのは本当に久しぶりで、これ程腹立たしく負けた人間を奮起させるものはないと思い出させてくれたよ。

 うん、その後、レナとマユラに、いい加減にして下さい、周りに迷惑だよ、って羽交い絞めにされて止められるまで、三佐って権限を使ってまで八時間以上もシミュレーターを占拠して、ぶっ続けで訓練を続行したくらいだからなぁ、いやはや、本当に、あの挑発文の導入を主導した甲斐があったものだ。

 いや、そんな俺の訓練(醜態)はともかくとしてだな……。

「まぁ、あくまでも単機での話だ。セオリー通り、複数機での連携で対応能力を飽和させたり、片舷だけでも近接火砲を潰したりしてから、攻撃を仕掛ければ、HAパックは十分に通用するよ。……相手が単艦ならな」
「そうですね、分隊なら高い勝率で、小隊だったら確実に勝てる相手です。……相手が単艦ならですが」

 俺の所感とレナの肯定意見を聞いた三尉は、小さく小首を傾げて、口を開いた。

「相手が複数なら、無理なんですか?」
「無理ね」
「無理だな」
「無理ですね」

 俺達三人が声を揃えて、肯定するとコードウェル妹は幼さの残る顔を引き攣らせた。

「そんなに、ですか?」
「ええ、クロガネ級って、統一された指揮を受けて、複数艦で連携してきたら、物凄く手強いわ」
「こっちが四機小隊で攻撃を仕掛けると考えて、相手が二隻なら勝率が大きく悪くなって、ほぼ互角になるだろうし、三隻に増えたら、こちらが不利だ」
「戦隊規模……四隻になったら、突破を図る道中、ビームの霧雨の中を行くような状態になりますから、小隊だけでは絶対に攻撃したくないですね。ビーム兵装のマリーネですら、そう思うくらいですから……、もし、ジンやシグーみたいな実弾兵装が主兵装のMSなら、中隊規模でも一隻も落とせないかもしれません」
「ああ、それに加えて言えば、リングがあるから、MSの対艦基本戦術……、運動性でもって相手の懐……死角に潜り込んで攻撃を仕掛ける事も難しい」
「そのリングを攻撃しようにも、相互連携で反撃してきますし……」
「そうよねぇ。それこそ、クロガネ級を無傷で撃破したかったら、MSじゃなくて、MA……メビウスや可変機のオオツキガタで一撃離脱での交差攻撃をした方が確率は高いかもしれないわ」

 あ、三尉の顔から血の気が引いた。

「な、なら、明日はどうするんですか?」
「作戦のベース案としては、レナに長距離から狙撃をさせて、一隻を沈めてから、本格的な対艦攻撃を仕掛ける事が決まってるわ」
「ああ、マユラの言う通り、レナ以外は狙撃が成功するまで、第三戦隊が撃って来るはずのヤカゼを撃ち落したり、相手の注意を引く囮役になる。んで、この狙撃で、一隻でも撃沈するか大破に追い込んで、戦闘から離脱させてから、本腰を入れて対艦攻撃を図るって所だ」

 本来なら、小隊だけでクロガネで構成された戦隊に攻撃を仕掛けるなんて、狂気に満ちたことはしないけど、今回は仕事だからな、なんて事を考えていると、顔色が悪いままのコードウェル三尉が恐る恐る尋ねてきた。

「あの……、明日、それぞれの役割は?」
「今、考えているのは、俺とマユラの第一分隊(前衛)は両機共にAパック装備で防御火砲を削る強襲役や囮役を担当。第二分隊(後衛)はレナが狙撃で対艦攻撃するからS/Sパックで、三尉は狙撃機を周辺の脅威から守るSパック(標準兵装)って所だな」
「では、HAパックは使用しないと言うことですか?」
「ああ、小隊だけで攻撃を行う場合は、不適当だな」

 俺がそう言うと、血色が少しずつ元に戻りつつあるコードウェル三尉は、なにやら難しい顔をしたと思ったら、俄かに口を開いた。

「三佐、聞いた情報を元に考えると、第三戦隊を正面から叩こうと考えるなら、最低でもマリーネの一個中隊は必要になると思うんです」
「うん、まぁ、妥当な数だとは思う。それで?」
「はい、マリーネの中隊……十二機編成での攻撃を仕掛ける場合の、兵装の組み合わせを聞いてもいいですか?」
「その中隊は、四機小隊が三個って事か?」
「はい」

 ふむ……。

「そうだな、マリーネの一個中隊で攻撃を仕掛ける場合、俺なら……、対艦攻撃の主軸となるHAパック装備の対艦攻撃小隊が一つ、囮役と近接火砲の削り役を担うAパック装備の強襲小隊が一つ、強襲を支援するSパック装備三機と対艦攻撃や前衛の援護をするS/Sパック装備一機でなる支援小隊が一つかな。けど、こういうのは正解がないものでもあるので、組み合わせは指揮官の好みでどうぞって奴だ」
「な、なるほど……」

 本当に効率的な数字が割り出されて、対艦攻撃のドクトリンが確立されるのは、いつの日になることやら……。

「しかし、クロガネ級……いや、オーブの宇宙艦隊に対艦攻撃を仕掛ける相手がいたら、俺は同情するよ」
「ええ、MS隊の迎撃を潜り抜けた後、ビームでの弾幕とクラスター弾と小型ミサイルの火線網ですからね」
「……それ、明日、私達が体感することになるんだけどね」

 マユラの無情な一言に、俺とレナ、更には三尉までも、ガクリと肩を落してしまった。

「え、えーと、アインさん、そんなに落ち込まないでよ」
「いや、わかってはいるんだが、サンドバックにされるかもしれないとなると、なぁ」
「明日の模擬戦で対艦攻撃に関する問題点やクロガネ級の弱点が色々と見えてくるかもしれないし、私達が頑張る事で犠牲が減るかもしれないんだし、気合入れていこうよ」

 うぅ、マユラ……、あんたはええ子やなぁ。

 なんて、一部地域の小母ちゃんめいたことを考えてしまうが、実際の話、ここ最近のマユラは、以前よりも一層、公私の別がしっかりとできているから、プライベートで甘えてくる時と違って、公の場では、非常にキリッとしており、凛々しくて頼もしい。

 以前、お世話になっていた防衛隊で小耳に挟んだ所によると、マユラは男女を問わずに人気があるそうで、宇宙軍の〝裏〟酒保で取引されている、華やいだ笑顔や真剣な表情の隠し撮り写真が高値で流通しているらしい。また、そんなマユラとよく一緒に行動しているレナに関しても、先のL3掃討制圧戦で大活躍した影響で、人気が急上昇中だとか。

 更に言えば、俺の写真もそこそこ売れているそうなのだが、こちらは呪詛の類に使用されているとの事……。

 道理で、最近、部屋に貼ってある魔除けのお札や身に付けているお守りの類が黒くなるはずだ、ってのは、あくまでも冗談だが……、現実、人ってのは時に道理から外れて狂う事もあるから、突然、背後から刺されるなんてことも起きるかもしれない。

 まぁ、現代の道理から外れている俺が言える事ではないような気がしないでもないが……、精々、用心する事にしよう。

 ……ちなみに、その〝裏〟酒保で販売されている隠し撮り写真の一番人気は、サハク准将の微笑だったりする。

「確かに、マユラの言う通り、もう明日に迫っている事なんだから、くよくよしていても仕方がない。精々、派手に散ってやろう」
「先輩……、散ってどうするんですか」
「言葉の綾だ」

 いや、真面目な話、そうなってもおかしくないからな。

「うぅ、三佐でも散るのを覚悟するなんて……」
「ほら、アインさんがそんな事を言うから、ユカリにプレッシャーが」
「あらら、別に負けても気にするなって意味合いでも言ったつもりなんだがな」
「ユカリちゃんは真面目なんですから、真に受けてしまいますよ」

 そんなもんかねぇ。

「なら、言い換えよう。三尉、明日の模擬戦闘でな、実戦前に落される恐怖を味わえたり、弾幕に飛び込む勇気を得られる事を幸せに思え」
「……先輩、あんまり、変わらないです」
「そうよ。ほら、ユカリがまた蒼くなったじゃない」

 えー。

「げふげふ、と、とにかく、そんな訳だから、今日は今やってる打ち合わせを終えたら、万全の体調で明日の模擬戦闘を迎えられるようにする為にも、今日の業務はこれで終わりにするから、自主訓練もなし。各々そのつもりでな」
「わかったわ」
「わかりました」
「……了解です」

 むぅ、コードウェル妹が元気ないままだな。

 このままだと明日にも響きそうなので、一計を案じ、レナとマユラに慰めさせている間に部屋の端末に向かい、馴染の番号を押す。

 ……直ぐに繋がった。

「おっ、パーシィか? アインだ。って、えっ? ああ、別に急ぎの用事でも問題が起きたわけでもないよ。……うん、そう、明日の模擬戦に関してなんだけど、ちょっと、コードウェル三尉の調子が悪く……、おおっ、いいのか? いや、流石、よく分かってるな、パーシィ、うん、うん……、了解了解、大丈夫だ。……オーケー、なら、それで頼む」

 はい、話がわかる男、パーシィと話が通りました。

「コードウェル三尉」
「……はい?」
「最近、アーガイルの奴がマリーネの陸戦型関連で忙しくて、休みなしの日が続いてただろう?」
「ええ、サイ君、忙しくて……」
「今日、これから休ませるってさ」
「ッ!」

 おっ、おおっ、目の色が変わったっ!

 いやぁ、恋する乙女(?)は違うねぇ。

「三佐……、私、俄かにやる気がメラメラと出てきました」
「そうか、なら、明日もその調子を保てるか?」
「もちろん、クロガネ級なんて、へっちゃらです!」

 ……ニヤリ。

「うんうん、非常によろしい。明日は、大いに頼りにするぞ?」
「ええ、私に任せてくださいっ!」

 ふっ、計画通りだ。

「先輩……、恋する乙女の気持ちを利用するなんて、悪党です」
「ほんと、アインさんって、こういう時って、悪い顔するよね」

 あーあー、レナとマユラが何か言ってるけど、きこえな~い。

「よし、なら、さっさと打ち合わせを終わらせるとしよう」
「はいっ!」

 そんな訳で、当初予定より大幅に早く、充実した打ち合わせができたのでした。



 これは余談になるが……、第三戦隊との模擬戦闘訓練、レナを防護するコードウェル三尉が大いに活躍してくれたので、三勝二敗でなんとか勝ち越すことができました。

 いやはや、三尉がレナに向って撃ちだされた百発近いヤカゼを全弾迎撃するとは、思いもしなかったよ。

 ……恋する乙女って、強いよねぇ。


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