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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
30  軍神の舞踏会 -コンペティション 2


「ふむ、報告書や映像では知っていたが、実際に見るのとでは大違いだな」
「はは、百聞は一見に如かず、ですか?」
「偽りなく言えば、初めて作るMS故に思い入れもあって、多少の誇張が入っているのだろうと思っていてな、まさか、ここまでの出来だとは思っていなかったのだ」
「いや、当然、誇張もなくはないですよ? でも、まぁ、何もない一からの開発じゃなくて、参考資料がある後発ですけど、俺自身も経験から色々と考えていた事を導入できましたから、俺的には満足のいく仕上がりです」

 俺がサハク准将に応対している間にも、画面の中では、マユラとユカリ・コードウェルが搭乗するマリーネ量産型が標的を撃破している所だった。

「すごい……」

 そんな光景を目の当たりにして、サハク准将の斜め後ろに控えていたアサギ・コードウェルが熱を帯びた吐息めいた呟きを漏らしたようだ。

「ふふっ、お前の妹も中々やるな、アサギ」
「は、はい、私も驚いています」

 アサギ・コードウェルは宇宙軍への転籍直後、サハク准将直々の差配により准将付第二秘書官に抜擢された事で二尉から一尉に昇進している。
 ユカリ・コードウェル……コードウェル妹やマユラから伝え聞いた話だと、着任当初はサハク准将に話し掛けられたり、指示を与えられる都度、蛇に睨まれた蛙の様にガチガチに緊張してしまうと話していたらしいのだが、いやはや、人は慣れると言うことだよねぇ。

 そのコードウェル一尉が俺の視線に気付いたらしく、肩口辺りまで伸ばしている強くウェーブが掛かった金髪を揺らして、こちらに顔を向けると、何故か頬を桜色に染めながら、口を開いた。 

「ら、ラインブルグさん、あの……、今、動いている二機には、本当に、ユカリとマユラが?」
「ええ、そうですよ」
「で、でも、あんなにスムーズに……」
「MSは表に出てからまだ数年の新しい兵器ですからね。OSが改良されていけば、動きも良くなっていきますよ」

 そう、これからナチュラルだろうがコーディネイターだろうが関係なく、個々人の実力が発揮できるOSが生まれていくのだ。

「……私達がテストパイロットをしていた時からは、考えられません」
「まぁ、開発初期から関わった人から見れば、そう思うかもしれませんね」
「ええ、どれだけ頑張っても、あんな動きはできませんでした」
「でも、マユラやコードウェル一尉達が何度も試行錯誤を繰り返して、基礎を作ってきたことにはちゃんと意味があることです。だから、胸を張っていればいいんですよ」
「ふふ、ありがとうございます」

 さて、ある程度はコードウェル一尉のフォローもできたろうから、准将への対応に戻るか。

「准将、何か、ご質問はありますか?」
「そうだな……、今、ラバッツが乗っている機体が、マリーネのノーマル仕様になるのか?」
「はい、基本的に両肩に電磁式対ビームシールドを装備するタイプがノーマル仕様になります」
「では、コードウェルが乗っているのは?」
「あれは両肩に六連小型ミサイルポッドと重散弾砲を装備してますから、制圧支援仕様ですね」

 マリーネの追加兵装関連は、ザフト開発陣が強奪したデュエルに追加装甲を施していたのを参考にして、開発を進めたものだ。

「ふむ、計画書にある通り、一部の兵装を換装する事で状況に対応するというわけだな?」
「ええ、マリーネは特徴がないのが特徴である汎用機として設計して作ってますから、予め、それに付加価値をつけられるように考えておいたんです。後、従来のバッテリー機だと、兵装に使用するバッテリーの兼合いでランドセル側にアタッチメントを装備するかもしれませんが、マリーネは機体内部にジェネレーターを搭載したのでランドセルの換装は想定せず、機体各所にアタッチメント装着部を装備しました」

 ちなみに、M1というか、旧地球連合系の流れを組むバッテリー機は継戦能力の向上の為にランドセルにもバッテリーを積んでいたりするから、もしも、今後、発展機が生まれるとしたらランドセル換装で状況に対応するタイプだろうとは、パーシィとシゲさんが示した見解だ。

「でもまぁ、開発側がこんなことを言うのもなんですが、性能的に見れば、一点を突き詰めた専用機や特化機には負けると思います。ですが、こいつの強みは、それだけしかできないのではなくて、簡易な換装でどれもある程度できるということですので、現場での運用は楽になるはずでしょう」
「確かに、お前の言う通り、部下の感触は良いようだぞ?」

 准将の視線を辿れば、宇宙軍のお歴々がスペック表とアタッチメント兵装を確認しつつも身を乗り出して、画面で動き回るマリーネを食い入るように見つめていた。

「何だか、思ってた以上に、えらく食いつきがいいですね」
「何、M1も良い機体だが華奢な面があってな、連中もピンと来るものがなかったようなのだ」
「そこに見た目が厳ついマリーネが来たから、つい、惹かれているって感じですか」
「そうだ。それに加えて、あの機動をナチュラルがしているということも大きいだろう。しかし、あの機動……、実に見事なOSだな。名はあるのか?」
「単純に統合オペレーティングシステム(Integrated Operating System)を略してIOSって呼んでます」
「ふっ、今回は命名に頭を捻らなかったのか?」
「あはは、今回ばかりはそんな余裕はなくて、完成に持って行くだけで一杯一杯ですよ」

 ……そう、考えるのが面倒臭くなったのではなく、俺の厨二魂が役目を終えて、再び眠りに落ちたのだ、ということにしておこう。

「しかし、本当に、動きが洗練されているな」
「補助AIがパイロットの操作に応じて、訓練等で蓄積したパーソナルデータから次に来るであろう動きをある程度予想して、最適な動きを選択するようにしていますからね」
「乗れば乗るほど、更に動きが洗練されるというわけか。上手く考えたものだな」
「いやいや、これ位は、うちのグループができるんですから、どこでもできるはずですよ」
「そのように真顔で言えるお前が……、否、お前達のグループがアメノミハシラに存在する事に、我は安堵させられるよ」

 んな、大げさな。

「おっと、次はアタッチメントの換装作業にどれ位の時間が掛かるかの実演ですから、そろそろ格納庫の方にお願いします」
「うむ」
「レナは皆さんの案内を頼む」
「はい、わかりました」

 案内をする前に、やいのやいのと今見ていた内容について闊達に議論している宇宙軍のお歴々がぞろぞろと廊下に出て行くのを慌てて追いかけるレナの後姿を見届けて一つ思う。

 ……普通は偉い人というか、サハク准将に先を譲りそうなものなんだがなぁ。

 そんな訳で、宇宙軍のお歴々が我先に出て行った後を追う形で、苦笑を浮かべた准将と表情を隠したコードウェル一尉と共にゲストルームを出る事になった。

「それでラインブルグ、パイロットがマリーネの操縦に慣れるまで如何ほど掛かる?」
「MSに慣れた奴なら二日から一週間まで、基礎ができている新兵なら二週間程、一から始めるなら一ヶ月でしょうかね?」
「従来の半分以下だな」
「まぁ、あくまでも期待予想数値ですから、実際にやってみないことにはわかりません」
「何、ナチュラルでもあれだけの操縦ができるとなると、多くの者が奮い立つだろう」
「だといいんですがね」

 俺の言葉を受けた准将は、微かに口元を歪めると大いに期待させてくれる事を言い出した。

「ふむ、あれ程の性能に加えて、操縦性も良いとなると、導入を考えてもよいかもしれぬ」

 お……、おおっ、これはっ、もしかしてっ!?

 と内心で導入してくれるとの言質を期待しながら続きを待っているが……、サハク准将はそれ以上は続けず、更に笑みを深めると別の話を切り出してきた。

「……ふむ、次期主力機を定めるとでも銘打って、コンペティションでも開いてみるか」
「え……、コンペティション、ですか?」
「そうだ。まぁ、本来の意味でのコンペティションとは若干異なるが、汎用タイプとして現行使用しているM1とマリーネ、可変タイプとしてムラサメと直に仕上がるムラサメの宇宙仕様とで、性能評価を行う」
「パイロットは?」
「無論、ナチュラルが良かろうが……、アサギ、軍からラインブルグとモルゲンレーテに派遣したテストパイロットはナチュラルだったか?」
「……はい、二社に派遣したパイロットはナチュラルになります」
「ならば、その者達を使うとして、アストレイは……、そうだな、イズモの艦載MS隊から選抜しよう」

 ……うちは、ユカリ・コードウェルになるってわけか。

「では、その結果によっては、軍に採用される可能性も?」
「ああ、コンペティションでの成績が良く、コストパフォーマンスでも優れていれば、採用しよう」
「開催時期は?」
「そうだな……、ムラサメの宇宙仕様は来月には完成するとのことだから、二月辺りだな」

 ……二月か。

「ラインブルグ、何か、不都合があるのか?」
「あ、いえ、実は、SKOにトツカ級が二隻配属されると聞いていたので、マリーネの実戦評価というか、実戦証明をしてもらおうと思ってたんですよ」
「機に敏だな。……それで、何機だ?」
「マリーネにトラブルが発生した時にMSが使えないと現場に迷惑を掛けるので、予備機枠にそれぞれに一機ずつで、整備補給関連設備と交換用パーツ、兵装一式込みで、計二機入れさせてもらえたらと考えています」
「わかった。こちらからも計らっておこう」
「ええ、お願いします」

 っと、実戦云々で思い出した。

「そうそう、准将、それとは別に相談したい事が」
「む、何だ?」
「いえ、最近、アメノミハシラに来た奴で一人、興味深いのがいるんですよ」
「……ほぅ、興味深い?」
「ええ、簡単に言えば……、テロリスト?」
「早速、保安隊を差し向けよう」
「いやいや、今のは冗談です……、ってわけでもないのか?」
「なんだ、それは?」

 ああ、准将が珍しい表情というか、呆れた顔でこっちを見てるよ。

「あ~、実は先の戦争の最終戦……、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で戦闘に介入してきた連中がいたのは知ってますよね?」
「ああ、我やオーブ本国も、バカガ……放蕩娘がいらんことをしたお陰で、隠蔽で大変だった」

 再度、サハク准将は眉間に皺を寄せるという珍しい姿を見せ、背後のコードウェル一尉は少しだけ表情に暗い影を落としているのがわかった。

 だが、二人とも直ぐに表情を消して、准将は更に口を開いた。

「それに属していた者か?」
「ええ、それもザフトの金獅子……、エース・オブ・エースを打ち倒した奴ですよ」
「ラウ・ル・クルーゼか……、その者の名は?」
「キラ・ヒビキ」

 一瞬、准将のオレンジの瞳が煌いた気がした。

「……どこか聞き覚えのある名だな」
「本人はヒビキ姓を名乗ってますが、本来はヤマトのはずです」
「ふむ……、それで?」

 サハク准将のこの反応は……、キラ・ヒビキについて、何らかの情報を持っているのかも知れんな。

「ええ、それ程の腕があるのなら、保険的な意味で引き込んでおいたら、アメノミハシラの防衛に役立つかと思いましてね」
「だが、本人の意思を無視して、戦いに引き込むのか?」
「まさか、積極的に戦いに引き込む気なんて、更々ありませんよ。ただ、自分の住む場所を守る手伝い位はしてもらいたいなぁ、とは思ってます」

 上手い足運びで立ち止まった准将はマントの下で腕組みをすると思案し始めたようだが、それも僅かで終わり、こちらを真剣な表情で見据えてきた。

「……ラインブルグ、引き込めると思うか?」
「予備役程度でなら、説得できる可能性はあるでしょう」
「む、その口調だと、お前が説得すると?」
「ええ、俺もヒビキとは話をじっくりとしてみたいとは考えていましたから、丁度いいと思いまして」

 間に立ってもらうアルスターにはその事を伝えてあるので、都合が合った時にでも場を設けるつもりだ。

「ふむ、応じない場合は?」
「はは、いざとなれば、俺やレナと同じような理由で突きますよ」
「……お前もあくどいな」
「いいじゃないですか、それ位なら。まぁ、先の戦争に少しでも関わった事を……、〝お姫様〟の口車に乗せられた事を恨むが良い、とでも嘯いて見せますよ」

 んんっ、〝お姫様〟って確か……。

「そういえば、ミーアの声は〝お姫様〟に似ているし……、ミーアの奴に口真似させて、アルスターと離れている間、さり気に親密な関係を築いてましたというか、如何に〝いちゃいちゃ〟していたかってことをアピールしつつ、ヒビキが自分を捨てて他の女に走った事を恨む言葉を録音しておいて、言うこと聞かないとこれをアルスターに聞かせるぞ、なんて、脅すのもいいかも……」
「……加えて、意地も悪いか」

 何を仰るウサギさん、決して負けられない交渉事に臨む時は、切り札の一つや二つを用意しておかないと駄目でしょうよ。

「……お前が何を考えているのかは大体解るが、程々にしておけよ?」
「いえいえ、あくまでも奥の手と言う名のジョークですから、大丈夫ですよ」
「なんとも、逆に不安にさせられる言葉だな」
「あはは、まぁ、刺激し過ぎない程度で収めますよ」

 これでもザラ議長を相手に色々としてきたからな。

「ならば、任せるぞ」
「ええ、アメノミハシラに悪印象を抱かせないようにしながら、引き込みを仕掛けてみますよ」

 さて、そろそろ、格納庫に着くかなってところで、サハク准将がさらりとこう言った。

「ラインブルグ、そろそろ、動く準備を始める予定だ」
「……わかりました、レナやマユラ共々、身体を本格的に作っておきます」
「詳細は追って伝えるが……、その時はお前の働きを期待している」
「はは、それに応えられたらいいんですけどね」

 ザフト時代に、四月馬鹿のような戦争犯罪の一端を担った俺自身が背負った業の……、禊って言ったら、犠牲者に改めて祟られそうだが、とにかく、それに似たものでもあるというか……、まぁ、負わねばならない責任が消える事は無いだろうが、一時だけでも軽くなるような気分になれるからな。

 その後は、サハク准将も俺も特に語らず、マユラやコードウェル妹が帰ってきているであろう格納庫を目指して通路を進み続けた。


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