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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
37  安住の地へ -L3掃討制圧戦 1


 5月29日。
 宇宙軍の臨戦態勢が整った事を受けて、サハク准将はL3掃討制圧作戦を十日後の6月9日の実施することを世界に向けて大々的に宣言した。この宣言の中で、准将は掃討制圧作戦中、歯向かう者は容赦なく殲滅するとも述べており、公においては最後の警告となりそうだった。
 もっとも、各国メディアは殲滅するという部分をただの脅しと受け取って伝えているようだが……、サハク准将の為人と宣言の際に見せていた苛烈な覇気と目力を考えれば、間違いなく本気だろう。

 そもそも、今更逃げ出そうとしても、既に第二艦隊とウワツ、ナカツ、ソコツのワダツミ級MS母艦及び〝陸戦隊〟の一部が先行して、L3から地球、L4、L5に繋がる航路を封鎖しており、L3から逃げ出してくる連中を臨検し、武装していた場合は一時的に拘束して取り調べる為に、手薬煉を引いて待っていたりする。
 この臨検でも停船命令を無視して強行突破を図ろうとした場合は二度の警告後、撃沈する方針を打ち出しており、既に二隻ほど沈められているとも伝え聞いている。

 何事もそうだが、お天道様に恥ずることなく、疾しい事が無いのなら、堂々としていればいいだけの話だし、今の状況において逃げ出そうとするってことは、それだけで後ろ暗い事に関わっていた証左と言えるはずだ。
 そういった後ろ暗い連中……、特にL3に巣食った海賊連中はここ一年、あちこちで欲望の赴くまま非道を為してきたんだし、それ相応の因果応報という理を身をもって体感させるのは、欲望が暴走しやすい世の中に掣肘を加える為……、暴力には〝力〟でもって対応するという、一種の〝正義〟を示す為にも、必要なことだろう。

 そんな思いを胸に、当直小隊に当たっている為、ワダツミの右舷MS格納庫脇にあるパイロット待機室にて、スクランブル待機しつつ、サハク准将の宣言を繰り返しているテレビニュースを眺めている所だ。
 この当直任務は、ソキウス達で構成される【ソキウス小隊】と俺が小隊長を務める【ウルブス小隊】が交互で行っており、共に小隊を構成しているレナとマユラも一緒である。

 ちなみに、俺が使う機体の色なのだが……、マリーネの通常カラーである群青ではなく、以前と同じく、派手な黄色であった事には、もしかしたら、こうなるかもしれないと予測はしていたけれども、気落ちさせられたものだ。

「本当に、何度見ても思いますが、サハク准将って、凄い存在感を持ってますよね」
「う、うん、そうだよね」
「……マユラって、サハク准将の話になると、時々、挙動不審になるけど、怖い人なの?」
「ま、まぁ、普段はそんなことは感じさせないけど、今回の宣言を見聞きしたら、ああ、やっぱり、サハク家の人だ、怖い存在だ、って思っちゃうわ」

 ふむ、マユラにとって、サハク家ってのは、畏怖や敬遠の対象って所かな。

「レナ、マユラが言ってるが、サハク家ってのは、代々、オーブで軍事を担当していたらしいんだが……、オーブ国民ってのが、ちょっと、平和ボケ的な気質を持ってるみたいで、敬遠される存在だったらしい」
「なるほど、平和ボケですか……、なら、マユラの反応も納得できます」
「ぶー、幾らなんでも、平和ボケはないよぅ」
「おっと、それは失敬」

 おどけてみせると、マユラは尖らせていた口を元に戻しつつ、頷いてみせる。

「でも、アインさんの言う通り、国民に国防に対する理解があんまりなくて、軍なんて不必要だ、平和を希求するのに軍なんていらない、っていう空気はあったと思う」
「ああ、その通り。アスハが掲げた理想という綺麗な部分ばかりを見過ぎて、自分達の平和がどうやってもたらされているか、どうやって平和な空気が醸成されているのかを、サハクが固めていた現実の礎を忘れてしまっていたからこそ、オーブは世界の流れを読み誤って、本土を焼かれたんだよ」
「うぅ、アインさん、厳しい」
「っと、悪い悪い。別にマユラを責めたんじゃないよ」

 どちらかと言えば、国を焼いて、国民に苦難の道を歩ませる事になった前指導層を責めている。その時に至るまで、どれだけ偉大だったとしても、国を焼いた時点で指導者としては失格だしな。

「もしかして、アインさんって、アスハ家の事、好きじゃないの?」
「うーん、ナチュラルとコーディネイターの共存っていう平和的な理想は嫌いじゃないんだけど、ちょっと奇麗事が多すぎる気がするなぁ。……少なくとも、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない、なんて宣言はするべきじゃなかったと思う」
「でもさ、あの宣言をしなかったら、緒戦でザフトから攻められていたんじゃないかな?」
「いや、当時、プラントは理事国相手のような利害対立をオーブとは持ってなかったし、オーブ自体もコーディネイターを表立って虐待や差別する事もなく普通に受け入れていたから、侵攻する大義名分もない。だから、侵攻を受ける可能性は低かったはずだ。……まぁ、当時のザフト指導層も大概、頭がコーディ至上主義に毒されていたから、絶対なんて言葉は使えないし、攻められる可能性もあったろうけどな」

 実際、ザフトが中立国だった北アフリカに侵攻した事を考えると、オーブに侵攻していた可能性もあるにはある。

「それでも、自分達の行動を……、選択肢を狭めるような宣言はするべきじゃなかった。小国らしく、地味に息を潜めて、外交によって地位の安定を図りつつ、勝ち馬に乗るか自国に戦火が及ばないようにすることだけに集中していれば良かったんだ」

 これって、口でいうのは簡単だけど、古くは第二次世界大戦時のスペインや先の戦争において中立を守り通した赤道連合のようには、中々、運べないってことだな。

「そもそも、為政者ってのは、特に国家を指導する立場になると、自国民を守る事、富ます事を最優先に考えないといけないんだから、奇麗事だけを好む聖人君子じゃ、本来なら務まらない」
「……でも、前元首であるウズミ・ナラ・アスハには務まっていた。じゃあ、先輩、怖がられているサハク家って、もしかして」
「ああ、指導者が呑むべき清濁の〝濁〟を、人からは忌み嫌われる汚濁を、サハク家が一手に引き受けていたってことさ。まぁ、これもトップ以外が泥を被るっていう一つの施政方法なんだけどさ、だからこそ、俺は、その汚れ役を代々果たし続けていたサハク家に好感と敬意を持つんだよ」

 俺も含めて、人って生き物は、他者に奇麗事を求める割に、自身の欲は満たそうとする歪な存在である事を考えると、サハク家もいい加減辞めたくなるような、色々と大変な思いをしてきただろうと想像できるから、余計にそう思う。

「もちろん、俺は元からオーブに住んでいたわけじゃないから、これまでのサハク家の姿を見てきたわけじゃないし、今、この時だけしか見ていないから、そういう風に捉えているだけかもしれない。それに、俺個人が持っている、空ばかり見上げて動く為政者よりも、地に足をつけて動いている為政者の方が好みだというバイアスも掛かっているだろう。でも、事実として、前代表が自身が掲げた理想に殉じて死んだ結果、国を焼かれた国民は混迷の中で困窮しているから、どうしてもサハク贔屓になるよ」

 更に加えて言えば、本国において、新しく立った現代表が表立って、未だに活動を見せて……、いやいや、待て待て、現代表の詳しい近況も手に入れていないのに、予断は禁物だ。

 それに今日、この日に至るまで、表立っての活動を聞かないのも、よくよく考えたら変な話だしな。

 ……もしかすると、復興を取り仕切っているセイラン家は、現代表を神輿程度に捉えていて、実権を与えていないのかもしれない。

 つか、良く考えたら、俺、現代表のカガリ・ユラ・アスハの事、前代表の娘である、女である、ナチュラルである、ティーンエイジである、先の戦争の最終局面で軍事介入なんて無謀をしている、サハク准将が苦手である、位しか知らんわぁ。

 むぅ、人物像を把握する為にも、一度、しっかりと調べてみないといかんなぁ。

「……んんっ、とにかく、これまでの政治体制が破綻したんだから、今までの役割分担も見直すなり、お仕舞いにするなりしてもいいだろうさ」

 そう自論を展開し終わったところで、再び、レナが口を挟んできた。

「先輩、そう考えると、今回の作戦って、サハク准将にとっても重要ということですか?」
「だろうな。今回の作戦は、オーブという国家が地球圏で跳梁する海賊を根絶やしにして、居住コロニーを造る目的以外にも、准将個人として、オーブ国民や世界に新しいサハクの姿を示す意味でも重要だと思う」

 今現在の、戦争の惨禍で地球自体が混乱に陥り、ユニウスの講和で地球連合も崩壊した結果、新しい秩序を形成すべく国家勢力の枠組みが再編成されている状況だけに、ザラ議長に劣らぬ覇気を持つサハク准将なら、道さえ誤らなければ、一勢力の指導者位になれるかもしれない。

「だから、艦隊を総動員したんですね」
「ああ、失敗する要因を極力減らす為にな。戦いってのは基本的に数の世界だからなぁ」
「……今から考えると、ザフトって、よくあの戦争を最後まで戦い抜けましたよねぇ」

 遠い目をするレナの言葉に頷き返し、シミジミしたレナの様子に引いているマユラに苦笑しながら、今回の作戦で動員された戦力を脳裏に浮かべてみる。

 作戦に参加している部隊は、以前、コードウェル一尉から聞いた通り、L3宙域制圧の主戦力となる第一艦隊と第二艦隊及び不足している艦載機を補う為にMS母艦で構成された機動部隊、L3の宙域拠点となっている旧ヘリオポリスと資源衛星の制圧を担当する〝陸戦隊〟の揚陸部隊、作戦を支えるという重要な裏方の支援部隊で構成されている。

 これらの戦力を細かく見て行くと、第一艦隊……、オーブ国防宇宙軍第一宇宙艦隊は、サハク准将が座乗し、艦隊司令部に加えて今回の作戦を取り仕切る作戦司令部も置かれる事となった【SBM-11】イズモ級MS艦載型宇宙戦艦一番艦イズモを旗艦とし、【SDM-1】トツカ級MS艦載型宇宙護衛艦が八隻、【SFE-1】ハガネ級宇宙護衛艦も八隻で構成されている。
 これらの艦艇に艦載されているMSは、イズモに【MVF-M12A】オオツキガタが十二機、トツカ級に【MBF-M2】マリーネが一小隊三機ずつで二十四機となり、計三十六機となる。

 次にオーブ国防宇宙軍第二宇宙艦隊だが、旗艦に【SBM-13】イズモ級三番艦イナバを据え、主力艦艇となるトツカ級が四隻、補助艦艇のハガネ級が八隻で構成され、艦載MSはイナバにオオツキガタが十二機、トツカ級に十二機のマリーネで計二十四機である。

 また、本格的なMS母艦が完成していない影響で、不足している運用艦載機を補填する目的で【SCM-1】ワダツミ級MS母艦が四隻で機動部隊が特別編成されているが、基本的に正規艦隊と行動を共にする為、護衛艦艇は配備されていない。現状も、ウワツ、ナカツ、ソコツは先の通り第二艦隊に随伴しているし、俺達が搭乗しているワダツミも第一艦隊と一緒にL3に向っている所だ。
 機動部隊に配備されているMSだが、俺達が乗組んでいる一番艦のワダツミにマリーネが六機の他、ウワツ、ナカツ、ソコツの三艦に、全配備MSをマリーネに更新したアメノミハシラ防衛隊から回された【MBF-M1A】アストレイが十二機ずつで計三十六機であり、総計で四十二機となっている。

 これらの艦隊と機動部隊がL3掃討制圧作戦において、L3宙域の制圧と確保を行う主戦力といえるだろう。

 そして、これらの艦隊戦力で宙域に巣食った宇宙海賊の艦船や機動戦力を掃討制圧した後、旧ヘリオポリスや資源衛星といった拠点を制圧する〝陸戦隊〟の出番になる。

 イズモ級の直ぐ傍らでハガネ級によって厳重に守られている、〝陸戦隊〟を運ぶ揚陸部隊はワダツミに改装しなかった残りのコーネリアス級四隻で構成されており、モルゲンレーテ社製のパワードスーツ【タジカラ】を運用する重装甲歩兵中隊一個と空間機動歩兵中隊一個、装甲擲弾兵中隊二個、その他に独立戦闘工兵小隊等々が搭乗待機し、これらを拠点に送り込む為の装甲ランチと共に出番を待っている。

 拠点制圧のメインとなる〝陸戦隊〟だが、〝宇宙歩兵〟というべき存在であり、クルーゼ隊によりヘリオポリスが襲撃された際、為すすべもなく翻弄され、最終的にコロニー崩壊という最悪の事態に至った事の反省から、サハク准将が参謀本部に対策を講ずるようにと指示を出した結果、従来あった〝空間歩兵連隊〟が大きく増強され、新たな名称を与えられたそうだ。

 その〝陸戦隊〟に所属する各兵種の役割なのだが、重装甲歩兵はパワードスーツを着込み、MSが入れないような場所で前線面に出て、防壁と重火器による攻撃役を担う〝戦車的な〟重装歩兵で、敵の攻撃から味方を守るべく矢面に立つなんて、多大な勇気と献身が必要になるポジションな為、〝陸戦隊〟でも花形になっているらしい。
 また、空間機動歩兵は、陸軍の空挺部隊に相当する精鋭部隊であり、宇宙空間や無重量空間での作戦活動に長けている。要するに、空間を活用して敵の後方に浸透し、撹乱したり、破壊工作をしたり、重要拠点を制圧したりする存在だ。
 後の装甲擲弾兵だが、陸の機械化歩兵と海兵隊を合わせた様な存在で、艦船から装甲ランチによって宇宙空間を移動し〝陸〟まで運ばれた後は何でもござれの多種多様な任務に当たる歩兵だ。その為、真空での活動も考慮して、宇宙服に銃撃に耐えうる装甲を施しているらしい。

 ちなみに、〝陸戦隊〟で使われている装甲ランチ【オロチ】なのだが、俺とシゲさんがハガネの予備計画(笑)で作った魔改造ランチを更にハガネプロジェクトに参集していた有志達が、プロジェクト成功という乗りに乗った状態で熱く滾った血が導くまま、ラインブルグ・グループの根幹である〝質実と剛健〟を顕現すべく更なる改造を施して、売り込んだ物だったりする。
 で、〝陸戦隊〟の熱い男達は、当初のコンテナ運搬ランチだった時の面影が無いというか、パッツと同じベースだと信じられないというか、とにかく、ジンの重突撃機銃弾が貫けない位に、爆発反応装甲や多層空間多重装甲を施した事で、〝凄く分厚くて大きいです〟としか言えなくなった骨太な逸品に、野太い嬌声をあげたり、頬擦りしたり、全身で縋りつく位に惚れ込んでしまい、ハガネ級の三分の二程度の値段になったにも関わらず、二十隻以上も導入したそうだ。

 ……しかし、採用が決定した時の〝陸戦隊〟の様子を想像するだけで暑苦しくなる話だな、おい。

 むさ苦しい上にむせる話から次に進めて、先の作戦部隊を動かす為に必要となる各種軍需物資や食糧、日用品等を前線とアメノミハシラを往還して補給し続ける支援部隊だが、宇宙軍が全部で十二隻保有している、C.E.50年代の〝ザ・ベストセラー〟であるコペルニクス・エスパス・インダストリ社製のマルセイユ三世級輸送船(※注)と護衛に当たるハガネ級四隻で構成されている。
 兵站を担う重要な部隊なのに護衛戦力が少ないのは、今回の作戦が組織立った国家間戦争ではなく、海賊掃討戦であることに加えて、防衛隊と艦隊からMSを出してCOSP(Combat Space Patrol:戦闘宇宙哨戒※適当造語)を行い、航路を確保する為らしい。

 俺としては、通商破壊をやったことがあるだけに、例え海賊相手でも、もう少し護衛が欲しい所なんだが……、動員戦力自体がギリギリだろうしなぁ。

 この辺は航路の確保と連絡線を維持する連中の頑張りに期待するしかないか。

「二人には今更だろうけど、作戦を開始する来月の九日までだって何があるかはわからないから、当直中だけは心構えだけはしておこう」
「そうですね」
「うん、わかった」

 と二人には言ったものの、できれば出番が無い事を祈りたいのが、俺の偽りない思いだ。まぁ、二人の覚悟を知っているだけに、表には出さないけどな。


 そんな事を考えつつ、機密性の高いパイロットスーツによって、よりスタイルが強調され、裸体とはまた違ったエロスが感じられるレナとマユラの姿を愛でる俺でした。



 ※注:マルセイユ三世級が架空の会社〝コペルニクス・エスパス・インダストリ社〟製というのは、捏造設定ですのでご注意ください。


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