第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
12 人を守る礎 -MARASAI PLAN 4
ラインブルグ・グループの軍需産業への進出はノルズがアメノミハシラに採用された事で上手くいき、グループ各社にもBI三姉妹の生産関連で活気が出てきている。
BIの組上げ生産を行う宇宙工業の担当者の話によると、今現在、受注しているのは百四十四機であり、最初の二ヶ月だけはアメノミハシラ防衛隊がある程度の数をまとめて運用できるようにする為、ラインをフル稼働させて月産三十六機、後は通常稼動で月産十二機で生産、納入を予定しているらしい。
また、アメノミハシラ防衛隊もBIが実戦を経て、兵器としての信頼性が高まれば、更なる追加発注を予定しているとのことらしいが……、このことで二律背反の悩みを抱える事になろうとは思いもよらなかったよ。
実戦……、要するにここが攻撃されるなんてことは起きて欲しくないのだが、実戦を経ないと兵器としての信頼性は証明されないのも確かだからなぁ。
まぁ、これに関しては、心身の健康の為にも、あまり深く考えず、時と状況の流れに委ねた方がいいだろう。
とにかく、これでラインブルグ・グループの軍需関連は軌道に乗れるはずだし、俺も初っ端の足掛りになる仕事を果たせて、一安心といった所だ。
でもって、最低限の役目を果たせて一安心している俺だが、先の〝招待〟でサハク准将から聞かされたアメノミハシラが抱えている懸念事項について、親父と会長室で話をしていたりする。
「なるほどな、サハク卿はそんなことを言っていたか」
「ああ、そうなんだ。海賊対策にしても、他所からの支援や援助を得る方法を考えるにしても、グループを率いる立場で大局的な考え方ができるだろう親父を巻き込んだ方が、より上手い考えが出そうな気がしてさ」
「確かに、他人の意見を聞けるというのは、貴重な事だな。……それで、それらの対策、お前はどう考えているんだ?」
「うん、海賊対策は宇宙軍が動きにくいのなら、傭兵……、民間軍事会社を立ち上げて、護衛業務を請け負う形にしたら良いかなって考えている」
戦争が終わった影響か、それ以前からなのかは詳しくないが、無くなる事がない不心得者の横流しやジャンク屋から流れた再生品等でMSを装備した宇宙海賊が増えている。もし、その一部でも傭兵として取り込めれば、こっちの戦力が増えて、海賊のなり手が減るはずだ。
「……傭兵を使うか。私はあまり好まないな」
「まぁ、傭兵って、イメージが悪いからなぁ」
「それもあるが、モラルが低くて信頼できない」
今の時代、生きる為に傭兵にならざるを得なかった者が多いと聞くし、モラルが低いのも無理はない。
「なら、信頼性を向上させればいいんだな?」
「ああ、護衛を委ねる以上、絶対的な信頼が必要だ」
だからこそ、軍かそれに順ずる組織が担当した方がいいんだが……、順ずる組織か……。
「設立する民間軍事会社には、オーブ軍にも一枚噛んでもらうのはどうだろう?」
「具体的には?」
「軍の予備役か退役軍人を役員に据える」
「それだけでは足りない。アメノミハシラが商船護衛の最終的な責任を負う事が、誰の目にも明確であることが重要だ」
「……なら民間軍事会社じゃなくて、軍の外郭団体として活動するとか?」
「その辺りが妥当だな」
確かに、外郭団体なら民間からの融資も期待できるし、軍との人事交流や連携もできるし、いけるかな?
いや、どうせなら……。
「なら、いっそのこと、その外郭団体に所属する者を全員予備役に組み込んでしまった方がいいかな?」
「流石にそれはアメノミハシラが支えるのが大変だろう。……というか、お前、それは軍と変わらんだろう」
「なら、実戦部隊だけでも?」
「……アイン、そのあたりはな、私ではなくサハク卿と相談しろ」
でも、予備役が増えるってことは、軍に厚みが出るってことだから、いけると思うんだけどなぁ。もしも、傭兵を予備役にして軍に組み込む事ができたら、後は〝ザフトのためにっ〟みたいな洗脳教育を施して、軍への忠誠をすり込める、って、結構、俺もやばい方向に考えが進んでるな。
……まぁ、傭兵に拘らなくても、後方支援人員を民間から採用して、実行部隊に軍属を当てる事も可能かな?
ある程度の海賊対策についての骨子が浮かんだ所で話を転がす事にする。
「後は、これに使う装備品なんだけどさ」
「ふむ、何か問題があるのか?」
「あるある。オーブの宇宙艦隊が使ってるっていうか、モルゲンレーテって、イズモ級しか作ってないんだよ」
「……新しい艦艇が必要だと言うことか?」
「ああ、商船の護衛用に使用することを考えると、イズモ級は艦体的にも戦力的にもコスト的にも大き過ぎる。だから、小回りが利く上、ある程度の艦艇と渡り合えて汎用性もある、連合が使っていた150m……、ドレイク級みたいなのが絶対に必要なんだ」
俺の言葉を受けた親父はしばらく考え込むように沈黙した後、口を開いた。
「うちで作るか?」
「あー、それも考えたんだけど、うちで作ろうにも、一からの設計すると時間が掛かりすぎる。これはできるだけ早くに必要な物だからさ」
「……なら、モルゲンレーテと共同開発を提案するか?」
「うん、向こうはイズモ級の開発した事で色んなデータを抱えているはずだから、一から作るよりも断然早いだろうし、さっきも言ったけど、護衛用だと数が必要だから、適度に分業すれば一社で対応するよりは早く揃えられると思う」
後、生産効率が高くて、建造期間が短い艦が望ましいが……、基本、単艦運用を考えない護衛用だし、一定水準の能力があれば、いけるはずだと思う。
「わかった。共同開発に関して、スズキさんに話をしてみよう。……艦艇だけでいいんだな?」
「機動戦力……、MSに関しては既にM1アストレイがあるから、今の所はそれを使えばいいからな。……って、モルゲンレーテで思い出した」
いつか言おうと思っていて、ノルズ開発やサハク准将の話で吹き飛んでいたことがあった。
「親父、MARASAI計画の一環で、MSをうちのグループが持っている手持ちの技術でできるだけ作ってみるつもりなんだけど、そのことで……、MSで使用する規格について聞いておきたいんだよ。現場での運用を考えると規格の共通化だけはしておかないと、整備担当の仕事が増えて迷惑を掛ける事になるからな。だから、そのことを話し合っておきたいんだ」
「わかった。そのことも伝えておこう」
「助かるよ」
さて、今日の目玉というか、一番重要な案件、オーブ本国以外からの支援の引き出しだが……。
「後、アメノミハシラの支援関連の話になるんだけど、迷惑ついでに、モルゲンレーテにMSを輸出できないか、聞いて欲しい」
「……何らかの支援を引き出す為の取引材料にしようと考えているのか?」
「どちらかと言えば、貿易に近いかもしれない。それに、今現在の状況、他国よりもオーブが有利な点は一番にこれだからさ」
「だが、買う国があるか?」
「ある。……今の世界状況、大国による連合状態が終わった今の状況なら、売り込めば絶対に買ってくれる。特に大西洋連邦の脅威を受けている南アメリカは喉から手が出るくらいにな」
今、南アメリカ合衆国が使用している主力MSはストライクダガーらしいから、いざ、大西洋連邦と事を構えると、敵国のMSを使うことになるなんて冗談みたいな話になるから、飛びついてくるはずだ。
「しかし、復興で大変な南アメリカに支払う余裕があるか?」
「うん、ないだろうね。だから、現物支給や便宜を図ってもらう形で行こうと思う」
南アメリカから何を代価に受け取るのか?
それは宇宙で手に入りにくいもの……宇宙で生きる上で必要不可欠な水の優先供給と、土壌や植物といったものだ。
水に関しては、アメノミハシラを維持する為に恒常的に必要なので、市価よりもかなりの安値で提供してもらう算段を取る。ついでに言えば、先の戦中に大西洋連邦というか地球連合が、停戦までの四ヶ月なんて超短期間で、マスドライバーを再建してくれているし、打ち上げ費用も安上がりで済むだろうしな。
後者の土壌や植物といったものだが、これを求めるのは、今後、建造するであろうスペースコロニーで使用する為である。いや、オーブはL3に旧ヘリオポリスを保有しているのでモノがあるにはあるのだが……、例の戦闘で崩壊しており、内部の土壌や植物は宇宙に放出されてしまって回収するのが大変だし、使えない可能性が高いのだ。
なので、モルゲンレーテは代価として土壌や植物といった現物を受け取り、新規コロニーを建造する際には資材として提供して、コロニー内部での占有権及び一定区画の土地を得るって寸法だ。
実は今回の件で色々と調べて知った事なのだが……、オーブではプラントが独立に動いた切っ掛けの一つであるコロニー所有権問題を踏まえて、基本的にコロニー内部の〝土地〟は購入できない仕組みになっており、コロニー管理機構から有料で貸与される形になっているのだ。要するに、住民がコロニー内部の土地を欲したとしても売ってくれず、年単位で賃貸料を管理機構に払って土地を使用しないといけないという所有権の制限である。
もっとも、この仕組みの中にも特例があり、一定の要件……オーブに多大な貢献をしたとアメノミハシラ上層部から認定される事で、一定区画の占有権を買う権利を与えられ、土地を保有する事ができるのだ。
今回はこの仕組みを利用しようという訳だ。
なんて具合に親父に説明してみると、ふむと一つ頷いて、話し始めた。
「モルゲンレーテに一時的な負担が掛かるが、基本的に損はないようだな。……だが、この貿易が成り立ったとして、大西洋連邦はいい顔をしないだろう」
「もちろん、大西洋連邦からは嫌な顔をされるだろうけど、南アメリカの好意は間違いなく得られる。……もう、今の状況だと中立なんて言ってられないし、全方位に良い顔はできない。これからは、八方美人は信頼されないよ」
「だが、現状、オーブ本国は大西洋連邦から復興支援を引き出しているんだ。この動きで本国に迷惑を掛けることにならないか?」
「そこはそれ、本国が支援を寄こさないんだから、こっちが苦労してるんだし、向こうにも苦労してもらえばいいんだよ」
ニヤリと露悪的な顔を見せると、親父から修正用拳骨を、ガツンと一発、頭に喰らってしまった。
「……ぁたた」
「お前の気持ちはわからないでもないが、本国で対応に苦労する者がいることや、復興支援がなくなると、一番困るのが市民だと言う事を忘れるな」
「うぅ、わかりました」
でも、久しぶりの親父の拳骨が嬉しく感じる自分がいたりする。
「で、でもさ、俺は二枚舌でいけると思うんだよ。元々、本国とアメノミハシラって、反りが合ってないだろうから、アメノミハシラとモルゲンレーテが勝手に判断したことだって、向こうも言い抜けることはできるはずだしな」
「……気付いていたのか?」
「まぁ、ザフト時代に耳にしていた情報とサハク准将の話、耳を澄ませば聞こえてくる情報を合わせると、そう考える事はできるよ。……この俺ですら気が付いた事なんだからさ、当然、大西洋連邦だって知っているはずだ。だから、この状況を逆用すればいいんだ。……申し訳ない、何度も言い聞かせているんですが、本国がこんな状況なのをいいことに、好き勝手にやりやがるんです、ってな」
まぁ、これまでも、アメノミハシラは好き勝手しているようにも感じなくもないが、それはそれである。
「けど、一応は本国にも話を……、双方の状態を理解していて、話が通じそうな人、……確か、宰相のセイラン卿だったっけ? その人に話を通しといて、口裏を合わせておけば良い」
もっとも、アメノミハシラは大西洋連邦から何らか報復を受けるデメリットがあるが……、今更だな。
「それと併せて、MS関係で後発の東アジアかユーラシア連邦にMS関連の技術を一部でいいから提供して、大西洋連邦に牽制を仕掛けてもらうと、黙認くらいで落ち着くんじゃないかな? ついでに、技術提供料として資金も得られそうだし」
「そうなれば、大西洋連邦の恨みをますます買うだろうな」
「まぁ、ここも戦争中、大西洋連邦というか地球連合から攻められているらしいし、相応の反撃って考えたら、いいんじゃない?」
……相応の反撃か。
恐らく、この反撃で、大西洋連邦内では、不幸せになる人が出てくるんだろうなぁ。
「……親父、今の俺の考え、行き過ぎてるかな?」
「いや、私はそこまで感じない。……国家戦略においては、何を置いても自国とその利益こそを優先するべきだし、取引相手の利益も考えているお前の考えは、まだ優しい方だろう」
「……そうか」
それでも晴れない顔をしていた所為か、親父が苦笑を浮かべながら語りかけてきた。
「アイン」
「ん?」
「何事を為すにも、大前提がある事を忘れるなよ?」
「……そうだな。何よりも、まずは、己の身内からだな」
「そうだ、何事においても、一番に優先するのは家族や親しい人でいいんだ。……私も自身が抱えるモットーと家族や仲間を天秤にかければ、後者を選ぶ。かつて、お前にロジアッツを送ったようにな」
ロジアッツ……、今は、【RSS-022B:パッツ(PATS)】、Patrol Assistance Thruster System(巡回支援推進システム※適当訳)と呼ばれているが、親父があれを送ってくれたのも、俺が生き残る為の一助としての事だった。
「うん、そうだな。もっと自分の腕と手が広く長く伸ばせるようになってから、偉そうな事を言う事にするよ」
「ああ、そうしておけ」
……さて、親父と話したら、ある程度の案がまとまったし、仕事に戻るかな。
「急に悪かったな、親父、仕事で忙しいだろうに」
「ふっ、お前の前で閉ざす扉はないよ」
「……今、俺、カッコいい事言ったって、思わなかったか?」
「……んんっ、若干はな。だが、これは偽りのない私の本音だ」
うぅ、泣かせてくれるよねぇ、なんて風に戯けながら、座っていた応接ソファから立ち上がる。
「モルゲンレーテとの話が進んだら連絡を入れてくれ。こっちでも艦艇に取り付けたいって考えているものがあるからさ」
「わかった」
「じゃ、戻るわ」
「ああ、頼むぞ」
「うぃ」
できるだけ軽く返事をしてから会長室を出て、前室……、秘書室で仕事をしていたベティとレナに挨拶をする。
「二人も悪かったな、急に無理を言って」
「本当よ、私もレナちゃんもスケジュールの調整で大変だったんだから、後で何か差し入れを持ってきなさいよね」
「ですよねぇ。だから、先輩、差し入れを楽しみにしてますね」
……レナもベティも遠慮がないなぁ。
「了解了解、何か甘いものでも差し入れるよ」
「そうしなさい。あっ、そうそう、レナちゃんに代わる新しい秘書が雇えそうよ」
「えっ、そうなのか?」
「でも、その子も準備で忙しいらしいから、後、一ヶ月後位になるけどね」
「そうか」
一応、確認の為に、ベティの隣に座っているレナを見ると、こくこくと嬉しそうに頷いている。
「なら、一ヵ月後に、こっちに復帰って事になるんだな?」
「はいっ!」
元気良く返事をしたレナだが、一昨日、俺と共にオーブ国防宇宙軍の予備役に編入されている。
また危険に付き合わせることになるかもしれないと思うと申し訳がない気がしたが、同時に、戦時という非常事態を共に潜り抜けた戦友が側にいることに安堵を憶えている自分もいたりする。
「そうか、……レナ、また、よろしく頼む」
「ええ、任せてください!」
「……へぇへぇ、いい雰囲気ですねぇ。独り身には痛い光景だわ」
って、ベティがやさぐれた表情で俺達を見ていたので、ガス抜きの為にも、ちょいと突く事にする。
「……ベティ」
「……なによ」
「僻みか?」
「なっ!」
もちろん、ニヤリ笑いも込みでだ。
「こっこっ、このっ! 誰がっ、誰の為にっ! その秘書を探してきたとっ!」
「おぅ、ありがとうよぅ、ベティさんよぅ! 差し入れにはお前の好物のマカロンを持ってきてやるから勘弁なぁ」
「ッ! ……だ、だったら、三人分は持って来なさい!」
「はいはい、お前用に五人分、持ってきてやるって」
なんて具合で幼馴染を遠慮なく弄ってから、秘書室を後にする。
……むぅ、ああ言った手前、ベティ様の怒りを静める為にも、早いうちに差し入れた方が良いよなぁ。
と、そんな風に直感が働いたので、仕事に戻るのを一時中断し、マカロンを買う為にベティが贔屓にしている洋菓子店へと赴くべく、足を玄関へと向けた。
うん、気分が良いから、ベティ用には八人分買ってきてやるか。
なんか、こんなに買ってきて、あんたは私を肥えさせるつもりかっ、って怒る姿が目に浮かぶけど……、たまには良いよね、うん。
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