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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
22  動き出す時 -宇宙航路維持機構 2


 八月中旬に入り、早くも二隻目のハガネ級が宇宙軍に納品された頃、地球ではブルーコスモスによるコーディネイター排斥運動が全世界規模で展開され始めた。
 先の戦争の停戦後というか、ユニウスの講和以後は表立っての動きを見せていなかっただけに、ブルーコスモスという組織が未だに、こんなにも影響力があるのかと驚かされる程の盛り上がりを見せている。
 特に大きく盛り上がっているのが、大西洋連邦と南アフリカ統一機構、汎イスラム会議、中東イスラム同盟、ユーラシア連邦、東アジア共和国といった国々で、それらの国内に残っていたコーディネイター達が、比較的に盛り上がりを見せなかった南アメリカ合衆国や西ユーラシア連合、赤道連合、大洋州連合、スカンジナビア王国といった国々へと避難し始めている。

 また、大西洋連邦やオーブ本国、南アメリカ合衆国のメディアが流した情報によると、ブルーコスモスは大西洋連邦で〝コーディネイターの脅威からナチュラルを守ります〟なんて謳い文句を掲げた【ファントムペイン】という民間軍事組織を結成し、旧地球連合に所属していた各国軍のブルーコスモス派から特に反コーディネイター思想が強い人物を引き抜いたり、四月馬鹿の被害が大きかった地域で募集を掛ける等をして、構成員を増やしているようだ。
 更に、俺が仕事をサボって、欺瞞に満ちたネットの海を泳いで調べた内容とラインブルグ宇宙商船の所属商船がL4や月で観測した商船の数やサイズ、目的地を照らし合わせた結果から見えてきたモノを付け加えるならば、今までブルーコスモスを後援してきた大西洋連邦やユーラシア連邦、東アジア共和国等の各国資本がファントムペインに対しても強力な支援を行っているのは確かなようで、表立ってメディアに公表されている自動小銃や装甲車等の軽装備だけではなく、歩兵用パワードスーツやMS等の重装備を配備している可能性が高いように考えられる。

 ……。

 これはおそらくの話だが、このようにブルーコスモスが直接的な動きに出たのは、地球連合が崩壊し、ユニウス体制が発足した現在では対コーディネイター、対プラントの役割を各国軍に期待できないと踏んでのことだろう。
 だからこそ、この民間軍事組織を使って、表立ってはナチュラルの保護を謳いながら、裏でコーディネイターを直接的に弾圧でもするつもりなんだろうが……、大西洋連邦が国内に自国軍以外の強力な武装集団の存在を容認したとなると、両者の間に何らかの取引が、たとえば、軍の暗部を担わせるとか、仮想敵国であるプラントや大洋州連合等への非正規戦を仕掛けさせるとか、そのような密約があるはずだと……、いや、なければおかしいと思う。

 何にせよ、この動きによって、再び、ナチュラルとコーディネイターの間の溝が深まらないことを……、きっと、色んな事件が起きて、深まるんだろうなぁ。

 そんな俺の思いや願いを余所に、世界にはナチュラルとコーディネイター間の新たな争いの火種になるかもしれない存在が生まれているが……、一国や一軍の指導者でもなければ、影響力を行使できるような存在でもない以上、今はただ、決定的な破局が訪れることなく、平和が続く事を祈るしかない。


 ◇ ◇ ◇


 今まで俺が得手勝手に構想を練り、その構想を実際の形にすべくパーシィ達が奮戦して作ってくれていた設計図も出来上がったことで、ようやく正式な形になったMS開発計画案を〝我が親父と愉快で愛すべきおっさん連中〟、別名をラインブルグ・グループ上層部に提出した後、モルゲンレーテの大規模無重力ファクトリーにお呼ばれして、共同開発中で建造も進んでいるトツカや設計が開始されるMS母艦の開発状況を見聞きさせてもらっている。

「なるほど、トツカのMSの発着は艦尾からにしたんですか」
「ええ、護衛で使う事を想定するなら、別に前から出すことにこだわる必要はないと考えましてね」
「……でも、護衛で使うと言っている割りには、対艦兵装が結構、重武装のような?」
「あ、あはは、艦首から艦尾に格納庫を移した結果、艦首に使えるスペースが大きく増えたので、つい、技術者魂に唆されてしまって、あれもこれもと載せていたら、対艦攻撃能力が大きく伸びてしまいまして、護衛艦と言うよりも汎用艦になってしまいました」

 そう俺に語ってくれたのはデコの広い丸眼鏡をかけた俺よりも十歳ほど年嵩の人物……モルゲンレーテ造船部門の開発トップであり、トツカ計画及びMS母艦計画の開発計画責任者でもあるサトウ氏なのだが、その顔にはどこか引き攣った笑みが浮かんでいたりする。
 まぁ、確かに、商船や主力艦の護衛用艦艇を作るつもりで頑張っていたら、いつの間にか、多目的で使える汎用艦になっていたとなると、本来の趣旨からは離れることになるからなぁ。

「本当に、ラインブルグさんの方で護衛艦を作ってもらえたお陰で、本当に、助かりました」
「はは、どちらかといえば、トツカの存在価値をなくすような事をして、怒っているかと思ってましたよ」
「いえいえ、とんでもない! ……お陰で首の皮一枚で繋がったので、トツカの開発に参加した連中は皆、本当に、ラインブルグさんには感謝してます」

 そんな過程を経て、当初より存在価値が変化してしまったトツカだが、決して悪い艦ではないことを注意しておきたい。実際、今、俺の目の前で建造が進められているトツカの試作艦を見る限り、汎用艦と言っただけあって、各能力のバランスは良いと思う。

 そのトツカだが、イズモ級を構成する三つのモジュール、艦体艦橋部、両舷側部、艦首カタパルト部の中の艦体艦橋部……艦を構成するための中心艦体をベースに開発が行われており、その全長は180m程となるから……、旧地球連合が使用していた150m級……ドレイク級や250m級……ネルソン級の中間クラスになるはずだし、駆逐艦と表現したらいいだろう。

 この艦の兵装や構成を艦首から艦尾へと簡単に説明して行くと、これまではMSやMAの射出口だった艦首部には先端部から流線を描く形で新たな区画が新設され、そこにうちのグループが提供する電磁式対ビームシールドを装備した装甲が取り付けられ、また、内部にはシールドに使用する為の金属粒子タンクや燃料電池、使用する燃料、バッテリー等の補助動力源が積まれている。
 次の旧MS格納区画は、その外装部に艦橋がある艦上面に主兵装としてゴットフリートMk.72……イズモ級に装備されている強力なビーム砲であるゴットフリートMk.71が先の戦争で起きた技術革新で大幅に改良され、口径が三分の二になった代物が前後に並んで二門、両側舷には足つき……アークエンジェル級で使用されていたバリアントなる兵装を参考に、新規開発された75㎝単装リニアカノンがそれぞれ一門ずつ、艦底にはミサイル発射管が十二セル装備されている。更には、これらの兵装群を守るべくビームファランクスを装備した例のBIを流用した回転砲座が上下面及び左右舷に二基ずつ、更にはCIWSが一基、艦橋前に設えられている。
 また、旧MS格納庫内部は分厚い二重隔壁で前後に分けられており、前方に艦載兵装で使用されるミサイルや砲弾等が、後方に主動力源の大型燃料電池やそれらの燃料、主兵装用の小型MHD(Magneto-Hydro-Dynamics:電磁流体力学)発電機や予備の大型バッテリーが搭載されている。

 対艦兵装区画や主動力区画となった旧MS格納区画の後方には、脱出装置も兼ねるように改造された艦橋が旧格納庫から旧艦橋に至る窪み部分に移設されて、上部にはレーダーアンテナやレーザー通信等の関連装置が設置されている。
 そんな艦橋の直下には、CICや乗組員の居住空間等の有人区画や生命維持関連装置や非常用バッテリーといったものが集約されており、先の主動力区画と併せてバイタルパートに位置づけられるだろう。
 その為、対ビームコートされた装甲が二重になっており、他の区画よりも防備が厚くなっている他、最終迎撃用のCIWSが両舷と艦底部に一基ずつ配置されていたりする。

 そして、旧艦橋部から艦尾である本体推進部に至る部分には、サトウ氏の話にもあったように、MS四機とパッツ二機を艦載して整備できる格納庫が新たに設けられたのだが、MSの発着が艦尾で行われることになった為、MSの発着が行えるように本体推進部が取り外されることになった。
 ちなみに、MS格納庫と宇宙とを隔てる二重扉の外扉は射出用の簡易型電磁カタパルトが装備された観音開き型になっており、MSの速やかな発艦と上下空間や後方への射出が可能になっていたりする。
 この格納庫区画の上下外面に、30㎜連装ビーム砲装備の回転砲座が一基、ビームファランクス装備の回転砲座が二基、それぞれに設置され、後方から攻撃への備えになっている。

 後、MS格納庫が艦尾に移った影響で艦本体から無くなってしまった推進部だが、イズモ級で使用されている両舷側推進部に手を加え、改良されたものが両舷に装備されることになった。この改良によって従来型推進部よりも一割程度は推力がアップしているらしいが、全力を出したイズモ級に追随できない可能性もあり、このまま改良を続けるか、別の方法を探すかで、今後の課題になっているそうだ。

 で、この両舷側推進部には、うちの技研や宇宙工業が開発してきた【RING】……Rotating Interceptor for Near Guard(近接防御用回転式迎撃装置※注:適当訳)という近接防衛兵装が備えられている。
 これはリングとの名前が示す通り、この兵装は両舷側推進部と連結された基部より艦艇を一周するリング状レールを展開させ、そのレールにウルドやベルダンディといったBIを二機から六機程度を接続して、通常時は周辺警戒に、戦闘時には迎撃に使用するのだ。
 要するに、艦艇から離れた場所にレールを設置して、そこにBIをグルグルと回らせることで艦周辺から死角を無くし、また、MSや対艦ミサイル等の接近を阻止、或いは、阻止できずに懐に潜り込まれたり、推進部後方に回り込まれた際の迎撃手段にするって奴だな。
 ちなみに、このレールは折り畳んで収容できるし、BIも両舷側推進部に装着できるので、宇宙港にゲートにつっかえて入港できないなんて冗談は生まれないことも付け加えておく。


 なんて具合に、つらつらとトツカの事を考えていると、CIWSが取り付けられているトツカの近くに作業員達に混じって見知った顔……モルゲンレーテのツナギを着たバジルールさんの姿を見つけた。

 ……何というか、殆ど男しか居ない職場環境の所為なのか、砂漠の中のオアシスめいて、凄く目立つわぁ。

 周りで作業している男連中の動きも、非常に機敏で、明らかにバジルールさんの目を意識しているようだしな。

 でも、まぁ、今の所は知らん振りをして……。

「……ところで、あの人は?」
「えっ? ……ああ、バジルールさんですね」
「バジルールさん?」
「ええ、ナタル・バジルールさん。元は地球連合軍……大西洋連邦軍で宇宙艦の艦長をしていた方でしてね、先の防衛戦があった後、うちも資金援助して協力している避難民や移民向けの自立支援プログラムに混乱や不具合が出ていないかと視察したスズキ支社長が、偶然見つけ出して、是非にと頼み込んで参加してもらったそうです」
「へぇ、そうなんですか。……でも、そんな人、どうやって見つけたんです?」
「なんでも、自立支援プログラムに参加している人達にプログラムを受けた感想や意見、本国の状況やアメノミハシラについてとか、色々と聞いていたそうなんですけどね、その中に、バジルールさんが乗っていた艦に助けてもらった人がいたそうでして、そこから存在を知ったみたいです」
「ほうほう」
「更にその人から、先の戦闘で自分が怪我をした上、子どもが迷子になって困っていた所を助けてもらったとも聞いた支社長は、バジルールさんの行動に非常に感心したそうでして、そこからバジルールさんに興味を持ったらしいです」

 おおっ、必然が偶然を、偶然が必然を呼ぶ形を利用している!

 極々自然に近づくあたり、やるますなぁ、スズキさんっ!

「なるほど、それが縁で、モルゲンレーテに?」
「そうなんです。バジルールさんは元軍人にありがちな、上から目線や頑迷さは……、まぁ、少しはありますが、それ以上にハキハキとした性格をされてますから、皆、好意的にお付き合いをさせてもらってますよ」
「そうなんですかぁ。……ここでの主な仕事は?」
「主に運用側からの意見を出してもらったり、今みたいに現場の監督をしてもらってます」

 見れば確かに、バジルールさんが監督している場所は、男連中の張り切り具合を差し引いたとしても、他よりも遥かに作業ペースが早いというか、効率的に動き回っているのが良くわかる。

「本当に、バジルールさんに参加してもらって良かったですよ。私達、設計側も実戦経験者の生の意見を聞けて大変参考になりましたし、今、宇宙軍からの依頼を受けて、設計中のMS母艦の方にも、オブザーバーとして参加してもらってます」
「確かに、仕事もできるみたいですね」
「ええ、安心して任せられます」
「加えて、スタイルの良い美人ですから、今、見ていてもわかりましたけど、男は皆、バジルールさんの気を引こうと頑張ってますもんねぇ」
「……ええ、私も妻がいるんですけど、たまにバジルールさんが魅せる笑顔には、ちょっと惹かれてしまいますよ、って、ラインブルグさん、今のは内密でお願いします」
「はは、もちろんですよ。同じ男として、その気持ちはわかりますから」

 うん、バジルールさん、職場に馴染んでるみたいだし、よかった。

「んんっ、だから、ラインブルグさん、今度はバジルールさんも運用者側として監視してくれますし、MS母艦に関しては、トツカでしたような失敗は……、絶対に暴走なんてしませんから、安心してください」
「あはは、それはスズキさんに言ってあげてください」
「あ、あ~、実は昨日、支社長には発破を掛けらて、釘を打たれたばかりなんですよ」

 スズキさんも内と外とは使う顔が違うって奴だな。

「なら、俺からは、次のMS母艦も楽しみにしていますとだけ、言っておきますね」
「……ありがとうございます。今後とも、是非、ご協力をお願いします」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 また新しい艦の設計に取り掛かるというサトウ氏と固い握手を交わした後、俺もMSの開発計画が認められ、予算が下りたら、負けずに頑張ろうと、そう思った。




 ……もしも、MS開発計画が承認されなかった場合は、第五開発部の面々と一緒に、一週間程は不貞寝、もとい、有給を取ってリフレッシュする予定だ。


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