第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
08 穏やかな日々 -ユニウス体制発足 4
4月11日。
今日はモルゲンレーテ・アメノミハシラ支社の協力を得て、量産試作機によるノルズの最終運用実験……模擬戦闘を行う事になった。
今から試験用に確保した宙域において、モルゲンレーテのテストパイロットが駆るM1アストレイ三機……一個MS小隊による侵攻を、BI十二機……【BI-1】ウルドが三、【BI-2】ベルダンディが六、【BI-3】スクルドが三の基本編隊が迎撃している最中である。
もっと大規模に試験ができれば、より現実に近い結果が得られるのだが、流石に受注もできていない段階である為、そこまでの資金を動かすわけにはいかないのだ。
ちなみに、本日用意したBI……ウルドとスクルドは基本兵装だけだが、ベルダンディに関しては基本兵装を最終決定する為に、汎用性が高い小型ミサイルポットのみを装備したタイプと広範囲に宙域を制圧できる重散弾砲と小型ミサイルポットを組み合わせたタイプの二つを用意していたりする。
まぁ、そんな訳で、中古で手に入れたという技術研究所所有の中型輸送船内に特別に設えたノルズの管制室から、ゲストと共に模擬戦闘の様子を見つめている。
「BI-101がIFF反応のないアンノウンを三機発見しました」
「ノルズが航路プランとの照合した結果、アンノウンに該当するプランがない事を確認」
「ノルズから管制官へのアラート及び注意喚起を確認。また、アンノウンに対して、国際共用通信によるコンタクトを行います」
「……ネガティブ」
「アンノウンは依然として接近中。ノルズは国際緊急用回線での通信及び発光信号による警告を発します」
「……ネガティブ」
「アンノウンの増速を確認しました。ノルズは規定により、スクランブルを発令。BI-101、アンノウンに信号弾及び発光信号による最終警告を発します」
「……ネガティブ」
「ノルズはアンノウンをバンディットと判断し、以後、各アンノウンにバンディット1、バンディット2、バンディット3のコールサインを割り振ります」
「管制官からの指示がないことから、ノルズは自動迎撃を開始」
「ノルズはBI-101を基点に第一防衛線を形成します」
「哨戒中のBI-102、103がBI-101の支援の為、第一防衛線に急行中」
「警邏中のBI-202、204が増援の為、第一防衛線に急行します」
「待機中のBI-201、203、205、206が起動、出撃中」
「BI-102が第一防衛線に到着、迎撃を開始します」
「BI-205、206がバンディットの想定侵入路に進出中、第二防衛線を形成予定」
「BI-201、203は第二防衛線後方での待伏せの為、廃熱の抑制を開始します」
「BI-101の被撃墜を確認。……BI-103が第一防衛線に到着、迎撃を開始」
「休止中のBI-301、302、303が起動、防衛対象付近への展開を開始します」
ノルズを管理するオペレーター……ではないのだが、一時的に親父から返してもらったレナと結構慣れた感のあるマユラがノルズの端末に映し出されている戦域情報や状況、こちらの対応といった事を、随時、読み上げてくれている。今回の模擬戦闘試験では全てをノルズによる自動迎撃に任せる為、こちらからの対応操作は行わないのだ。
そんな事を考えている間にも刻一刻と目まぐるしく変化していく状況は、あの戦場の張り詰めた緊迫感を思い出させてくれる。
「BI-103が被弾、撃墜されました。BI-205、206が第二防衛線を形成します」
「BI-202、204が第一防衛線に到着、迎撃を開始。…………バンディット3を撃破」
マユラが伝えた情報……敵機撃破の声に、つい、口元が弛んでしまう。
なんとなれば、これだけでも元が取れた計算になる為だ。
「BI-202が被弾、撃墜されました。バンディット1、2、第一防衛線を突破します。BI-102はプローブを展開、周辺の索敵を開始します。BI-204は支援警戒を開始します」
「BI-205、206、第二防衛線で迎撃を開始。…………回避、回避、バンディット二機の第二防衛線の突破を確認、BI-205、206は追跡を開始」
お、撃破に拘らず、迎撃を無視して、突破を図るとは考えたな。
「BI-201の管轄エリアにバンディットの侵入を確認、迎撃を開始します。…………バンディット2を撃破しました」
まぁ、だからこその待伏せだけどな。
「BI-201の被撃墜を確認。バンディット一機、依然、侵攻中」
「BI-301、302は想定侵入方面に展開済、BI-303は防衛対象直近に待機中、第三防衛線は防衛態勢に入ってます」
「バンディット1、防衛対象への攻撃を開始。……BI-302及びBI-303の電磁シールドで阻止に成功」
「BI-202、204が第三防衛線に到着、迎撃を開始します。…………バンディット1を撃破しました」
う~ん、大体は想定通りだけど……、これは上手くいき過ぎだな。
あまりにも上手く事が運びすぎた事で浮かれそうになる心を戒めつつ、傍らでナナと共にノルズやBIのAIに不備が発生していないかを監視していたミーアに声を掛ける。
「ミーア、スクランブル発令からバンディット1が防衛対象への最初の攻撃まで、どれ位の時間が経ってる?」
「えーとね、五分弱だよ」
「……なら、普通だと、迎撃部隊のスクランブル発進はできているはずだな」
このシステムの本来の目的は単独での敵撃退ではなく、あくまでも迎撃MSが発進するまで、本格的な迎撃態勢が立ち上がるまでの時間稼ぎだから、まぁ、及第点といったところだろう。
そんな事を頭の中で考えていたら、ラインブルグ・グループが本格的に作った軍需関連製品の初披露ということもあって、ゲストとして招待していたモルゲンレーテ・アメノミハシラ支社長であるスズキ氏が感嘆が込められた声をあげた。
「これはまた……、あなたの父上からは聞いていましたが、よく短期間で、これだけのものを作りましたね」
「いや、全ては優秀なスタッフのお陰ですよ」
「また、ご謙遜を……。しかし、いやはや、アメノミハシラを守る強力な盾を手に入れることができると喜ぶべきか、我が社に強力なライバルが生まれた事を悲しむべきか、実に、悩ましいことです」
「何を言ってるんですか、スズキさん。モルゲンレーテがなければ、ラインブルグ・グループは存在してませんよ」
そう、モルゲンレーテ、いや、目の前のこの人がいたからこそ、ラインブルグ・グループは誕生したのだ。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、いや、今日のこれを見ると、我が社も胡坐をかいてはいられないと実感させられましてね」
「はは、本気になったモルゲンレーテは怖い存在ですね。……ですが、ラインブルグ・グループは過去に受けた恩義を忘れませんし、スズキさんやモルゲンレーテの信用や信頼を裏切るようなこともしません。今後もモルゲンレーテとは親しく付き合って行きたいと考えています」
「ええ、わかっていますとも。……ラインブルグ・グループの力、確かに、見させて頂きましたよ」
すっかり頭頂の髪を無くしてしまったスズキ氏は、艶やかに輝く頭皮の下にある顔に、嬉しそうな笑みを浮かべて、そう応えてくれた。
◇ ◇ ◇
先の最終試験で五回行った模擬戦闘の結果は、二勝三敗。相手方のパイロット達の試行錯誤によって、ノルズの負け越しと相成ったのだが、無人機で構成された防衛ラインによって、一定の時間稼ぎが可能である事は証明できたので非常に有意なものだった。
そもそも、ノルズに使われているBIは一機当たりの値段は、MS一機当たりの値段の十二分の一程度なのだ。MS一機を撃破するのに、BI十二機をすり潰しても構わないというか、それで兵器に掛かるコストではイコールになるのだから、当然なのかもしれないが……、とにかく、今回の模擬戦闘の結果でもわかるように、十分に元が、否、それ以上のバックが帰ってきている。
そこに加えてソフト面での優位性……有人機と無人機の違いという事もある。BIに使用しているAIも高価な量子コンピュータとかじゃなくて、従来のノイマン型を使ってるからかなり安く抑えられてるし、パイロットを育てるコストも考えれば、数を揃えるには明らかにBIは優れていると言えるだろう。また、恐れを知らない無人機を初期迎撃に当てる事で、敵のパイロットに消耗を強い、引いては敵に多大なリスクを負わせる事と同時に、こちらのパイロットの消耗を抑える事にも繋がるはずだ。
また、組織運営面でも、無人機であるBIを防衛圏の構築に使用する事で、これまで防衛圏を維持する為に費やされていた人的負担を大きく軽減させる事もできるだろう。自然、これまで防衛圏構築の為に使用されていた人材を別の部署に配置する事が可能に、つまりは、別の用途に使える人材が増えるという事だ。
後、防衛任務に当たるMSパイロットにしても、警邏任務中に行うような付属的な訓練ではなく、様々な想定を考えての本格的な訓練ができるようになるだろうし、結果、パイロットの技量も当然上がるはずだから、実戦でも撃墜される可能性が大きく減じる事に繋がるはずだ。
これらの点を強調すれば、ノルズがアメノミハシラに採用される可能性は高い。
そんなことを考えながら、アメノミハシラの中型無重力ファクトリー内にある大型格納庫に帰還させたBIの一群に視線を目をやると、宇宙工業や宇宙電気、それに技術研究所から出張ってきた技術者や整備員達がそれぞれが開発や製作を担当した物に取り付いて、一つ一つのモジュールを取り外しては、欠陥や故障が起きてないかを調べているようだ。無論、パーシィやシゲさん、それにミーアとナナもそれらに混じって作業をしている。
「むぅ、暇だ」
「……ぶっちゃけすぎですよ、先輩」
「そうだよ、アインさん」
で、俺とレナ、マユラの三人はそれを眺めている状態だ。いや、本当に、ただ、何もせず見ているだけ……、立ち会っているだけってのは、本当に暇なのだ。
「……触ったら駄目か?」
「専門は専門に任せる方がいいって、先輩、いつも自分で言ってるじゃないですか」
「うん、下手に触るとね、本当に、こっぴどく怒られるよ」
「……何だか、実感が篭った言葉ね、マユラ」
「うっ、……ま、まぁ、私も、M1のテストパイロットをしてた事があるからね」
「つまり、いらない事をしたってことなんだ」
ああ、これは何だか、レナとマユラの間の雲行きが怪しくなってきた。
……ここは、ひなぐへっ。
「い、いいじゃない、だから、今のアインさんの気持ちがわかるんだからさ」
「だ、だからって、いちいち、先輩に抱きつかなくてもいいでしょ?」
「ふふーん、って、レナ、後にしよう。……皆がちらちら、見てる」
「そうしましょう。……で、いつまで、抱きついているの?」
「あ」
マユラの腕が温もりと共に俺の首から離れて行く。
男として贅沢な悩みだろうが、いや、大きな嵐になる前に収まって良かった。
「でも、先輩、今日の実験、上手くいきましたね」
「ああ、実機だと簡単に落とされるのかな、って思ってたんだが、意外と当たらないもんだな」
「うん、あの一時も止まらないスライド機動って、当てにくいもんねぇ」
事前に行ったM1アストレイのMSシミュレーターを応用したBIの回避機動実験には、俺やマユラ、それにレナも参加したのだが、姿勢制御バーニアによるランダム回避を行う機能が優秀で、連携攻撃でないと直撃させるのは意外と難しいものだった。もっとも、異常なまでに勘がよく、射撃の腕がいいレナには、ほとんど通用しなかったけどな。
その結果、回避プログラムを担当していたミーアやシゲさんは、レナの攻撃からBIを回避させるべく、プログラムを組むのに燃えたこと燃えたこと。
……で、そんな風に二人が切磋琢磨して出来上がった現行版なのだが、結局はレナの攻撃を回避しきれず、見事なまでに撃破されてしまっており、二人揃って、二日程真っ白になっていたが、それでも今日の結果を見たらわかるように、現実には十分に通用する出来なのだ。
レナの類稀な射撃能力を思い出して、その横顔を見つめていると、レナがこちらを向いて首を傾げた。
「……何か、付いてますか?」
「いや」
「付いてないよ」
どうやら、マユラも同じ事を思っていたのか、ほぼ同時に答えた。だが、これが気に食わなかったのか、レナは口を尖らせる。
「何だか、最近、先輩とマユラって、息が合ってきて、仲がいいですよね」
「いや、俺、レナとも息が合ってるし、仲もいいと思うけど?」
「うん、何だかんだ言いつつも、レナもアインさんとピッタリ合ってるよね」
二人揃って真顔で答えた為か、レナは若干頬を染めつつも、再び口を開いた。
「それは、その……、マユラが羨ましいって言うか、そろそろ、私も先輩の所に戻りたいなって思って、つい」
……う、嬉しい事、言ってくれるなぁ。
「わかったわかった。親父にも早く戻してくれるように言っておくよ」
「はいっ!」
レナも嬉しそうな顔をしているし、うん、早い所、戻してもらえるように、言っておこう。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで今日の模擬戦闘、最終実機運用試験の予定を全て終えて、業務が終了したのだが、まだ、ミーアが残って作業をしていたりする。
別に今日じゃなくてもいいだろうと説得をしたのだが、今日中にやってしまった方がいいの、と言って頑として聞き入れない事もあって、今日まで毎日大変だったパーシィやシゲさんに迷惑を掛けない為にも二人を先に帰し、俺が監督上司として、それに付き合っている。
本来、上司命令は絶対ではあるが、まぁ、ミーアにとっては初めての大きな仕事ということもあるから、その情熱に付き合ってのことだ。
だから今も、今後、開発しようと考えているMSとそれの運用艦艇について考えながら、ミーアの作業終了を待っているのだが……。
「……くぅ、これは……こう」
ミーアは端末に向った姿勢のまま、半分、寝かかりながらも、手を動かしていたりする。
パーシィやシゲさんと同じペースで仕事をしていたのに、まだ頑張るだなんて無茶をした結果だ。
こんな風に自身のペース配分や体調管理ができないあたりが経験不足ということなんだろう、なんて風に思いながら、これ以上の作業は不可能と判断して、ミーアを揺り起こす。
「ミーア、ほら、起きろ。帰るぞ」
「ん~、まだ、がん、ば、る」
一緒に待っていると言ったレナやマユラを帰したのは正解だったなと考えつつ、再度、ミーアを促す。
「ほれ、もう無理だって」
「や~、まだ、い、ける」
……根性だけは一人前だな。
だが、それも場合によっての良し悪しだし、これは強制執行しないと駄目だろう。
「ほらっ」
ってな具合に、ラインブルグの社服の上に、白衣に着たミーアを抱えあげて、端末から引き離す。
「う~、まだ、がん、ばるの」
「もう十分だよ」
「だめ、にい、さん、を、たすけ、るの、たりない、の……、じゃないと、れなさ、んや、ま、ゆらさんに、まけ、ちゃう」
……まけちゃうか。
「馬鹿だな、ミーアは」
「む~」
ミーアが唸っているが無視して、ミーアの寝惚けた顔に顔を付き合わせ、額と額が触れ合う距離で接する。
「そんなこと気にしていたのか?」
「だって……」
「ミーア」
「ん~?」
「そんなこと気にしなくても、ミーアは俺の大切な女の子だよ」
「むぅ~~~!」
あれ?
「おんなのこには、なっとくいかない!」
「うーん、なら、どうすれば、納得するんだ?」
「……」
……ははっ。
「そ、ん?」
またミーアが口を開く前に、唇で塞ぐ。
「……ッ!」
あ、ミーアの目が限界まで開いた。
……折角だから、ミーアが常々に憧れている、大人な対応もしてみよう。
「ッ! ぁっ! ぅっ! んぅ!」
れろれろれろん、ってのはあくまでも比喩だが、それに類する動きをミーアの口中でやってみると、ミーアは身体を激しく反応させてくれる。その反応に気を良くしてというか、段々と楽しくなってきて、更に激しく動かす。すると、ミーアが俺の舌に自分の舌を絡め始めて来たので……、ますます、こちらも舌の動きに熱を帯びさせて……、つい夢中になっていると……。
「あぅっぁ、んぁッ!」
俺の口内に吸い込まれた喘ぎと共に、ミーアの全身から力が抜けたって、……あれ?
ミーアの反応が無くなったのを受けて、我に返ったら、いつの間にか、ミーアの頭をしっかりとホールドして、更にはミーアの足の間に己の足を差し込みながら、身体を壁に押し付けていた。
……。
俺、もしかして、欲求不満なのかな?
って、いかん、ミーアは大丈夫かって、……あ、だめだ、気持ち良さそうに意識を飛ばしてる。
以前、レナにやったように、ミーアの呼吸確認や口周りを拭浄をしていると、ミーアがぼんやりとだが、意識を取り戻したようだ。
「どうだった、ミーア」
「ん~?」
「一生の記憶に残りそうか?」
「ぶ~、今の質問で台無し~」
「おまっ、……なら、どう言えと?」
「兄さんが自分で考えてね。……テークツー、はい」
……。
「ミーア」
「ん~?」
面倒、もとい、気の利いた台詞が思い浮かばないから、とりあえず、もう一度、ミーアの唇を頂く事にした。
……以後、ミーアの反応も良かった事から、どうやら、合格点は頂けた様だった。
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