第三部 導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
04 新生活の始まり -アメノミハシラ 4
ラインブルグ・グループが形成された直後から、親父はモルゲンレーテとアメノミハシラの責任者であるサハク家に対して、アメノミハシラの大規模化……居住区画の拡大を訴え始めたそうだ。
この声に即座に応えたのは、俺も過去に会った事があり、今も親父が懇意にしているスズキ氏が代表を務めているモルゲンレーテ・アメノミハシラ支社だったそうだ。なんでも、建機として割高なミストラルではなく、安くて運用効率が高いBOuRUを投入できた結果、資金に余裕が生まれていた事と、静止軌道という立地から発展の望みもある判断して、居住区画の拡大に賛同したそうだ。
この二社の要請に対して、アメノミハシラの建造指揮と運営を担当するサハク家もまた、しばらくの協議の後、ラインブルグ・グループも資金を提供するならば、との条件を付けて、建設計画の拡大と居住区画となるコロニー建設を認めたとのこと。
その決定を受けた親父はモルゲンレーテと協同しつつ、建設に参画する全ての企業やグループの総力を結集させるべく、〝居住用コロニー建設一ヵ年計画〟なんてモノを盛大にぶち上げて、煽りに煽ったそうだ。
で、その結果、たった一年という短い期間で、二基の居住用コロニーが建設され、運用が開始されることになったらしい。
……一つの目標に向けて、一致団結した時に生まれてくる人間の力って、凄いなぁ、と思わされる話だ。
こんな具合で建設されたコロニーの運用が開始されると、安定した居住空間を得た影響か、アメノミハシラの建設だけでなく、その他全体の作業効率が格段にアップしたそうだ。
また、人が居住区画に集住するに連れて、経済活動もこれまでとは段違いに活発化し、結果、オーブ本国からの移住者や新たに職や富を求める他国からの移民も増え始める事になったらしい。
日々、居住人口が増加して行くにつれ、アメノミハシラがただの中継ステーションではなく、世界樹コロニーのような一つの国際都市と呼べるような賑やかな様相を見せ始め、それに伴なって、自然と寄港する商船の数も増えて始め、コロニーの内部経済も膨れて行くという、アメノミハシラやコロニー建設に携わってきた誰もがホクホク顔をしていたら……、あれよあれよと言う間にプラントと理事国との関係が悪化していき、世界規模の戦争が始まってしまったとのこと。
親父や件のスズキ氏も、まさか、プラントと理事国の両者が、共に少しも譲歩することも妥協することもなく、開戦に至るとは思ってもなかったらしく、開戦の報道が流れるのを、二人揃って、ぽかーんとしながら眺めるしかなったらしい。
で、宇宙全体の状況が一気にきな臭くなって、アスハの中立宣言を受けたアメノミハシラでも厳戒態勢が引かれる中、ユニウスへの核攻撃や世界樹の崩壊といった、非常に恐ろしい事が立て続けに起きたのを知り、宇宙に住む者として、また、アメノミハシラの建設に携わった者として、深甚な怒りと悲しみを覚えたそうだ。
そして、四月馬鹿……、エイプリル・フール・クライシスが起きた。
四月馬鹿が起きた際、地球の夜面から灯りが消えた事を知った親父は、地球で起きている事の情報収集をアメノミハシラやモルゲンレーテ社と共同で行いつつ、ラインブルグ・グループの重役連中を非常召集し、グループとしての対応を協議したとのこと。
とりあえずはと、灯りが消えた事から電力不足が起きている事を推測して、非常電源用に使える大容量バッテリーと太陽光発電パネルのセットを在庫分を用意すると共に、工業や電気、それに電力の各社に、太陽光発電パネルとバッテリーの増産、そのバッテリーへの充電を指示したらしい。
そして、オーブ本国からの連絡船によって、地球各地で原子力発電が停止して、電力不足が深刻化している事と電磁波を利用する通信設備が不全になった事が判明した後は、まずは、電力不足で一番困る事を想定し、用意しておいた電源セットを、アメノミハシラにも支部を置く国際医療組織等を通じて、地球の医療機関へと無償で送りこんだそうだ。
親父は、この無償援助が地球諸国から有形無形の好意を受ける切っ掛けだっただろうと、語っているが……、うん、その可能性は大だろうな。
話を戻して……、即応の対処を終えた後は、今後の対応として、技術研究所に、往還船に頼らないでかつ安価で地球へと物資を投下できるシステムの構築と既存のバッテリーの蓄電容量や燃料電池システムの発電効率の改良、低消費電力でかつ高出力なレーザー通信機といった物の設計開発を行わせると共に、食品には食糧プラントでの増産体制の確立を、工業と電気には先の件に加えて、燃料電池システムの追加生産を、また、造船にも、アメノミハシラから地球軌道まで物資を運ぶ小型コンテナ船の新規建造を、それぞれに推し進めさせる事にしたそうだ。
そして、それら以外の企業群……建設にそれらの生産活動を支える施設群の維持と拡張を行わせ、商船、清掃、保険には連携させて、アメノミハシラ-地球軌道航路の選定と確立、デブリ排除による航路の維持、それらのリスク算定を行う等といったことをさせたらしい。
でもって、太陽光発電システム等の供給体制が、パーシィが開発したバリュートシステム……巨大な断熱用兼着陸用エアクッションとパラシュート、簡易逆噴射装置を複合した大気圏突入システム……による投下実験が成功したことで、磐石なものと判断されたのが五月上旬あたりで、その頃には、地球各国政府機関や企業、団体、個人から、太陽光発電パネルやバッテリー等といった電源関連の発注が相次いでおり、注文が溜まっていたそうだ。
そして、中立国に対しても威圧的なザフトの目を盗みつつ、それらの注文品を上手く目的地へと落ちるように突入投下タイミングを計ったりしながら、せっせと輸送船を往還させていたらしいのだが、親父曰く、その期間中、本当に気が休まる時はなかったとのことだ。
……いや、ザフトに所属していた者として、ごめんと謝っておくわ。
そんな思いを抱いていたら、どうやら日が暮れてきたらしく、応接ソファから親父が立ち上がって、声を掛けてきた。
「よし、話はまた今度にして、歓迎会の会場に行くとするか」
「あ、そういえば、どこでやるんだ?」
「無論、お前の家だよ」
……歓迎会を自分の家で開くのも変な話のような気がしないでもないが、まぁ、住宅を提供してもらった手前、大人しくしておこう。
◇ ◇ ◇
空の色というか、天井の照明が徐々に落とされて、青から夕焼けの赤に、そして、藍色というか、変な言い方かもしれないが、明るさをある程度保たれた夜の世界に切り替わった頃、新しい我が家となる二階建ての家屋、その内部のリビングと結構広い庭にあるウッドデッキを使用して、歓迎会が行われる事になった。
「えー、この度は「あー坊との再会と新しい出会いを祝してっ! カンパーイっ!」挨拶ぐらいさせろよ」
それも再会の挨拶や感謝の言葉も満足に述べる事ができないまま、パーシィの親父が叫んだ乾杯の合図でだ。
いや、まぁ、これくらいは別にいいけどね。
「ほらほら、あー坊、飲め飲めっ!」
「ちょ、え、こぼれるこぼれるっ!」
「あははははっ、今日はいい日だっ! あのあー坊が俺達の所に帰ってきたんだからなっ!」
「うんうん、俺達ぁ、ずーーーっとっ、心配してたんだぞぉぅっ!」
「それが、また、あのやんちゃだったあー坊がこんなに立派になって……、いやはや……」
「本当だな。……それに、可愛い娘さん達を三人も囲むなんぞ、男の夢まで実現するたぁ、……ちくしょうっ! 羨ましいぞっ! この野郎っ!」
「「「そうだそうだっ! そうだぁっ!」」」
で、俺は、父の古くからの仲間であり、ラインブルグ・グループ傘下の会社群の社長を務め、ホールディングスでも重役を務めるおっさん連中に囲まれ、延々と酒を注がれ続けている。要するに、あ~ん、あいつの酒は飲めても、俺の酒が飲めねぇのかぁ、このやろうっ、って奴だな。
……ちなみに、親父はベティの親父と共に避難済みだ。
っと、ととと、ごきゅごきゅ、ごくん、ってかぁ!
「うぁ、先輩、あんなに風に飲んで、大丈夫かな?」
「で、でも、アインさんも楽しそうだから……、いいんじゃない?」
「兄さん、昔から、おじさん達に可愛がられてからなぁ」
そとでレナたちが何かを言っている気がしたが、きこえな~い!
「いいのいいの、アイン君なら、あの人たちに任せておいたら、大丈夫よ」
「それよりも、あなた達、それで本当にいいの?」
「そうよぉ、別に男に都合のいいこと、認める必要なんて、ないわよぉ?」
「まぁまぁ、そこらは人それぞれに都合があるのよ。……それよりも、男としてのアイン君って、どんな感じ?」
「あ、それは、私も興味あるわねぇ」
おっさん連中の奥さま達が、レナ、マユラ、ミーアを囲んで、なにやらはなしているのも、きこえな~い!
「へぇ、そいつぁ、ますます仕事が楽しみになる話だな」
「うん、僕もシゲさんにナナを紹介するのが楽しみだよ」
会じょうのかた隅で、パーシィとシゲさんが、はなししてるのも、きこえなぁ~い!
「そう、実家に帰ったら、行方がわからなくなっている彼氏を探すつもりなのね」
「はい、キラに会って、酷い事した事をちゃんと謝りたいし、……その、……やり直したいんです」
「……うん、そういうことなら、お姉さんも協力してあげるわ」
「えっ?」
「だって、ロマンチックじゃないのっ、じゃなかったわね。あ、えー、恋する子を応援するのって楽しい、じゃなくて……」
アルすたーとはなしをしていたべてぃがじばくしたのもきこえなっ……うっ、お、おぶっ!
「げっ、まずいっ!」
「ばけつばけつっ!」
「おい、いそげっ!」
……その後のことは覚えていないというか、憶えていないったら覚えていないのだ。
……。
俺一人だけが醜態を晒した歓迎会が終わってから一眠りしたのだが……、幸いにも酷い頭痛もなく、何とも気持ちよく目が覚めた。もっとも、普段起きる時間よりも、かなり早く目が覚めてしまった為、暇を持て余していたりする。
なので、自室になった二階の一室からベランダに出て、そこに置いてあったベンチに腰掛け、早朝の街並みを眺める事にしたのだが……、悪くない。
空というか、天井の光も上手く黎明に似るように調整されている中、発光による放熱が押さえられた影響か、ほのかに朝靄が発生していて、それが街並みに上手く調和し、一つの絵になる風景を生み出しているのだ。
……まぁ、ちょっと、寒い気がしないでもないがな。
何気に、放熱が行き過ぎてるんじゃないかなと首を捻っていたら、後から耳に馴染み始めている声が聞こえてきた。
「アインさん、どこ?」
「ん、マユラか? ……ベランダにいるよ。あ、悪いけど、シーツ持ってきてくれない?」
「……うん」
うーん、マユラって、まだ、ちょっと、言葉使いとかに、遠慮があるような気がするんだが……、どうなんだろう?
「アインさん、持ってきました」
「ん、ありがとう。……って、どうした?」
マユラが俺にシーツを渡すと共に、ぎゅと、背中に抱きついてきた。
「どうしかしたか?」
「……私って、おかしいんでしょうか?」
「……ごめん、ちょっと話が見えない」
いきなり、自分っておかしくない、だなんて聞かれても困る。
「まぁ、ちょいと姿勢を変えよう」
「あ、はい」
とりあえず、マユラを俺の横にって、……何故、懐に潜り込んで座ろうと?
「ここが一番安心できるから」
「……わかった」
取り合えずは深く座りなおして、マユラが座れるスペースを確保して、身体にシーツを巻き付けることにする。
……うん、これで少しは暖かいな。
「で、いきなり、どうしたんだ?」
「え、えと、実は昨日……」
訥々と話したマユラの話をまとめてみると、どうやら昨夜の歓迎会で、奥さま連中に今の俺達の関係について色々と言われた為、不安になってしまったそうだ。
それに加えて、常日頃から抱えている、一緒に戦った仲間の行方が未だにわからない状況なのに、こんな風に安定した生活をしていてもいいのだろうか、という自己嫌悪や罪悪感もあって、心が不安定に揺らいでいるとのこと。
「そうだな、マユラの仲間の行方については、これから本腰を入れて調べる事にして……、俺達の関係については、まぁ、今の社会通念上、良くないだろうな」
「そう、ですね」
「でも、だからと言って、それに憚るつもりはないぞ? ……そもそも、俺は本来、欲張りだからな、とっ捕まえた獲物を逃す趣味はない」
「え、獲物って」
俺の物言いにマユラは苦笑しているが、偽りのない本音なのだ。
本音なのだが……。
「けど、普段、強欲を押さえつける為に強烈に働いている自制心の所為か……」
「所為か?」
「まだ、マユラとの関係については、少々、迷いが残ってる」
「……迷い」
「ああ、本当に〝食べて〟いいのかなぁっていう迷い」
「っ!」
俺が言った〝食べる〟の意味合いを、正確に理解したらしい懐の〝獲物〟が身を硬くしたように感じられた。
「俺達の出会いは、かなり異常だっただろ?」
「……うん」
「あの異常な状況で……、人の危難に付け込んで、好意をすり込んだって自覚があるからな、……どうしても、もう一歩、後一歩というか踏み出せないというか、手が出せないんだよ」
あの風呂場の一件の時点では、マユラは俺を好きだと言う気持ちは本当だと言ってくれていたが、今はどうだろうか?
……いや、そんなことを気にする前に、もっと、マユラとの触れ合いを増やして、互いの事を知っていこう。
自身の目指すべき所を再確認しつつ、更に言葉を紡ぐ。
「それに、マユラ。……お前、俺に遠慮してないか?」
「……」
沈黙は肯定と受け取ります。
「何となく、話し方というか接し方に、そんな感じを受けるんだ」
「それはっ! ……それは、アインさんが、私に遠慮してるから」
あ、そういう面もあるか。
「そうか?」
「うん……、レナやミーアちゃんを相手にしている時と、ちょっと違うように感じる」
……あ~、確かに、それはあるかもしれんなぁ。
「はぁ、私もレナみたいに、もっと女の子らしかったら……」
「こらこら、レナはレナ、マユラはマユラだ。方向性が違うだけで、二人とも十分、魅力的さ。あ、いや、まぁ、言葉だけじゃ信じられないだろうけど……、んんっ、とにかく、これからは、お互い、少しずつ、遠慮を取り除いていけばいいさ」
「うん」
……むむ?
今、この時、当人の賛同も得られた状況って、実はチャンスのような?
俄かに、内心の獣が、せめて味見だけでもっ! と大きく咆えたのが聞こえた気がした。
「では、早速……」
「えっ? ……えぇ?」
「言っただろ、俺は、ただ、我慢していただけだって」
ぐいっと、マユラの身体を手前に強く抱き寄せて、芳しい女の香が漂い、男とは明らかに異なる肌理細やかな肌、そのうなじに唇を落とし、甘く噛んでみた。
「あぅ!」
ビクリと跳ねた反応に気を良くして、さらに、別の場所を甘噛みする。
「ふぁんっ!」
先の話にもあったように、実の所、マユラに対して、無意識的な抱き枕以外では、自ら意識して抱き締めたり、行動を起こすのは初めてだったりする。
「……だ、だめ、痕がっ」
「いや、わかってて残すんだよ。……マユラが、俺のモノだって、周囲に明示する為の、マーキングだからな」
「ッ!」
ちょっと耳元で囁いてみたら、一瞬、マユラの総身が震えたようだが、もうそんなことは気にせず、再び首筋に唇をあて、今度は舌でマユラ自身の味を味わう。
「ぁ、んぁっ!」
その味と漏れ出る艶かしい声に、我が息子が元気に起きてきたのを自覚しつつ、また、柔肌を軽く噛みながら、抱き締める為に使っていた手を、パジャマの内側に侵入させて、滑らかな腹部をサラリと撫でる。
「ッぁぅ!」
ちょっと、こっちが驚いてしまうくらいに、マユラの身体が跳ねた。
もっとも、それ位の反応では俺の手が止られる状態ではなく、更に首筋に甘く歯を立て、服では隠せない位置に吸い付きながら、あの風呂場で一度だけ生で拝見した、あの我侭な胸に、手を添え……。
「え、えーと、先輩にマユラ? 盛り上がっている所、悪いんだけど、そろそろトレーニングの時間ですよ?」
お、凹っ! なんとっ!
じ・か・ん・ぎ・れ(は~と)、と申すかぁっ!
だなんて、荒々しく息を繰り返す内の獣と熱り立った我が息子が揃って上げた、雄々しくも嘆きに満ちた叫びを表に出さないように努力しつつ、呼びに来てくれたレナに返事をする。
「わかった、すぐに行くよ」
「先輩……、物凄く残念って、本当に、よくわかる位に、……声と顔に出てますよ?」
「……気をつけます」
しょぼーん、とした気分で、マユラを促して立とうとしたら、マユラがすがり付いてきて離れない。
「えーと、マユラ?」
「……こ、腰が抜けて、立てないの」
とのことなので、トレーニング前に抱っこを、所謂一つの、お姫様抱っこする事になりました。
結果、大層、羨ましがった、レナとミーアが我も我もと名乗り出て、それに応えていた為、トレーニングの開始が遅れに遅れてしまった。当然の帰結として、朝食時間の遅れにも繋がり、アルスターから盛大な文句と厭味を受ける事にもなりました。
いや、ごめん、アルスター。
でもさ……、私ですら、パパやキラにやってもらったことないのにっ! っていう言葉は、絶対に、俺の所為じゃないぞ?
11/06/30 誤字修正。
11/12/23 誤字修正。
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