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第三部  導なき世界の中で…… (C.E.72年-C.E.75年)
02  新生活の始まり -アメノミハシラ 2


 パーシィとベティを案内役に宇宙港から居住区画を目指す間に、男性組と女性組に自然と分かれる事になった。
 ベティが我が恋人達+1に、俺の過去の悪事もとい懐かしき幼少時代のアレコレを吹き込みそうで少々怖いが……、身体への攻撃を受ける事がなくなったし、パーシィからアメノミハシラに関する情報もあれこれ聞けたから、まぁ、トントンだと思う事にしよう、うん。

 で、パーシィの丁寧な説明によると、これから俺……俺達が新生活を営む事になる、このアメノミハシラには、当初、二つある外郭直径4㎞、長さ3㎞に及ぶ大規模な居住区画を建設する予定は無く、それこそ、施設を維持する管理従事者や軍属の宿舎、移動手段の連絡を待つ旅客等が短期滞在できるようにする為の小型トーラスコロニーを一基だけ建設する予定だったとか。

 それが変更され、アメノミハシラ自体が大きく拡張されることになったのは、建設現場にBOuRUが建機として大量投入された事と、僅か十年程の間で、元となる小さな建機製造会社から、アメノミハシラにおいては半官営企業であるモルゲンレーテ社と肩を並べる事ができる位にまで急成長した、ラインブルグ・グループの建設計画への本格参入の結果らしい。
 要は、建設作業の効率が格段に高まった事と建設に投入できる資金や人員が増えた事で計画をより大規模にすることができたということだ。

 その建設計画・改は比較的順調に進んでいき、先の戦争が始まる一年前には二つある居住区画と〝どら焼き〟……キノコの〝傘〟と内部の大型無重力ファクトリーが、戦争が始まった一昨年にはラインブルグ・グループがキノコの〝石突き〟……柱状構造体の地球側の端に建設していた中型無重力ファクトリーが、順次完成して、それぞれの運用が開始されていたそうだ。

 そして、今では、旧地球連合のMS開発に関わって起きた一連の戦闘に巻き込まれ、崩壊してしまったL3のスペースコロニー、ヘリオポリスに代わるオーブの一大宇宙拠点として機能しているらしい。

 ちなみに、居住区画の運用が始まるまで建設用拠点として使用されていた簡易ステーションだが、ラインブルグ・グループが下取りして改装し、〝石突き〟部分の中型無重力ファクトリーの基礎となり、宇宙工業や宇宙造船、宇宙電気といった製造業の工場になっているって話だ。


 ……むぅ、それにしても、うちの実家というか、ラインブルグ・グループがそんなにもアメノミハシラに深く関わっていたとは思いもしなかった。


 まぁ、話をそのラインブルグ・グループに転じて……、アメノミハシラの建設に大きく関われる程の一大企業グループに成長したラインブルグ・グループであるが、今現在において、同じ名を冠した一つの企業群としてグループを牽引し、グループの企業価値を高めているはラインブルグ宇宙食品(Rheinburg Space Food)だそうだ。

 というのも、宇宙食品が、二つある閉鎖シリンダー型コロニーの片方……ラインブルグ・グループが優先使用している擬似重力区画、その全区画の三分の一近くを占める大規模工場で水稲や葉物といった穀物野菜を休み無く生産して、四月馬鹿の影響を今も大きく受け続けている地球各国や月面都市群へと、全世界的な流通量から見れば少量らしいが、輸出している為である。

 興味を持ったので更に突っ込んで聞いてみると、先の戦争中、インフラへの打撃から来る生産能力の低下や輸送コストの上昇、また、ザフト……プラントによる収奪等という、やむを得ぬ事情で国際市場での食糧価格が吊り上がっていく中、破格といっても良い程の値で穀物を、全体から見れば少量とはいえ、安定して市場に提供し続けていた事から、国際的な評価が自然と高くなり、戦争が実質終わった今でも、取引相手から色々と便宜を図ってもらっているそうだ。
 その例を挙げれば、旧地球連合加盟国や赤道連合といった中立国から水や肥料、水質浄化装置に使用する原料を安く仕入れたり、仕入れた物を打ち上げていたオーブのマスドライバーが〝一身上の都合で〟自爆してしまって使えなくなってからは、ビクトリア基地のマスドライバーを使用する際の打ち上げ料金を割り引いてもらったり、また、月面都市群と行っている鉱物資源の取引でも、安定して食料品を提供している事から友好価格というか、他社より比較的安価で買い付けることができたりしている、等々といった事が上げられるとのこと。

 後、取引相手として名前が挙がっていないプラントだが……、今まで住んでいて、かつ、その国が独立する為に戦った身だけに言いたくはないのだが、全部うちで買ってやるからもっと安値で提供しろ、といった具合に吹っ掛けてきたらしく、取引を断ったらしい。


 ……はぁ、今更ながら、悲しくなるな。


 それはそれとして、いつかの俺がマユラにした如く、人が弱っている時に付け込む、もとい、人の好意を得られる機会を逃さないというか、戦争という非常時にあっても、損をして得を取れ的な行動を地で行う、親父というかグループの上層部が凄いな、おい。


 まぁ、これらの経緯については改めて親父から話を聞けばいいので、内容をパーシィやベティの近況へと移して行くことにする。

「へぇ、ベティは今、うちの親父、……会長の秘書をやってるんだ」
「うん、今まで秘書を務めていた人達がさ、立て続けにお目出度が判明したり、結婚したりして、休職や退職しちゃって、信頼できる人がいなくなっちゃってね。それで、昔からの知り合いで、親が宇宙発電の社長を務めているって事で、ベティが秘書をやることになったんだ」
「募集はかけてないのか?」

 俺がそう問い掛けると、パーシィは難しい顔をして唸り始めた。

「うーん、今の状況だと募集すれば、確かに能力があって〝できる〟人が集るんだろうけど……、扱う業務が業務だから、どうしても信頼と信用こそが第一になるからね。信頼できる人に紹介してもらうのが一番安心できるらしいんだ」
「ふーん、そうなのか」
「うん、そういうものらしいよ」

 確かに実権のある会長職だから、常に側に控える秘書にも色々と条件を付けないといけない事があるんだろうな。

「なら、パーシィは今、何をやってるんだ?」
「僕はね、以前、アインが送ってくれたアイデアメモから、実現できそうなものを研究したり、量子コンピュータを使って検証していたりしたんだけど、これからは、それらを実用化する為に色々と試していこうと思ってるんだ」
「へぇ、パーシィさんよぅ、そらぁ、本当かい?」
「うん。それでね、シグル……シゲさんは機械工学への造詣が深いって聞いているから、僕の開発部に所属してもらって、その実用化を助けてもらうつもりをしているけど、いいかな?」
「おう、いいぜぃ。……そういう錯誤の中で色々と機械を弄ったり、試行結果を多角的に検証しながら、頭を絞れるだけ絞って創意工夫して、少しずつ改良して行く時ってのは、こう、言葉には言い表せない充実感があるからねぇ、うん、楽しみだよ」
「うん、その気持ちは、僕もわかるよっ!」
「おっ! わかってくれるか、同士よっ!」

 俄かに、パーシィとシゲさんが意気投合して、人類社会における機械のあり方に関する談義から始まって、科学技術に関わる者としての心得や心意気といった内容の討論を繰り広げ始めてしまい、独り取り残されてしまい、寂しく思うアインでした。


 ……いや、二人とも楽しそうにしているから、いいけどね。


 ◇ ◇ ◇


 柱状構造体にあるエレベータで無重力区画から擬似重力区画……居住区画へと降りると、何となく、安心できる重みを感じる事ができた。まだまだ、人類は宇宙に適応しておらず、地球という揺り篭が必要なのだと思い知らされる一時だ。

「ここは1Gでの運用なのか?」
「うん、穀物とかを育てたり、地球から上がってきた人達が多かったりするから、できるだけ地球の環境に似せているんだ」
「なるほどね」

 受け答えしてくれるパーシィに率いられる形でエレベータ施設から表に出ると、そこにはプラントの天秤型コロニーとはまた違った光景が広がっていた。

 空が高い天秤型と違って、閉鎖型シリンダーという構造とサイズがサイズだけに、結構、低い位置に天井があるんだろうな、等と思いながら空を見上げたのだが、意外や意外、上手く光の加減を調節して青空に似せている上、〝壁面〟というかコロニーの内側壁に鏡のような材質が使われているらしく、視覚的には広い空が続いているように見えて、圧迫感はあまり感じなかった。

 それよりも、やはり、地球や天秤型コロニーとは異なり、大地面が平面ではなくコロニーの内壁に沿う形で続いている為、ありえない位置にというか、壁にへばりついているように見えてしまう街並みの方が落ち着かなかった。
 しかも、見た目、どちらを向いても常に坂道が、それも上り坂が、延々と視界が通る先まで続いているように見えるから、変な感覚が生まれてくる。
 いや、実際に歩いたら、普通に道を歩いている感覚と変わらないはずなんだろうが……、ちょっと気疲れしてくる光景だ。

 もっとも、見上げた空の向こう側というか、直上に街が見えないだけ、あわわ、街が落ちてくるかも、だなんて杞憂めいた心配や心理的な恐怖感はないから、マシだろうけどな。

 ……実はこれら全て、世界樹の種で使われている居住区画と同じ仕組みなのだが、あちらはここまで大きくも広くもなかったし、遠くまで視線が通らなかった分、わからなかっただけだったんだろう。

 まぁ、人は環境の変化に適応できる強い生命体だから、そのうち、慣れるはずだ。

 そんなことを考えていたら、後にいたレナにそっと背中を突かれて、声を掛けられた。

「先輩、街があんな風に見えるなんて、なんだか、落ち着きませんね」
「ああ、プラントの生活に慣れていると、違和感があるな」
「でも、街並みは綺麗です」
「たぶん、一からの計画都市だけに、最初から綺麗に区割りして造ったんだろうさ」

 誰が総合的な設計をしたのかは知らないが、街には緑が多い上、建物も石材に似た建築資材で建てられているらしく、洒落た雰囲気を持つアパートメントが通りに連なっている。
 そんな街並みの中、人々がアパートメント一階にある商店のディスプレイを冷やかしながら歩いていたり、広場の一角にある屋台村で買い食いをしていたり、公共交通手段らしき〝地下鉄〟の駅に向っていたり、デパートらしき一際大きな建物や俺達が今いるエレベータ施設に出入りしたりしているのだが……、なんか、俺が想像していたよりも、人が多いな。

「結構、賑やかだな」
「はい。……それに、暗い顔をしている人も少ないですし」
「だな」

 それだけ住んでいる人が楽しんでいるというか、幸せというか、生活に不満を感じていないということであり、つまりは、ロンド・ミナ・サハクの統治が優れているっていうことだろう。

 まぁ、だからといって、皆が皆、全ての人が明るいと言うか普通の顔をしている訳ではなく、暗い顔を、重い何かを背負ったような人の姿も、当然、見受けられる。

「……あの暗い顔をしている人達は、地球からの避難民なんでしょうか?」
「そうかもしれないが……、レナ」
「はい?」
「お前は真面目すぎるからな、あまり、思いつめるなよ?」
「……はい」

 そう返事をしたものの、やはり簡単に割り切れないのか、レナの顔には翳が張り付いたままだ。

 なので、元気付けるべく、綺麗にまとめられている髪が荒れる位に、ガシガシと乱暴に頭を撫で回すことにする。

「あっ! ちょっ! 先輩、ひどいっ!」
「そうそう、それ位でいいんだよ」
「だ、だからって、やり方は考えてくださいよ、もう!」

 とか言いつつも、顔は物凄く嬉しそうだよね、レナ。

 むきゃー、と怒った振り(?)をしているレナの相手をしていると、早くもエレベータ施設用の車止めに到着してしまった。

「それじゃ、僕はアインを案内するよ。ベティ、皆の案内はお願いするね」
「ええ、わかったわ」

 パーシィの言葉に頷いて見せたベティは、俺に向けて、ニヤリと人の不安を煽る厭らしくて、不吉でかつ不敵な笑みを浮かべて見せると、セミオート仕様らしい中型無人車に、他の皆を誘導し始めた。
 その際に、ミーア達が三人揃って、笑顔でこちらに手を振ってきたので、それに応えて振り返していると、何んだか周囲の男どもから注目を浴びているような?

 ……。

 悪戯心で、ふふん、だなんて軽く笑ってみせたんだが、男達の目や眉の角度がきついモノに変化したような気がした。

 その事に、ちょっと、否、大いに優越感を感じてしまった俺は、悪い子です、ごめんなさい。

「アイン?」
「あ、すまん」

 早くも小型無人車の運転席に乗り込んでいたパーシィに声を掛けられて我に返った俺も、慌てて、その助手席へと滑り込む。俺が着座すると同時に、自動的にドアが閉まると、パーシィが苦笑交じりに再び口を開いた。

「あのね、さっきみたいな事は無用な恨みを買うだけなんだから、やめておいた方がいいと思うよ?」
「あ、あはは、うん、気をつけるよ」

 パーシィにも釘を打たれたし、自分でもそう思うので、今後、二度としないように注意しておこう。

「じゃあ、僕達も行こうか」
「ああ、頼むよ」

 俺の返事と共に電気自動車らしく静かに動き出した。プラントとは違って、走行車線が左側だったが、アメノミハシラというよりも、オーブという国が、今はなき日本の影響を色濃く受けているとのことなので、おかしくはないだろう。

「そういえば、親父の仕事場って、どこにあるんだ?」
「食糧生産プラントというか、ラインブルグ・グループが占有使用している区画内にあるビルだよ」
「家は?」
「ビル近くに従業員用の社宅地区があるから、そこの一画に住んでいるよ。もちろん、僕やベティも家族と一緒に住んでるし、アイン達もそこに住んでもらうことになってるからね」
「へぇ、そうなんだ」

 なんてことを話しながら、車内からゆっくりと流れて行く車外の光景をできる限り注意深く観察する。

 碁盤の目のように綺麗にブロック分けされている通りや、今、走っている基幹街路らしい道、と言うか道路脇には、プラントのコロニーと同じく、基本的なインフラ設備を〝地下〟……コロニーの内壁と外壁との間に収めている為だろう、電線や電話線を連ねる電柱等が雑然と並んでいることはなく、ただ街路灯と街路樹が整然と並んでいるだけだ。また、時折、清掃員が道に落ちているゴミや落ち葉等を回収しているのが見えたりする。

「清掃用ロボットって、うちで作ってなかったか?」
「うん、売り出しているけど、ここでは使ってないんだ」
「……失業対策か?」
「というよりも、オーブ本国から避難してきた人達や他の国から移民してきた人達が、ここで新しい生活を始められるようにする為の切っ掛けというか、アメノミハシラがやっている移民自立支援策の一環なんだ。……でも、ここ最近は、戦争の影響で、かなりの人数になっているから、どうしても、給金がかなり安くなっちゃてるけどね」
「かなり安いって……、ちゃんと食っていけているのか?」
「それは大丈夫のはずだよ。最初の一年間だけだけど空気税を免税にして、住宅も無料で充当しているから、贅沢さえしなければ、ある程度はお金を貯められる筈だし、次の仕事も探せるだろうしね」

 ……なら、最低限の生活や就労の機会は確保されているってことか。

 なんて考えていたら、パーシィが困った表情を浮かべて、後を続けた。

「それよりも問題なのは、まだ、オーブ本国や他の国からの移民が増え続けている事なんだ」
「つまり、今の方策にも限界があるってことか?」
「うん。さっきも言ったけど、アメノミハシラも色々と頑張っているけど、このままだと、支え切れないと思う」
「L3のコロニーがあれば、もう少し、マシだったんだろうなぁ」
「そうだろうね。……現実、アメノミハシラも余裕も少なくなってきているみたいで、うちのグループにも移民対策とかで協力して欲しいって、話が来ているみたいなんだ」
「対策に協力ってことは、雇用して欲しいってことだよな?」
「多分ね。まぁ、詳しい話はおじさんから聞いてよ」
「わかった、聞けそうなら聞いてみるよ」

 ……言えた義理じゃないんだろうが、戦争があって、社会が混乱しているとはいえ、世知辛い世の中だよなぁ。
11/12/23 誤字修正。


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