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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
25  混迷と再会 -Project Marine 1


 九月に入り、MS製造に使用する各資材や部品が揃い始め、宇宙軍から招いた技師やテストパイロットを含めた、グループ横断のプロジェクトチームも結成し、本格的に実機……、試作機の製造に乗り出すことになった。

 海兵計画のプロジェクトチームは、シゲさんが率いる機体や兵装関連の製造と整備補給設備の考案設計を行うハードウェア組と、パーシィが名義上率い、ミーアとナナが実質的に取り仕切る操縦及び機体制御システムといった基礎OS関連と操縦用インターフェースの作成を行うソフトウェア組の二つに大きく分けられ、全体的な開発スケジュールの調整や指揮、両者の擦り合せ、実機製造責任者を設計主任でもあるパーシィが行うことで同時並行で計画が進められている。

 でもって、俺やレナ、マユラと軍から派遣されてきたテストパイロットの四人は、ただひたすらに、操縦システムの検査と操作感やコックピット内仕様に対する意見出し、機体制御に使うモーション取り等々に駆り出されている状態なのだが、テストパイロット以外の三人は他にも仕事があるので、ローテーションで回していたりする。

 今もテストパイロットとマユラ、俺の三人で、マリーネで使用される事が確定しているBOuRU内殻を応用した試作緊急脱出装置兼操縦席を第五開発部の量子コンピュータを使ったシミュレーターに組み込み、ミーア達に指示されるままに様々に切り替わる状況の下、機体の腕や足を動かしたり、気の向くままに機体を歩かせたり走らせたり、スラスターや姿勢制御バーニアを吹かせたりと色々操っている最中だ。

 これらは機体動作の基礎データになるだけに、一つ一つの動作を丁寧に気を使ってやらないといけないのだが、こういう細々とした地味な作業はザフト時代、訓練校やMS隊、宇宙艦隊や独立戦隊に所属していた時にも随時やってきたことだけに直に慣れてしまい、頭と身体が分離して動いている状態だったりする。
 まぁ、要するに身体が無意識的、反射的に、最良や最適を探って、勝手に機体を動かしているという奴で、これまでの弛まない努力で地道に培ってきた経験と戦場での生死を賭けた戦闘体験、更には俺と〝俺〟が別個のモノであると認識していた幼児期の名残とが組み合わさって、見事に昇華した、分割思考めいた技能と言えなくもないと思う。

 そんな訳で、基礎データ取りをしているミーアに指示されるまま、操縦をこなす傍ら、昨今の状況を整理してみる。

 ……。

 先月、L1からやって来た珍客二人はBOuRUの発注と海賊対策についてのL1の政及び軍の両トップとサハク准将との正式協議の下準備という予定をこなした後、片方はBOuRUの生産工場を見学し、無重力環境で製造されている宇宙食品の代表的なお菓子で、研究員時代のベティが開発を担当したBOuRUクッキーを大量に買い込んで、もう片方は非常に多くの麗しき女性方にお近づきになれたと艶やかなキスマークと真っ赤な紅葉を両頬に貼り付けて、両者共に満足して帰っていった。
 こんな休暇半分の連中に関しては置いておいて、真面目な話、このままプラントとの交渉が、最低でもL1の国防軍と航路維持に関して協力関係の構築が上手くいけば、アメノミハシラとL1間の通商航路……、多数の海賊が活発に活動しているデブリ帯が複数ある航路も、今の危険な状態からの脱却が期待できるはずだ。

 もっとも、周りで起きていることは必ずしも良いことばかりと言うわけではない。

 実は、アメノミハシラから南アメリカ合衆国へのM1アストレイの輸出が公のものになってしまったのだ。

 ……なんて表現するとシリアスめいた言い回しになるが、簡単な話、南アメリカ合衆国軍がM1アストレイの実機運用を開始したのを、大西洋連邦に察知されただけなんだけどな。

 この動きに対して、国防関連を押えることで南アメリカ合衆国を兵糧攻めじゃなくて、言う事を聴かせる気満々だった大西洋連邦は、当然の如く、アメノミハシラの上役であるオーブ本国政府へと圧力を掛けたらしく、本国政府からM1アストレイの輸出停止を求める通信が相次いで入っているそうだ。
 特に、先月、新代表になったカガリ・ユラ・アスハからはサハク准将へと経緯説明と即時輸出停止を求める通信が、サハク准将に取り次がれるまで、連日連夜、通信回線が使えなくなる程に〝入っていた〟とのこと。

 ……何故に、アスハ新代表からの通信が過去形なのかと言うと、MSの輸出はオーブの理念云々に反するというアスハ新代表に対して、サハク准将が、今、全世界へと離散しかけているオーブ国民が置かれている状況と、何故、このような苦境に立たされることになったのかを半日近く、懇切丁寧に、感情的になることもなく、淡々と講義した影響だそうだ。

 人間が生きていくには食う必要があるし、食う為には糧を得るために働く必要がある。加えて、働く場所にしても安全な住処が確保されないと能力が発揮できないのは当然の理のはず。

 そもそも、生命や財産が脅かされるような場所で、誰が安心して住んで生きていける?

 理念云々をお題目に掲げても、実が伴なわなければ、ただの法螺吹きか、考えなしの阿呆だ。だいたい、ご立派な理念云々を掲げたいなら、困窮している国民を腹一杯にして、安心して生活できる環境を保障して、他国からも攻められない状態にしてからにしろ、このバげふんげふん、放蕩娘がっ、って具合に、サハク准将が散々に遣り込めたらしい。

 で、その結果、半泣きになったアスハ新代表は首長府にお篭りになってしまったそうだ。

 ……歳若いから仕方がないのかもしれないが、おいおい、一国の代表がそれでいいのか、と思わなくもない。まぁ、実際に国政を動かしているのは、例のウナト・エマ・セイラン卿らしいから、特に影響がないのが救いだな。

 とにかく、アスハ新代表については、サハク准将の忠言を良い切っ掛けにして、一国の代表に足る人物になるように成長して欲しいもんだ。

 一方、MSを実際に輸出しているモルゲンレーテだが、モルゲンレーテ本社はアメノミハシラ支社に対して、特にこれといった圧力を掛けてきたり、説明を求めたりはしていないようだ。なんとなれば、モルゲンレーテ本社は本社施設や工場群を自爆によって失った影響で支社の資金支援がなければ、工場の再建や操業もままならない状態だからだ。

 世の中、金が全てではないが、金で何とかできる部分も多いってことの証明だよねぇ。


 次に視点を変えて世界に目を向けてみると、地球ではユーラシア連邦と西ユーラシア連合、中東イスラム同盟が最初の一ヶ月だけで各国が百機以上のMSをを失う程の激戦を繰り広げている。ここまで短期間に戦闘が頻発しているとなると、これは手前勝手な想像だが、大西洋連邦が裏で暗躍しているのは間違いないだろう。

 また、ユーラシア以外の別の場所、アフリカ大陸でも新たな戦端が開かれている。南アフリカ……アフリカ南部及び東部を領域にする南アフリカ統一機構による、北アフリカ……アフリカ北部及び西部を領域とするアフリカ共同体への電撃的な侵攻だ。
 この動きは大西洋連邦の支援を受けた南アフリカ統一機構が悲願として掲げているアフリカ統一を果たす為、戦後復興が思うように進まないアフリカ共同体を併合しようと考えてのことだろうが……、短期的には達成できるかもしれないが、長期的に見たら、間違いなく失敗するだろうなぁ。

 つか、西ユーラシア連合系のマスメディアが世界に流している情報だと、開戦初期の電撃戦で共同体の首都であるダカールを攻めきれず、陥落させることができなかったらしいし、別のメディア……、確か、大西洋連邦系だったかな、そこが伝えている情報だと、中央アフリカの戦線が膠着化して、MS同士の戦闘が戦場の添物になる程に泥沼化していたり、ジブラルタルからビクトリアに逃げる途中で落伍した、それなりの数のザフト敗残兵がアフリカ共同体軍に、どういう理由でなのかまではわからないが、参加しているって話だし、短期的な予想ですら怪しい状況だ。

 そもそも、南アフリカ統一機構を支援している大西洋連邦が子分である南アフリカ統一機構の国力が倍増するような事を容認するとは思えない。

 いや、武力による統一ではなく、経済的な支援を表の餌にして、武力侵攻を裏でちらつかせながら統一へと事を運ぶなら、案外、上手くいったかもしれないんだけど……、時に、こういう短絡的な事をしてしまうのが、きっと人類という種なんだろうなぁ。

 ……まぁ、これも部外者だからこそ、言える言葉なんだろう。

 っと、ミーアの顔が補助モニターに映ったから、どうやら、今日のお仕事は終わりかな?

「兄さん、お疲れ様~、今日のデータ取りはこれで終わるから、上がってもいいよ」
「おぅ、了解」
「後ね、えーと……」
「どうした?」
「……コードウェル三尉がね」
「あ~、また、マユラに噛み付いているのか? マユラさん、あんな男の何処がいいんですかっ! そんなふしだらな人とは思ってませんでしたっ、ってな感じで」
「……うん。この所、毎日だから、今日はマユラさんも爆発しそう」
「やれやれ、なら、俺が憎まれ役を引き受けるわ」

 ミーアが何か言いたげな顔を見せたが、微笑んで見せて発言を封じ、コックピットのハッチをオープンさせる。

「いい加減、目を覚ましてください! マユラさん!」
「……目なんて、とっくに覚めてるわよ。それでも、私はアインさんが好きなの、話はお終い」
「あの男のっ! あの、三人と同時に付き合うような不誠実な男の何処がいいんですかっ!」

 あ~、やばいな、マユラから怒気が感じられるわぁ。

「あっ、あん「ほいほい、君の言う不誠実な男の登場だよ、ってか」……アインさん」
「ッ!」

 今にも射殺さんばかりに睨みつけてくる軍からの派遣パイロット、ユカリ・コードウェルだが、正直、俺が脅威に感じる程の威圧感はなく、精々、ザラ議長の二十分の一程度といった所だ。

 そんな具合に俺を威嚇してくるユカリ・コードウェルの見目形は、その金髪をベリーショートと呼べる程に、マユラ以上に短くしているが、若干、タレ目がちな上、顔形も柔らかな線だから、女であることを十分に判別できるだろう。
 しかしながら、身体つきに関しては、恐らくは軍の入隊制限ぎりぎりといった位というか、本当に用件を満たしているのかって思うほどに華奢で、特に絶壁と表現するしかない胸のため、一目見ただけでは思春期直前の少年にも見えるというか、二次性徴前の女の子って感じが強い。

 俺から発せられるある種、邪な気配を感じ取ったのかはわからないが、そのコードウェル三尉が俺に食って掛かってきた。

「いい加減、マユラさんを解放しなさい! このスケコマシ!」
「ん~、君には残念な事に、俺は、一度、手に入れた者を手放すようなお人好しじゃないんでねぇ」

 なんてことを言いながら、マユラの傍まで跳んで、コードウェルにも良く見えるように、俺のやる事を察したらしく、首に両手を回してきたマユラを抱き寄せつつ、深いキスをしてみせる。

 ……視界の隅で、顔を真っ赤にしたコードウェルがこちらを凝視しているのが確認できた。

 コードウェルが逃げ出す時間を作る為にも、タップリと時間を掛けて、熱が篭った口付けを交わしているのだが、一向に去る気配を見せない。なので、これ幸い、もとい、止むを得ず、マユラとの情熱に満ちた時間を続けていたのだが、そろそろ、マユラの身体から力が抜けてきたようなので、仕方なく、唇を離す。

 その際、コードウェルから見えるように、唇同士がしっかりと唾液の糸を繋がっている演出も忘れない。

「ほらほら、お子様には刺激が強いだろうから、行った行った」
「なっ! だ、誰がお子様ですかっ!」
「ん~? そろそろ、小便して寝る時間じゃないのか?」
「ッ! 失礼しますっ!」

 湯気が出るような顔色で、ユカリ・コードウェルはシミュレーターを飛び出して行った。

「やれやれ……、大丈夫か、マユラ?」
「ふぁぃ?」

 おぅ、何とも、雄の本能を刺激する顔と声だこと……。

 ……。

 折角だし、もう一回……。

「はい、兄さん、マユラさん、タオル持ってきたよ」

 ……ミーアさん、仕事が早すぎますぅ。

「はいはい、ありがとう」
「……ぁ、み、ミーアちゃん、ありがとう」

 二人してミーアからタオルを受け取って、口周りや汗を拭き取りながら、マユラの様子を窺う。

「マユラ、大丈夫か?」
「うん。……今のが偶にあるなら、ユカリに文句を言われ続けるのも、刺激的で良いかも」
「むぅ、あんなに情熱的に……、マユラさんが羨ましいかも」

 よ、余裕だな、二人とも……。

「んんっ、真面目な話、ミーア、コードウェル三尉は調子を落としてないか?」
「……ん~、確かに落としてる」
「それは計画に支障を来たしそうか?」
「今の所は許容範囲内で収まっているから大丈夫だけど、この調子が続くとそうなるかもしれない」

 ……うーん。

「俺がデータ取りから抜けてみるか?」
「駄目駄目、兄さんの機体制御技術は群を抜いているんだから、絶対に外せない」
「でも、ナチュラル用OSでの操縦と実戦経験があるマユラを外すわけにはいかないしなぁ」
「あの……、アインさん、できれば、ユカリも外さないで欲しいの」
「わかってるよ。ここで外されるって事は任務の失敗と同義だろうし、経歴にも傷がつくだろうしな」

 だからこそ、問題になるんだよなぁ。

 消えて行ったシミュレータールームの扉を眺めながら、問題の人物について考える。

 宇宙軍からテストパイロットとして派遣されてきたユカリ・コードウェル三尉だが、マユラの友人で例の戦闘でも同じ小隊で小隊長をしていたアサギ・コードウェルなる人物の妹だそうで、以前というか、オーブ本国でM1アストレイのテストパイロットをしていた時に紹介されていたそうだ。
 そんな訳で、マユラとも面識があったらしく、ここに派遣されてきた当初は、両者共に大いに驚きつつも仲良くやっていたのだが、それも俺がマユラを含めて三人を囲っている事実が判明するまでのことで、その後は先程のように、マユラの目を覚まそうと色々との努力してくれているのだ。

「アインさん、先に言っておくけど、私は、絶対に、アインさんから離れないからね!」
「当然だろう、マユラは俺の女だ」
「ぁ、……うんっ!」

 ……だが、こっちも仕事である以上、私情から調子を崩されるのは困る。

「だが、マユラ、お前には悪いが、計画に大きな支障が出そうになったら、俺はコードウェル三尉を切る」
「…………はい」
「だから、そうなる前に、ミーアやレナと一緒に、色々とパイロットしての心得やトレーニング方法を伝授したり、計画の進捗状況を伝えたりとかして、交流を深めて、俺達の仲を認めさせるのは難しいかもしれないが、不干渉状態にまで持っていって、これ以上、調子を落とさないようにして欲しい」
「……うん、わかったわ」
「……兄さんは参加しないの?」
「下手に俺が出て行ったら、また、意地を張るかもしれんから、不参加だ。……悪いな、マユラ、結局はお前任せでさ」
「いいの、アインさんだって、計画責任者だから、一つの事に集中している余裕はない事は知ってるから、私が何とかするわ」

 ……うん、マユラから頼りになる返事も聞けたし、ロッカールームに引き揚げるかって、ミーアさん、何故に、俺の背中に張り付いて?

「ぶー、マユラさんとの熱いキスを見せ付けておいて、頑張って働いている私へのご褒美はぁ?」
「ミーアには毎晩、お風呂場でしっかりと〝ご褒美〟してあげてるから、別にいいかなぁ、って、俺は思うんだが?」
「むぅ、今日はもう、仕事、ボイコットしようかなぁ」

 ……はいはい。

「そんな社会人にあるまじきことを言う奴は」
「言う奴は?」
「こうだっ!」

 古来より伝わる、見た目にはまったく痕を残さない厭らしい拷問を喰らえぃ!

「っ! あはははははははっ、に、兄さん! ごめん! やめて! あははは、うきゃははははっ!」

 お、おおっ、ぷるんぷるんとなっ!

「ま、まゆ、まうはははっ、まゆらさん! と、うはきゃぁううははははっ、とめってぇ!」
「あ、あ~、アインさんって、あ、んはっ、な、何で私までっ!?」
「ん~、仲間外れは悪いと思って」
「べ、べつにぃんっ! うはははははっ! って、ちょ、み、ミーアちゃん! や、やめっ! あんっ! そ、そこは駄目だって! あ、ぁあっんっぁっ!」

 おお、俺がマユラの動きを止めた所にミーアがマユラの身体に絡み付いてっ、あちらこちらを刺激して、マユラから扇情的な表情を引き出しているぞっ!

 なんてことだ、ミーア、もっとやれ!

 ……って?

「さ、ささっさ、三人でなんてっ! ふ、ふふふふ、不潔ですっ!!」

 いつの間にか開いていた扉から、何らかの理由で戻ってきたらしいコードウェル三尉が先程以上に顔を赤くして、逃げて行った。

「うぅ、もうっ! アインさんとミーアちゃんが変なことするからっ!」
「……すんません」
「……ごめんなさい」

 ……不干渉状態への道のりは厳しいようだった。
11/12/23 誤字修正。


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