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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
31  軍神の舞踏会 -コンペティション 3


 年新しくなり、C.E.73年。
 当初の予定では年末年始なのだから、皆でまとまった休みを取ろうと考えていたのだが、宇宙軍にマリーネが採用されるか否かを決めるコンペティションが2月13日に行われる事、また、SKOへマリーネを納品したり、機種転換をするMSパイロットへの講習を行ったり、トツカ級のMS格納庫にM1アストレイ用整備施設を邪魔しないように整備補給設備を設置する等の兼合いもあって、休むことなく仕事を続けていたりする。

 もっとも、そんな皆の頑張りのお陰で、コンペティション前にマリーネの現場運用をしてもらえた上に、宇宙海賊相手に実戦を経る事ができたのだから、悪くはないと思う。

 いや、どこの軍にも採用されていないのに、実戦を経ると言うのも変な話かもしれないが、ラインブルグ・グループからSKOへの支援と言う形だから実現できた事だ。
 ちなみに、モルゲンレーテの方でもムラサメの宇宙仕様である【オオツキガタ】をロールアウトしており、こちらもSKOに何機か支援供出して、実戦評価を依頼したようだった。

 でもって、マリーネを実際に運用してみた現場からの声というか、パイロットや整備担当者、指揮運用者のそれぞれから評価や意見を聞いたのだが、好意的な意見と改善要求があがって来ている。

 まず、実際に搭乗するパイロットに関してだが、肯定的な意見として、MSに乗っての操縦時間が長くなってきたら自身の思い描く機動が実現できるようになったという意見を始め、半天周囲モニターのお陰で死角が少なくなったことが有難い、M1と違って重装甲に守られている安心感がいい、M1以上に自分の好みで副兵装を選べるのがグッド、なんて事が挙げられている。
 逆に、否定的意見としては、高機動タイプを使うとGがきつくてしんどいという意見を筆頭に、ビームアサルトのカートリッジ交換が面倒、いちいち副兵装を選ぶのが面倒、対ビームシールドのシールド面をもっと大きく取って欲しい、なにか隠し武器が欲しい、という意見が述べられている。
 これらの対案としては、新規耐Gスーツの開発、カートリッジを使わない機体依存型ビームアサルトの検討、任務に合わせた副兵装パックの考案、シールド面を広くしたシールドの再設計、ニードルガンを開発して篭手に装備する、という事が決められている。

 次に整備担当者の声だが、肯定的意見としては、面倒臭いと思っていた副兵装の換装作業が実は容易だったとか、部品のモジュール化が進められている為、交換した後、ゆっくりと不具合を直せるのがありがたい、補助AIの機体不具合の自己診断システムには助けられる、BOuRUを現場に導入して欲しい、なんて内容が上がってきている。
 その逆の否定的意見だが、副兵装が多すぎて管理が大変、部品の数によっては置き場に困るかもしれない、補助AIの自己診断システムは整備の腕を落しかねないから考え物、副兵装の換装作業に時間が掛かるという声があがっている。
 これらの声に対する改善案として、副兵装用収納コンテナの開発、適切な部品数の割り出し、補助AIの信頼性向上、整備補給設備の効率化、なんて事が出されている。

 最後は指揮運用者の声になるが、肯定的意見として、状況に応じて、副兵装を換装できるから便利、稼動時間が長いから運用しやすい、との回答が寄せられている。
 一方の否定的意見だが、副兵装の換装作業に時間が掛かる、使わない副兵装も出てくるかもしれない、との事だった。
 で、対案だが、先にも挙げた整備補給設備の効率化、搭載する副兵装の適切な数値の割り出しが考えられている。

 ……まぁ、改善点に関しては、正直、運用側で何とかして欲しい点も幾つかあるのだが、こちらが売り手である以上、ある程度は応えていかないといけないだろう。


 なんてことを自身の中で改めて確認した所で、第五開発部の一室に設けた臨時オフィス、その情報端末上に視線を戻す。

 実は、グループ上層部との追加予算を巡る交渉で一定の成果……、シールドの再設計及びニードルガンと副兵装用収納コンテナの開発用予算を引き出した御褒美的に、ちょっと休憩をとっていたのだ。
 でもって、その休憩ついでに、マリーネ関連で忙しかった為に疎くなっていた世相を再確認しておこうと思い、去年の十二月分のニュースペーパーを読み返したり、ネットで情報を漁るなどして振り返っていたのだ。

 俺が見た限りでは、今の所、世界は安定へと向う兆しが見受けられるように感じられる。

 その理由の一つは、〝プラントの魔女〟ことアイリーン・カナーバ再開発局長が、L1を源とするデブリベルト及び宙域内部暗礁帯の除去と世界樹コロニーの再建を宣言したことだ。
 この宣言に対して、世界各国は広報を通じて、賛同や支持を示しており、対プラントで最も敵対的な大西洋連邦ですら、歓迎の意を表明している位だ。
 でも、その各国が好意的な姿勢を表した影響は大きく、プラントに対して、戦時程ではないものの、強硬的だった地球市民の間にも融和的な空気が流れ始めている。

 まぁ、世を斜めから見ている俺から見れば、世界各国が揃って歓迎や賛意を示した事の方が不気味に感じてしまうというか……、まさかとは思うのだが、〝魔女〟を恐れたなんてことはないよな?

 いや、口一つで地球連合を崩壊させたんだから、〝魔女〟が怖いのはわからなくもぉっ!

 い、今、誰かに見られていたようなっ!

 ……。

 だ、誰もいないよな?

 ……。

 うん、このL1の動きに関しては、歓迎しますです、はい。

 ……げふげふん、さて、理由の二つ目だが、地球はユーラシア大陸西方域で起きていた戦乱がユーラシア連邦の敗北……、ユーラシア連邦と東アジア共和国が西ユーラシア連合と中東イスラム同盟を国家として承認する形で終了したのだ。
 この結果、先のユニウス条約での戦力比率事項も各国の承諾を得て改定され、元はユーラシア連邦が3だった所を、ユーラシア連邦が2、西ユーラシア連合が1、中東イスラム同盟が1という形で治まっている。

 まぁ、大西洋連邦から見れば、ライバルであるユーラシア連邦が弱体化することになるし、プラントから見ても、潜在敵国の戦力が増えたとはいえ、旧理事国である一つの大国が三つに割れて、その隙を突き易くなったのだから、歓迎したというあたりだろう。

 そういった事に加えて、サハク准将の話だと、オーブ宇宙軍はL3に巣食う宇宙海賊掃討の準備に入るみたいだし、このまま世界が安定に向えばいいんだけどなぁ。

 っと、そろそろ、パーシィやシゲさんに追加予算が降りた事を伝えに行かないとな。


 ◇ ◇ ◇


 2月13日。
 アメノミハシラが管轄する宙域の一部……、アメノミハシラを支える太陽光発電パネル群から最も離れた座標にある訓練宙域を使用して、オーブ国防宇宙軍が主催するコンペティションが開かれる事となった。
 今回のコンペティションに参加するのは、現行主力機であるM1アストレイ、俺達が出すマリーネ、モルゲンレーテが送り出したムラサメ及びオオツキガタであり、それぞれを艦載した部隊や自企業の母艦が訓練宙域に展開している。

 俺も整備スタッフと共に、技研が所有している中古の輸送艦に乗り込んでいるのだが、コンペティション開始まで時間がある為、展望休憩室で、一人で会場となる訓練宙域を眺めていたりする。

 ……実は、いよいよ、この時が来たって感じで、自分が搭乗して操縦するわけでもないのに、酷く緊張してしまっている。

 その気持ちを抑えるか沈める為にも、現場から一旦離れさせてもらったのだ。

 内向きに沈みそうになる思考を落ち着かせる為にも、意識的に訓練宙域を観察していると、そこには早くもMSの性能を客観的に評価する目的で使用される多くの観測用衛星が漂っていたり、射撃目標に使われる標的やドローンが配置されていたり、至近で対象の観測を行うチェイサーを務めるらしい数機のM1アストレイが、自身の機動を確認する目的かはわからないが、飛び回っていたりしているようだ。

 ……んんっ?

 出てくる時はわからなかったが、訓練宙域の向こう側というか、アメノミハシラの傍に、妙に大きな代物があるんだがって、待て待て、今は関係ない事だ。

 俄かに見知らぬ物に興味を惹かれてしまったが、今現在、やるべき自身の仕事を思い出し、もう一度、意識をコンペティションに引き戻す為、訓練宙域に視線を戻す。

 今回のコンペティションにはサハク准将が旗艦イズモに座乗して立会う為、宇宙軍でも運用が開始されたトツカ級二隻とハガネ級八隻の他、防衛隊のMS隊も周辺に展開しており、ちょっとした緊張感が付加されていたりする。

 ……あまり落ち着いていないが、ここだと更に緊張しそうなので、そろそろ戻ることにする。

 ぐっと心胆に力を込めてから、マリーネが収まっている整備格納区画に向う途中、そのマリーネについて考える。

 今回、コンペティションで使用するのは、全ての状況に対応できる基本兵装……主兵装としてビームアサルトを装備し、両肩に電磁式対ビームシールド、右腕に対ビームコート篭手、左腕に対ビームコートシールド、両大腿部に高硬度ナイフラック、両脹脛部に対物破砕榴弾パック、腰部マウントに装備なし……を装着したノーマル仕様であり、最も使いやすいと思われるタイプなのだが、装備しているシールドをSKOでの現場運用で出た意見を反映させるべく再設計した物が間に合った為、以前の【RSI-ABS01】ではなく、シールド面を広く取った【RSI-ABS01A】が装備されており、更に防御力が上がったと言えるだろう。

 ……まぁ、改修に使える時間が僅かだったので、ニードルガンの装備は見合わせたが、現段階でやれる事はやったので、後は結果を見届けるというか、パイロットを務めるユカリ・コードウェルの腕次第である。

 そのコードウェル三尉の腕だが、攻撃距離の遠近に関わらずというか、主要な攻撃手段である射撃と格闘、双方でほぼ同じ位の力量であり、得手不得手がない実に汎用的なパイロットに成長を遂げていたりする。これは恐らく、射撃を得意とするレナと格闘を好むマユラの双方から師事したことが、上手く絡み合って成長に繋がったんだろう。

 加えて、生来のものらしき負けん気によって、鉄の心臓、あるいは、毛が生えているのでは、って思ってしまうほどに度胸があったりするから、末恐ろしい。

 なんというか、、あの三尉の負けん気というか気概は、初めて配属された時のレナに通じるものがあったと言っても過言ではないだろう。

 そんな感慨を胸に、格納庫の扉を潜り抜けると……。


 群青の海兵(マリーネ)が屹立して、出番の時を待っていた。


「シゲさん」
「おう、お帰り、アインちゃん」
「ああ、ただいま」

 例の如く、ラインブルグ技術研究所の略称が入ったツナギを着込んだシゲさんが、ハード側を担当してきたプロジェクトメンバーを動かして、最終チェックをしている所だった。
 今日はハード面が主体であることに加え、何らかのアクシデントで重大事故が起きる危険もある事から、計画№2のパーシィとソフトウェアの責任者であるミーア、テストパイロットや事務を担当するレナは第五開発部で留守番をしていたりする。

「調子はどう?」
「良好の一言だね」
「それは自己診断プログラムの結果?」
「もちろん、それも使ってるけど、ちゃんと自分の目と耳と手で確認しているから、安心してよ」
「はは、それは間違いなく安心だ」

 全ては俺やレナといったエルステッドMS隊を支えてきた実績と信頼だ。

「で、パイロットの調子は?」
「ああ、ユカリ嬢ちゃんなら、ほら、ハッチの所」

 おやおやぁ。

「アーガイルが捕食される寸前?」
「ぷはっ、い、言い得て妙だね」

 パイロットスーツ姿のユカリ・コードウェルが引き攣った顔のサイ・アーガイルに何事かを迫っているようで、傍らで浮かんでいるマユラはそれをニヤニヤして見ているって感じだな。

 そんな具合で、コードウェル妹の猛アタックへの対応に苦慮しているアーガイルだが、何気にソフト、ハード共に扱えるという不得手のないパーシィと同じタイプだから、色々と使えて、助かるんだわ。

「しかし、なんとまぁ、余裕だこと」
「でも、緊張し過ぎるよりも健全だし、いいでないかい? それにしても、ユカリ嬢ちゃんは、本当に、アーガイルの事が好きなんだねぇ」
「まぁ、アーガイル本人は、姉の方が好みかも、って言っていたりするけどな」
「それはそれだよ」

 確かに、人の好みは人それぞれだ。

「さて、そろそろ、開始時間が迫ってきているし……、ちょっと、コードウェル三尉を焚き付けにじゃなかった、激励にいくとするかな」
「……アインちゃん、程々にしておいてよ?」
「わかってるって、やる気を刺激するだけだから」
「ならいいけどさ。んじゃ、アインちゃん、俺も、チェックに見落としがないか、もう一回見てまわるよ」
「あ、うん、よろしく頼むよ」

 再度、床面を強く蹴って、マユラ達がいるマリーネのコックピットハッチを目指すことにしたら、早くもマユラがこっちに気付いたようで手を振ってきた。なので、こっちも軽く手を振り返しているうちに、ハッチに到着することになった。 

「アインさん、休憩はもういいの?」
「ああ、ちょっと、リラックスできたよ。……それで、アーガイル、準備はできているのか?」
「ええ、ユカリさんが乗り込めば、いつでも起動できます」
「わかった。……コードウェル三尉、調子はどうだ?」
「はい、調子はいいです」

 ……そういえば、ここ最近、コードウェル妹は、負けん気はよく見せるが、以前のような敵愾心を剥き出しにするような事はなくなってるな。

「なぁ、コードウェル三尉、少し聞きたい事があるんだが……」
「なんでしょう?」
「お前さんが、今、一番、何が欲しいのは何だ?」
「……アーガイル君が欲しいです」
「ちょっ!」

 ほほぅ、ストレートだねぇ。

「うーん、流石の俺もアーガイルをやる権利はないから、それは自分で口説き落としてくれ」
「もちろん、欲しい物は自分で手に入れます」
「うん、それがいいと俺も思う。んんっ、それで本題なんだが……、今回のコンペティションで傍目でもわかる程の良い成績が残せたら、景品として、アーガイルの有給休暇と、俺のポケットマネーから丸一日分のデート用資金を供出しようかと考えているんだが、どうだろう?」
「しゅ、主任っ!」
「乗りましたっ!」
「ええぇっ!」
「よろしい、実に覇気のある、よろしい返事だ。……では、三尉、期待している」
「ええ、その期待に応えて見せましょう!」

 しかし、コードウェル妹も初めて会った時には堅物ぽかったのに、この変わり様……、いやはや、時に、恋という物は人を変えるということだな。

「よし、マユラ、俺達は先に管制室に引き上げよう」
「うん、わかった。……ユカリ、あんたならできるから、自信を持ってやりなさい」
「はいっ!」

 元気一杯に返事をしたコードウェル妹が綺麗な敬礼をして見せたので、こちらも答礼を返し、場を後にする事にした。

「しゅ、しゅにぃぃぃぃーーーーーーんっ!」

 背後で、アーガイルが何か抗議するような叫びをあげていたが、野郎なので当然の如く、無視である。

 さて、コンペティション、良い成績を残せるといいなぁ。


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