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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
14  混沌の端緒 -アメノミハシラ防衛戦 2


 今日、6月22日に起きたアメノミハシラへの攻撃は、ユーラシア連邦軍に所属するアルテミス要塞駐留艦隊によるアメノミハシラ制圧を目指した軍事行動ということが判明している。
 この軍事行動の結果なのだが、保安官達が市民の動揺を抑える為に情報を意図的に流したのだろう、シェルター内に避難していた市民の間にも、オーブ国防宇宙軍はアルテミス艦隊を一方的に撃滅して壊走させたという話が広がっていたりする。

 ……が、実際にはどうなんだろうか?

 いや、アメノミハシラがアルテミス艦隊を退けたのは保安官達の雰囲気や余裕振りからわかるのだが、一方的な撃滅なのかはわからない。まぁ、その戦闘の細かな推移については、今現在、戦後処理をしている段階では誰もが忙しいだろうから入手できる状態ではないが、もうしばらく経てば、ノルズの実戦評価や改善要望もあるだろうから宇宙軍から回されるか、裏から手に入れる事ができるだろう。

 とにかく、アルテミス艦隊が尻尾を巻いて退散した後、宇宙軍によってアメノミハシラ周辺宙域の安全が確認され、日付が変わる二時間ほど前に、ようやく非常事態が解除される運びとなった。もっとも、その頃には親父達や重役連中、無重力区画にある技術研究所にいたミーア達の無事が確認できていたので、本当に落ち着いたものだった。

 そして、避難警報が解除され、避難シェルターから出た後なのだが、何度も礼を述べる避難民母子を避難民用アパートメントまで送り届け、アルスターとバジルール少佐については、何故、大西洋連邦ではなく、このアメノミハシラにいるのかを教えてもらう為に、我が家に招待したのだ。
 でもって、少々疲れた様子で帰宅したミーアを大事をとって先に寝かせてから、レナには軽い夜食を、マユラには客間のベッドを準備をしてもらう間に、俺はリビングで二人から話を聞くことにした。


 そんな訳で……。


 まずは見知ったアルスター、白のパンツにピンクのブラウスという、無重力区画に行く事が多いアメノミハシラに住む女性と同じような極普通の装いをしたフレイ・アルスターから話を聞くことにしたのだが……。

「なるほど、アルスターはベティに誘われて、ここに来たのか」
「ええ、ベティさんに近況を報告したら、こっちに来たらいいじゃない、仕事もあるわよ、って誘ってくれたのよ」
「その仕事ってのは、きっと親父の秘書ってことになるんだろうなぁ。……しかし、アルスターはいいのか? ようやく実家に帰って、まだ半年もなってないし、向こうに家とかあるんだろ?」
「いいのよ。……パパが死んで、私も行方不明になっていたのを良いことに、親族連中が好き放題に家の財産を持って行った上に、家まで取られていたわ」
「それはまた……、酷いな」
「ええ、酷い話よ。それに、この前、ここから家に戻る時に連絡が付いた連中にしても、私を取り込んで、少しでもパパの財産を分捕ろうと考えていた、碌でもない奴等ばかりだったしね」

 財貨は容易に人を狂わせるってことか、なんて事を考えつつ、ちょっと不機嫌そうな顔で自身の長い髪を弄っているアルスターに問いかける。

「でも、取り返す気はなかったのか? 大切な家だったりするんだろ?」
「まぁ、そうなんだけど……、家を取り戻す為に動いたり、下手に騒ぎ立てたりしていたら、本当に殺される可能性もあったのよ。実際、身の危険を感じたのも、一度や二度じゃなかったし……」

 ちゃんちゃんちゃーっ、真実はいつも一つ……とは限らない、の世界ですねわかります。

「それはまた、資産家も大変だな」
「そう言うあんたも資産家のはずよ?」
「あ……、そういえば、俺もうちの会社の株を持ってたんだったな。いや、すっかり忘れてた」
「はぁ、ちゃんと管理しておきなさいよ?」
「いや、正直、さっぱりだから、全部、親父に任せてる」
「……私も、そうだったのよねぇ」

 げっ、しまった、アルスターは戦争で親父さんを亡くしていたんだったな。

「んんっ、まぁ、理由はわかったが、円満解決で出てこれたのか?」
「ええ、地球連合軍というか大西洋連邦軍からも、行方不明になった後、しばらく記憶喪失だったみたいなのですが、記憶が戻ったので帰ってきました、って言ったら、簡単な聴取を受けただけで無事に辞める事ができたし、親族連中には、ここまで来る為の旅費と当面を生活費を工面させて、もうあんた達とは縁を切るから、後はパパや私がいない間にしてきたように好きにすれば良いわよ、って、面と向って言ってきてやったわ」
「ははっ、それは何とも思いっきりが良いな」
「ふん、……今、私が求めているのは、ただ一人だけよ」
「……ひゅ~、かっこいい~」
「言いなさい。……でもね、女はこれくらいの度胸がないと、男を捕まえられないの」

 そんな風に啖呵を切ったアルスターの様子を、若干、口元を緩めつつも見詰めていた妙齢の美人……軍服ではなく、黒のスラックスに白のジャケットという私服姿のナタル・バジルール少佐に話の矛先を移す。

「アルスターがここに来た理由はわかりましたが、バジルール少佐はどうしてここに? って、その前に、お二人は親しそうに見えますが、お知り合いだったんですか?」
「ええ、細かな話は省かせてもらいますが、フレイとは先の戦争中に知り合いました。戦闘での混乱で、この子の行方がわからなくなってしまって、心配していたのですが、偶然、この子が除隊手続きに来ていた時に再会しまして……」
「へぇ、そうなんですか。……ちなみに、バジルール少佐がここに来られたのはご旅行ですか?」
「いえ、違います。それと、ラインブルグ隊ち……ラインブルグさん、私はもう、軍属ではありません」
「えっ? 軍属ではないというとは、除隊されたんですか?」
「いえ、不名誉除隊です」
「なっ!」

 バジルール少佐から、あまりにも予想外すぎる言葉を聞いてしまい、動きが止まってしまう。

「う、嘘でしょう? あなたのような立派な人に限って、そんなことは……」
「そう言って貰えるのは嬉しい限りですが、本当です。私は軍からは放り出され、家からも勘当されました」
「……何故、そのようなことにと聞いても?」
「それは……」

 と、口を閉ざしたバジルールしょ……さんに代わって答えたのは、真剣な顔をしたアルスターだった。

「ナタルさん、この人、三人の女と同時に付き合ってる、どうしようもない助平な男だけど、ナタルさんに迷惑掛けたような陰湿な奴とは全然違うし、基本的にはおちゃらけているけど、プラントからここに来て帰国するまで、ちゃんと私の面倒を見てくれた良い人だから、話しても大丈夫と思う」
「あ、アルスター、お前は人に対する評価をぶっちゃけすぎだ」
「あら、助平を否定できるの?」
「……できねぇなぁ」

 明後日の方向を向いて韜晦に務めていると、俄かに、バジルールさんが笑い声を上げた。

 ……何だか、以前、会った時と言うか、あの停戦の時の硬くキリッと雰囲気と違って、身に纏う強さというか、背負っていた責の重さが無くなった所為なのか、表情に柔らかさがあるな。

「失礼。……ラインブルグさん、私が不名誉除隊になった理由は、上官……、将官を殴り飛ばしたからです」
「え、将官を殴った? ……マジですか?」
「ええ、将官からセクハラを受けて、反射的に手が出てしまい、総入歯にしてしまいました」

 ……砕いたってか? つ、つえぇーな、おい。

「それに、こういったことも、二度目でしたから」
「は? 二度目?」
「ええ、一度目は少尉に初任官した時に、当時、上官だった大尉にセクハラを受けて、その時もまた、歯を砕きました」

 ま、大口殺し(マウスクラッシャー)ナタル・バジルール、だなんて馬鹿げた言葉が、瞬間、頭に浮かんだ。

「……そ、そうですか」
「そうなのです。……しかし、それだけではなく、先の戦争中での優遇された人事配置で、ブルーコスモス派か、それに近いと見られたことも原因でしょう」
「ブルーコスモス派、ですか。……でも、バジルールさんは〝近い〟と表現したってことは、ブルーコスモスに所属している訳ではないんですよね?」
「ええ、所属はしていませんし、軍内にあるブルーコスモス派のように、コーディネイターを強制的に排除するべきとは考えていません。ですが、コーディネイターはナチュラルに溶け込み、回帰すべきだとは考えていますので……」
「あ、確かに、そういう考えだと、ブルーコスモス穏健派の考えになりますね」
「……よく、ご存知ですね」
「はは、前々職の名残ですよ。ですが、それが原因になるんですか?」
「はい、あのヤキン・ドゥーエ宙域での最終決戦で、対プラント強硬派だったブルーコスモス派が幹部の多くを失い、結果、大勢を占めていたブルーコスモス派が縮小して、軍内のバランスが大きく変わりましたから」

 なるほど、ブルーコスモス派にはぶられていた連中による報復人事って奴か。

「先の将官のセクハラも、自分が庇ってやるから愛人になれと言ってきたのが発端です。ずっと、明確に拒絶していたのですが、最終的には力尽くで来ましたので、それで反撃を……」

 ……バジルールさんって、ぐっと我慢して、ストレスを溜めそうなあたり、ユウキに似てるかもなぁ。で、今の話にあるように、爆発したら、それまでの反動もあって、物凄く怖いと……。

「当然、軍法会議に掛けられて、その将官の名誉の問題に加えて、ブルーコスモス派に近いと思われていた事もあって、不名誉除隊です」
「ですが、何が何でも、軍に残ろうとは思わなかったんですか?」
「……確かに、今となっては、何故、残ろうと思わなかったのかと思わなくもないです。ですが、当時、私も相当に頭に来ていたようでして……」

 あ、恥ずかしそうに目を逸らした。

「そして、この不名誉除隊が原因で、実家からも勘当されてしまいました」
「その勘当ってのも、少々行き過ぎな気がしますね」
「私の家は、代々、軍人を務めてきましたから」
「……なるほど、名誉不名誉には煩いってことですか」
「ええ、そういうことです。軍から放り出され、家からも勘当された後、どうしようかと考えていた所に、連絡を取り合っていたフレイからアメノミハシラに移住する事を聞きました。もはや、大西洋連邦に身を置いておく理由もありませんでしたし、ならば、私も一度、環境を変えてみようかと……」
「……そうでしたか」

 と納得してしまう所だが、ちょっと待って欲しい。

 少々下世話な話になるのだが、不名誉除隊ってのは世間一般的に見ても、俺がザフトに所属していた事を世間様に隠すように、経歴的にはかなり痛いものであり、再就職をしようにも雇用する側が撥ねることも多かったりする。要するに、バジルールさんの生活再建は非常に大変だということだ。

「それでは、今後はどうするおつもりですか?」
「まずはアメノミハシラの自立支援プログラムを受けようと考えています」
「そうですか……、あ、今日はもしかして?」
「ええ、今日はその説明を受ける予定だったのですが、今回の戦闘の影響で流れてしまいました。ですから、混乱が落ち着くまで、少々、遅れるかもしれませんね」
「そうですね」

 ……。

 うーん、俺、この人と命懸けで戦闘したから、その価値というか、強固な意思と果断な判断力、高い指揮能力を知っているだけに、勿体無いよなぁ。

 ……お節介かもしれないけど、こちらでも何か考えてみてもいいかな?

 と、内心で伝手を頼ってみるかなんてことを考えつつ、作業を終えたレナとマユラも交えて夜食を食べながら、今回のアメノミハシラへの攻撃は何の目的で行ったのかやアメノミハシラや大西洋連邦、オーブ本国といった国々の社会状況、アルスターの想い人の行方、俺とレナ達の仲がどこまで行っているか等々を語り合い、就寝したのだ。


 そして、翌朝。


 ミーアを含めた六人で朝食を共に食べた後、アルスターとバジルールさんを二人が泊まっている移民用宿泊施設に帰してから、仕事場に向うまでの時間を使い、少々、ぼんやりとした頭で昨日の戦闘に関する情報を流すミハシラ・ブロードキャストのモーニングニュースを眺めながら、今日の予定を考える。
 自然と先の戦闘の事が思い浮かび、宇宙軍に余裕があれば、早い所、ノルズのデータが欲しいなぁ、等と考えていると、昨日の今日で、疲れが取れていないのか、かなり機嫌が悪そうなミーアが、社服に着替えながら声を掛けてきた。

「兄さん」
「ん、どうした、ミーア」
「フレイと一緒にいた人、バジルールさんって、綺麗だったよね」
「ああ、そうだな」
「……それに、兄さんよりも年上みたいだし」

 ……何となく、ピンと来るものがあったから、それ以上の問答はせず、着替え終わったミーアを無言のまま手招き、近づいてきた所を強引に抱き寄せて足の間に座らせる。その際に若干の抵抗……というよりもこちらにじゃれ付く様な甘えを見せたが、いつかやったように顎を頭の上に載せると大人しくなった。

「ミーア、嫉妬か?」
「む、むぅ、ストレートで来た」
「まあね。で、どうなんだ?」
「……そうかも」

 でも、ミーアが今示したような、ちょっとした独占欲が嬉しかったりするのが人間だ。

「はは、その気持ちを素直に認められるってことは、ミーアも大人だな」
「そうなの?」
「ああ、だから、俺もこんなことする」

 ミーアの頬に軽くキスをして、その頬に自身の頬を寄せつつ、両手の内に服と下着で守られた膨らみを収め、やわやわと動かす。

 ……くっ! やはり、生でなくては、あの吸い付くような指を喜ばせる感覚がないっ!

 むぐぐ、非常に、残念だっ!

「んぁっ、……に、兄さんって、やっぱり、エッチだよね」
「男ですから」
「お尻にも硬いのが当たってるし」
「男ですから」
「でも、まだ誰にも手を出してないよね?」
「ヘタレでごめんなさい」

 いや、こう、雰囲気的にと言いますか、俺自身の気持ちをそこまで持って行けなくてねぇ。

「もしかして、遠慮してるの?」
「まさかぁ、肉体的な繋がりは今は〝まだ〟だけど、いずれはというか、雰囲気というか状況が整うというか、とにかく、機会と時が巡ってくれば、必ず、絶対に、容赦なく頂くさ。……でも、そういった繋がりがまだでもさ、俺は皆と一緒に居られる今の生活が楽しいし、幸せなんだよ」
「……ん、この声だと、嘘じゃないみたいだよ、レナさん、マユラさん」
「うん、そうみたいね」
「私も、なんとなく、そう感じる」

 ……三人とも、俺の声で嘘を付いているのかわかるのか、って、レナにマユラ?

 声が聞こえた方向を振り返ると、こちらも社服姿のレナとマユラがニコニコと笑みを見せながら近づいてきて、俺の両サイド……、右にレナ、左にマユラと分かれるとストンと腰を落ち着け、甘えるように身を寄せてきた。なので、ミーアの胸から手を離し、二人の肩に手を回して抱き寄せる。

 そうやって互いに温もりを分かち合いながら、しばらく穏やかな時間を過ごしていると、マユラが緩い声をあげた。

「あ~、落ち着くなぁ」
「ふふ、マユラって、先輩に抱きつくのが好きだよね」
「うん、だって、この頼れる温もりと力強さはさぁ、癖になるもん」
「あ、私も昔から、兄さんに抱きついてたから、その気持ち、良くわかる」
「うー、ミーアちゃん、これ、昔から味わってたんだぁ、……いいなぁ」
「あはは、マユラ、これからもずっと、先輩に相手をしてもらえばいいじゃない」
「そう言うレナさんも、兄さんに、これからもずっと相手してもらう気満々のくせに」
「当然でしょ、ミーアちゃん」

 俺の身体越しにレナとマユラ、それにミーアが言い合うのを聞きながら、男として、雄としての充実感と、好いた相手と共にいられる幸せを噛み締めていると、ミーアがテレビ画面に映る時計を見て、声をあげた。

「むぅ、残念、時間だ」
「みたいだな」
「ねぇ、アインさん、今日はこのまま休まない?」
「マユラ、本当に魅力的な考えだが、ずっとお前達に頼られて、包み込める存在でいたいから、できないな」
「ふふ、先輩って、そういう所だけは真面目ですよね」

 じゃないと、グループを支えるおっさん共、もとい、重役連中が喜々としてネチネチとイビリに動くのが目に見えているからなぁ。

 簡単な話、複数の女を囲っていたかったら、十二分に仕事しやがれっ、この野郎っ! て奴だ。

「さて、そろそろ出ようか」
「「「はーい」」」

 元気に応えてくれた三人に、それぞれ軽いキスを送った後、俺は仕事に赴く為に動き始めた。


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