第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
06 穏やかな日々 -ユニウス体制発足 2
C.E.72年2月16日。
今日、この日、約五ヶ月間に渡るプラントと地球連合との講和交渉が実り、地球周回軌道を巡るユニウス・セブン跡近くにおいて、講和条約が結ばれる事になった。
その条約内容については省略するが、とにかく、この講和によって、約二年間に及んだ地球圏規模の大戦争が終わる事になる。
で、その講和調印式典の様子をアメノミハシラのメディアが生放送すると知り、頼んでおいた作業の進捗を把握するついでに、ザフト時代の同僚であるシゲさんと戦争終結を祝うべく、ラインブルグ・グループが占有使用する中規模無重力ファクトリーにある宇宙技術研究所内は第五開発部を尋ねたという訳だ。
「はぁ~、やっと、終わったねぇ」
生中継が終わり、第五開発部の一室にて、俺と共に式典を一緒に見ていたシゲさんが重い吐息と共に、微かに表情を緩めた。
「ああ、これで、戦争は正式に終わった事になるな」
「だねぇ。……でも、地球連合が崩れるなんたぁ、戦争中は思いもしなかったよ」
「はは、そうだね」
確かに、大西洋連邦の首脳陣は、自分達が主導権を握っていた地球連合が、まさか崩壊するだなんてこと、予想だにしてなかっただろう。
式典の席上、たった一人、微妙に顔を引き攣らせていた大西洋連邦の代表者と、プラント代表として出席していたカナーバ議員の澄ました顔とが、本当に対照的で、実に印象に残っている。
いやはや、先の戦争は一応、引き分けた形になっているけど、当時、プラントは既に詰んだ状態であり、実質的に敗北していた事を考えると、交渉の席でそれを巻き返した上、相手の組織まで崩してしまうんだから、カナーバ議員の交渉能力には敬服を通り越して、畏怖の念が生まれてきそうだ。
ほんとに、今回の講和条約って、外交史に残るんじゃないかな?
……。
しかし、地球連合崩壊が、世界に新たな緊張状態をもたらすかもしれない事を考えると、戦争終結を喜んでばかりもいられないよなぁ。
「このまま各国の緊張が緩和していけばいいんだけどねぇ」
「うーん、どうだろう。地球連合が崩れる原因って、戦争の勝敗とかじゃなくて、大西洋連邦が地球連合を隠れ蓑にして、戦後、自分達が有利になるように、戦力配置を弄って、他国に犠牲を強いて漁夫の利を狙おうとしたり、月やアラスカで味方を巻き込んで戦略兵器を使用したり、信義にもとるような事を好き勝手やった事だしなぁ。こういった事を考えると、大西洋連邦とユーラシア連邦や東アジア共和国との間には、かなり大きな感情的なしこりが残っているはずだから、緊張状態が続く可能性もあるんじゃないかな?」
「いや、でもさ、東アジアは復興が上手く行かなくて汲汲しているし、ユーラシアも加盟国の離脱がするかもしれないって話なんだからさ、そんな余裕はないんじゃないの?」
「そうなんだけど……、もしも、ユーラシアが割れたとしても、〝弱体化した〟ユーラシアが東アジアに接近したら、大西洋連邦に国力的に見ても対抗できるんだよ」
今現在、ユーラシア連邦内部では、連邦離脱を希望する加盟国が連邦内で組織内組織と言えそうな連携をし始めている。例を挙げると、西欧諸国による西ユーラシア国家連合や中東諸国の中東ムスリム同盟といったものだ。
そして、先にあげた〝弱体化した〟ユーラシアとは、ユーラシア連邦の領域からこれらの国の領域を引いたモノであり、前世で言えば、ロシア共和国と東欧の一部、中央アジアの一部にあたる。
……もっとも、ザフトに所属していた時とは違い、頼りになる伝手はないから、各国メディアが垂れ流す情報とほぼ復旧がなった全世界規模の情報ネットワークにある幾つかの掲示板を巡回して、そこで溢れかえっていた情報から、俺が勝手に推測したものなので、本当にそうなるかまではわからない。
「でも、東アジアもユーラシアも、それぞれの政府がそうそう権力を手放すとは思えないよ?」
「確かに、どっちかの政府が潰れるみたいな非常事態が起きない限りは、無理だとは思うけど……」
「何事も可能性は無きにしもあらず、だね。確かに、もしもを想定すると、中々の強国が生まれるって訳だ」
「うん。……でも、まぁ、シゲさんが言った通りさ、普通なら、そんなことは起きないとも思っているんだけど、一応、可能性はあるからさ」
「はぁ、アインちゃんらしい。しかし、嫌な話だねぇ、ようやく、戦争が終わったってのに……」
シゲさんのボヤキに肩を竦めて見せていると、部屋の扉が開いて、ミーアが顔を覗かせた。
「あれ? 兄さん、来てたの?」
「ん、例の頼んでおいた件がどういう状況になっているか、見に来たんだ」
「あ、あれね。……うーん、試作機ができるまで、後、ちょっとって所かな。だよね、ナナ」
と、ミーアが話しかけたのは、ミーアの傍らで浮いている一m程の球形……小型のBOuRUだ。
『肯定。後少しで試作機の組上げが終了しますが、それから二日程、調整に入りますのでお待ちください』
との、メッセージが小型BOuRUの中央部にあるディスプレイに映し出された。
「おおっ! ナナちゃん! 俺に会いに来てくれたのねっ! 早速、俺の熱いベーゼをっ!」
『#! NO否定殺否定拒絶否定否定NEGATIVE否肯定否定否定嫌否定否定NOっ!』
で、その小型BOuRU……ナナを見たシゲさんが〝いつものように〟暴走し始めて、ナナに飛び掛かり、それをナナが軽くバーニアを吹かすことで、素早く避けた。
「ぎゃんっ!」
いと哀れ、シゲさんはそのままの勢いで壁面に衝突してしまうと、ぷかぷかと〝水死体〟の如く中空に浮かび上がり、沈黙してしまった。
「シゲさんも、もっと落ち着いたら、そこまで嫌われないだろうに……」
『落ち着いても、嫌!』
「いや、ナナ。あれでも、シゲさんは機械をこよなく愛する、本当に、いい男だぞ?」
「うーん、でもね、ナナを愛しすぎるあまりの、今みたいな暴走は、私も怖いと思うよ?」
『肯定!』
ミーアの意見に画面一杯に自己主張するナナだが、パーシィが作った小型BOuRUの中に入っている、パーシィが懇意にしていたモルゲンレーテの老技師から形見分けで譲ってもらった、人工知能搭載コンピューターだったりする。
いや、形見分けと表現したが、別にその老技師は死んでしまった訳ではない。パーシィの話によると、その老技師は、モルゲンレーテ退職を機に、これまで培った技師としての経験を辺境社会で活かしたいと、骨を埋めるつもりで火星開拓に参加することを決めたらしい。そして、旅立つ前に、何かと気が合い、研究や開発といった仕事でも付き合いが深かったパーシィに何かを遺していきたいと考えたそうだ。
そんな経緯でパーシィの元にやってきたナナだが、実は老技師が作ったものではなく、ジャンク弄りを趣味とする老技師がジャンク屋から買い取ったジャンクの中に含まれていたものだったそうだ。ナナと言う名前にしても、当初、ナナが収まっていた外装の刻印で辛うじて読み取れた〝7〟という数字から、ナナと命名したとの事らしい。
「まぁ、長い目で見てやってよ。ナナも、絶対に、シゲさんの良い所に気付くからさ」
『……肯てっ、違う! これは勘違い! 駄目! でも、確かに……』
「あ、あはは、兄さん、それ以上は、ナナがフリーズするかもしれないから、やめてあげてね」
確かに、ディスプレイ上に循環ルーチンめいた言葉が延々と表示されている事からも、ナナが混乱しているのがわかる位だし、ここはミーアの言葉に従い、これ以上、ナナには触れない事にしよう。
「それでミーア、仕事には慣れたか?」
「うん。パーシィさんやシゲさんも優しいし、仕事も凄いし、ナナもいるから楽しい」
「そうか、良かったよ」
我がいも……恋人の一人であるミーア・キャンベルは、パーシィ率いる第五開発部の茶坊主兼研究員として所属する事になったのだ。ミーアの上司となる二人の評価によると、機械工学は不得手のようだが、電子工学に強く、特に、人工知能関連は抜群と評価している。
「まぁ、あんまり、無理はするなよ?」
「んふふ、毎晩、お風呂で、兄さんの両手で、身体の隅から隅まで、マッサージ込みで、しっかりと洗ってもらってるから絶好調だもん。……あっ、そうだ! 今日は、私も久しぶりに兄さんの身体を洗ったげるね! 特に……、ふふ、兄さんのおっきな「げふんげふん」を念入りに!」
ふぐっ、それをここで持ち出すか?
「そ、それはそれで、大いに、楽しみにしておくが……、それでも、絶対に無理をするな」
「む、むぅ、……わかった」
それでもあえて強い調子で言い含めると、口を尖らせつつもちゃんと頷いたので、ミーアの額に唇を落とす。
「あ、また唇じゃない」
「……いや、ミーアが、記憶に一生残るファーストキスがしたい! って言うから、しないだけなんだが?」
「あうぅー。し、失敗だわ。あんな贅沢なこと、言うんじゃなかった」
レナさんやマユラさんから、また自慢されるぅ、と項垂れて嘆くミーアを生暖かく見守る俺でした。
◇ ◇ ◇
進捗状況を自身の目で確認して、宇宙技術研究所を辞した後、本社ビルに帰る事にしたのだが、その途上、中央構造体の中央通路や無重力区画と居住区画とを結ぶエレベータ内、降り立った市街地区の街中といった場所を通過した際、それぞれの場所において、地球連合とプラントとの講和が成立した事や地球連合が崩壊した事、それにオーブ本国が大西洋連邦の保護、実質的な占領から解放されるという事が、人々の共通の話題として上がっているようだった。
皆が皆、酷い戦争が終わり、オーブも主権を回復したと喜び、これで生活も安定するだなんて具合に安堵しているようだが……、俺は、これから世界がどうなるのか、不安だったりする。
今の講和が成った勢いで協調に向うのか、それとも、各国が睨み合う緊張状態に陥るのか。
……できれば、世界が協調する方向へと向って欲しいもんだ。
っと、そんなこと漠然とした不安で遊んでいる暇があったら、俺は親父から託され委ねられている、俺の仕事をしよう。
そう結論付けた俺は、自身の仕事部屋と化している十九番企画室内で、技術検証及び試作機製作を頼んでいる第五開発部から定期的に上がってくる報告書を呼んでいる。
今、進めている計画は、ラインブルグ・グループがアメノミハシラへと軍需関連での売り込みを行う為の第一歩として選んだ、BOuRUを軍事転用した代物、所謂、軍用BOuRUって奴だ。
今日、シゲさんやパーシィから聞いて、また、この目で見てきた限りだと、パーシィに丸投げ、もとい、こちらが提示したコンセプトと要求した通りの性能を満たす、試作機の開発作製と量産機設計が順調に進められているみたいだし、予定通り、後一月もすれば、親父に実物や実演をして見せる事ができそうだった。
でも、本来、BOuRUは……、建設の、創造の為に作ったんだけど……、これも時代の流れって事なんだろうなぁ。
矛盾する物言いだろうけど、もう、ここは割り切って、破壊から人を守る為の破壊者になってもらう事で、妥協するしかない。
そう結論付ける事で、ちょっと沈んでしまった気を取り直して……、この軍用BOuRUを作るに当たり、あるコンセプトを基にして、売り込む際に、一つのシステムとして成り立っている事を印象付ける為に、前世の中二時代を思い出しながら、計画名と軍事用BOuRUに名前を付けている。
その名は……っと、通信端末が鳴り始めたって、今日、マユラは予備役の召集訓練日で休みだったな。
何故、卓上に専用端末が無いのかと不思議に思いながらも、自分の席を立ち、通信端末まで急いで行き、通信に応える。
「はい、お待たせしました、十九番企画室です」
「あ、先輩ですか?」
「おー、レナか?」
「はい、レナですよ。……えーと、それでですね、今から、そっちに行ってもいいですか?」
「……何か、あったのか?」
「あ、いえ、実は、今日、予定より仕事が早く終わったんで、ベティさんから、最近、遅い日が続いていたから、上がっていいって言われたんです。だから、その……、ここ最近、先輩とゆっくり話をする余裕もなかったから、相手をして欲しいなぁ、って」
「あー、確かに、レナも俺も、忙しかったからな」
「ええ、それで……、行ってもいいですか?」
以前、ゴートン艦長に言われた、自身のパートナーのメンテナンスもしっかりと、という言葉が脳裏に過ぎった。
「ああ、いいぞ」
「あ、じゃ、今すぐ行きます! 今日、美味しいちょこをもらったんで、楽しみにしていてくださいね!」
「お、おお、わかった」
チョコを持参するつもりとは……、すっかり、ちょこ好きになったよなぁ、レナの奴。
でもまぁ、ちょこを食べさせる時とその後に見せる顔が、色っぽくなってきて、イイんだよねぇ。
こう、惚けて半開きになった口とか、艶かしく光る唇とか……、って、あれ?
今さっき、俺、何か、考えていたような気がしたんだが、何だったかな?
……。
うーむ、なんだっけか?
……。
むぅ、まさか、欲望に負けて、考えていた内容を忘れるとは……って、逆に俺らしいかな。
……。
……むー。
あ、思い出した!
確か、軍事用BOuRUの名前だったな。
俺が軍事用BOuRUに付けた厨二ネームは、って、来客のチャイム?
レナが来るには、幾らなんでもはや過ぎる気がするから、別の誰かだろうが……誰だろう?
そんな事を考えつつ、再び端末をオンにする。
「はい、十九番企画室ですけど、どちら……様?」
「せ、せん……ぱい、……来、まし……た」
「ええっ! ちょ! レナ、はや過ぎ!」
会長室からここまで、かなり遠いのに無茶しすぎだ!
なんて具合に肩で息をしているレナを慌てて室内に招き入れた、その後だが……、せ、先輩、み、水を、喉が渇きました、とのたまったレナに、これは大変と、急いで口中の水分を提供したり、止ることなく流れ出る首筋の汗を舌で拭ってやったり、落ち着いた後も仲良くちょこを分け合って二人一緒に栄養補給をしたり、レナの身体に疲れが溜まっていないかと触感で探ったりと、決して、いちゃいちゃではなく、メンテナンスをしっかりと行ったのは、余談である。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。