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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
32  軍神の舞踏会 -コンペティション 4


 今回のコンペティションで評価される項目は多岐に渡るのだが、その中でも最も代表的な物を挙げるとなると、主にスラスターの速力や加速性、推力重力比といったものが影響する機動力、主兵装を始めとする運用兵装や火器管制システムを見る攻撃力、敵からの攻撃に対応する防御力の三点だろう。
 また、その他の項目としては、どれだけジェネレーターやエアー、推進剤が持つかといった継戦能力やレーダーやセンサー、通信機器等の探知通信能力、MSならではの細やかな運動性、最も重要な操縦性、どんな操縦にも安全に応える安定性、敵から身を隠す隠蔽性、貴重なパイロットを保護する生存性、今後の発展素地を考える拡張性、生産に掛かる資材や時間というコスト面である生産性、現場での運用に重要な整備性、その機体にしかない特色を見る特異性、数を揃える上で重要な一機当たりのお値段、等々が列挙される。

 これらにおいて、総合的な評価が高ければ、より良い機体と判断される事になる。

 でもって、うちのマリーネなのだが、俺としては、防御力と継戦能力、運動性、操縦性、安定性、生存性、拡張性、整備性には自信があるのだが……、宇宙軍の皆様からはどのような評価が得られるか、楽しみでもあり、不安でもある。

 そんな思いを胸に、艦内部に即席で設けられた管制室で、マリーネの管制を務めるアーガイルが指示や情報を送って支援したり、シゲさんを筆頭とするプロジェクトメンバー達がマリーネや他の〝ライバル〟達のデータを収集したりしているのを、形式上だけは監督しつつ、スクリーンの中で四機種のMSが機動しながら、ドローンを次々に撃破してるのを、何かあった時に走り回ってもらうマユラと共に見ている。

 ……その四機の内、やはりというか、現行機種であるM1アストレイの動きが固くて遅いようだ。

「はぁ、M1も良い機体だし、改良もされているはずなんだけど、新しい技術が導入された機体を比べると、見劣りしちゃうなぁ」
「やっぱり、マユラはアストレイに愛着があるか?」
「うん、もちろん」

 M1アストレイか……、機体素性的には、発展形としてムラサメが開発された事を考えると、悪くはないと思うし、それぞれ独自の開発ドクトリンがあるのは判っている。マユラから聞いた、そもそもの発想である、機動力を持って攻撃を回避するって考え方自体も間違ってはいないのだが、装甲をあまりにも軽視しすぎている嫌いがあるんだよなぁ。
 本当に、パーシィやシゲさんから、アストレイの装甲は近接防御用の機関砲にも耐えられないかもしれないだなんて事を、簡単な説明付きで聞かされた時には唖然としたからな。

 つか、オーブみたいな島国が防護力の弱い機体を運用するなんて、おかしいんじゃないか?

 普通なら、本土に上陸される前に迎撃する為にも、グーンやゾノみたいな水中戦用MSか、水陸両用のMSを作った方が理にかなっていると思うんだが……、まさかとは思うが、必要や需要を無視して、スタイリッシュな機体をデザインしたかったとかだったら、家を焼け出された市民から見たら、笑い話にもならんだろうなぁ。

 しかし、このアストレイってのも、俺が前世で見ていた某SFアニメの主役機に似てる気がするんだが……、話を聞く限り、ヘリオポリスでクルーゼ達が奪取した試作MSとこいつのプロトタイプが、同じ場所で同時期に開発されていたらしいから、似ていてもおかしいことじゃないだろう。

 話を戻して、俺達が作ったマリーネは宇宙での運用を前提に作っている影響で、重すぎて地上では使いにくいはずだ。もしも、仮に運用を考えるなら、内部に収まっている強力な冷却システムを簡易な物に取り替えたり、スラスター及びバーニア、プロペラントタンクの配置を考え直したり、数を減らすだなんて、大幅な改修が必要になるだろう。
 けど、まぁ、地上みたいな重力環境下だと、基本的に戦車とかバクゥみたいなのを使った方が無難だし、おそらく需要はないはずだ。

 ふっ、所詮、MS等、この時代の徒花なのだ、なんて気取ったフレーズが脳裏に浮かんでしまい、それを相殺する為にも、ひゅー、俺、なんかカッコいいぜっ、みたいな事を考えていると、俄かにマユラが声をかけてきた。

「アインさん、最近、マリーネに乗り慣れすぎて忘れてたけど、マリーネの反応って、速いね」
「反応速度か? ……あー、そういえば、間接部に磁気コートをしていたんだったな、すっかり忘れてた」
「……計画責任者がそれだと、拙いんじゃない?」
「いや、他の事がなんやかんやあったから、それらに気を取られすぎて、忘れてたわ」

 本当に冗談ではなく、割と真面目な話で忘れてました。

「でも、ほら、一機だけ、図抜けて見えない?」
「うーん、贔屓目じゃないか?」
「贔屓目なしに動きが良いと思うんだけどなぁ」

 ……言われてみれば、そんな気がしないでもないかも?

「それに、ムラサメは姿勢制御に苦労しているし、オオツキガタは機動力に振り回されている感じがするもん」
「……確かに」

 ムラサメは地上での運用がメインとして考えられたから、バーニアの配置があまりに宇宙には合っていないのようだ。一方のオオツキガタは有り余る推力を上手く利用できていないようで、動きに荒さが感じられるな。

「なら、運動性や安定性が評価されるといいなぁ」
「もぅ、アインさん。……不安な気持ちはわかるけど、いつものように自信を持って、でんと構えていてよ」
「……了解です」

 うぅ、ヘタレでごめんなさい。

 しかし、マユラの苦言の意味もわかるので、再度、下腹部に力を入れて、自分的には、キリッ、とした顔でスクリーンを見据えると、丁度、マリーネが破砕榴弾を放ったようで、ドローンを爆砕したところだった。

「ねぇ、アインさん」
「ん、なんだ?」
「ビーム兵装があるのに、何で、MS用の榴弾を作ったの?」
「……モルゲンレーテのバジルールさん、いるだろ?」
「うん」
「最終攻防戦で、あの人が艦長を務めていたアークエンジェル級とやりあってな、装甲がビームを通さなくて苦労したんだよ」

 って、そんなに驚くなよ。

「アークエンジェル級って、浮沈艦って言われてるのに、やりあったの?」
「その時は、それが仕事だったからな。やらなければならないなら、やってみせるしかないさ」

 おっと、今度は擦れ違い様にドローンをビームサーベルで切り裂いたか。

「はぁ……、一人でアー……ンジ……級を……詰め……って、アサギか……いたけ……本当だ……んだ。そり……アサ……って興……持つは……わ」
「んっ? マユラ、何か言ったか?」
「あ、こっちの話」
「ならいいけど……、やっぱり、最大のライバルは、オオツキガタだよなぁ」

 まず、機動力は間違いなく上だし、攻撃力もレールガンを一門にビーム兵装を二門なんて備えているし、何よりも、MAに可変できるのが強いな。

 MAに可変する事で全推力を無駄なく使えるから、スクランブルかなんかの時はいち早く駆けつけて、相手の出鼻を挫く事ができるし、即応部隊から見たら、使い勝手が良さそうだ。

 ……でも、あの可変の仕方って、どっかで見た事があるような、気がするんだが?

 どこでだったかなぁ?

 ……。

 むぅ、思い出せ……あ、あれだ、あれも某SFアニメの続編で出ていたMSだ!

 なら、大気圏の突破もやろうと思えばできるんじゃないかって、アニメと現実を一緒にしたら駄目って……、マリーネだって大いに影響を受けているんだから、別にいいか。

「アインちゃん、ちょっと」

 っと、シゲさんが呼んでるな。

「どうかしたかい?」
「ああ、オオツキガタのちょっとしたデータが取れたから、見せておこうと思ってね」
「ほうほう、そりゃ是非にって、マユラ?」
「うーん、皆…………が納得して……ら、別に……っても構…………て言って……ど、肝…………ンさん……う反……るの…………ないし」

 こりゃ、駄目だな。

「おい、マユラっ」
「ッ! はいっ!」
「何か考えてたみたいだけど、問題でもあったか?」
「あ、いや、べ、別に、なにもないよ」
「……ならいいけど、今はこのコンペティションに集中してくれよ?」
「……ごめんなさい」

 小さくなって謝ったマユラの頭をポンと軽く叩いてから一撫でした後、シゲさんの所に一跳びする。

「何かあったかい?」
「いや、何か別の事を考えてたみたいだったから、注意してたんだ」
「ん、そうかい。なら、話というか、これがマリーネとオオツキガタ、ムラサメ、アストレイとの比較データね」

 ……ふむ、一目見た感じ。

「アストレイには総合的に勝ってるって感じかな?」
「まぁ、後発だから、それ位は達成しないと、採用なんて夢のまた夢だよ」
「はは、確かに」

 よって、アストレイを除いた三機を対象に個別項目を見ていくと……、攻撃力はオオツキガタがトップで、マリーネとムラサメがほぼ同等と出ている。次の機動力もオオツキガタがトップで、次いでムラサメ、マリーネの順だ。

「攻撃力と機動力は、やっぱり向こうだね」
「MA可変機はそれが一番の売りだしね」

 次の防御力は、実際に攻撃を受ける事になっている為、テストの一番終わりに回されているから、生存性と併せて最後になるだろう。

 更に細かな項目に入って、継戦能力だが、これはマリーネがトップで、オオツキガタとムラサメが同等になっている。

「やっぱりジェネレーター積んでると強いな」
「アインちゃん、そりゃそうだよ。バッテリー機は機種によってはビーム兵装の動力源として、メインバッテリーを使っているのもあるし、多用しすぎると継戦限界が早くなるさ」
「パイロットから言わせれば、メインバッテリーがなくなるなんて事は滅多にないと思いたいね」

 第二次ヤキン・ドゥーエ防衛戦でビームライフル用のバッテリーを切らした事はあったが、メインはちゃんと残っていたからな。

 なんて事を内心で嘯きつつ、探知通信能力に目を通すと、オオツキガタがトップで、次いでムラサメ、マリーネになっている。

「このセンサー系が強い辺りは、MAでの運用をメインに考えているってことかねぇ」
「一撃離脱かな、シゲさん?」
「うーん、どちからと言えば、機動砲撃戦じゃないかな?」

 シゲさんの言葉になるほどと頷きながら、次の項目に目を向けようとすると、運動性、操縦性、安定性の全てでマリーネが断トツでトップ、次いでオオツキガタ、ムラサメのようだ。

「これは補助AIが機能してるってことだね」
「ああ、ミーアちゃんとナナちゃんのお陰だよ」
「いやはや、あのミーアがこんな大仕事を為し遂げたんだから、ほんと、昔からは想像できないよ」

 まぁ、口ではそんな悪態めいた事を言っているが、本当は嬉しかったりする。

 ……んんっ、次の隠蔽性だが、これは三機共に廃熱を抑えるといった事がメインの為、それほどの大差はないようだったので、次の拡張性に目を移す。
 これは、ジェネレーターの存在とマッシブな機体デザインからマリーネがトップで、オオツキガタとムラサメはほぼ同等らしい。

 更に生産性と整備性、一機当たりの値段というかコストだが、俺達にはわからないので排除して、特異性になるのだが、これはオオツキガタとムラサメの両機に軍配が上がっているだろう。

「しかし、MAへの可変機とは思い切った事を考えたよねぇ」
「たぶん、本国を焼かれた結果から導き出したんだよ」
「……確かに、その経験から考えたら、国土から離れた地点で迎撃するのが一番だろうね」

 そう、島国は国土に上陸される前にこそ、頑張らないとな。

「だね。だから、モルゲンレーテ本社も、その内、水中戦か水陸両用のMSを開発するかもしれない」
「はは、アインちゃん、うちも海兵(マリーネ)なんて名前を付けてるんだから、考えてみるかい?」
「いや、もし考えるとしても、先にBIの水中戦仕様を開発して、技術力を積んだ方がいいと思う」
「ありゃ、考えていたんだ」
「もちろんさ。……まぁ、需要があればの話になるけど、開発原案は考えておいてもいいとは思ってる」
「なら、海兵計画が終わって手が空いたら、第五開発部で色々と考えてみるよ」
「ああ、頼むよ、シゲさん」

 シゲさんにそんなお願いをしてから、再度、コンペティションの話に内容を戻す事にする。

「それで、シゲさんはこのコンペティションの結果、どう見る?」
「そうだねぇ、テスト内容の成績自体はかなり良い方だし、アストレイよりも全ての面で上回っているはずだから、通常タイプとして採用される可能性は高いと思うよ」
「……だといいけどなぁ」
「不安かい?」
「いや、アストレイって、オーブが一から開発したようなものだからさ。それを捨てて、マリーネを採用するかなって思ってしまったりもするんだよ」
「ああ、なるほど。確かに、心情的な面って奴も無視できないよね」

 まぁ、賄賂みたいな癒着はないみたいだから、裏取引めいたことはないだろうけどな。

「でも、ほら、その辺は俺達にはどうしようもないことなんだしさ、採用される事を信じて、結果を待つしかないさ」
「確かに。……じゃあ、シゲさん、テストはまだ続くけど、以後もよろしく」
「おう、任せときなって」

 シゲさんの返事を聞いた後、元の位置というか、普段の勝気さがどこかに行ったかのように萎みつつもマリーネの動きを注視しているマユラの隣に移動して、スクリーンに目をやる。

 ランダムに動き回っているドローンをビームアサルトの速射モードで削っていき、機動力が大きく落ちた所を通常のライフルモードで撃破していた。

「上手いな」
「うん、レナの指導が上手だったからね」

 あらら、声にも張りがない。

「……マユラ、さっきの注意だけど、そこまで深刻になる必要なんてないぞ?」
「……わかってるけど、ああやって、アインさんに注意されたの、初めてだったから」
「あれ、そうだったか?」
「そうなの。本当に、普段、滅多に怒らない人から怒られるのって……、しかも、それが好きな人からだと……、こたえるね」
「そんなもんかねぇ」
「うん、心がね、キュッと縮んじゃったもん」

 ……普段の勝気さとは裏腹に、弱々しい言葉を吐く姿を見る限り、マユラって、精神面が打たれ弱いのかもしれない。

 マユラの迷い子に似た弱々しい姿に心底から庇護欲が湧き出てきて、思わず抱き締めてしまいそうになるが、誰もいない状態ならともかく、流石に今の状況ではできない。

「……あ」

 なので、シゲさん達からは見えないように、自分の身体で隠して、マユラと手を繋いでみる。

 ……まぁ、これ位なら許されるだろうさ。



 その後もテスト項目は順調に消化されていき、防御力を測るテストでも大きな事故も起きることなく、無事にコンペティションは終了と相成った。

 ……うーん、サハク准将の事だから、我が模擬戦の相手をしてやろう、だなんて言って、出てくるかもしれないと身構えていたんだけど、結局、出てこなかったな。

 いや、それが普通といえば普通なのだが……、何気に、そういうことをしかねない人という印象があったから、ちょっと意外だった。

 まぁ、それはともかくとして、結果が通達されるまで、マリーネが宇宙軍に採用されるよう、我が母に祈りを捧げておくとしようかね。


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