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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
23  動き出す時 -宇宙航路維持機構 3


 C.E.72年8月20日。
 オーブ連合首長国国防宇宙軍は外郭団体【宇宙航路維持機構(Space-Lane Keeping Organization)】をアメノミハシラに設立した。

 この宇宙航路維持機構、略してSKOは、宇宙海賊等の脅威から宇宙航路を行き来する商船を護衛することで、アメノミハシラを基点や中継点とする通商ルートを安定化させ、アメノミハシラひいては地球圏の物流を維持することを目的とした通商護衛専門の準軍事組織と位置づけられており、国防宇宙軍からSKO全体の三分の一の人員、特に実戦部隊員と使用する艦艇戦力が供出されることが既に決まっている。
 残り人員の三分の二は民間からの新たに採用されることになっているのだが、殆どが根拠地となるアメノミハシラでの関係事務や所属艦艇への補給、整備を行う等の後方支援業務に偏っており、実際に護衛艦に乗り込んで勤務するのは極一部に止まる予定だそうだ。

 SKOを維持運営する為の資金は、国防宇宙軍からの補助金とSKO自体の稼ぎで大部分を充当する予定だそうだが、直接的に経営に関係する商船や保険会社の同業者組合、資材調達等で間接的に影響するアメノミハシラ管理機構やモルゲンレーテ、ラインブルグ・グループ、ミハシラ銀行、アメノミハシラ内部の商工会等からも一定額を供出する事で合意しており、宇宙軍の負担は護衛専属部隊を丸抱えするよりも遥かにマシになっているそうだ。

 で、SKOが担う肝心の業務内容だが、一定期間毎にSKOの護衛隊が商船を募集して護送船団を形成し、航行中に何事もなければ、目的地まで同行して護衛、急なトラブルに対処する等、安全を保障することが通常時の仕事になる。
 また、非常時、例えば、海賊の襲撃のあった場合だが、海賊の攻撃から商船を守りながら脅威を排除するか、商船が逃げる時間やオーブ宇宙軍やその宙域を管轄している他国軍が来るまで時間を稼ぐ等、商船の盾になる事が役目になる。

 これらの業務をもって、SKOは料金を……、現実的に運営するには資金が必要な為、護送船団に参加する商船から一回毎に料金を取る事になるのだが、運営資金を供出している企業やアメノミハシラの商船組合に所属している商船は通常料金の七割引きという大幅な割引が受けられる上、仮に護送船団に参加した商船が沈められたり、損傷を負った場合は商船に対して一定限度額で補償がされる事も決められている。
 また、商船が積み込んでいる中身に関しては基本的に保障の対象外になっているが、ここでも運営資金を供出している商工会等に所属している企業の積荷だった場合は、一定限度額で補償されることになっている。

 要するに、昨今の海賊被害から身を守る為にちょっとした保障付きの安全を買いませんか、って奴だな。

 そして、宇宙海賊が撲滅……こういうGめいた存在が根絶できるのかは謎だが、とにかく、通商航路を脅かす存在が大きく減り、宇宙航路が安定して明確な脅威がなくなったと客観的に判断された場合、規模を縮小していき、最終的には戦力を宇宙軍に編入させて航路の安定維持業務を引き継いだ後、組織は解散することになるそうだ。

 まぁ、SKOの規模が大きくなったら地球圏の状況はマイナスへ、世情は不安定と混乱に傾き、逆にSKOの規模が小さくなったら地球圏の状況はプラスへ、世間は安定と秩序に傾いていると考えれば良いっていうか、世界の状況、人の不安度がわかる一種のバロメーターみたいな存在でもあるな。

 とにかく、商船護衛を行う存在ができたことで、デブリ帯で活発に活動している宇宙海賊への牽制になってくれたらいいんだが……、まだ、組織自体ができたばかりで肝心の護衛隊も編成中ということもあるから、効果が出始めるのはまだ先のことだろう。


 ◇ ◇ ◇


 宇宙航路維持機構の設立発足式にラインブルグ・グループの代表である親父の随員として参加した後、その足で宇宙港のロビーに一人赴き、来客が乗る連絡船が来るのを待っている所だ。

 実は三日程前にMS開発計画【Marine:Multipurpose Adaptive Role Interceptor to Near Enemy(多目的適応型迎撃戦闘機※適当意訳)】がグループ重役会で正式に承認されたので、本格的に計画を始動させるべく、試作機や主兵装を製造する為の装甲材や資材、部品等の発注や製造施設の確保、グループ各企業への計画参加人員の派遣要請、発注部品納期のずれに伴なう開発スケジュールの調整、宇宙軍の助力を得る為にもテストパイロットや技師を派遣してもらえるように正式に依頼したりと色々と忙しかった為、少々、眠たかったりする。

 なにしろ、今回のMS開発計画で俺が提示したMARASAI計画……、軍需参入計画が終了することになるってことで、開発計画責任者を務めるようにって、親父やおっさん連中から直々に申し伝えられたから、いつも以上に手が抜けないのだ。

 そんな訳で、俺やレナやマユラ、更には第五開発部の面々が始動の前準備に奮起して動き回っているのだが、ラインブルグ・グループ自体も、SKOでも使用するとの事でハガネ級の追加発注が入った宇宙造船を始め、忙しい日々が続いているらしい。
 もっとも、比較的に無聊な日々を送っているのが一社だけあって、そこのおっさん、もとい、社長から、なーなー、あー坊、うち、これといって大きな仕事がなくて暇だから何か考えてくれよぅ、だなんて言われたので、この先も一定の需要が見込めそうな、スペースコロニーを丸々作れるようなものでも開発したらどう、一社で無理ならモルゲンレーテや他の建設会社、技研なんかも巻き込んでさ、なんてことを伝えておいた。
 そんな俺の意見を聞いた瞬間、おっさん……パーシィの親父は何かを閃いたみたいで、こちらが驚く程に目が輝きだし、物凄くやる気になっていたのが、若干、不安なのだが……、俺以上に経験を重ねているんだから、うん、心配なんておこがましいし、うん、大丈夫だろう。

 んんっ、とはいえ、忙しいのはうちのグループだけではなく、アメノミハシラ自体も人や物の行き来が活発化しているのが、俺が今いる宇宙港の待合ロビーからでもよくわかる。
 なんとなれば、以前、俺達がアメノミハシラにやってきた当初と比べて、ロビーには比較にならない程の人がいることに加えて、宇宙船と宇宙港との連結区画にも多くの商船や貨物船が停泊しているのが見えるからだ。

 でも、この状況も故無き事ではない。

 そもそも、アメノミハシラ自体が静止軌道という要衝にあるから地球との往還連絡は計算しやすいし、L1程ではないが、タイミング良く動けば各ラグランジュポイントへも移動しやすい為、一種のハブ宇宙港と言っても良い存在なのだ。
 そのことに加えて、例のアルテミス要塞から侵攻を余裕を持って退けた事が市民や旅行者、商船乗りには大きく影響しているらしく、ここにいれば、或いは、ここに逃げ込めば、宇宙海賊から絶対に守られるだなんて信頼が、特に商船乗りには信仰に近い程の確信が広がっているなんて理由もある。

 だから、アメノミハシラが地球圏内を行き来する商船にとっての憩いの場になり、中継地になることは極自然なことだと言えよう。

 ちなみに、以前、この役目を担っていたのは先の戦争で崩壊したL1の世界樹コロニーだったりする、っと、どうやら、来客が乗った連絡船が到着したようだが……、何だか船の様子が?

 じー、と展望窓から外の様子……連結区画手前で一旦停船した連絡船を見てみると、どうやら何者かに……、恐らくは宇宙海賊からの攻撃を受けたようで、船体底部にある貨物区画に被弾痕らしきものが見受けられた。

 早くも連絡船の周囲には、二ヶ月前にデビューした応急補修材にもなるトリモチを装備した応急修理型BOuRUが三機、四機と集ってきて、被弾痕を調べたり、スパークしている場所をトリモチで絶縁したり、他に損傷箇所がないか、特に推進関連での亀裂がないかとチェックしているようだ。

 海賊に襲われたのは不幸だが、推進剤が詰まった推進部や旅客区画ではなく、貨物区画だけの被弾で済んだ上に、逃げ切れたんだから良かったというべきだろうな。

 ……けど、あいつら、あの船に乗っているはずだけど、大丈夫なのか?

 そんな感想を持って見ていたら、俄かに応急修理型BOuRU群が離れて、連絡船は直近の接舷ゲートに近づき始めた。ロビーにいる人々が見守る中、ほんの微かなバーニア噴射で船の位置を調整しながら、ゆるりゆるりと接近してきたかと思うと、こちらへの衝撃もなく綺麗に接舷して魅せた。

 うむむ、海賊に襲われた後だってのに、肝っ玉が据わってるとしか言いようがないわな。

 実際、俺の近くにいた商船乗りと思しき連中からも感嘆の溜息が上がっている位だ。

「おい、見たかよ今の」
「もちろんだ、応急修理型のBOuRUさんだな」
「ちくしょう、あのトリモチでBOuRUさんに引っ付きたい」

 ……俺の感性が変なのか、連中の感性が変なのか、いったいどちらなんだろう?

『コペルニクス・スペース・トランスポーター159便の接舷が完了しました。航路上でのアクシデントにより十分遅れでの到着です。到着ゲートは11番になります』

 って、ええっ、案内、それだけかよっ!?

 ……。

 でも、よくよく考えたら、海賊に襲われたー、被害にあいましたー、なんて知らせても、乗客の不安を煽るだけだろうし……、宇宙軍の方にだって連絡が行っているはずだから、航路警戒を行っているのは間違いない。そもそも、飛行機と違って折り返しするにしても直の出発じゃなくて、明日か修理が終わってからになるだろうから、今ので、普通、なんだろうか?

 むぅ、よくわからんが……って、周りを見たら、やっぱり、皆が皆、不安そうにしているから、周知の事実として、あえて詳細な情報は伝えてないのかもしれないな。

 ……しかし、人の心に影を落とすとなると、早い所、海賊の討伐はって。

「いよぅっ! 久しぶりだなっ! ラインブルグっ! どうしたどうした、怖い顔をしてたら、可愛いねーちゃん達がよって来ねーぞぅ!」

 うへぇ、暗い雰囲気が一気に吹き飛んだぞ。

「ああ、久しぶりだな、ロメロ。お前さんは相変わらず好調のようだな」
「当たり前だっての、ようやく戦争が終わって、大きい顔して可愛い女の子の尻を追いかけられるんだ。お前、これ程、幸せな事はないだろう?」
「確かに、その程、健全で幸せなことはないよなぁ」
「うんうん、さすが、三人も女を囲う色男はわかってるね。どこぞのムッツリとは大違いだ」
「……誰が、ムッツリだ、誰が」
「お前だっての、このムッツリめ」

 ザフト時代の元同僚であるヴィットリオ・ロメロの言葉に、同じく元同僚で同期でもあるレイ・ユウキが非常に不本意そうな顔をしながら、こちらに近づいてくる。そんな二人は共にビジネススーツ姿で中々の男振りを魅せており、ロビー内にいた女性陣もちらちらと二人を窺っているようだ。

「よう、ムッツリ大将、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな、ヘイアンヒカルゲンジ」

 ぐぁっ、見事な切り返しっ!

 って、いうか、どこまで広がってんだよ、その厭味は……。

「……ユウキ、お前、口が悪くなってないか?」
「何、四六時中、ロメロと顔を付き合わせて、仕事をしていたからな」
「ああ、何か、もの凄く納得がって、……ロメロは?」
「……あそこだ」

 ……はぁ、見れば、ロメロの奴、歯を輝かせながら、宇宙連絡船の女性客室乗務員を口説いてるよ。

「奴は放って置くとして、海賊に襲われたんだろ? 災難だったな」
「いや、今日程度の襲撃くらいなら、死を覚悟する程ではなかったさ」
「はは、流石は同期主席殿だ。まぁ、細かい話はうちの会社で、落ち着いてしよう」

 ロメロとユウキ、ザフトに所属しているはずの二人が、何故に、わざわざ、アメノミハシラまで出向いてきたかというと、単純な話で商談だ。
 いや、商談なら、こっちから出向くのが筋だと思って、連絡があった時にそう言ったのだが、何故か、向こうから出向くと言って聞かず、その頑なさに、俺もユウキが職場で受けるストレスから解放されたいのだろうとも考え至って、今日のようなことになってしまったのだ。

 そんな訳で二人をうちの会社に案内することに……。

「おい、ロメロ、住所と連絡先だけ聞いて、本格的に口説くのは仕事が終わってからにしろ」
「おう、わかった。んじゃ、時間が押しているらしいんで、二人の連絡先を……」

 ……ユウキ、相変わらず、苦労しているんだなぁ。

 苦労人気質だけはまったく変わらないユウキの姿には涙するしかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ロメロを女性客室乗務員から引き離す為に若干の時間が掛かってしまったが、とにかく、宇宙港から本社がある第二居住コロニーに案内することにした。その道中の話題として、ユウキやロメロに昨今のプラントについて尋ねてみたのだが、どうも、プラント内の空気が荒んでいるようだ。

「そうか、地球から上がってきた移民と元から居住していた市民との対立が酷いか」
「ああ、両者の間で起きた些細なトラブルから大きな騒動になるケースが頻繁に起きている」
「まー、でも、これに関しては、移民の感情を逆撫でするプラント市民の無神経さが悪いんだわ」

 確かにロメロが言った通り、プラントの蛮行が元で住処を追われてきた移民から見れば、のうのうと生活している市民には我慢ならんというか反感を持っているだろうから、軋轢も生じやすいだろうなぁ。

「ユウキ、対策はしていないのか?」
「最近になって目処が立ったところだ」
「……そうか。それにしても、些細なトラブルが大きな騒動になるって、そこまで世情が悪いのか?」
「ああ、先の講和への不満……、優良種のコーディネイターが何故、劣等種のナチュラルに妥協しなければならないのか、と主張する市民が多数派を占めているからな。それに加えて、その市民感情を煽るマスコミが……、ザフト内の対ナチュラル強硬派と繋がっているマスコミがコーディネイター選民思想や優越論を盛り上がるように動いている」
「でよ、そいつらの所為で……、市民の皆様がナチュラルとの講和はコーディネイターの〝しょうもない〟プライドを傷つけたって、考え始めた所に、戦時借款の返済に充てる為の大規模な増税が始まったからな。精神的、経済的に鬱屈した感情を吐き出す為の捌け口に、自分達よりも弱い移民を貶めてるんだよ。普段、同胞同胞って言ってる割に地球上がりというだけで、移民をナチュラルに尻尾を振っていた裏切り者扱いする輩が多いんだからな、これが人類の新種を謳う連中の正体なのかって、情けなくなるぜ、まったくよ」

 ナチュラルだろうとコーディネイターだろうと関係なく女を口説きに行く際に、常々、愛はナチュラルもコーディネイターも関係なく生まれるものだと、堂々と主張しているロメロの容赦のない言葉に思わず苦笑してしまう。

 その苦笑ついでに、ユウキに苦言を呈しておく。

「前も言ったが、情報統制の弊害だぞ」
「……私が懇意にしている記者からも厳しく指摘されている」
「懇意って……、もしかして、リリーさんか?」
「誰かさん達の紹介で、強制的に、知り合わされたお陰で、時々、取材に来る」
「んな事言ってる割には、あの嬢ちゃんが来る日には身嗜みをすっごく気にしてるんだからよ。こいつって、ムッツリだと思うだろう?」
「ああ、ムッツリだな」
「おまえら……」

 おっと、ユウキが本格的に怒り出す前にっと。

「でもよ、最高評議会だって、手を打っていない訳じゃないんだろ?」
「さっきも言ったが、目処は立った。今回の商談はその事を受けての話でもある」
「……なら、後は会社に着いてから話をするか」
「ああ、そうしてくれ。……しかし、ここは賑やかだな」

 ユウキがそう応えた所で、ロメロの奴が……、また、いない。

「……大変だな、ユウキ」
「……うんざりするほどにな」

 見れば、ロメロは中央回廊を進んでいたモルゲンレーテの女性社員……、偶然にもバジルールさんだった、に声を掛けている所だった。


 ……ロメロの嵐の如き褒め言葉を受けて、大いに照れていたバジルールさんの初々しい反応に、ユウキと共に萌えてしまったのは、レナ達三人には絶対に内緒な話である。


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