第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
16 混沌の端緒 -アメノミハシラ防衛戦 4
国防宇宙軍総司令部が使用している無重力区画……キノコの傘部の一区画に到着して、受付を兼ねる詰所に来訪を告げると、直に案内の者が来ますのでとの言葉を頂いた。
その言葉に頷き返した後は時間つぶしも兼ねてゲート前にある広大なホールを眺めていると、ある壁面の一画に人が集っているが目に入ってきた。その様子に何事かと思って見ていると、その背景である壁面自体に何かが刻み込まれていることにも気付く。
「あれは追悼碑だよ」
そう声を掛けられて振り向くと、俺よりは二十ぐらい年嵩のオーブ軍下士官が人が集っている一画を見つめていた。俺も視線を追悼碑に戻しつつ、その男の下士官に問い掛ける。
「追悼碑ということは、戦死者の?」
「ああ、国防宇宙軍で殉職した奴等の名前が刻んである」
「では、あれは……」
「まぁ、葬儀に近いものだな」
……そうか、先の戦闘で戦死した人の葬儀か。
しばらく瞑目して、戦死した者達の鎮魂を祈り、遺された者達の心を思うが……、俺も先の戦争で、今、視線の先にいる、ああいう人達を生み出してきたことを思うと、気が重くなってくる。
あの時は自分自身が生き残る為に必死だったし、今だって、殺した相手への責についてもほぼ割り切っているのだが、それでもやはり、背中や肩に重いものを感じてしまう。
「あんたは……、ラインブルグの人だな」
「ええ、そうです」
「なら、胸を張ってくれ。あんたらが作ってくれた物のお陰で、こっちの被害を大きく抑えられたんだからな」
「……ありがとうございます、上の者にも伝えておきます」
俺達が作った守る力にしても、結局は……、いや、これは俺達の責任じゃないと、俺達は自分の身を守っただけだと、こればかりはしっかりと割り切ろう。
そうじゃないと、いつか世界の何もかもを背負っているような傲慢な錯覚を抱いてしまって、潰れてしまうか、狂ってしまうだろうからな。
「あ、迎えの人が来ましたので、これで」
「ああ、現場の連中は、本当に、あんたらに感謝していると伝えておいてくれ」
「ええ、わかりました」
そう、親父が俺に言った通り、まずは身内、自らの周辺で平穏に暮らす人達を優先するのが当然なんだ。
◇ ◇ ◇
先と同じく司令官室に通されると、サハク准将は例の大パネルの前に立ち、そこに映し出された地球を眺めていた。こちらを振り向かないままなので自分から近づいて行くが、結局、准将は俺がパネル前に着いても口を開く事はなかった。
なので、准将の近くに立って、同様に地球を眺める事にする。
……昼面は青や緑、茶、黄に白といった色で彩られながら輝き、夜面には数多くの灯火が煌いて見えた。夜面の光の量が以前見た時よりも更に増えているのは、四月馬鹿や二年戦争で受けた打撃から復興が進んでいる証左といえるだろう。
そんな地球の光景を三分程眺めた頃、唐突に、サハク准将が口を開いた。
「ラインブルグ、かつての我がこれを……、世界を手に入れようと目論んでいたと言ったら、お前は笑うか?」
「そうですね。これだけ綺麗な眺めですから、そう考えるのも無理はないと、納得しそうですが……」
「……ですが?」
「だからと言って、わざわざ、好き好んで苦労を背負う必要はないだろう、とは笑いそうですね」
「ふっ、はっきりと言うな、お前は」
「俺の手はそんな稀有な事を考えられる程に大きくも長くもないです。実際、自分の周りを掌握するだけで精一杯ですからね」
「だが、その精一杯のお陰で宇宙軍は被害を抑えられた、礼を言うぞ」
「ありがたく頂戴しておきます。こちらも追加発注してもらいましたしね」
さて、挨拶はこれくらいにして……。
「それで、今日は何用ですか?」
「ああ、今後、ユーラシアがどう動くか、お前の意見を聞きたい」
……ユーラシア連邦がどう動くか、か。
「正直、准将が得ている情報と俺が持っている情報では、確度も量も違いますから、あくまでも推測になってしまいますけど、いいんですか?」
「ああ、思いつくままでも構わぬよ。我にとっては、他者の意見を聞けるだけでも益になるからな」
なるほど、参考程度にはなるって奴だな。
「では、……恐らく、ユーラシアは動けないでしょう」
「その理由は?」
「単純に考えて、先の戦闘で大きく戦力を磨り減りましたからね。再度、ここにちょっかいを出そうにも戦力を回復させなければなりませんし……、そもそも、そんなことをしている余裕がなくなるかもしれません」
俺の言葉を聞いた准将が、口元に不敵な笑みを浮かべるのがわかった。
「余裕がなくなるというのは?」
「今回の大敗で国際社会にユーラシア連邦軍の弱体化が印象付けられましたから、ユーラシア連邦の組織内組織……地域国家組織である西ユーラシア連合と中東イスラム同盟への抑えが効かなくなる筈です。……元々、ユーラシアの西と東、それに南は考え方が異なる事に加えて、先の戦争での確執やエネルギー問題での対立もありますから、ユーラシア連邦からの離脱と新国家組織としての独立が高い確率で起きると考えられます」
「ふむ、だが、各国がそれを認めるか?」
「殆どの国が認めるはずです。大西洋連邦や東アジア共和国はライバルが自壊して凋落するのですから、大喜びで承認するでしょうし、プラントもまた、旧理事国という仮想敵国の一つが弱体化するんですから、承認に回るはずです。これに伴なって、両国に近い国も承認することになりますし、ユーラシア周辺国もまた、脅威が減るわけですから承認に傾くはずです。ここまで来れば、世界全体の空気が独立容認に傾きますから、それ以外の国も、余程の借りでもない限り、承認するでしょう」
「……ならば、我々はどう動く?」
「もしも、先の二国が独立するのならば、これを率先して支持することで、先の攻撃に対する報復にしては如何です? で、その後はアルテミス要塞の動きにだけは注意しつつ、基本、ユーラシアの動きには関与しない方針で」
そうか、と頷いたサハク准将がそれなりに大きな胸の下で腕組みをすると、口元の笑みを軽いものに変えてから、口を開く。
「お前は欲がないな」
「さて……、何のことでしょう?」
「今ならば、ユーラシア内部の対立を煽り、事を起こさせることも可能なはずだが?」
「……俺は武器商人になることは覚悟していますが、死の商人にはなるつもりはありませんからね」
そう、容易に人を害する事ができる武器を扱うことになったのだから、最低限の倫理、人としての倫理は守らなければならない。
「だが、大西洋連邦はお前ほど優しくはないようだぞ」
「……何か情報が?」
「戦を誘発させようと考えているようだ。……MSを中東イスラムに流し始めている」
「ということは、ユーラシア連邦や西ユーラシアにも?」
「ああ、ユーラシア連邦内にはヨーロッパ西部と極東に、大西洋連邦資本が建設したMS生産工場がある。つまりは、そういうことだ」
ユーラシア地域が大西洋連邦の掌の上で踊らされるということだろうが、そう簡単に踊るようなものなのか?
この俺の考えを読んだかのように、准将が語を紡ぐ。
「無論、ユーラシア連邦もその思惑に気がついているだろうが……、今現在において、MSを量産して提供できるのが、プラントと大西洋連邦、それにオーブだけである以上、踊らざるを得まい」
「確かに……、MSを手に入れようにも、半年前まで戦争をしていたプラントは論外だし、オーブにしても本国を大西洋連邦が押さえている。残るは、大西洋連邦や本国から距離を置くアメノミハシラ……、先の制圧作戦には現実的な側面もあったということか」
「ふふ、気付いてなかったか?」
「ええ、侵攻が及ぼす影響にばかり目が向いてましたよ」
一所に意識が囚われるってことは、まだまだ修行が足りんと言うことだな。
「ならば、更なる精進を重ねる事だ」
「ええ、そうします」
「うむ。では、次の話に移るが……、お前も提案していた例の話、南アメリカは乗ってきそうだ」
南アメリカ……、MSの輸出か。
「本国との打ち合わせは?」
「既にウナトには話を通した。……我らは悪役になるぞ」
「お上の言う事を聞かない不心得者め、って奴ですか」
「我にとっては今更の話だがな」
「なら、本国から追求の通信が入る時には、大きな声で、堂々と、厭味、もとい、避難民の代弁をして下さいよ。お上が生活を守ってくれないから、自分達で身を守る為に、生活を再建する為にやったことだ、ってね」
「くくっ、ならば、カガリあたりが通信を入れてきた時には、そうすることにしよう。……何とも楽しい時間になりそうだ」
うわぁ、サハク准将、ニヤリと笑って、物凄く楽しそうな顔してるわ。
「では、南アメリカからは代価が得られると言うことですね?」
「南アメリカとモルゲンレーテ双方に、代金の一部を水や土壌資源で充当する事で話を進めている」
「……では、准将、L3の海賊を根絶やしにして、コロニーを建設し始めるのはいつからですか?」
「来年になるだろうな。……む、そういえば、我はお前にL3を制すると伝えていたか?」
「いえ、海賊の根絶を考えれば、それが一番可能性が高いと思いましてね。あそこには、オーブが所有する資源衛星や旧ヘリオポリスもありますから」
まぁ、ちょっと考えたらわかる程度のことだし、自慢にもならない。
「それよりも海賊対策ですが、上手くいってますか?」
「……ふむ、パッツを使った長距離パトロールで対応しているが、あまり状況は芳しくはないな」
「やはり時間制限ですか?」
「そうだ。加えて、海賊は待伏せての襲撃が多い故に、対応も後手に回る。……だからこそ、お前もモルゲンレーテに艦艇の共同開発を提案したのだろう?」
「そうなんですけどね……、今現在の対応にはなりません」
うむむ、トツカ計画の完成から数が揃うまで、後半年から一年位になるから、何らかの繋ぎが必要なんだよなぁ。
「宇宙軍は何か考えているんですか?」
「まだ、再編を開始していないが、連合軍が先の大戦でやったように、輸送艦の改装でMSを艦載できるようにしようとは考えている」
「艦艇による護衛は?」
「……イズモ級には合わぬ故、難しいな」
けど、護衛に艦艇が付くのと付かないのとでは、安心感が大きく違うからなぁ。
「いっその事、繋ぎとして、ドレイク級を導入してみては如何です? ジャンク屋ギルド辺りから、中古で安く手に入りませんか?」
「ドレイク級は優秀な艦だったが、既に時代に合わぬだろう」
「だったら、別の船でも構いませんから、護衛に特化するように改造してみては?」
「……具体的には?」
「ハリネズミ艦?」
……なんか、滑ったような沈黙が痛い。
「ふふ、ハリネズミか、面白い。ラインブルグ、一つやってみろ」
「え?」
「繋ぎに使用する護衛艦だ。……いや、もしも、コストと性能で納得できるものなら、繋ぎと言わず、以後も発注してやろう」
うはっ、仕事ができてしまった!
「えと、仕事を貰えるのは嬉しいんですが……、モルゲンレーテには?」
「あちらはあちらで、トツカに加えて、MSの生産で忙しかろう」
「それは確かに……、では、期限は?」
「一ヶ月以内……、いや、来月末までには実物を見てみたいな」
そら、繋ぎ用だからねぇ。
「なら、ちょっと考えて来ます」
「ああ、後で宇宙軍から正式に要請を出す」
「わかりました」
期待に応えられたらいいけど、期間が短いから、こればかりはどうかねぇ。
「その海賊で思い出しましたけど、前に提出した提案はどうでしたか?」
「ああ、悪くない提案だと感じている故、宇宙軍の規模拡張と併せて考えておく」
「そうですか、なら良かったです」
これで宿題に関する反応も聞けたし、後、何もないなら、引き揚げるとするかな。
そんなことを考えて更に口を開こうとしたら、サハク准将の執務机に備えられていた通信端末から機械的な着信音が響き渡った。准将はこちらを見やった後、優雅とも言える動きで端末に触れる。
「なにか?」
「お話中に失礼します。ユーラシアで動きがありました。情報と映像を回しますのでご覧下さい」
「わかった」
……どうやら、事が起きたようだ。
「ふっ、予想通りの展開だな」
「ええ、そうですね。……では、これから起きる混乱に合わせて?」
「そうだな。世界の注目がユーラシアに集っている間に、南アメリカとの話を進めよう」
大きな事件に動きを合わせれば、多少のことは注目されないということも、また、事実だからな。
「では、サハク准将もこれから忙しくなるでしょうし、俺も引き揚げる事にします」
「……そうか。んんっ、では、ラインブルグ、繋ぎの護衛艦を楽しみにしている」
「ご期待にそえるように頑張ります。……あ、言うのが最後になりましたけど、先の防衛線で思ったんですが、一軍の将が前線に立つのは頂けないですよ。特に准将はアメノミハシラの総責任者であり、今の苦境にあって、寄る辺がないオーブ国民にとっての最後の支えなんですから」
「最後の支え……」
「ええ、准将こそが、オーブ最後の砦なんですから、前線に立つのは自重して、訓練で部下を鍛える位に止めておいて下さい」
「……わかった。今後は気を付けよう」
最後の支えと呟いた後、神妙な顔になったサハク准将に、一応、予備役の講習でオーブ式を習ったということもあるので、制帽はないけれど、オーブ式の敬礼を施して、司令官室を後にした。
C.E.72年6月25日。
西ヨーロッパ諸国の連合組織である西ユーラシア連合と中東諸国によって構成される中東イスラム同盟がユーラシア連邦離脱を正式に表明し、新国家組織の成立を宣言。ユーラシア連邦と東アジア共和国を除いた全国家が承認することになる。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。