第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
10 人を守る礎 -MARASAI PLAN 2
「我が名はロンド・ミナ・サハク。黄狼と呼ばれる男に会える今日という日を楽しみに待っていたぞ」
「……アメノミハシラのトップにそんなことを言われるなんて、実に光栄です。んんっ、初めまして、お……私は、アイン・ラインブルグです」
「ふっ、ラインブルグ、私の前で取り繕う必要はない故、普段通りに話せばよい」
「では、今以降、その言葉に甘えさせてもらいます」
俺の目の前に立つ女性……オーブ国防軍准将として国防宇宙軍の司令官を務め、また、オーブが保有している静止軌道ステーション『アメノミハシラ』の総責任者でもあるロンド・ミナ・サハクが、オレンジの瞳でもって、こちらを品定めするかのように見つめている。なので、こちらも遠慮なく見目形を観察させてもらう。
まず、この人……、とにかく、でかいな。
背は190㎝はありそうだし、服というかマントを羽織っていたり、長い黒髪がかかっているからあまり目立ってないが、身体付きや骨格も男性的なものに近いようだ。加えて、整った顔形にもまた、女性的な柔らかさの中に男性的な力強さを内包しているように見える。
そして、何よりも、その眼差しには惹きつけられるもの……、最後に会った時のザラ議長に勝るとも劣らない覇気と、全てを受容して包み込むような包容力が感じられる。
……いや、人って、いる所にはいるんだなぁ。
静止軌道っていう要衝の地にあって、アメノミハシラが何者にも屈せず、独立性を保っていられる理由が一目で納得できたよ。
で、こんな風に、俺がアメノミハシラで一番偉い人と差し向かって話をしている理由なのだが、まぁ、極々単純な話で……、先週に組み込まれたスケジュールに従い、ノルズ納入時期の打ち合わせをする宇宙工業の担当者と共に国防宇宙軍の司令部を訪れると、案内役から早速、技術部長が直にでも会いたいと言っている、だなんて言われた為、ほいほいと付いて行ったら、行き先が技術部ではなく、司令官室だったってことに過ぎない。
「それで、サハク准将、俺は技術部長と会いに来たはずなんですが、何故、この場に?」
「何、ちょっとしたサプライズだ」
「はは、なんともお茶目な事で……、でも残念、俺、こういうことには、悲しむべき事に、慣れてるんですよ」
「ほぅ、パトリック・ザラか?」
「ええ、あの人のお陰で、今みたいに、突然、一軍の将と差し向かっても、普通に話せるだけの度胸がつきましたよ」
今は亡きザラ議長も、あの強面から想像できないが、意外とお茶目な所があったからな。
「ふふっ、それは私にとってはありがたいことだな」
「というと?」
「軍やオーブ国民は、サハクと言う名を憚る者が多い故に」
「プラント育ちの俺には分りにくい事ですが、五大氏族の一つというネームバリューに恐れを抱くってことですか?」
「軍に関しては概ねその通りだが、国民に関しては少し違うな」
そう言葉を切ったサハク准将は、哀しさと、それをどうにか割り切ろうとする不敵さを混ぜ合わせた複雑な顔を見せると続ける。
「……嫌悪だ」
「嫌悪、ですか?」
「ああ、オーブ国民は、軍事を司り、現実を見据えて動く我らサハクよりも、施政を司り、理想の平和を希求するアスハを好む故にな」
おいおい、オーブの国民は、理想を描く為の土台を忘れてるって事かよ。
「ふ、ラインブルグ、呆れが顔に出ているぞ」
「おっと、失礼。……ですが、オーブ国民がそこまでの平和ボケになれたって事は、それだけオーブが平和だったという証左ですし、それをずっと支えてきたサハクは大したものですよ」
「嬉しい事を言ってくれる」
サハク准将は、瞬間、相好を崩すが、直に怜悧な表情に戻る。
「だが……、ウズミ・ナラ・アスハが己の理想を追い求める余りに、先の戦争で為してしまった、あの中立宣言はオーブにとって致命的だった」
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない、でしたっけ?」
「そうだ。本来、オーブはあのような目立つ宣言をせず、他の中立国と連携して戦争に巻き込まれぬようにするか、じっと息を潜めながら戦争の先を見据え、勝ち馬に乗るだけで良かったのだ」
「でしょうね」
「だが、現実はどうだ? 大見得を切った中立は守りきれずに国土を焼かれ、戦火に飲まれた国民は生死を彷徨い、今では生活に困窮する始末だ」
そう言って、准将は自身を含めた全てのモノを嘲るような笑みを浮かべるが……、正直、この人には似合わないと思う。
俺がじっと黙って見ていることに気が付いたのか、サハク准将はばつが悪そうに再び口を開いた。
「すまぬ、少し、感情が抑え切れなかった」
「いえ、誰だって、そういう時はありますから、気にしませんよ」
「……ふふ、その言葉に甘んじよう」
仕切り直す形で、サハク准将が自身が立っている大パネルモニターの前に俺を招くと、そこに映し出されている地球を見つめながら、再び話し出した。
「オーブ本国が戦火に焼かれた今、復興が始まっているとはいえ、住むべき家や糧を得る術を失い、生活に困窮した国民がこのアメノミハシラを頼って避難や移住を始めている。幸い、モルゲンレーテやラインブルグ・グループの助けもあって、国民の受け入れが可能な状態ではあるが、これにも限界が来るだろう」
「……居住空間が足りなくなると?」
「そうだ。ラグランジュポイントではないこの静止軌道上において、これ以上の拡張……、コロニー建造は不可能だ。加えて、ここは周辺の脅威が多い」
「確かに、要衝にあって恒常基地としての機能を備え、港湾能力や生産能力も充実しているってことは、戦略的価値が高いですからね」
「その通りだ。だが、このアメノミハシラが、どのような状態で、どのような環境下にあろうとも、私はオーブ氏族の、オーブを率いる首長の一人として、再度、国民に危難を味あわせる訳にはいかぬのだ」
何となく読めてきた気がするぞ。
「アメノミハシラは、ラインブルグ・グループに更なる支援を求めると?」
「無論、それもあるが……、私はアイン・ラインブルグ、お前個人に私の手助けをしてもらいたい」
「……はっ? 俺がサハク准将の手助けをする?」
「そうだ。かつて、お前がパトリック・ザラを支えたようにな」
うーん、ユウキといい、サハク准将といい、買い被りだと思うんだけどなぁ。
「正直、俺にそんな価値が……、サハク准将を支えるような力があるとは思えないんですけど?」
「ふふ、人の価値を決めるのは、自身ではなく他人だ。そして、私がお前にその価値が、私を支えるだけの力があると思う故に誘うのだ」
それにしても、さっきから、腹の底から込み上げて来る熱い感情は何だろう?
「……では、サハク准将、もしも、俺が准将を手助けすることで、人を、人の生活を、人の幸福を守ることに繋がりますか?」
「さて、それは私にもわからぬよ。だが、これだけは約束しよう。少なくとも私は、例え、かつては私やサハク家を嫌っていた者であったとしても……、私を頼って来た者達を見放すつもりはない。人こそが国の……、世界の基本故にな」
あー、もしかして、准将の覇気に当てられてるかな?
「……」
「……」
内からあふれ出てくる熱を何とか抑え込みながら、今の言葉に偽りはないかと、ただじっと、サハク准将の瞳を見据えるが……、オレンジの瞳は逸らされる事はなく、また、含まれている色にも怯懦や傲慢もなく、ただ、静謐な光を湛えているだけだった。
当てられて生み出された熱を外に逃す為に、一度、深呼吸をしてから、自身の答えを口にする。
「わかりました、准将。俺のできる範囲に限られますが、協力したいと思います」
「アイン・ラインブルグよ……、感謝する」
「いえ、サハク准将が語った志は、指導者として不可欠な、尊崇すべきものだと思います。と言いますか、今の言葉を准将本人から聞けて、ここに、このアメノミハシラに住めた事を、本当に、嬉しく思いましたよ」
……あれ?
サハク准将、なんか、照れてないか?
なんて思いが顔に出ていたのか、サハク准将は俄かに言い訳するかのように言葉を繋ぎだした。
「いや、我は、そのような率直な褒め言葉をあまり受けた事がない故に、な」
「なら、早い所から慣れとかないと大変ですよ?」
「な、に?」
「これから、多くの人に評価され、褒められるんですからね」
ザラ議長に対してやったように、ニヤリと笑い掛けながら言ってやると、サハク准将は、瞬間、思ってもみない事を聞いたかのように唖然とした表情を見せたが、直に我を取り戻して、取り繕うように咳払いをしてみせる。
「んんっ、そのことはもうよい。……しかし、奴の言った通りだな」
「はい?」
「お前の協力が得たければ、嘘偽りのない、ただ真心のみを語れと言われていたのだ」
へぇ、そうなんだって……。
「えと、誰がそんな事を言ったんですか?」
「貴様も知っているであろう、エヴァンジェリン・ローズだ」
「……いったい、どういう繋がりと聞いても?」
「奴はかつてオーブに留学していてな、それが縁で学友となった」
……うわぁ、凸凹コンビだな。
「お前が今、何を考えているか大凡わかるが、あえて突くまい。とにかく、ローズは、我にとって気兼ねなく話せる者の一人だ」
「そうですか。そういう存在は、大切ですよね」
サハク准将にとってのエヴァ先生は、俺にとっての、ラウやユウキにあたるんだろうな。
懐かしい顔を思い出していると、再び、サハク准将が話を始める。
「では、ラインブルグ、次の話……、アメノミハシラが今現在置かれている状況について話をしたいが、良いか?」
「ええ、構いません」
弛緩していた心身に再び活を入れ、話を聞く態勢に入る。
「今現在、アメノミハシラが置かれている状況は、一言で言えば、孤立無援だ」
「孤立無援、ですか」
「そうだ。オーブ本国は連合軍の攻撃と前代表の自爆によって、多くの社会基盤が破壊され、機能の大部分が麻痺している状況だ。そんな本国を頼るわけにはいかぬだろう?」
「そうですね。……他に支援をしてくれるような友好国はないんですか?」
「アメノミハシラに好意を寄せる国や組織もあるにはあるが、エイプリル・フ-ル・クライシスや戦争で受けた被害から自国の復興が成っていない以上、そうそう、容易に援助や支援はできぬだろう」
「では、その援助や支援を引き出すか、或いは取引ができるだけの案が必要ですね」
俺の言葉を受けてか、サハク准将は微かに口元を緩める。
「俺、何か、変なこと言いましたか?」
「いや、打てば響く会話はやはり楽しいものだと思っただけだ」
……え、と。
「そんなにサハク准将って、皆から怖がられているんですか?」
「そういうことだ」
「なんとも、難儀な事で」
「何、これもまた、統治する為には必要なものだ」
確かに、それは認める。
「逸れたな、話を戻すぞ」
「ええ、進めてください」
「うむ、……では次に、アメノミハシラを頼り、今も増え続けている者達だが、幸い、居住用区画があるお陰で、今の所、居住空間には困ってはいない。だが、先にも話した通り、通常のコロニーよりは遥かに小さい規模である以上、限界も早いだろう。この宇宙においては、安定した居住空間は一朝一夕に解決できぬ問題故、我は、これに対する早急な対応が必要だと感じている」
新しい居住空間……スペースコロニーが必要だってことだな。
そんなことを思いながら頷くと、サハク准将は更に続ける。
「跋扈する海賊共もまた、憂慮すべき事案だ。今月だけで、アメノミハシラ所属の商船が三隻、被害を受けている」
「退治はできませんか?」
「人手が足りぬ、と言うつもりだったが、お前が考案したノルズが機能し始めれば、手透きの者が生まれる故、本格的に対処するつもりだ」
「ですが、対処では、抜本的な解決には繋がりません」
「そう、海賊の供給源か拠点を絶たねばならん。ならんのだが、アメノミハシラには海賊よりも厄介な存在があるだろう?」
「ユーラシアのアルテミス要塞ですね」
准将は、今度は獰猛な笑みを見せたが、直に消して、語を重ねて行く。
「ああ、ユーラシア連邦は、連邦そのものが崩れかけている今の状況で、それを押し止める為にも、何らかの示威行動か実績を出さねばならぬ。だとすれば、狙われるのはどこだ? アルテミスより弱い存在だと思われている、このアメノミハシラに決まっている」
この断言ぶりだと、なんらかの情報を掴んでいるのかもしれないな。
「では、アルテミスの脅威を取り除く必要がありますね。……他の勢力もここに手を出すのに二の足を踏む位に、完膚なきまでに叩き潰す必要が」
「ふふ、はははっ、いい、実にいいぞ、ラインブルグ! お前は力の意味を理解している!」
「えっ? いや、力の意味って、これは基本でしょう?」
「オーブ……、アスハやアスハが謳う理想の信奉者には、それが理解し切れておらぬのだよ。……力と暴力との違いがな」
「……サハク准将、本当に、大変だったんですね」
あ、サハク准将、天井を見上げてるよ。
……ここは視線を逸らしておくとしよう。
……。
「すまぬな」
「いや、こちらこそすいません。地球の光があまりにも綺麗だったので、見るのに夢中でした」
「ふ……、そうだろう。これは我のお気に入りだ」
「わかります」
さて、そろそろ、本題に入るか。
「では、准将、俺はこれら四つの懸念事項に対する策を考えればいいんですね?」
「いや、直近で起きるだろうアルテミスからの侵攻と新たな居住空間に関しては我が対応する。よって、お前には残る二つに対する何らかの策を考え、案を提示してもらいたい」
「わかりました。何か、考えてきます」
「ああ、楽しみにしている」
いや、明確な目標を設定してくれたんだから、こちらが感謝すべきだな、なんて考えていたら、サハク准将がとんでもない事を言いだした。
「それと、お前には我が軍……、国防宇宙軍の予備役に編入してもらいたい」
「へ?」
「正確にはお前達、アイン・ラインブルグとヘレーナ・ラヴィネンの二人だな」
「……レナ、……ヘレーナ・ラヴィネンに関しては免除できませんか?」
「それは構わぬが……、我には、故郷を捨て、お前に付いて来たというラヴィネンがそれを肯んずるとは思えんな」
確かに、レナなら、どこまでも着いてきてくれるだろうけど……。
「なら、せめて一度だけでも、意思を確認させてもらえませんか?」
「ああ、構わぬよ。だが、言わぬまでもないだろうが、これの利点は理解しているな?」
「ええ、ザフト隊員であった事を、相殺できるチャンスって奴でしょう?」
「そうだ。……人の疑いや憎悪を晴らすか薄めるには、命を懸けるのが一番効果的だ」
それは確かに、そうだが……。
「ですが、人には自分の命よりも大切なものってのもあるんですよ」
「ふふ、ラヴィネンは果報者だな」
「いや、俺が果報者なんですよ」
「かもしれぬな。……んんっ、予め伝えておくが、お前には三佐を、ラヴィネンには二尉を準備する予定だ」
マユラから教えてもらった事を思い出すと……、三佐は確か少佐相当で、二尉は中尉になるはずだ。
「いいんですか? 士官学校で専門教育も受けてないのに、そんなに高い階級で?」
「何、あの戦争を白服という隊長格として生き抜いたお前なら、士官学校を出た下級氏族よりも必要な物を備えているだろう。……そもそも、私としては、お前には最低でも二佐を与えたい所だったのだが、軍生え抜きとの兼合いもあって、今の位だ」
おおぅ、これはまた、何とも高い評価を頂きまして、あざーす!
「それと、マユラ・ラバッツについても、二尉へと昇進させておこう」
「えっ? ……もしかして、俺達の関係、知ってます?」
「ふふ、お前が性豪だと言うことなら、ローズに聞いている」
「ふぐっ! ひ、人に言われると、結構、来ますね」
「……だが、否定はせぬのだな」
「しませんよ。むしろ、胸を張って、三人とも俺の女だって言ってやります」
「ふっ、豪儀なモノだ」
だが、それもまた、お前の一つの魅力なのだろうとの言葉を頂き、話は終了と相成った。
それにしても、いはやは、まさか、アメノミハシラの偉い人から助力を求められるとは思いもせんかった。
でも……、この人なら、ザフト指導層みたいに阿呆な事はしなさそうだし、オーブの前代表みたいに、現実よりも理想を優先する事もなさそうだし……、うん、誤って力を振るうような事はしないだろう。
もし仮に、権力の魔性に溺れて、人の幸せを破壊するような暴君になりそうなら、その時はその時で、盛大に噛み付……じゃなくて、面と向って意見すればいいしな。
さて、俺も頑張って、サハク准将からの宿題を解く事にしよう。
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