第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
28 混迷と再会 -Project Marine 4
暦が一月進んで十一月になっても日々是試験ってな具合で、マリーネの不具合や欠陥の洗い出しを行いながら量産機へ向けての改修案件を総ざらいしている。
とはいえ、試験機での初期洗い出しは既に終わって段階は一つ進んで、β版とも呼べる最終試験機【RSI-MS72Y】を使用して、より使い勝手の良い機体にするべく、訓練宙域を飛び回って激しい模擬戦闘を展開したり、それぞれの装備が正常に働いているかのチェックをしている所だ。
以前のα版に位置する試作機【RSI-MS72X】は現在、連続全力稼動耐用試験に回されており、この試験が無事に終われば、最終的には実際に致命的なダメージを負った際に脱出機能が働くか調べる為に、標的機として最期を迎える予定なのだが……、こいつには本当に怖い思いをさせてもらったものだ。
なんとなれば、テストパイロットとして俺が搭乗する際には必ず不具合が……、姿勢制御バーニアの耐用試験では制御系のバグから、とあるバーニアを吹かしたら別のバーニアが全力噴射したり、戦闘行動中における燃料電池の全力稼動試験時に燃料供給が上手く働かないなと思っていたら、燃料供給管に皹が入っていて爆発の一歩手前の危険な状況だったり、全力機動試験を終えて試験船に帰還しようとしたら、センサー系にバグが発生して若干機位がずれていて頭部をハッチにぶつけたり、主兵装の耐用試験で調子よくぶっ放していたら、ビームアサルト本体とカートリッジとの接続が不完全で突然に爆発したり、他にも多々諸々といった感じで怖い思いをさせられたり、冷や汗を流させてくれたのだ。
俺としては、致命的な事故に至りそうだった不具合が俺が乗っている時だけしか起きなかったから良かったと思っているのだが、その度にレナ達には大変怖い思いをさせたようで、そういった事があった日は三人が三人とも俺の寝床に潜り込んでしがみ付いて来たのは余談である。
……まぁ、何にしろ、危険な試験を全て俺に回して欲しいっていう俺の無理を聞いてくれたパーシィとシゲさんには感謝しておこう。
それはそれとして、宇宙は、先月の二十五日に、オーブ、……というよりは、サハク准将がアメノミハシラがL3の再開発を行う事を世界に向けて大々的に宣言した事で、新たな状況へと歩みを進めることになった。
この再開発宣言に対して、オーブ本国は沈黙を保った状態、つまりは黙認しているようで、干渉をしてくる様子は見られず、本国のバックにいる大西洋連邦も表面上は横槍を入れていないようだ。
また、他のユーラシア連邦や東アジア共和国といった大国は特にこれといった反応は示さなかったが、その他の国に関しては、南アメリカ合衆国や赤道連合、西ユーラシア連合、アフリカ共同体、月の中立都市群が好意的な声明……、再び厳しい環境に立ち向かい、人類が住まう空間が増える事を歓迎する、といった声明を出したから、それなりに反応があったと言えるだろう。
それ以上に大きな反応があったのは、L3に根拠地を置いている連中というか、主に宇宙海賊だろう。
マリーネ開発計画に参加してくれている宇宙軍の技師から聞いた話だと、L3宙域に面白い動きが見られるそうで、L3から慌てて逃げ出すように宇宙船が月や地球を目指して退去して行ったり、逆に、L3を目指して、ゴテゴテに魔改造された宇宙船が集ってきたりと、お祭り騒ぎのようになっているらしい。
要するに、死に花を咲かせようと考えたり、L3で一旗挙げようとでも考えた山師辺りが集ってきているってことだろう。
……情報通なら、ザラ議長に劣らぬ傑物と言える、サハク准将の怖さを知っているはずだろうになぁ。
後、宇宙での根拠地であったジェネシスαをD.S.S.D……Deep Space Survey and Development Organization(深宇宙探査開発機構)と言う国連時代の名残的な国際機関に引渡し、L1の世界樹の種に本部を移しているジャンク屋ギルドだが、この件に関しては、自分達の仕事場というか、漁り場を奪われることでもあるので、あまり歓迎していないようだ。
……このジャンク屋ギルドもなぁ、先の戦争中もあのリューベック司令が距離感と関係については色々と苦慮していた位に影響力があるんだけど、所属するジャンク屋がピンからキリで、ジャンク屋である事に誇りを持っている奴もいれば、強盗や海賊と変わらない連中がいるから、対処に困らせられるんだよなぁ。
まぁ、こういう問題は偉い人に悩んでもらう事にしよう。
ちなみに、D.S.S.Dに引き渡されたジェネシスαだが、各国軍の相互監視と護衛の下、月の裏側に位置するラグランジュポイント、L2に運搬されており、運用開始に向けて動いているようだ。本来の目的意味で使用されるのだから文句はないが、危険な代物である事には違いはないので、厳重に管理してもらいたいものだ。
◇ ◇ ◇
11月19日。
今日の実機試験では、戦闘出力状態にした燃料電池がカタログ・スペック通りに運用できるか、様々なモーションがスムーズに組み合わさっているかのチェックの為に、無補給のままで、パイロットを交代しながら一対一での模擬戦闘を総計して三時間以上は行っていたのだが、燃料電池に関してはちゃんとパーシィの計算通りに目標数値に到達できていたし、機体のモーションもミーアが想定していた通りに、人間でいうと小脳や脳幹の役割を果たしす補助AIがしっかりと機能していたお陰で実にスムーズに動き、計画責任者としてはほっと一息といった所だ。
ついでに述べれば、今日の模擬戦闘では思い通りの機動ができたり、自身が想定していた細々としたギミックが上手く働いたこともあって、一パイロットの俺としても大満足と行った所だったりもする。
もっとも、俺が大満足になった裏では、大きく不満を抱える破目になる人物が生まれていたりもするが、まぁ、勝負は時の運とも言うし、その人物の更なる精進を期待することにしよう。
「くっ、きょ、今日も一度も勝てなかった!」
「あはは、ユカリ、あんたの腕じゃ、まだまだ、アインさんやレナには勝てないわよ」
「ですが、マユラさん! このまま! MSパイロットとして、負けたままで悔しくないんですかっ!」
「当然、悔しいから、仕事の合間に時間があったらシミュレーターで訓練しているわ」
ぎゃーぎゃー、と今日の模擬戦闘で他の三人、レナ、マユラ、俺に対する勝率ゼロという記録を連続十日に延ばしたユカリ・コードウェルが半泣きで騒いでいるのをマユラが窘めているようだが……、そりゃあねぇ、伊達に先の戦争を最初から最後まで生き抜いた訳じゃないよ?
「ふふ、ユカリちゃんは今日も元気ですね」
「まぁ、しょぼーんとされるよりは煩い位の方がいいわなぁ」
あっ、マユラにしがみ付いて、うわーん、あのスケコマシに負け続けるのが悔しいですっ、あの模擬戦が終わった後に、わざわざ通信を入れてきて見せるドヤ顔やニヤリ笑いがっ! 本当に、腹立たしくて腹立たしくてっ! もう、悔しい悔しい、悔しすぎるぅっ、って、泣き始めた。
「なんとも、凄い負けん気だな」
「そういう風に仕向けている先輩がそう言いますか……」
「いや、コードウェルの筋が良いというか、中々、戦闘時の嗅覚が鋭いというか、案外、化けるかもしれないって感じているから、つい、挑発をしてしまうんだよ」
「ふふ、〝可愛い〟子にはちょっかいを出したがる先輩の悪い癖ですね」
……事実なだけに反論せずに肩を竦めて見せると、レナは本当にしょうがない人的な微苦笑を続けるが、それも俄かに止り、また口を開いた。
「ですけど、ユカリちゃんは、確かに、パイロットしては有望だと思います」
「だろ? この短期間でかなり成長してるし、次の模擬戦位で、マユラに勝てそうだしな」
「そのマユラも凄く伸びてるはずなんですけどね」
「まぁ、マユラは他に仕事もある兼業だし、これ位が普通だとは思うぞ?」
マユラの伸びも凄いが、絶対的な訓練量が違うからなぁ。
そんな事を考えていると、レナが今日の模擬戦を視察に来ていた親父達と案内しているパーシィとミーアを見つめながら、俺に話しかけてきた。
「……でも、ミーアちゃんが作った補助AIは、個人個人の操作の癖や好みを把握して、それに合わせて機体制御するんですから、凄いですよね」
「ああ、まさに乗れば乗るほどって奴で、乗る度に操縦での負担が減っていくのが良くわかるよ」
「それに、個人データを記録媒体で保存しておけるから、機体を換えても使用できますし」
「けど、パーソナル・データの換装に十分程掛かるんだよなぁ」
「その辺りは、今後の課題かもしれませんけど、運用側でフォローできる範囲ですよ」
「まぁな」
「それと、ミーアちゃんがここまで頑張っているのは、全て、先輩の為なんですから、忘れないであげてくださいね?」
「もちろんさ。それと、ミーアだけじゃなくて、レナやマユラの頑張りも忘れてないからな?」
「うふふ、そうですか? ……なら、記念すべき最初の夜は、三人で目一杯、夜が明けるまで、タップリと甘えるつもりですから、覚悟しておいてくださいね」
「……りょ、了解」
ふ、普通、男が女に言うような台詞のような気がしないでもないが、まぁ、こ、これも俺達の関係なのかもしれないな、うん。
……ちゃんと、身体の調子だけは整えておこう。
「あ、話が終わったみたいですね、こっちに来ます」
「だな。……どうだった、親父」
「ああ、アインか。……いや、MSがあれ程、スムーズに動くものなのかと驚いていた所だ」
「全てはパーシィや、シゲさん、ミーア達、技術者のお陰だよ」
「そうだな。本当に、今日の視察はうちのグループが〝人財〟を多く抱えているのがよくわかった、有意義なものだったよ」
……うん、会長でもある親父に褒められて、プロジェクトメンバーは皆、嬉しそうだな。
「まぁ、言葉だけじゃなくてだな……」
「ふっ、わかっている。総務や財務担当に話を通しておく」
「流石親父、話がわかる」
なんてことを話していると、会長の第二秘書となっているアルスターが、時計を気にし始めていた。
「親父、そろそろ、時間みたいだぞ」
「ああ、そのようだな。……いやはや、今日は久しぶりに、お前とBOuRUを作っていた日々を思い出してしまった」
「あ~、あの時の事を……、宇宙港の片隅にある倉庫でジャンクからBOuRUを作っていたことを考えると、MSなんて作っている今が嘘みたいだな」
「まったくだ。……しかし、アイン、アレは良い経験だったな」
「そうだなぁ。俺も、アレで謙虚さと人の手を借りる事、人付き合いの大切さを学んだ気がするよ」
「うむ、常々、初心を忘れないようにしないとな」
「うん、そうだな」
そんな事を話しながら親父を見送る為に、主要な計画メンバー皆でぞろぞろと第五開発部の格納庫を出て、アメノミハシラの基幹部である中央回廊に到達する。
「んじゃ、親父、今の試験機を改修しながら、量産機の設計図や一機当たりの生産コストとか書いた現行最終量産化案を上げるから、重役会議で進めるか止めるかどうかの検討を頼むよ」
「わかった。……まぁ、今日の出来でも十分に納得が行くものだったからな、私が後押ししよう」
「はは、それは心強い。……後は、売れるかどうかだなぁ」
「む? 珍しいな、お前が弱音を吐くとは」
「まー、こいつに関しては、自分の経験を元に考案したとはいえ、趣味が多分に入ってるからさ、大丈夫かなぁ、って思ってしまうんだよ」
「アイン、自信を持て。マリーネはお前が先の戦争を経て、抱いた思いから生まれたのだからな」
……はぁ、流石はグループを率いている〝家長〟だけあって、まだまだ、俺は親父には勝てそうにないな。
「わかった、胸を張ってるよ」
「ああ、お前はそれ位でいいんだ」
む、何か、パーシィを除いた周囲の目が……、驚きで目を見開いて?
「皆、どうかしたか?」
「ま、まぁ、アインちゃんが素直に弱音を吐くからさ」
「ええ、普段が普段だけに、驚いたわ」
「で、でも、先輩とお父様は、やっぱり親子なんだなぁって」
「……ほんと、アインさんのお父様も素敵だよねぇ」
「兄さんって、もしかして、ファザコン?」
……ミーアは後でちょいと説教って言うか、親父もレナやマユラのお父様って言葉を聞いて、デレデレするなっ!
なんだか、場がグダグダになり始めてしまったが、それを立て直すべく、会長秘書のアルスターが口を開いたようだ。
「んんっ、会長、そろそろ、つ「フレイッッ!!」……え?」
え、誰、今、アルスターを読んだの?
皆で揃って、キョロキョロと、辺りを見回すと……、とおーーーーーーく、離れた、中央回廊の端にあるラインブルグのファクトリー出入り口から三㎞離れた地点にある休憩エリアから猛スピードで接近してくる人影を認める事ができた。
……というか、ここまで届くほどの大声が放たれた所為で、中央回廊に居た人達がほぼ全員、悶絶して中空に浮かんでいたりする。
「……アルスター、あれは誰だ?」
「………………ら?」
「……フレイ?」
俺に代わる形で再度レナが問い掛けるが、どうやら聞こえていないようだ、って、アルスターが弾かれたように、その人物に向って、一直線に跳び立って行った。
「あ」
「ん、どうした、パーシィ」
「もしかしたら、アルスターさんが探している人じゃないかな?」
「あ、あ~、そう言えば、アルスターの奴、必ずとっ捕まえてやるって、鼻息荒かったもんなぁ」
……。
「レナ」
「ええ、わかりました。お父様……、いえ、会長、今日から……、先輩、何日程にしましょうか?」
「取り合えず、三日位でいいんじゃないか?」
「三日間、フレイに代わって、秘書を務めますので、フレイには……」
「ふふ、わかった、アルスター君も普段から頑張ってくれているからね、彼女には有給を出しておくよ。では、レナ君、三日間、よろしく頼むよ」
「はい。まずは次の予定だけ、教えていただけますか? その予定が終了するまでに、ベティさんに連絡して、スケジュールを把握しますので」
さて、フレイの代役はレナに任せればいいとして……。
「ひゅ~、ドラマの撮影か?」
「もう、兄さんッたら」
「そうよ、アインさん、それは言い過ぎ」
いや、だって、アルスターと相手の茶髪男、中央回廊のど真ん中で、周辺に一杯人がいるのに、お互いを絶対に離さないかのように固く抱き合って、熱い熱いベーゼをずっとしてるんだぜ?
「あ、あはは、あれは独身者には目の毒だね」
「うぅ、俺も、俺も……、ナナちゃーーーん!」
「な、なんて、うらやま……は、破廉恥ですっ!」
まぁ、取り敢えず……。
「パーシィ、カメラか何かないか?」
「えーと……、あ、あったあった、はい」
「お、何故に、本格的なカメラ?」
「うん、マリーネの記録用で使ってるんだ」
「へぇ、そうなのか。……なら、あの二人の様子を」
「あはは、うん、記念に一枚だね」
……うんうん、アルスターもきっと喜んでくれるだろう。
周囲の惨状がまったく目に入らない様子で中空に浮かび上がって盛り上がっている二人を、パーシィのカメラがしっかりと捉え、カシャリと合成音が響き渡った。
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