第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
42 蓄えられる力 -L3再開発 2
八月。
L3において、新規コロニーの建造作業が本格的に始動した影響で、アメノミハシラとL3を往還する商船の数が大幅に増えた。云わずもがな、コロニー建造に使用される各種資材に加えて、工事関係者や彼らを支える各種サービス業に携わる人達、そして、人が生活する為に必要な水や食料、生活物資を運ぶ船だ。
当然の事ながら、日々送り込まれる工事用資材や生活必需品に関係する企業には次々に仕事が舞い込み、アメノミハシラ経済にも活況を呼んでいるようだ。付け加えれば、オーブ本国で、【カグヤ】の二代目と言う事で【カグヤⅡ】と命名されたマスドライバーの再建が終了した事も人と物の流れを活発化させていると思われる。
また、混乱するかと思われていたSKOの縮小も、軍属は新設される予定のL3防衛隊や増強される第二艦隊、民間人はL3コロニー建造関連や事業規模を拡大しようとしている商船会社といった具合に、次の雇用先が確保されている事もあって粛々と進んでおり、特に大きな問題は発生していないそうだ。
ちなみに、利用料金の引き下げと共に護衛隊が削減されて、規模が縮小されつつあるSKOだが、組織上層部はSKOの生き残りを図るべく有用性を示す為に平時でも一定の需要があると考えられる、宇宙航路上での事故・災害救助や救命救急関連に手を出そうと考えているとのこと。
要するに、宇宙の消防署(?)みたいなものになろうって考えているみたいだ。
宇宙での物流やそれを支える商船を守る事を第一義とするSKOのあり方を考えると、妥当だと言える方針だろう。
◇ ◇ ◇
先の制圧戦で仕事をしたからかはわからないが、アメノミハシラ内部にある宇宙軍総司令部、その一画にウルブス小隊専用のオフィス……というよりも控え室と言った方が近いかもしれないが、とにかく、腰を落ち着ける事ができる場所を設けてもらえた。
それまではアメノミハシラ防衛隊の好意で場所を借りていただけに非常にありがたいことだ、なんて事を考えながら、新しい仕事を携えてきたゲスト……毎度お馴染のコードウェル姉の話に耳を傾ける。
「なるほど、俺達が試金石……テストケースになるって訳だな?」
「はい、参謀本部は導入の可否を判断する為にも、実機運用で四機小隊編成のメリットとデメリットを明確にする必要があると判断しました。それで、こういう言い方もなんですが、現状、手が空き始めているラインブルグ小隊に任せようと言う事になりまして……」
「ははっ、俺達は予備役……、一種、臨時雇い的な存在だから、別段に気を使う必要はないさ。それに参謀本部が言う通り、机上だけで話を進めて、大上段で導入するよりは余程いいからな、うん、了解したよ」
俺の言葉に安堵するようにホッと肩の力を抜いて見せたコードウェル一尉だが、今日はいつもと違い、髪を後で纏めて縛っている為、普段はあまり見えない首筋のラインが見えたりするから、いつも以上に女の色気を感じてしまい、ちょっとドキッとさせられてしまう。
「三佐?」
「あ、いや、なんでもないよ。それで、今の小隊にもう一人が加入する形になるのか?」
「私の妹、ユカリ・コードウェルが加入することになります」
「んっ? 三尉は技術部でテストパイロットをしてたはずだが?」
「ええ、当初は艦隊か防衛隊から人員を派遣する予定だったのですが、L3防衛隊が前倒しで新設されるのと第二艦隊が再編される事になりましたので、再配置に伴なう異動が行われていまして」
「ああ、そうか、先の戦闘に参加した連中から新設部隊に抽出されるだろうし、幹部の立場で考えたら、できる限り実戦経験者を放出したくないわな」
「はい、それ以外の新任だと、マリーネに慣れておりませんし、そもそも、三佐達に付いて行ける者がいません」
「そうか」
確かに、コードウェル妹なら腕も含めて見知っているし、背中を預ける事も……、まぁ、できるだろう。
「了解。で、三尉はいつ着任するんだ?」
「今、引継ぎ中なので、明後日位には着任する予定です」
「わかった。マリーネの兵装関連の仕事はほぼ終わっているから、四機小隊の戦術検討とかを始めておくよ」
「はい、よろしくお願いします」
さてと……。
「真面目な話はここまでにして、ちょっと茶飲み話でもしていくか?」
「えっ、よろしいのですか?」
「まぁ、一尉が忙しくないならだけど」
「なら、少しだけ……」
「助かるよ。マユラは一日仕事に出ているし、レナにも用事に出てもらっているから、話し相手に飢えていた所なんだ」
マユラは腕を向上させる意味合いも兼ねて、部隊連携の講義と仮想敵を務める為に、今日一日、シミュレーターを使ってやっている防衛隊の模擬戦闘訓練に参加させているし、レナには総司令部に兵装関連の報告書を届けてもらう為のお使いを頼んだのだ。
「飲料パックは、NIPPON茶が好きなんだっけ?」
「はい、そうですが……、あの、三佐、私が……」
「気にしない気にしない。ここでのホストは俺だよ」
なんて風に自分的には気取った事を言いながら、部屋の片隅に固定されている冷蔵庫からNIPPON茶と今日は気分を変えてレナ愛飲のMATTYAオレを取り出す。
「ほい」
「ありがとうございます」
「そういえば、コードウェル一尉」
「はい?」
「今日は髪の毛を纏めているんだな。……うん、中々、似合ってるよ」
「あ……、え、えと……、あ、ありがとうございます」
あら可愛い、コードウェル一尉は頬を朱色に染めております事よ。
その後、アメノミハシラで流行しているファッションや料理店、居住区画の日常的な様子、隙がないと思っていたサハク准将の意外な実態等々を話したり聞いたりしていたのだが、自然と共有している話題……制圧戦後のアメノミハシラの様子や最近の世界情勢、先月にロールアウトした艦隊型護衛艦クロガネ級の評価といった〝味気ない話〟に傾いてしまうのは仕方がないだろう。
「へぇ、アメノミハシラに寄港する商船が増えているのか」
「海賊の根絶を図った事と、実力を示した事で各国の商船会社から信用を得たみたいです。それに、元々、アメノミハシラは地球と宇宙の連絡には、非常に便利な場所にありますから」
「確かにな」
これぞ静止軌道の醍醐味よ、って奴だな。
「話を変えるけど、大西洋連邦で新型MSがロールアウトしたことは聞いているか?」
「ええ、名前は【ウィンダム】と聞いています」
「なら、詳細なスペックを聞いてないか?」
「そこまではわかりませんが、公開された映像を分析した内容を伝え聞く限りでは、アークエンジェルに乗せられていた【ストライク】に匹敵するそうですよ」
「ストライクか……」
ストライク……、ヘリオポリス襲撃を仕掛けたクルーゼ隊が唯一奪取に失敗し、以後、数多のザフト部隊を退けて撃破してきた、キラ・ヤマトの愛機だったな。
「手強いな」
「ええ、これもストライカーパック運用機ですから、運用に柔軟性を持っていますから、手強いでしょうね」
「聞いている限り、そのバックパックシステムを運用する為には専用設備が必要みたいだけどな」
「ストライカーパックは実戦を考慮してあって、設備が無くても前線での換装が可能だと聞いたのですが?」
「宇宙ならやってできなくはないかもしれないが、現実的ではないわな。実戦経験者として言わせて貰えば、マリーネで使ってるビームアサルトのカートリッジ交換でもタイミングが難しいのに、いつ何時、攻撃されるかわからない戦場のど真ん中でのバックパックの換装なんて悪夢だよ。付け加えれば、後方に下がったとしても細かなデブリが流れくるわ、いきなり流れ弾が飛んでくるわで、まぁ、これは無理だとは言わないが、やりたくないよ」
「確かに……、そもそも後方に下がるのなら、素直に母艦に戻って推進剤も含めた補給を受ける方が良いですね」
「そういうこと」
要するに、バックパック換装式運用機とアタッチメント式のマリーネは運用方法ではあまり大差はないのだ。
「それで、現行の主力機【ダガーL】から切り替わるのに、どれ位掛かると思う?」
「そうですね……、一部に先行配備して、運用面の問題を解決してから本格配備を始めるでしょうから、最低でも一年は掛かるはずです」
「親大西洋連邦国……、いや、【新地球連合】への配備は?」
新地球連合とは、今年六月、俺達がL3掃討制圧戦で忙しい間に、さり気に結成されていた新しい国家連合体で、大西洋連邦と南アフリカ統一機構、汎イスラム同盟で構成されている。
この動きは大西洋連邦が再び覇権を握る為の最初の一手であると同時に、アメノミハシラからM1アストレイを導入して、力を蓄えつつある南アメリカ合衆国や、西ユーラシア連合とアフリカ共同体が地中海同盟を結成したことに対抗する意味もあるんだろう。
「今、南アフリカと反イスラムが使っているのはストライクダガーですから、ダガーLを流すのでは?」
「やっぱり、その辺りが現実的か」
「……アメノミハシラも似たような事をしてますからね」
「マリーネに更新したから、余ったM1を南アメリカ合衆国に、補修用パーツ取りとして安く流しているからな」
「一部は【レイスタ】にも流れてます」
レイスタとはジャンク屋ギルドがM1をベースに開発した民生用モビルスーツであり、非武装が前提の作業用モビルスーツに位置づけられている。
……まぁ、実際、どう使われているのかまではわからないけどな。
「アメノミハシラにとっても、今はコロニー建造で金が必要な時だから、せっせと稼ぎたい所だな」
「ふふ、そうですね。今も在庫になる予定のM1Aには、月面都市群から照会が来ています」
「あれまぁ、やっぱり欲しがる所はあるんだな」
でも、これだけMSを外に出せるのって、最大勢力だった地球連合が潰れて、各々の勢力が睨みあっている状態だからこそだよなぁ。うんうん、実家で作った戦闘用艦艇やマリーネが売れたり、共同開発でマリーネの陸戦型が開発されていたりする事を考えると、ほんと、カナーバさんには感謝しないと……。
「月面都市群も前の戦争ではかなり危ない綱渡りをしていましたから、ある程度の自衛戦力が欲しいと考えているんでしょうね。それに、ハガネ級にも興味を持っているみたいです」
「ハガネ級か……、送り出した身から言うのもなんだけど、本来は拠点防衛型の艦艇に近いから、もしも艦隊同士での砲戦なんて起きたら、酷い目にあうだろうな」
「だからこそのクロガネ級ですよね?」
「ああ」
クロガネ級はラインブルグ宇宙造船がハガネ級に続き、艦隊護衛用艦艇として送り出した宇宙戦闘艦であり、二週間の公試後、【SFE-2】の艦級が与えられて採用されている。
このクロガネ級の大きさはトツカ級の三分の二程度であり、形状はハガネ級を踏襲して潰れたペットボトルのようなのだが、艦首に電磁式対ビームコートを備えたり、推進部を後部両舷に装備したりと、トツカ級にも似ていたりする。
「来月にはハガネ級との切り替えが始まるみたいです」
「ラッセル三佐から聞いているよ。お役御免のハガネ級も防衛隊に回すらしいな」
「ええ、近接防衛ラインを構成できますし、改装すればMSの補給支援艦や宙雷艇になりますから」
「ま、無駄にならなくて良かったよ」
勿体無いの精神は大切だよね。
ジャンク屋を除いた現代人が忘れつつある精神を思い出していると、部屋のスライドドアが開き、もう見慣れたオーブの白い制服を着たレナが入ってきた。
「先輩、戻りました」
「おー、おかえり、レナ。お使い、ありがとう」
「いえ、これくらいは当然ですよ。……あ、アサギさん、こんにちは」
「こんにちは、レナさん、少しお邪魔させてもらってます」
「いえ、アサギさんが来ると、何かと構って欲しがる先輩の相手をしなくて済みますから、とても助かります」
ちょ! なにそれ、扱いひどくないっ?
「そうなんですか?」
「ええ、それはもう、今日だって、じーとこっちを見ているから用事かなって思って先輩を見ると、ふいと知らない顔をするんですから、反応に困るんです」
「ふふ、三佐は寂しがり屋みたいですね」
うぅ、何か、立て続けに脇腹を連打されてる気分。
「でも、ザフトにいた時と違って、そういう甘えたがりな部分も見せてくれるようになったから、嬉しかったりもするんです」
「……それって、何だが、羨ましいです」
……お、俺は物凄く、恥ずかしいです。
「はぁ、私にも、どこかに良い人が居ればいいんですけど……」
「えっ? アサギさんなら、引き手数多じゃ?」
「そう言ってもらえると嬉しい事は嬉しいんですが、現実、中々、良い人がいなくて……」
「そうなんですか?」
「ええ、だから、本当に、マユラやレナさんが羨ましいです」
……ううむ、コードウェル一尉は俺達の関係に嫌悪感を抱かないんだろうか、なんて事を考えていると、以心伝心なのかはわからないが、レナが俺の知りたい事を聞いてくれた。
「ねぇ、アサギさん。私達の関係って、どう思います?」
「……マユラから初めて四人の関係を聞いた時は、三佐に何か弱みでも握られて、関係を強要されているんじゃないかって訝しんだ覚えがあります」
けしからん三股男で、サーセン。
「でも、定期的にマユラの話を聞いていると、特に洗脳とかされている訳じゃないし、本当に大切にしているんだってわかってきて、それなら……、マユラ達が納得しているならいいのかなって、思うようになったんです」
「と言うことは、私達が焦れてくる程、先輩が〝最後の一線〟を超えなかった事も?」
「ええ、聞きましたよ。一緒に生きていけるだけの甲斐性を磨くまではって……」
凹、俺がヘタレである事が一尉にばれてたっ!
「それまで、男の人は我慢が効かない人が多いって思い込んでいましたから、新鮮でした」
「確かに、先輩って、凄くエッチな癖に、結局、自分の意志を貫徹しましたからね。本当に、あの夜に至る一年、長かったです」
「……ごちそうさまです」
おふぅ、こちらに向けられたコードウェル一尉の生暖かい視線が羞恥を煽るっ!
「はぁ、私も、ラインブルグ三佐みたいな恋人がいたら、良かったんですけど」
「は、ははは、何とも過分な評価を頂きまして……」
「そんなことないですよ。自信を持ってください」
「……ありがとうございます」
「あ、なんだか、出過ぎた事を言ったみたいで……」
「気にしなくてもいいですよ、アサギさん、先輩、喜んでますから」
うへぇ、レナに内心を読まれたっ!
「……あ、すいません、ちょっと長居し過ぎましたね。そろそろ、お暇させていただきます」
「いやいや、いいリフレッシュができたから、気にしないでいいし、また来てよ」
「ええ、先輩の相手をしてもらうだけで、こっちの負担が減りますから、助かります」
レナ君、まだ、それを引き摺りますか……。
「それでは、三佐、レナさん、これで」
「あ、先輩、私、近くまで送ってきます」
え、なんで、と思ったら、それが顔に出てしまったんだろう、レナが苦笑しながら付け加えてきた。
「男の人抜きで、女の子同士でちょっと話したい事もあるってことですよ」
「あ、そういうことか」
「はい、だから、ちょっと行って来ます」
「ん、了解」
綺麗に敬礼して見せたコードウェル一尉に、こちらも敬礼を返し、二人が部屋を出て行くのを見送った。
いったい何を話すのか知らないけど……、まぁ、レナも一尉と馴染んで来てるってことだな。
さて、良い感じに肩の力も抜けたし、四機小隊編成の有用性を検討する計画のアウトラインでも立ててみるか、なんて事を考えながら、俺は自身の机に据えられた情報端末を立ち上げた。
もっとも、この後、〝ちょっと〟と言って席を外したレナが、いったい何処で何を話しているんだと、こっちが首を傾げる程に長時間帰ってこず、上司として雷を落さざるを得なくなったのは予想だにしていなかった。
ガールズトークも程々に……。
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