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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
18  蠢動する世界 -ユーラシア動乱 2


 七月に入り、地球……と言うよりは、ユーラシア大陸で再び戦火が広がり始めた。
 先月下旬にユーラシア連邦から離脱して、独立した西ユーラシア連合と中東イスラム同盟がこれらの独立を認めないユーラシア連邦と戦闘状態に陥ったのだ。元々、ブリュッセルにあったユーラシア連邦政府機能が両国の独立宣言直後に、特に波立つ事もなく、モスクワへと移動していたので、もしかしたらすんなりと終息するかもしれないと期待していたのだが……、残念な事だ。

 それで、この二つの新国家組織とユーラシア連邦の間で発生した戦闘だが、西ユーラシア連合とユーラシア連邦が銃火を交える事になった直接的な原因は、西ユーラシア連合が確保していたニュートロンジャマーキャンセラーを自国内の原子力発電所に取り付ける動きを見せた事のようだ。その結果、ユーラシア連邦が設置阻止と奪取に動いたことで、原子力発電所近くで……放射性物質満載なのに、マジで危ないよなぁ……発生した小規模な戦闘がそのまま拡大していって、最終的には近隣の市街地で、両国共にMS隊が展開しての本格的な戦闘にまで発展し、そのまま開戦となったみたいだ。
 もう一方の中東イスラム同盟とユーラシア連邦との戦闘は、中東イスラム同盟が連邦離脱直後に大西洋連邦からの大規模な支援を受け入れて、太陽光や太陽熱発電プラントの建設を始めた事が原因らしい。ユーラシア連邦から見れば、二年戦争を経て、大西洋連邦の後塵を拝する立場に転落しただけに、自らの威信を保つ為に自身の領域と自任する地域に大西洋連邦からちょっかいを出されたくないという感情や、国力回復の為にも安定的にエネルギーを供給できるプラントを少しでも多く確保したい思惑が働いているのだろう。

 正直、俺から言わせれば、ドンパチをしている暇があるのなら復興に集中すればいいのに、と思ってしまいそうになるが、俺が生まれる以前から存在する東西の経済格差や思想、考え方の違いから来る対立に加え、四月馬鹿以降のエネルギー配分を巡る内部抗争や以後の不信感、プラント独立を阻止できずに容認したり、唯々諾々と大西洋連邦に追従していただけの連邦政府に対する憤懣といったものがあったようだから、発火するだけの下地ができていたのかもしれない。
 そもそも、復興を進めようにも十全なエネルギーがなければどうしようもないのは事実だし、ユーラシア連邦、西ユーラシア連合、中東イスラム同盟のそれぞれが自国を復興させる為、エネルギー確保に動いているということだろう。

 ほんと、四月馬鹿さえ起きなければ、こんなことにならなかったのになぁ。

 という俺の感慨は一先ず置いて……、今現在、各国マスメディアのニュース等から読み取れた情報だと、ユーラシア連邦は両国に派遣する戦力として、ユーラシア連邦軍中部方面軍と東部方面軍の一部を動員しているようだ。
 中部方面軍はともかくとして、シベリアや極東地域を管轄する東部方面軍を動かすということは、隣接している東アジア共和国や大西洋連邦に大きな隙を見せるということになるのだが、件の両国は動く気配を見せていない。
 まぁ、この二大国の静かな状態にしても、前にサハク准将から聞いた大西洋連邦の動きや東アジア共和国がユーラシア連邦から離脱、独立した二国を承認していない事を考えると、ユーラシア連邦との間に取引や暗黙の了解が成立しているのかもしれない。

 このユーラシア連邦軍を迎え撃つのは、以前はユーラシア連邦軍西部方面軍だった西ユーラシア連合軍と南部方面軍だった中東イスラム同盟軍であり、つい先日までは友軍だったモノ同士が戦闘することになりそうだ。

 昨日の味方は今日の敵という、なんとも〝素敵〟な事になってきているが、とにかく今現在のユーラシア大陸は、西ユーラシア……東部から中部ヨーロッパ地域と、中東……黒海南部沿岸からペルシャ湾に至る地域で様子見的な小規模衝突が発生する一方で、ユーラシア大陸の東南部……東アジア共和国と赤道連合が隣接する国境線でも、睨み合うように展開していた両国軍による小競り合いが起きている状態であり、更なる戦闘の拡大が懸念される所である。


 こんな具合につらつらと鉄火によってまた熱くなり始めた地球の状況を思い出し、静かに憂いている俺はと言うと……、パーシィが初期ベース案を検証した結果、案外、いけるんじゃないかな、との言葉を頂いた事で、親父や重役連に開発許可と予算をもらう為の説明を行い、関連企業から人を選出してもらって、護衛フリゲート建造計画【ハガネ】のプロジェクトチームを立ち上げ終わった所だ。

 納期まで極僅かの期間しかないという非常に無理難題な計画なのだが、参集したメンバーの士気は驚くほどに高く、こちらが困惑を覚えてしまう程だった。
 何故にそんなにも燃えているのかと思って、幾人かのメンバーに尋ねてみた所、曰く、先のBI関連の召集メンバーには臨時ボーナスが出た事に加え、各企業においてBI関連部門のリーダーになっている事に大いに刺激を受けたそうだ。

 ……そのやる気に水を差さない為にも、これから作る物が繋ぎの急造艦だということを黙っておいた俺は悪い奴ですごめんなさい。

 気炎を上げているプロジェクトメンバーの様子にちょっと良心の呵責を覚えたものの、これもまた仕事と割り切り、一艦当たりの容認コストや予定価格といった必要な伝達事項を伝えて、後のことを任せたのだ。

 で、今はハガネ計画が失敗した時の為の次善案、別名をお茶濁しとも呼ぶ代物の作成に取り掛かっている次第だ。

 とはいえ……。

「……MS関連が進まんなぁ」
「仕方ないですよ、仕事が優先ですから」
「そうそう、これが終わったら、余裕ができるんだから頑張ろうよ」
「うぃ、そうだな。……頑張りましょう」

 なんて具合に、レナとマユラに慰められつつ、パッツの原型機でもある【RSS-02E】上下両面使用型小型運搬船から迎撃艇を作り出すべく……、とでも言えば、カッコいいかもしれないが、実際の所、小型コンテナ運搬船をベースに、今現在におけるラインブルグ系ビーム兵装の代表といえるビームファランクスと中近距離制圧兵装である小型ミサイルポットを二基取り付けただけの代物を作ってみようと動いている。

 まぁ、保険的な次善案だけに、流石にプロジェクトチームを立ち上げるわけにいかず、自分で動いているのだ。

「それで、RSS-02EとBIの素体を確保できたのか?」
「ええ、他にBI用のビームファランクス一基と小型ミサイルポット二基……、先輩が言っていたものも全部確保しておきました」
「後、確保ついでに第五開発部の格納庫に運んでおいてもらったから、いつでも始められるよ」
「おお、二人とも、ありがと。……うっし、なら行ってくるわ」
「あれ、私達は?」
「もしかして、置いてけぼり?」

 いや、そんな口を尖らせんなよ、思わず愛でたくなるだろ。

「いや、別に置いてけぼりってわけじゃなくてだな」
「ふふ、分ってますよ、留守番と日常業務ですよね?」
「うん、ここは私達に任せて、アインさんは頑張ってきて」
「ああ、頼むよ。それと、ハガネのプロジェクトチームから何か連絡があったら、第五開発部に回してくれ」
「わかりました」

 レナの返事に頷き返して、部屋を出ようとしたら、ちょっと待ってとマユラが声をあげたので振り返る。

「アインさん、直帰するの?」
「いや、一度戻ってきて、今日上がってきた書類の決裁をするよ」
「なら、アインさんが帰ってきて、仕事が終わるまで待つことにした健気な私達に、ラ・ラルーのお菓子をお願いしてもいい?」
「……了解」

 やった、と喜ぶマユラとレナの様子に苦笑しながら、技研のある無重力区画へと向かう事にした。


 ◇ ◇ ◇


 先の戦闘でアメノミハシラを守る宇宙軍の精強さを知った影響か、市街地は活気と明るさに満ちている。そんな街中の雰囲気を肌で感じつつ、途上、ベティが贔屓にしている洋菓子店で第五開発部やハガネ計画のメンバーへの差し入れとレナ達に献上する分のお菓子を買ってから、ハガネ計画で使っている区画に顔を出して、差し入れすると同時に計画の進捗状況を確認してみる。その結果は、俺が想定していた以上に作業が進んでいた為、うんうん、やはり餅は餅屋だと納得した次第である。
 なので、今後もこの調子でよろしくとプロジェクトメンバーに声をかけてから第五開発部にやって来たのだが……、早くも格納庫にて、作業台というか、固定用アームで中空に懸架された小型運搬船とBIを見上げつつ、一連の魔改造を手伝ってくれるシゲさんと二人、装着品の安全確認をしていたりする。

「……断熱絶縁服良し、遮光ヘルメットおっけー。アインちゃん、始めよっか」
「ああ、始めよう。……でも、悪いね、シゲさん、つき合わせちゃって」
「いいってことよ。俺も最近、現場に出る機会が減っていたから、身体を動かすのに丁度良かったからさ」
「勘が鈍る?」
「そういうこと。たぶん、アインちゃんだって、MS操縦の勘、鈍ってるはずだよ」
「……確かに鈍ってるだろうな」

 身体に関しては日々のトレーニングで維持しているからいいけど、搭乗して、実際に動かす時の感覚はなぁ。

 そんな事を考えながら、回転銃座として応用するBIを取り付ける為、カーゴカバーの上面を切断するべく、第五開発部が誇る多目的作業用アームの制御コンピュータにデータを入力する。

「これであってる?」
「ええっと、……うん、あってるね」
「じゃあ、ぽちっとな」

 作業用アームが作業を始めたのを眺めながら、シゲさんがあっという間に作成してくれた手順書で次の手順を確認していると、作業用アームの稼動データをチェックしているシゲさんが先程の続きを話し出した。

「前のBI回避試験の時、M1の操縦で、アインちゃん、汲々してたもんねぇ」
「いや、シミュレーターとはいえ、あれはほんとに大変だったよ」
「しかも、ザフト系とオーブ系だと、操縦感覚が違う所が多かったんだろ?」
「そうなんだよ。それでも、半日頑張ったら、ほぼ、まともに動かせるようになったから、俺って、凄い奴だったんだ、って思ったもんだよ」

 まぁ、半日で順応していたレナに関しては、目をつぶることにしてだな……。

「でもさ、シゲさん、蓄積データって、やっぱり重要だよね」
「そりゃあ、個々人の癖がたぷっり詰まってるからねって、それで思い出した」
「何を?」
「MSに使うAIがもうすぐできそうだから、MSの操縦系を組み始めてみるよ」
「AIはミーアが担当しているだよね?」
「そうだよって、終わりそうだな」

 あっ、ほんとだ、切断が終わったみたいだ。

「切り終わったパーツは?」
「うーん、そいつはジャンク行きでいいや、……うん、そのボタン」

 シゲさんの言う通りに、通常のキーボードとは別に、大きな字で〝ジャンク〟と書かれているボタンを押すと、自動的に作業用アームが切断部分を確保すると、壁面に、こちらも大きく〝進入禁止〟や〝ジャンク〟と書かれているゲートへ運んで行った。

「あのゲートは?」
「ああ、あそこからリサイクル施設にジャンクを送るラインが伸びているんだよ」
「へぇ」

 確かに、作業用アームがゲートから伸びてきた別のアームにジャンクを引き渡しているよ。

「次は、カバーを開放して……」
「燃料電池の設置だね」
「じゃあ、俺はカバーを開放してくるから」
「うん、燃料電池を持ってくるよ。……あ、手動で開けるんだから、気をつけなよ?」
「わかった」

 シゲさんの注意に頷いた後、一足で操船台脇まで跳んで取り付き、外部パネルの中にある非常用開放レバーを引き落とす。

「っし、カバーの開放を確認」
「こっちも確認したよ。今からアームを使って開けるから下がってちょうだい」
「了解」

 船体を蹴って距離を取ると、早速アームがカバーを確保して開け始めた。その間にシゲさんが燃料電池のスタックを持ってきたようだ。

「んじゃ、俺が設置位置の調整と固定をするからさ、アインちゃんは次の燃料タンクと冷却装置の準備を頼むよ。それと、挟まれると拙いからゆっくりね」
「わかった」

 シゲさんがビームファランクス用の燃料電池を内部に設置する間に、格納庫隅に固定されていた燃料電池用の燃料タンクとこれまたビームファランクス用の冷却装置を、ゆっくりと、自分でコントロールできるように速度に注意しつつ、BIの側で固定されているビームファランクスを視野に収める。

 ウルドにも装備されている【RSI-BF100】ビームファランクスは、対艦ミサイルや小型ミサイル、宇宙爆雷や魚雷、MSやMAの突入阻止を主目標に設定している為、ビームライフルのようなMSを一撃で破壊できる程の威力はない。
 とはいえ、対MSに使用しても、対ビームコートが為されていない部分なら、それなりのダメージを与えることができるし、連続射撃が上手く嵌れば、蜂の巣にして破壊できるだけの威力はある兵装だ。
 しかしながら、こいつには連続射撃をする影響もあって、どうしても熱が溜まりやすいという事と大量のエネルギーを消費するという欠点がある。その為、内部空間の制約上、冷却系やエネルギー源が弱いウルドでは連続射撃が一分程しかできない。
 そこで、今作ってる迎撃艇には空間的な余裕もあるので、その時間制限という弱点を解消してみようと考えたのだ。

 冷却装置に包まれた四つの銃身が突き出ているビームファランクスからシゲさんに視線を移せば、早くも燃料電池の設置位置調整と仮止めを終えたようで、今は作業用アームで固定し始めているようだった。

「アインちゃん、次は接続ケーブルをお願い」
「了解」

 ……なんか、実質的な作業は全部、シゲさんがしてくれてるよ。

 そんなことを考えながらも、シゲさんの助手に専念する。

「よし、三つとも固定が完了したし、ケーブルを接続するわ」
「その後は、開けた穴の補強だったっけ?」
「いや、その前に、BIの中を弄って主兵装の可動域を増やすのと、銃座として回転させる為の電磁レールが先……」
「あ、そうだったね。なら、レールを取ってくるよ」
「ついでに、加工しておいて」
「はいはい」


 こんな感じで作業を進めていると……、本当に、あっ、という間に定時も過ぎてしまい、作業を止めて、引き揚げることにした。


「んじゃ、明日は朝からだね」
「ああ、後三日もあれば、形だけはできるだろうし、よろしく頼むよ」
「りょうかナナちゃん! その素晴らしいボディに、情熱に溢れる俺の熱い口付けをっ!」

 あぁ、シゲさんの持病が……。

「……おお、ナナちゃん! ついに俺の抱擁を受け入れてくれっ! って、……そのシールどぎゃぶ!」

 ……どうやら、ナナは自衛手段を手に入れたようだ。

 いったいどうなっているものかと不安を感じつつ振り返ってみると、ナナがマニピュレーターで展開したらしい円形シールドの前面でぷかぷかとシゲさんが浮いていた。で、ナナの意思表示画面に映されている文字はと言うと……。

『……懲りない人、このまま永眠すれば良いのに』
「あ、あはは、ナナ、そんな事言っちゃ駄目だよ。ほら、シゲさんをいつもの場所、仮眠室に寝かせておいて」
『……消極的肯定。……本当に、手間掛けさせる、駄目な人』

 なんてことを表示しながらも、ナナはシゲさんの足を起用に掴むと仮眠室に向ったようだ。

 その様子を見た感じだと、何だか、以前よりもシゲさんに対するナナの態度がマシのような気がしないでもないが……、シゲさんの熱い想いが報われるのはいつの日だろう。

 俺がそんな感慨を抱きつつ、一人と一機の後姿を眺めているとミーアが背中に跳び付いて、頬に頬を摺り寄せてきた。

「あ、こら、ミーア」
「いいでしょ、昼の間、私は兄さんと会えないんだから」
「……わかった。けど、胸を押し付けるのは止めてくれ」
「むぅ、本当は嬉しいくせに」
「それは認めるけど、外は外、内は内だぞ、ミーア」

 そう、時と場所を……、時と場所を考えれば……、今は別に良いのか?

 胸奥の獣さん大喜びの結論が出たところで、獲物、もとい、ミーアの温もりが離れて行ってしまった。

 ……似合わないことは言うべきではないなぁ。

 逃した獲物は胸も大きいだなんて、馬鹿げた事を考えながら顔に出さずに嘆いていると、ミーアがこちらを上目遣いで見上げつつ、話しかけてきた。

「兄さん、それで、今日の作業は終わり?」
「ああ、終わり、続きはまた明日だ」
「じゃあ、このまま家に帰るの?」
「いや、本社に戻って、仕事を終わらせてから帰るよ、レナ達も待ってくれてるしな」
「……うーん、なら、帰っても家に独りだと寂しいだけだし、私も一緒に行っても良い?」
「相手をしてる暇はないぞ?」
「あは、別にいいよ。兄さんの仕事振りを見ながら、早く終われ~終われ~、って念じてるから」
「ちょ、変なプレッシャーを掛けるなって」
「あはは、なら、思わず惚れ直して、時間を忘れるような横顔でお願いね」

 ま、また、無理難題を……。

「了解しましたよ。ほら、お嬢さん、お手を」
「ふふ、お姫様じゃないんだ?」
「いや、あんまり、〝お姫様〟って言葉に良い思い出がないからな」
「ん~、そうなの?」
「そうなんだよ。ほら、行こう」
「ん」

 ……そういえば、〝お姫様〟って、今、何処にいて、何してるんだろうねぇ。

 そんな他愛もない事を考えながら、新たなる戦場もとい仕事場に向うべく、ミーアの手を引っ張りながら進みだした。


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