第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
26 混迷と再会 -Project Marine 2
マリーネの試験機【RSI-MS72X】の組み立てが本格的に始まった十月。俺の身の回りもそれなりに忙しいが、世界もまた相変わらず、話題に事欠かない状況が続いている。
まずは身の回りの事からだが……、マユラというよりは俺とレナ達三人との関係について、盛大に噛み付いていたテストパイロットのユカリ・コードウェルは表面的には落ち着き始めた。その為、先に危惧していたような計画への大きな乱れはなく、順調な開発が進められている。
これもマユラが忍耐強く対話を続けたり、ミーアが開発計画に遅れが出ないようにフォローしてくれたり、レナが旧ラインブルグ隊風のパイロット特別訓練を実施してくれているお陰だな。
中でも特に、レナの訓練が他の事に気を取られるような余裕を奪ってくれたのが良かった。流石にフェスタとスタンフォードを育てただけあって、訓練術に磨きがかかったというか、容赦がなくなったというか、相手の限界を見切れるようになったんだろう。コードウェル三尉と一緒に訓練を受けているマユラが俺に半泣き状態で縋りついて、あれは絶対に拷問の耐久訓練だよぅ、って、切々と訴えてきた位だしな。
とはいえ、俺が小隊長時代にレナとデファンに実施していた頃に比べると、まだまだ温いというか……、まぁ、あの時はエヴァ先生のしっかりとしたフォローもあったから、潰れるギリギリのラインで訓練できたんだろうなぁ。
ちなみに、そのエヴァ先生にはレナ達共々、アメノミハシラに着てからも月に一度のペースで定期検査をしてもらっており、健康管理をしてもらっていたりする。その際にはいつも人を解剖したがるから困った人だ。
話が若干逸れてしまったが……、M1のテストパイロットをしたり、実戦に参加したりして、それなりに経験を積んで来たマユラはともかく、士官学校のMSパイロット養成課程を出たばかりというユカリ・コードウェルはレナが課す訓練と職務であるデータ取りをこなすので精一杯らしく、作業や訓練の合間の休憩時間には中空にぷかぷかと浮かびながら、ぐーすかと寝ている姿を俺もよく見ていたりする。
仮にもMSパイロット養成を受けてきた割にはちょっとばかり貧弱だとも思えなくもないので、一度、サハク准将に士官学校や訓練校でのMSパイロットの訓練をもっと厳しくした方がいいと言っておいた方がいいかもしれない。
訓練の厳しさの程度は、戦場での生存率に直接的に影響してくるからなぁ。
次に視線を外に向けて、宇宙に関する事だが、先だって予定が組まれていたL1との海賊対策への協議がアメノミハシラ-L1間の航路上にて行われ、無事、相互協力を約する正式な協定が結ばれる事になった。具体的な内容を挙げれば、航路上で護送船団や商船が海賊に襲われた場合、両軍が相互に連絡を取り合って対処する事と、L1から物資を調達する事と国防軍による定期的な査察の受け入れを条件として、L1外縁部にSKO用の小規模な補給衛星港の建設が認められたという事だ。
特に後者に関しての合意が得られた事で護衛隊の補給拠点に目処が立ち、護衛戦闘での推進剤やエネルギーの使用制限が大幅に改善されたことになるから、現場の厳しい条件が緩和されたと言えるだろう。
で、そのSKOだが、早くも宇宙海賊との激しい戦闘を繰り広げていたりする。
なにしろ、運用当初に護衛隊の戦力として宇宙軍から供給されたハガネ級四隻の内、既に二隻が沈み、一隻が中破して、モジュール交換している位だからな。
だが、その尊い犠牲によって、国防宇宙軍のパトロールMS小隊が間に合ったり、商船団が無事に逃げ延びたりと、結果的に守り通していることから、SKO及びオーブ国防宇宙軍への信頼が高まっているのが現実で、SKOが募集する護送船団に参加する商船が増え始めている。
その実情を考慮した宇宙軍は自分達で運用を予定していた残り八隻のハガネ級全てをSKOに投入することを決定した為、SKOは何とか、三日に一度の運用ペースを維持できている状態だ。この影響で宇宙造船にも失われた分の補充や追加発注が入ってきており、造船所はフル稼働状態である。
経営者の視点から見れば、仕事が入ったと喜ぶべきことなのかもしれないけど……、一個人としてみれば、今後しばらくの間はSKOの規模が大きくなっていくのは間違いないという事、つまりは、それだけ世界が乱れていて、犠牲者が出ているという事だから、素直に喜べない為、非常に複雑な心境だ。
まぁ、俺の感慨はともかくとして、ハガネ級が実戦の洗礼を経た結果、現場からの声が概ね好評だった事で、SKO引いては〝親〟である宇宙軍から宇宙造船に対して、ハガネ級の更なる改良と、いつの間にか宇宙軍の主力艦と収まっていたトツカとは別に、本格的な補助艦艇というか艦隊護衛用艦艇の建造依頼が入っていたりする。
そんな訳で、俺は俺で海兵計画で忙しいというのに、新たな護衛用艦艇のプロジェクトチームを大至急に組めと、おっさん連中もといグループの重役から厳命される破目になっており、涙目になりながらも、旧ハガネプロジェクトのメンバーから人員を推薦してもらい、休む間もなく選考をしたり、面接をしていたりする。
凹、これでは三人とイチャイチャする時間がなくなるではないかっ、なんて嘆きを、重役会議で思わず口にした際のおっさん連の物凄く嬉しそうな顔ときたら……、ぎぎぎぃ、チクセウッ、奥様連にウッタエテヤルッ、って言いたくなる位に腹立たしいものだった。
最後に地球での戦乱についてだが、ユーラシア西部で発生しているユーラシア連邦と西ユーラシア連合及び中東イスラム同盟との戦闘において、戦いの趨勢に影響しそうな節目が訪れたようだ。
ユーラシア連邦の独立系メディアが伝えた所によると、六日夜に汎イスラム会議の義勇軍を受け入れた中東イスラム同盟が一大攻勢を仕掛けて、中東の一都市であるモスル近郊においてユーラシア連邦軍の主力部隊を打ち破り、また翌七日には西ユーラシア連合が中央ヨーロッパの都市ライプツィヒ近郊での戦闘で新型MS……パーシィとシゲさんから聞いた話だと、アクタイオン・インダストリ社製の【ハイペリオン】ってMSらしい……を投入したらしく、ユーラシア連邦軍のMS部隊を壊滅させたそうなのだ。
ここ最近の戦闘では、物量に勝るユーラシア連邦が比較的有利な戦況が続いていただけに、これからの戦いがどうなるかが注目されるところだ。
MS開発に関わる俺としては、西ユーラシア連合が出してきたというハイペリオンなるMSも気になるのだが、詳細な情報が入るのは先のことだろうから……、大人しく自分の仕事してよう。
ってことで、本日もまた、マリーネで使用するモーションのデータ取りをしている。今日は俺とレナが二人で担当している攻撃モーションのデータ取りなので、マユラは本社で新規艦隊護衛用艦艇開発プロジェクトの下準備をしていたり、コードウェル三尉は宇宙軍の施設でレナから与えられたトレーニングをこなしていたりする。
「はーい、兄さん、レナさん、今日の予定は全て終了です。お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ、ミーアもこの後が大変だろうけど、よろしく頼むな」
「うん、任せておいてね!」
パーシィから一つの仕事を任せられた影響か、この所のミーアは自分に自信を持ってきたというか、より一層、元気溌剌と日々を過ごしている。
うんうん、いいことだと考えながら、コックピットから出てみると、先に出ていたのだろうレナが待っていてくれた。
「お疲れ、レナ」
「あ、はい、お疲れ様です、先輩」
「どうした、疲れたのか?」
「いえ、私は大丈夫です。どちらかといえば、先輩の方が顔色が悪いように見えますけど、大丈夫なんですか?」
「ん~、自覚的にはまだ大丈夫なんだが……、レナ、俺、そんなに顔色悪いか?」
「ええ、目の下の隈がいつもよりも目立ってます」
尚も心配そうな表情を見せるレナの頬をそっと撫でると、少しだけ和らいだので希望的観測を述べてみる。
「なら今日の仕事は程々にして、早く帰るように努力するよ」
「あ、は、早く帰ってこれるなら、私達の相手もしてくれますよね?」
と健気な事を言うので、しっかりと抱き締めて、雄を誘惑する芳香が強く香るレナの首筋にキスして痕を残してみる。
「これじゃ、不満か?」
「……ぁぅ、こ、これだけじゃ、その、不満です」
「そうか? だったらって……、あ~、もう時間がないから、後は家に帰ってからだわ」
「えぇっ! も、もう少し……」
「すまん、マジで次の予定まで時間が押してきてる」
先輩はいけずです、と口を尖らせて抗議の意を見せるレナに軽い口付けして、断腸の思いで、テストパイロット用に設置した簡易な小型ロッカールームへと向う。
その道筋で、色ボケした頭を一旦切り替える為にも、今後のマリーネの開発スケジュールを思い出す。
ミーアから聞いている予定だと、今日のデータ取りで機体制御システムというか、基礎OSのα版ができるはずだし、機体の方の組立ても順調だから、来週にも機体に組み込んで実機での運用テストも可能なはずだ。
そのテストで得られた【RSI-MS72X】の問題点……機体やOSの不具合や欠陥を洗い出して、機体設計に修正を加えたり、OSの改良を進めて改修する。また、これに後追いする形で修正設計図から新しい試験機【RSI-MS72Y】を二機作って、更なる不具合と欠陥の洗い出しを行い、試験機の問題点を改修して、量産化に向けての設計見直しを行って、最終的に完成した量産機を宇宙軍に披露するんだったな。
……むぅ、一つの節目とはいえ、まだまだ、道、半ばだなぁ。
っと、ロッカールームを過ぎるところだった。
手足の動きや壁面を利用して方向転換し、目的のロッカールームの扉にしがみ付くと、別れ際にレナが見せた拗ね顔が浮かんできた。俺もレナ達の相手がしたい、していたい、むしろ、それを本業にしたい、って、常々思ってるんだが、仕事がある以上はどうしようもない所があるんだよなぁ。
いやはや、いつの世も現実は厳しい。
そんなことを考えながら、パイロットスーツを専用のクリーニング装置にセットした後、タップリと汗を吸っているインナーを脱いで、使用しているロッカー内に置いてある自分のカバンの要洗濯なんて書いた袋に放り込み、バスタオル片手にシャワールームへと向う。
水や霧状になった水分を吸引する排水排気装置のスイッチを入れ、シャワーヘッドをこちらに向けて、弁の開放スイッチを押すが、一瞬、空気の流れが変わったような?
……どうやら俺の気のせいか、機械の調子みたいだな。
とりあえずは、温水を浴び……はぅぁ~、温かいお湯が汗を落し、瞬間的に過ぎないだろうが、疲れを癒してくれるわぁ。
あふぅ、本当に、ええ気分やわぁって、音?
……。
まさか、いつかのようにレナ達が入り込んできたんじゃないだろうなって、流石にここは家じゃないし、ミーアならともかく、レナに限って、そんなことはあるわけがないよなぁ。
それよりもボディソープはっと。
「はい、先輩、石鹸、忘れてましたよ?」
「おお、サンキューですって、ちょ、レナ、おまっ、またっ!」
「……あぁ、先輩の匂いだぁ」
いや、そんな蕩けた声出すなっ、背中に顔を押し付けて口付けするなっ、密着してぐいぐい胸を押し付けるなっ、両手で腹筋を撫でまわすなっ!
「れ、レナさんや、ちょーーーとばかり、場所を考えような?」
「でも、ほら、そんな事言ってる先輩も、やんちゃな〝息子さん〟が、こんなに元気になってますよ?」
「そ、そりゃ、お前、俺も男だし、好いたオナゴにこんなことされたおふぅ」
ら、らめぇ! 今日、我が息子は大人しくさせておく予定なんだからって、冗談じゃなくでだなっ!
「な、なぁ、レナ」
「はい?」
「俺、こんな忙しい時じゃなくて、もっと、ゆっくりとした時にお前を抱きたい」
「……先輩、女にも性欲があるって、わかってますか?」
うぅ、レナの不安そうな声に申し訳なさを感じる。
「もちろん、それがわかった上で言ってる」
「なら、教えてください。……どうして、私達を抱いてくれないんですか? ……もしかして、私達が皆、初めてだから遠慮してるんですか? それとも、私達、女としての魅力、ない、ですか?」
「あ、あのな、お前達に魅力がないなら、今、お前が握ってるモノがこんな状態になるわけないだろう?」
「なら、どうして、なんですか? 私、皆には、言いませんけど、本当は、去年から、ずっと、先輩に、抱いてもらえる日を、ずっと、待ってるんですよ?」
そ、そんなに前から?
「……すまん。けど、この仕事が、俺が立ち上げた計画が、今の海兵計画が終わらないと……、俺は男として、胸を張れないというか……、お前達三人とずっと一緒に生きていく為にも、現代社会倫理に喧嘩を売れるだけの自信が……、違うな……、お前達と共に居るに相応しいって言われるだけの……、いや、もっと単純に、何かを為したって自信が……、うん、男としてのプライドが欲しいんだ。……まぁ、お前達から見れば、きっと、ちっぽけな事に過ぎないんだろうけどさ、どうか、もう少しだけ、待って欲しい」
ちょっとした沈黙が訪れるが、それも少しの時間で、背中に張り付いているレナの頭が首を縦に振ったのが感触でわかった。
「先輩の想いは……、わかりました」
……だが、流石にこのままだと男の沽券にも関わるので、一つ、宣言をしておくことにする。
「……レナ」
「なん、ですか?」
「宇宙軍やSKO向けの披露会が終わった夜……、いや、それだとゆっくりできないから、海兵計画が何らかの結果を出して終わる日まで……、それまで待ってくれ」
「ッ! ……し、信じて、いいですか?」
「ああ、こういうことには嘘はつかないよ」
「なら、他の二人にも、そう言っちゃいますよ?」
「えっ?」
まさか、全員、同じ日に〝する〟のか?
「先輩?」
「あ、ああ、二人にも、そう言っておいてくれ」
「はい!」
どうやら、レナには納得して頂けたようだが……、今度は、俺の中の獣が猛っていて、納得していないからなぁ。なので、レナの方へと振り向いて……って、あー、もしかして、泣いていたのか?
「って、せん、ぱい?」
「結局、俺は社会人として失格なんだろうなぁ」
「え? ぅんむっ! ぁっんっぁっ!」
そんな訳でちょいと気合を入れて、レナをあくまでも〝本番はなし〟で攻め落とすのに時間を使った為、前もって遅れる旨の連絡を入れる事ができたとはいえ、次の仕事に五分ほど遅刻することになってしまい、お待たせしてしまった新規護衛艦開発計画のプロジェクトメンバーには本当に申し訳ないことをしてしまった。
でも、短期的にはレナの足腰が立たない位には満足させる事が出来たから、男としては後悔なんてしていないっ! ……なんてね。
とりあえず、後もう少しで一段落だし、頑張ろう!
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