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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
38  安住の地へ -L3掃討制圧戦 2


 6月9日。
 作戦開始までの一週間程、軽い体力維持トレーニングをする他は、ほぼずっと、待機室でレナ達と他愛も無い事を話す日々が続いていたのだが、ついに、サハク准将が行った先の宣言にあった通り、オーブ国防宇宙軍によるL3の掃討制圧が行われる日を迎える事になった。

 しかしながら、宇宙海賊の力というか……、L3に巣食っていたアウトローの数が半端なかった。

「世の中、どうなってるんだ? なんで、こんなに海賊がいるんだよ」
「まさか、五十隻を越えるなんて……、驚きです」
「しかも、武装している船が三十近くもあるなんて、絶対におかしいぞ」
「そうですね、先輩。それに、あの数なら、MSかMAの数は……、大凡で二百近いんじゃないでしょうか?」
「そうだな。それ位、あってもおかしくは無い数だよ。しかし、今のL3を見ると、世の中が乱れると〝ろくでもない〟連中ばかり増えるって証拠だよなぁ」
「ですね、国家権力の力が及ばないL3は、犯罪者や脱走兵が逃げ込むのに最適でしょうしね」

 作戦開始まで残り半日を切った中、待機室のモニターに映し出されているL3宙域の様子を見て、俺とレナが口々に世の乱れを嘆きつつ呆れていると、一人、なにやら落ち込んでいたマユラが口を開いた。

「……うぅ、私もあそこにいた事があるだけに、アインさんとレナの言葉が胸に痛い」

 ほほぅ、どれ、痛い所をお兄さんが確かめてって、違う違う。

「そう言えば、マユラ達もオーブで負けた後、三ヶ月位、L3に逃げ込んでいたんだったな」
「……マユラ、あなた、その間に、悪い事はしてないでしょうね」
「し、失礼な事言わないでよっ、レナっ! だいたい、私がいた時は、普通のジャンク屋だって、極普通にジャンクを漁りに来ていて、もっと宙域自体がマトモだったし、絶対に、ここまで酷くなかったわよ!」

 揶揄したレナを、ふしゃー、と猫のように威嚇するマユラだが……、こういう顔も可愛いもんだ。そんな具合に内心でにやけつつ、今日に至るまでの流れを思い返す。


 5月29日から先日の6月8日まで、第二宇宙艦隊が広げていた航路封鎖網には、連日、L3からの逃亡を図った宇宙海賊や違法ジャンク屋、傭兵等が引っ掛かっていたのだが、初日に強行突破を図った船を三隻程沈めた影響か、以後は特にこれといった大きな抵抗もなかった為、粛々と行われていた。

 この封鎖艦隊によって拿捕された船に搭乗していた連中の取り扱いは、船舶に武装が施されているか否かで分けられている。
 まず、非武装船に乗っていた者達だが、非武装とはいえ、先の戦争後、L3が宇宙海賊やアウトローの巣窟となっていた事実があるだけに、何らかの犯罪に関与した嫌疑があるとされ、身元を確認された後、作戦終了後に世界各国に配布される、ブラックリスト(要注意人物表)に顔写真や指紋等を登録した上で、解放されている。
 一方の武装船に乗っていた者達だが、こちらは直接的にアメノミハシラ船籍の商船を襲ったという嫌疑がある為、〝陸戦隊〟に拘束された後、海賊行為を行っていないか、犯罪に関与していないかを入念に取り調べる為に、アメノミハシラに引き揚げる支援部隊の艦艇に放り込まれて後送されている。

 ここまで強硬な姿勢だと人権云々と言い出す輩が出てきそうなものだが、コードウェル一尉が教えてくれた所によると、L3にあるヘリオポリスと資源衛星はオーブなのだから、不法占拠の嫌疑があるのは事実だし、しばらくはこれで押さえ込めるだろうと、宇宙軍の主席法務官が話していたそうだ。

 自身の経歴上、そういう話にも興味はなくはないが、今は目の前の問題に目を向けるとして……、第一宇宙艦隊がL3宙域外縁部に到着して展開した後、今度は第二宇宙艦隊がL3に向けて、ゆっくりと進み始め、徐々に封鎖網を狭めていき、先日、無事に第一宇宙艦隊と合流を果たして、予定通り、サハク准将の指揮下に組み込まれたのだ。
 いやはや、作戦当初は戦力を小分けしたら、各個に狙われるかもしれないと思ったりもしたんだが、相手は指揮命令系統が統一された軍隊じゃなく、一国一城めいた独立事業主とも呼べる海賊だったから、いらない心配だったらしい。

 そんな俺の杞憂はともかくとして、宇宙軍が行動を開始してからL3宙域外縁部に展開する昨日まで、合計して三十隻近い数の船を臨検、拿捕してきたのだが、今現在、宙域内に展開しているアウトローの集団……、便宜上、海賊連合とでも呼ぶとして、その海賊連合の艦船が五十隻を越える所から、どうやら、L3に巣食っていた連中の半分にも満たなかったようだ。

 そりゃ、航路の安全も脅かされるはずだわなぁ、と納得して、視線をレナとマユラに戻すと、小さな声で何事か言い合っているようだった。
 経験上、そろそろ止めた方がいいなと思って、二人に声を掛けようとしたら、部屋備え付けの端末から呼び出し音が響き始めた。

「っと、艦橋から連絡かな?」
「あ、先輩、私、出ますね」
「あっ、ちょ、レナ、聞きなさいよっ!」
「マユラ、ほら、落ち着けって」
「わーん、アインさん、レナがいじめるぅ」

 レナが率先して端末に向ったのを見て、マユラが明らかに嘘泣きをしながら、俺の腕に縋り付いて来た。当然ながら、マユラはパイロットスーツ姿である為、日々、俺と我が息子に癒しや充足を提供してくれる等、非常にお世話になっている、ミーアに劣らぬ我が侭な胸の膨らみが身体に押し当てられるわけでして、はい。

「お~、よしよし」
「レナッたら酷いんだよ、アインさん。私の事、女海賊になっても違和感ないって……」
「もぅ、マユラっ、誰もそんなことは言ってないでしょう。それと、先輩は鼻の下が伸び過ぎです」
「むー、帰ってくるの早すぎ」
「おっと、いかんいかん」

 きりっ、とな。

「で、レナ、連絡は何だった?」
「はい、コガ艦長が先輩に一度、艦橋に上がって欲しいそうです」
「ん、了解。ちょっと行ってくるわ」
「わかりました」
「むー」

 口を尖らせてレナを軽く睨んでいるマユラの頭を一撫でして宥め、身体を離させた後、二人を置いて、艦橋に向かう事にした。

「まったく、マユラったら、すぐに先輩に抱きついて、本当に、抜け目無いんだから」
「へへん、悔しかったら、レナもしたらいいじゃない」
「わ、私は、普段からちゃんと構ってもらってるから、そんな事する必要ないもの」
「そーぉ? その割には、随分、羨ましそうな顔をしてたじゃない」
「しーてーまーせーん! だいたい、私は、誰かと違って、時と場所を弁えて甘えるから、そんな恥知らずなことはしません」
「む……、誰が恥知らずなのかなぁ? あっ、いっつもアインさんのを〝食べさせてもらう前〟に堕ちゃって、突き出したお尻を振りながら、惚けた顔で〝食べさせて欲しい〟ってお願いする誰かさんのこと?」
「むむっ……、毎回、先輩に〝お腹を一杯〟にしてもらった後でも、涎を垂らして、まだ足りないもっと欲しいって、両足を絡めながら、膝の上に居座って〝おかわりをねだってる〟誰かさんのことよ」

 うー、わんわんっ、にゃにゃっ、しゃー、といっても通用しそうな、レナとマユラの、別の意味で緊張感のある言い争いに巻き込まれないようにすべく、急ぎ足で……。


 ◇ ◇ ◇


 艦隊全体が既に一種警戒態勢に入っている為、人気が無くなっている通路を移動して、ワダツミの中枢部とも言える艦橋に入ると、老境に入りかけた艦長が管制官に指示を出していた。

「コガ艦長、お呼びとの事で」
「む……、ラインブルグ三佐か」

 オーブ軍で統一採用されている白い制服姿のワダツミ艦長……、タカシ・コガ一佐がこちらを振り仰ぐと、赤銅色の肌に深い皺を刻み込んだ顔、その口元を微かに綻ばせた。

「早いな」
「一種警戒に入ってますから、規程を無視して飛ばしてきましたからね」
「……そういう柔軟な部分を、うちのひよっこ連中にも見習って欲しいモノだ」

 コガ艦長は、平時においては練習艦隊で艦隊司令を務めている故の感想だろう。

「ですが、規程は守らないより、守る方が大切だと思いますが?」
「それも時によりけりだ。士官には、自分の裁量において、時に独断専行も必要になることもあるからな」
「なるほど」

 勉強になります。

「それで、艦長、ご用件は?」
「ああ、敵……、海賊の戦力と今後の動きについて、君の意見を聞きたい」
「えっと、参謀さん達の意見は?」
「それは既に聞いている。だが、私としては、実戦経験者の意見を聞いておきたくてな」
「そういうことでしたら」

 さて、できるだけ客観的に、言えたらいいけどなぁ。

「先程まで、待機室のモニターを見ていた限りの意見ですが、当初、想定していたよりも艦船数が多いように感じます」
「そうだな。我々も海賊の実態を十分に把握しきれていなかった面があるとはいえ、あの数には驚いた」
「もしかしたら、L3には兵器や横流し品の市場でもあるのかもしれません」
「ありえないと言い切れない話だな。……続けてくれ」
「はい。現在、展開している数を勘定すると、大凡で五十から六十。その半数が何らかの対艦兵器を武装している事を考えると、それなりの脅威だと言えます」
「ふむ、かもしれぬな」
「ええ、それに加えて、ジンやストライクダガー、様々なジャンクを寄せ集めて作った改造MS、ミストラルやメビウスといったMSやMAも、二百程存在していてもおかしくはないです。もしも、これらが迎撃に出てきたり、対艦攻撃を仕掛けてくると、それなりに厄介でしょう」
「だろうな」
「……とはいえ、私としては、それら各種兵器の数よりも、まず、海賊に統一された指揮系統が存在しているか否かが気になっています」

 その俺の言葉を聞いたコガ艦長は、黒目がちな瞳を細めて、不敵に笑った。

「では、連中の数は恐ろしくはないと?」
「いえ、数が脅威であることは……、考えなしの飽和攻撃も十分に怖いことは確かです。ですが、波状攻撃のように効率的に運用された時こそ、真に数は恐ろしさを発揮します」
「それは君の経験からかね?」
「はい、ヤキン・ドゥーエでの最終攻防戦で、両方とも経験した感想です」

 次々に繰り出された波状攻撃には、心が折られるかと思った。

「羊に率いられた獅子……、烏合の衆なら罠に嵌めて殲滅できますが、獅子に率いられた羊ならば、逆もありえます」
「だが、第二艦隊が拿捕してきた連中を見ると、それはないとは考えられないだろうか?」
「それでも予断は禁物だと思います。もしかしたら、海賊が団結して、指揮系統の統一などを図った過程で、考えや反りが合わなかった連中が反発して出て行っただけかもしれません」
「……ふふ、意外と慎重だな。伝え聞いた、戦場での果敢な君の姿とは異なる」
「多分、前の戦争で仲間の命を預かった事で悩んできた影響でしょう。戦闘前は、常に最悪を想定して、これでもかと思いつく限りの対策案を考えておいて、戦場に出た後は、果断であれと意識して動いていたんですよ。……どう動くかを迷い、決断が遅くなると、仲間が死ぬと思ってましたから」

 コガ艦長は、静かに頷いてくれた。

「納得がいった。……では、敵はどう出てくると思う?」
「前の戦争で通常に行われていた迎撃作戦……、艦艇による砲戦を経て、機動戦力による宙域争奪戦が一般的でしょう。危惧する可能性としては、今回の作戦、歯向かう者は容赦せずの方針が出てますから、破れかぶれになって、〝バンザイアタック〟を仕掛けてくるかもしれません」
「或いは、〝バンザイアタック〟まではいかずとも、前戦争の新星争奪戦で起きた艦隊特攻のように?」
「そうですね、死中に活を求めるなら、選択肢の一つとしてありえると思います。……一度、艦隊特攻を体験した身から言わせてもらえば、あれは本当に怖いですよ」

 って、なんで、呆れた顔?

「ヤキン・ドゥーエでの攻防戦に加えて、ボアズ戦後の撤退支援や二度の地球軌道での会戦、それに通商破壊作戦……。これらは私が知る君の戦歴だが……、君は宇宙での戦闘を、大概、経験をしているのだな」
「……そう言われてみれば、そうなります」

 初戦から関わっていた事を考えると……、俺、本当に、良く生き残れたよなぁ。

「だが、君のその経験は、実戦経験が乏しい我が軍には有難いものだ。これから発生する戦闘では、前線のフォローに回ってもらいたい」
「ええ、元よりそのつもりですし、ソキウス小隊もそのように動くはずです」
「私はあまり彼らとは話す事が無いのだが……、彼らがそう言っていたのかね?」
「いえ……、ですが、彼ら自身が持つ〝誇り〟から考えると、そのように動くだろうと思います」
ソキウス(戦友)である事の〝誇り〟か……」

 コガ艦長が艦橋から遠望できる旧ヘリオポリスをしばし見つめた後、こちらを向いた時には、どこか悲しみを含んだ表情になっていた。

「……君は、彼ら三人の精神が壊されている事を?」
「……ええ、知っています。だからこそ、他人から見れば、刷り込まれた存在意義だろうが、ナチュラルを守る事が本人達の中で残って、絶対的な信条として成立している以上、それを彼らの〝誇り〟と受け取る方がいいと思いましてね」
「まさしく、詭弁だな」
「ええ、詭弁です」
「だが、下手な同情よりは余程、上等だ」
「彼らへの同情は、ただの可哀想に止まるということで?」
「そうだ。同情は、所詮、優越の裏返しだ」

 コガ艦長の明け透けな言葉に、目が点になるのがわかった。

「艦長は手厳しいですね」
「人が抱える苦悩をわかってやれると考える等、傲慢に過ぎんし、行動を示さない同情には哀れみ以上の意味は無い」
「それはなんとも……、いや、我が身を振り返ると、身が竦む思いです」
「……ふっ、君は合いの手が上手いから、つい、こちらも話し過ぎて困るな」

 え、そうかな、等と内心で首を傾げていると、コガ艦長は更に言葉を続けた。

「だが、誰もがそういうわけではない」
「……というと?」
「軍内には、サハク司令官にも一目置かれている君を疎ましく思う輩もいるということだ」

 あ~、確かに生え抜きから見たら、ぱっと出の人間は忌々しいだろうなぁ。

「私から見れば、君がサハク司令官に信任されるのも納得がいくのだが……、君を疎ましく思う連中から見れば、贔屓されているように映るだろう」
「ですが、私が佐官として編入された事を考えると、贔屓されているのは事実です」
「否、贔屓と重用は異なるよ」
「そういうものでしょうか?」
「ああ」

 再び、贔屓と重用に違いについて、内心で首を傾げるが、コガ艦長は構わずに話を続ける。

「君を疎ましく思う輩、はっきりと言えば、下級氏族出身の士官達なのだが……、彼らは気位は高い割には、実力が伴なわない者が多い。その肥大した自尊心を抑える事が出来ず、今までも、氏族と非氏族との間で諍いが絶えず起きている」

 ……ザフトも似たようなケースがあったけど、これって、どこにでもあることなんだろうか?

「しかも、君の場合は、ラヴィネン二尉にラバッツ二尉と、極自然に綺麗所を囲っている事もあるからな、余計に目立つ」
「あ、あ~、まさか、それの嫉妬も?」
「男ならば、当然、抱く感情だと思うが?」
「……そうですね」

 確かに、逆の立場なら、俺だって、お、おのれぃ、無妻男である俺への当てつけか、って、なると思う。

「とにかく、軍内に、君を疎ましく思っている輩がいることを忘れるな」
「……ご忠告、感謝します」

 中々、こういう風に忠告してくれる人はいないから、しっかりと頭を下げておくことにする。

「よろしい。……ラインブルグ三佐、中々、有意義な時間だった。これから始まる作戦での、君達の活躍を期待する」
「ありがとうございます、コガ艦長」

 そう返事をした後、軽く敬礼を捧げて、艦橋を退出する事にする。

 そして、後から撃たれないように、気をつけた方がいいかなぁ、なんて、正直、泣きたくなるような洒落にならない思いを胸に、待機室へと戻る事にした。


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