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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
03  新生活の始まり -アメノミハシラ 3


 パーシィに案内されて、ラインブルグ・グループに所属する企業群が入っている複合本社……、全長十二kmになるコロニー内壁もとい〝大地〟を一周する縦貫道路に並行する方を幅として、幅が大体四百m、奥行きも大凡四百m程の地上十階建程度のビルに到着したんだが……、でけぇというか、今まで、このコロニー内で見て来た建物と違って、えらく頑丈そうな造りだな、おい。

 いや、別に外観も打ち放しコンクリートで造られているわけではないし、採光用に填められている窓だって大きいと思うのだが、目に見える柱の一本一本が太いからか、ビル自体の高さが余り無い所為なのか、或いは、外壁色が落ち着いたグレー系なのが原因か、とにかく、非常にどっしりとした印象を受ける。

 加えて、周囲を緑地帯に囲まれていることもあってか、あまり目立たないというか、何気に溶け込んでいるし、下手すりゃ軍事施設というか、要塞と間違えられそうな趣だ。

 そのことを口に出してみると、然もあらんと頷いたパーシィがしみじみと呟いた。

「僕も、ここに来る度に、いつもそう思うよ。でも、このビルを建てる時に、アインのおじさんがさ、『昨今の流行が華美であるからといって、我々までもがそれに流される必要はない。質実と剛健こそが、我々の信条であり、グループの根幹である』って宣言して、うちの親やベティのおじさん達というか、グループ企業の社長連も、そうだそうだ、って大いに賛同しちゃって、……こうなったんだ」
「ああ、なるほど……、なら、仕方がないな」

 うちの親父も大概だが、パーシィやベティの親父達も〝のり〟がいいから、つい、勢いでやってしまったんだろうなぁ。

 ……まぁ、案外、素でやった可能性も否定できんがな。

 母を失った俺を元気付ける為に、色々と相手をしてくれた懐かしい顔をいくつも思い出しながら、本社ビルとは反対側に目を向けると、ちょっとしたフェンスの向こう側に高さ二十階位の建物が軒を連ねていた。

「あれが食糧生産プラントなのか?」
「うん、宇宙食品の生産プラント群だよ」
「結構、広いんだな」
「……でも、世界の人達を支える事なんてできやしない、本当に微々たるものだよ」

 微々たるものか……。

「あ、……ごめん、アイン」
「いや、それは……、あの戦争にザフトの一員として参加して、四月馬鹿にも加担した俺が、これからも、ずっと甘受しないといけないことだから、気にしないでいいよ」
「……うん、わかったよ」

 しかし、四月馬鹿は、本当に、どこまでも祟ってくれるよなぁ。

「じゃあ、おじさんの所に案内するよ」
「ああ、頼むよ」

 今も食糧を積んでいると思われる国際規格コンテナが貨物用エレベータがあるらしい〝壁面〟に向って、運ばれて行く所だった。


 ◇ ◇ ◇


「親父、久しぶり。……何とか、無事に生き抜けたよ」
「ああ、よく無事に帰ってきた」

 ビルの奥まった位置にある会長室に案内され、久しぶりに、生の親父をこの目で見ることになった。微笑みながらこちらを見る親父を見て、自覚していなかった心の重みが、少しだけ軽くなったような気がした。

「……酷い、戦争だったな」
「……うん。本当に、たくさんの人が、死んだよ」

 幼い頃の様に、身内が傍に居るという安堵感が胸の中で広がる中、じっと親父を観察する。

 通信画面越しでは気付けなかったが、髪にも白いのが目立つようになったし、だいぶ皺が増えたように見えた。

 ……それだけ、俺が心配をかけたのかもしれないし、戦争という非常事態の中、グループの舵取りが大変だったのかもしれない。

 そんな思いを抱きながら、前の通信で断りを入れるのを忘れていた事を口にする。

「例の、いつか二人で飲もうって言ってたスコッチなんだけどさ……、家族を亡くした人にあげたんだ。連絡の時、言うのを忘れていたけど、勝手をして、ごめん」
「……そうか。私は、お前が生きて帰ってきてくれたからな、別に構わないさ」

 あ、いかん、ちょっと、涙腺が……。

「本当は、お前の仕事の話をするつもりだったが……、また、明日にしよう」
「あ、いや、大丈夫、だって」
「だが、アイン……、お前、今……、泣いているだろう?」

 うぅ、何だが、最近、涙もろいなぁ。

「……ほ、本当に大丈夫だって、し、しばらくしたら止るから、それまで待ってくれたら、聞けるようになるさ」
「……わかった。そこにティッシュがあるから、使えばいい」
「ん、ありがとう」


 ……。


 ……ちーん、ってか。


 ……。


 ふぅ、やっと落ち着いた。


 ほんと、親の前だと、子どもはいつまでたっても子どもなんだなぁ。


「ごめん、待たせて」
「何、今日の仕事は、重要な物を既に終わらせているから、気にする必要はない」

 その言葉に、一つの企業グループを率いる会長としての貫禄を感じてしまうよ。

「じゃあ、遠慮なく。俺の仕事の話なんだけど、一体、どんな仕事をすればいい?」
「ああ、その前に話しておきたいんだが……、実は、アメノミハシラとモルゲンレーテから、本格的に軍需へと……、兵器開発にも参入して欲しいとの要請があった」

 マユラが乗っていた脱出ポットが、BOuRUの技術というか、そのものから作り出されていたから、そんなこともあるのではと考えないでもなかったが、そうか、軍需産業に本格参入か……。

「でも、オーブの軍需って、確か、モルゲンレーテが寡占状態のはずだろう? それなのに何でうちに声を?」
「本国が戦火で焼かれた影響で、モルゲンレーテ支社だけではアメノミハシラの要望に対応しきれないという事実と、今のようにモルゲンレーテの機能が低下した場合でも、国内である程度フォローできる体制をアメノミハシラが欲している事……、つまり、リスク管理だな」
「それは理解できるけど……、モルゲンレーテはそれでいいのか?」
「モルゲンレーテは半官企業だ。あまりにも無茶な事を言わなければ、基本的にアメノミハシラの意向には従うそうだ。それに、スズキ支社長からも、互いに切磋琢磨できるような、良き競争相手が欲しいと言われたよ」
「……なるほどね。それで親父はどうするつもりなんだ?」
「……少々、迷っている」
「それは、何故?」

 俺の重ねての質問に、親父は眉間に皺を寄せると、搾り出すように声を出した。

「私には、BOuRUを本格的に作り始める時に決めた、一つのモットーがある」
「……モットー?」
「ああ。……自身の仕事を通じて、人が少しでも幸せになる為の一助になりたいという、目標だ」

 人が少しでも幸せになる為の一助、か……。

「だが、軍需産業に主体的に参加するということは、そのモットーに反して、人から幸せを奪う事に繋がるのではないか、そう考えてしまってな」
「確かに、その可能性はあるかもしれないけど……」
「わかっている。武器は人の幸せを奪うかもしれないが、反対に、人の幸せを守る為の力にもなることはな」
「……結局、武器や兵器は、使う人の意志次第でどちらにでも転ぶということだよな」

 俺の言葉に頷いた親父は、少し間を置くと更に続けた。

「それを踏まえた上で、今回の戦争を生き抜いたお前にも聞きたい。……お前は、人に武器が必要だと思うか?」

 ……一度、首を振った後、改めて、もう一度、首肯して、口を開く。

「理想としては、人を傷つける武器なんて物はない方がいいに決まっているけど……、現実、武器を持った誰かから、幸せを奪われるかもしれない以上、自らも武器を持って、幸せを守るしかないよ。武器の放棄は、それこそ、今の人類にはできない、高すぎて遠すぎる理想だから」

 そこに至るのは、俺達よりずっとずっと後の世代になって、もっともっと、人類が賢明になってからか、逆に、人類が滅ぶことでしか、達成できないだろうな。

「そうか」

 ほろ苦さを感じさせる笑みを浮かべると、親父は瞑目した後、静かに頷き、語を繋いだ。

「アイン……、ラインブルグ・グループはアメノミハシラの要請を受け入れ、軍需に本格参入することにする。そして、お前には、この軍需参入の足掛りを作ることと、参入に成功した場合にはその舵取りを任せたい。……戦争で得た経験と感じた思いを活かして、グループの持つ力から、人の幸せを守る力を生み出してくれ」
「わかった」

 と答えて、ふと、思う。

「……でもさ、俺みたいな若造に、そんなグループの未来に関わるような大任を任せていいのか?」
「何、お前なら安心して任せる事ができるという思いとは別に、現実的な面……、私も他の連中も自身の仕事をこなすのに手一杯でな、誰も手を挙げて積極的にやろうとする奴が……、要するに、引き受け手がいない。……だから、まぁ、面倒事をお前に押し付けるという意味合いも、多分に、あるにはある」
「ちょ、ぶっちゃけすぎっ! ……実の息子にそんな仕事を押し付けるのも、ひどくない?」
「その辺りは、私の息子に生まれた事を呪っておくんだな」
「おお、俺を我が母に仕込んだ人に、そんな事を言われるとは、嘆かわしいことだ」

 軽口めいた言葉とニヤリ笑いで、俺の懸念を払拭してみせた親父に対して、俺も軽口で応えて、わざとらしく天井を仰いで見せるしかなかったが……、親父が語った思いは、俺の思いにも重なるから、しっかりと構想を練って、考えていこうと思った。


 そんな真面目な話の後は、夜の歓迎会までの時間を使って、アメノミハシラに来てからラインブルグ・グループが結成されるまでの歩みを聞かせてもらった。


 今現在、グループ企業で重役を務めている仲間達とアメノミハシラにやって来た当初は、RSF(Rheinburg Space Factory)でBOuRUを生産する傍ら、アメノミハシラの建設作業に参加していたそうだ。その建設作業もBOuRUの活躍もあってか、非常に捗り、良好だったらしい。

 しかしながら、建設作業が進捗すると共に構造体の表面積が広まると、当然の如く、周辺宙域から飛来するデブリが構造体に衝突する事故が増え始めたそうだ。
 そんな衝突事故が起きる度に構造体から新しいデブリが撒き散らされた結果、建設現場の危険度が高まり、また、作業自体も滞ることを憂慮した親父は、仕事仲間達やアメノミハシラ建設を主導するモルゲンレーテとも協議して、再び、デブリ回収に手を出し始めたとのこと。

 仲間の半分近くを周辺宙域のデブリ回収に回したことで、安全に作業ができる環境が再び整い始めた矢先、今度は建設や清掃作業を支える為の小型母船が足りなくなる事態が起きたそうだ。
 なので、アメノミハシラの建設に関わる中で一番の生産力を誇るモルゲンレーテに母船の生産を依頼しようとしたら、L3のヘリオポリスはアメノミハシラの構造体ユニットやそれに関わる品々の生産や補修で手一杯の状況で無理だったらしい。

 ならば、この際、RSFで小型支援母船の生産をしようじゃないかという流れになったのだが、悲しい事に、RSFにはその需要に応えるだけの供給能力、具体的に言えば、造船所がなかった上、設備も貧弱だった為に、初っ端から行き詰ってしまう。
 こうなれば他所から買うしかないか、という流れになり始めた時、親父とパーシィの親父が音頭をとって、建設作業に参加していた仲間達や同業者に呼びかけて、後の宇宙建設の土台となる建設者組合を組織すると共に、RSFが月面都市から仕入れた鋼材やジャンク屋から下取りしたジャンクで生産する資材を使用する事で、造船所を造り上げたとのこと。

 そうやって、他所様に頼ることなく、デブリ回収や建設作業用に使われる小型支援母船の供給体制が整い、再び、建造作業が捗り始め、また、数年に渡り、大きな事故も起きなかった事から、このペースなら当初予定よりも早く完成しそうだ、なんて楽観的な事を考えていたら、アメノミハシラ(未完)の周辺宙域で演習中だったオーブ国防宇宙軍のミストラル部隊が、簡易ステーションや建設用建機の電源として利用している太陽光発電パネル群に突っ込んでしまい、建造計画を支えていた発電システムを崩壊させるだなんて、前代未聞の不祥事を起こしてしまった。

 この宇宙における致命的な大事故で、最も重要なインフラである電力の供給量が、初期よりも建設に関わる人口が増えて、大幅に増築されていた滞在用ステーションの生命維持に必要な最低需要量に達しないという非常事態に陥ってしまったそうだ。

 加えて言えば、担当部署のミスで、非常用電源である燃料電池やバッテリーの拡充が為されておらず、発電量や充電量が不足していたとか……。

 国防軍の余りにも余り過ぎる失態と非常用設備の不備が重なり、建設計画の中断どころか、建設用ステーション自体を放棄しないといけないような、予想外すぎる事態に、あのモルゲンレーテが悲鳴をあげ、建設を管理するサハク家も事態の収拾と滞在用ステーションに居住する人員を避難させることに奔走する中、親父達というか、現場組はBOuRUに備えられている非常用発電パネルを展開すると共に、それぞれの技能を生かして、個々のバッテリーとステーションの生命維持施設とを連結して、何とか、必要最低限の電力を供給する事で、小型母船や宇宙軍輸送艦の動力源から電力を流用できる体制が整うまでの時間を稼ぎ、ヘリオポリスから新しい太陽光発電パネルが到着し、再展開が為されるまでを、何とか凌ぎ切ったとのこと。

 でもって、この致命的な重大事故に遭遇した親父は、この宇宙が、いつ何時、人が死んでもおかしくはない危険な場所であることを再認識し、また、ほぼ同時期に、俺がザフトに参加した事もあって、自分達が住む場所の安定化と俺が帰れる場所を確保して維持する為にも、もっと積極的にアメノミハシラの建設や運営に関われるようになろうと決断したらしい。
 そして、思いを共有した仲間達が建設用ステーションで起業、経営していた企業群も巻き込んで、関係する取引先や権力者からの要望と仲間達の望みとの兼合いを量りつつ、事業の見直しと分割及び再編成を図ってグループ化を行い、対外的な発言力を確保するに至ったそうだ。


 ……な、なんていうか、グループ化するまで、結構、大変というか、長い道のりだったんだな、おい。


 とにかく、親父が会長を務めるラインブルグ・ホールディングスの下、傘下企業となる宇宙工業、宇宙造船、技術研究所、宇宙建設、宇宙清掃、宇宙食品、宇宙発電、宇宙電気、宇宙保険、宇宙商船といった各企業の重役にここに至るまで共に頑張ってきた仲間達を据えることで、外部からの干渉を最低限に押さえ込みながら、アメノミハシラにおいては、モルゲンレーテと並ぶ企業グループとして、ラインブルグ・グループが形成されるに至ったのだ。


「……まぁ、グループが形成されるまではこんな感じだな」
「はぁ、親父も大変だったんだな」
「なに、戦争中に比べれば、楽なものだったさ」

 との言葉の後、時間はまだ少しだけあるなと続けた親父は、ラインブルグ・グループが形成されてから戦争前半に起きた四月馬鹿と、その後の混乱期に至るまでを話し始めた。


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