第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
105 去る者、来る者
C.E.72年1月3日。
プラントと地球連合との講和交渉は相変わらず断続的に続いているが、既に双方が合意して確定していている内容については、一部が施行されている。
これは講和を結ぶ為に必要な相互信頼関係を構築する一環として行われる、段階的な和平プロセスという奴で、先年十一月に行われた、地球軌道の一部封鎖解除も、ザフトが戦力を目に見える形で削減した結果、もたらされたものである。
これと同様に、十二月からは地球からプラントへの移住を希望する難民の受け入れが始まっており、連日、宇宙港には、何とも複雑で形容しがたい表情をしたコーディネイター難民が続々と到着している。
……まぁ、四月馬鹿で自分達の日常と生活環境を破壊し、ただ、コーディネイターということで、時に隣人や社会から陰日向に迫害を受けたり、命の危機を感じさせられたりするだなんて、自分達に多大な迷惑を掛ける原因を作った連中を頼らないといけない、彼らの心中を考えると、そういう顔になるのもわかる気がする。
この地球出身者とプラント出身者との温度差が、プラント社会に新しい軋轢を生み出すのは間違いないだろうな。
もっとも、それは今後、プラントに住まう者達が自分達で解決すべき問題なので、俺の中では棚に上げておくとして……、プラント政府はこの難民の受け入れが始まったことに伴なって、航路に一定の安全が確保されたと判断し、民間人の中立国への渡航制限を解除し、併せて、民間船舶の航行制限も目的地が中立国に限り、解かれる事となった。
つまり、俺……、俺達は、プラントを離れ、オーブの宇宙ステーションであるアメノミハシラへと移住する日を迎えたということだ。
そんな訳で思い出深い品や愛着ある物全てを黒犬マークの運送業者に頼んで運んでもらい、最低限の生活用品しか残っていない我が家を眺めながら、何かと忙しかった先月の事を思い出している。
十二月中は、アメノミハシラにいる親父と連絡を取り合って、我が家と母の墓の管理をどうするかといった事の話し合いや六人分の入国手続き並び四人分の永住及び市民権の取得申請に関わる事で前もって進められる事の代行をお願いしたり、夜中、いつの間にか俺の寝床に侵入している、着古した俺のパジャマを身に着けたマユラを毎朝抱き枕にしていたり、出国及び移民申請手続きや戦隊に関わる残務処理やユウキから送られてくる軍制改革案に目を通して意見書を送り返す傍ら、ザフトを除隊する為の手続きを進めつつ、実は籍が残っていた保安局に退職届けを出したり、日中、仕事の合間に日常化してしまった、ちょこブレイクをレナと楽しんだり、ミーアとレナが家族に別れの挨拶をするのに同行して、キャンベル家の対応には怒りと悲しみを、ラヴィネン家の対応には気恥ずかしさと恐怖を味わったり、俺が風呂に入る度に乱入してくるのが癖になったミーアに毎晩背中を流してもらったり、逆に背中を流したり、髪を洗ったりしてやって、一緒に湯船に浸かったり、マユラを良く知る為の身上話で、幼少時にモルゲンレーテの技師だった父親をヘリオポリス建設中に起きた事故で、十代前半で片親で育ててくれた母親も変異型S2インフルエンザで亡くしている事実を知ったり、例のレナを嫁にと望んでいた相手が我が家に乗り込んできたので懇切丁寧に対応していると、いきなり怒り狂ってOHANASIを望んできたから存分にOHANASIをしてやったり、その勘違い男がOHANASI前に家の窓ガラスを割りやがったので、器物破損で知り合いの保安局員を呼んで預けようとしたら、何故か、わらわらと集ってきた元同僚たるセプテンベル市の未恋染みた無妻保安局員達と肉体言語で会話する破目になったりと、そんな具合に忙しく過ごしていたのだが、いやはや、時の流れとは速いものだ。
……。
本当に、いつの間にか、俺がここで生まれ育って、二十五年にもなっていたんだから……、早いよなぁ。
最初に母と父と俺がいて、母が逝ってから父と二人になって、父も離れて俺独りになって、ミーアが居着いて二人になって、アルスターを預かって三人、マユラを保護して四人、レナが来て五人。
……ここ一年で加速度的に増えたのは御愛嬌かな?
「兄さん、もう、いいかな?」
「ん、ああ、いいよ」
俺がここまで育つ場を提供してくれた我が家は、父との話し合いの結果、父の知り合いである弁護士に家の諸権利を維持してもらいつつ、プラントに移住してきた難民が新しい生活を再建するまでの一時的な仮宿として、無償で貸し出す事に決まった。
その運用に関しては、その弁護士とセプテンベル市行政局に委ねることになるが、両者から定期的な報告を受ける事になっているから、大丈夫だろう。
まぁ、これも、先の戦争に関わった俺自身の贖いというか、一種の自己満足と言う奴だな。
……。
さて、自身に区切りを付けるためにも、世話になった我が家に、最後の挨拶をしていこうかな。
「今まで、ありがとう。……これからも、よろしく」
万感の感謝を込めて囁き、次に来る人を支える土台になるように祈る。
……って、ミーアがいたのを忘れてた。
何となく、子どもっぽい、恥ずかしい所を見られた気がして、誤魔化すように声を出す。
「さ、さて、ミーア、行こうか」
「……ん、ちょっと、待って。……今まで、私の帰る場所に、私が私でいられる場所になってくれて、ありがとう。これからも、私みたいな人達の支えになってください」
……。
「ミーア、行こう」
「うん」
……最後にもう一度だけ振り返り、その姿をしっかりと目に焼き付けた後、皆が待っているであろうアプリリウス中央国際衛星港へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、楽しみだねぇ。本当に、実に楽しみだっ! 俺ぁ、もう、昨日から、興奮しすぎて眠れなかったよ! いったいどんな場所なのか、いったいどんな開発をさせてくれるのか、どんなものを触らせてもられえるのか、どんなものを弄らせてくれるのか、もう、色々と考えすぎちゃって、こう、めくるめく機械弄りと設計の日々を想像するだけで、全身がエレクトするような感覚におそわれっちゃってさぁ、もうっ!」
俺の前で興奮状態に陥っているのは、やはり、これまで常日頃から着用しているツナギを、本人曰く、降ろしたてのまっさらな新品を、今日も着ているシゲさんこと、シグルド・ティーバだ。
実は、MS以外にも機械技術関係に強く、コーディネイターを特別視する事もナチュラルを蔑視する事もせず、人格もこなれて信頼できる上、マッド的な技術者気質を備えつつも現場運用や実用性を重視するという、抜群なバランス感覚を持つシゲさんをラインブルグ技術研究所にスカウトしたのだ。
「おい、少しは落ち着かんか、馬鹿者」
「あふんっ」
また、そんなシゲさんの尻を蹴り飛ばしたのはエヴァ先生こと、エヴァンジェリン・ローズだ。
……何故、この人がここにいるのかと問われれば、少々、答えに困ると言うか、俺もわからなくて首を傾げている。隣に立っているレナも俺と同じような疑問を抱いたらしく、エヴァ先生に質問する為に口を開いた。
「エヴァ先生、ここってアメノミハシラ行きの待合ですけど、旅行にでも行くんですか?」
「いや、貴様らと同じく、オーブへの移住だ。古くからの友人がアメノミハシラの医者の手が足りんと言うから、雇われてやったのだ」
「へぇ、そうなんですかぁ」
等と、レナは素直に感心しているが、俺をチラリと見たエヴァ先生がニタリと笑ったのを、俺はちゃんと見ていたりする。
……まさかというか、自意識過剰だと思うが、いつか言っていた、俺を観察する云々なんだろうか?
そのうち、本当にモルモットにされそうでちょっとだけ怖くなったが、慣れぬ場所に新しく移り住む中で、見知った顔が一人でも多いのは有難いことだけに、心強いと思うことにした。
「それよりも、ラインブルグ、随分と大所帯じゃないか」
「はは、色々と訳有りでしてね」
「そうか、なら聞かないでやるから、換わりに私の所に定期健診に来るようにな。……これが連絡先だ」
「……解剖しないでくれるなら、行きますよ」
「何、解剖するのは最期にしてやるから、安心しろ」
「いやいや、全然、安心できませんって!」
本当に、有言実行の人でもあるエヴァ先生なら、マジでやりかねないから困る。
「ふん、男の癖に、肝っ玉が小さい奴だ」
「いやいやいや、生死が懸かっていたら、誰だって、そうなりますって」
エヴァ先生は俺の言葉を聞いて更に笑みを深くするが、それ以上の突っ込みはせず、身を翻した。
「まぁ、気が変わったら、いつでも連絡を入れろ。気持ち良く昇天させてやる」
「お、お断りしておきます」
「くくく、では、また後でな」
颯爽と去って行くエヴァ先生の小さな背中を見送っていると、軽い衝撃がって、アメノミハシラからの連絡船が接舷したみたいだな。
今、下手な接舷をした連絡船が折り返し、アメノミハシラに向かう事になっているから、そろそろ、搭乗する準備をしないとな。
「シゲさん、レナ、俺達も搭乗する用意しようか」
「ん、わかったよ」
「はい、じゃあ、ミーアちゃん達を呼んできますね」
ミーア達三人は港内の探検がてら、アメノミハシラへ向う連絡船内で飲食する軽食やお菓子、飲料の類を買出しに行っているのだ。
「ああ、搭乗ゲート前でシゲさんと待ってるよ」
「わかりました」
いつものように青い後髪を微かに揺らして、レナが三人を呼びに売店がある方向へ向って行くと、見計らったかのように、シゲさんがポツリと呟くように話しかけてきた。
「アインちゃん」
「ん、シゲさん、何?」
「いや、到着した人達の顔、少し眺めていたんだけどさ、……やっぱり、皆、暗いね」
「……だろうな」
シゲさんが神妙に眺める方向を見ると、接続ゲートから身体検査場までの人の流れができている。そして、彼らの顔色は、一様にどこか陰のある暗いものだった。
やはり、プラントに来たくて来たわけではない人が殆どだろうし、それ以外の人の中にも、諸般の理由で止むを得ず、って感じだろうからなぁ。
「これも、俺達が迷惑を掛けた所為なんだろうねぇ」
「……うん」
「アインちゃん、俺ぁさ、……今度こそ、自分の腕を少しでも世の中が良くなる方に使いたいよ」
「そうだね。……俺もそうなって欲しいと思うし、そうなるように努力するよ」
今も身体検査を終えた一人の少年が難民受付担当かそれに類する者に指示されたらしい方向へと、ゆっくりと動き始めたところだった。
たった独り、手荷物だけを手に俯き加減で進む様子から、この戦争で家族や住む場所を失ったのかもしれない。
そんなことを思って、少年を見つめていると、その向かいから話しに夢中になっているミーア達がって。
「おぶっ!」
「わきゃ!」
……見事なまでに衝突して、少年はミーアの豊かな胸の狭間に顔を突っ込んだ。しかも、慌ててもがく段階で、ミーアの胸にまで触れているというおまけ付きだ。
けしからんっ! 何というラッキーすけべぇだっ!
羨ましいっ! 是非、今度、俺もやってみたいっ!
……じゃなくてだな、それなりの速度だったし、大丈夫だろうか?
「シゲさん、ちょっと行ってくるよ」
「あいよ、荷物を見ているよ」
思わずという感じで苦笑を浮かべているシゲさんに荷物を託して、歳相応に顔を真っ赤にした少年がミーアに平謝りしている現場を目指す。
「ここか、ラッキーな少年が衝突事故を起こした現場は?」
「ちょ、先輩、何を馬鹿な事を言ってるんですか」
馬鹿な言葉を俎上に出すと、案の定、レナからの突込みが入った。
「いやいや、ラッキーな少年の弁護に来ただけだ」
「えと、別にミーアちゃんは怒ってませんよ?」
「あのね、私達だって、今のが事故だって位、わかるわよ」
ついでに、マユラとアルスターからも横槍が入ってきた。
「はは、わかってるよ。で、ミーア、そこのラッキーな少年、怪我は無いか?」
「ん、私は大丈夫だよ」
「えと、あの、べ、別に、狙ってやったわけじゃなくてっ! ただ、ちょっと、前を見ていなくてっ! ……その、すいませんでした」
「いやいや、気にしなくていいよ。……それより、柔らかかっただろ」
「なっ! に、兄さんっ! そんなこと聞かないでよっ!」
動揺しているらしい少年に、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべて見せると、ミーアが怒って大声を出してきた。
「で、どうだった?」
「……うっ、……や、柔らかくて、その、暖かかったです」
「あなたも応えないっ!」
ビシッと、初対面の少年であっても、容赦なくチョップを食らわせる辺り、流石は我が妹ぶ……恋人の一人である。
その打撃を受けた少年がはっと、我を取り戻したように、再び、ミーアに頭を下げた。
「す、すいませんでしたっ!」
「いや、もう謝る必要はないさ。ミーア、今のチョップで全てチャラでいいよな?」
「……もう、最初から私は別に気にしてないよ」
「何、これも一種のけじめって奴だよ」
「えっ? そういうものなの?」
「そういうものなんだよ」
っと、少年が紅い両目で、じっと、俺とミーアのやり取りを、何か、懐かしいものを見るような、哀しいことを思い出すような、そんな複雑な表情を浮かべて見つめていた。
……。
あえて、それには気がつかなかった振りをして、黒髪の少年に話しかける事にする。
「プラントへは、移民で?」
「あ、……ええ」
「……そうか」
これだけ騒いでも、少年の所に誰も来ないところをを見ると、やはり、家族を失っているんだろうな。
……。
こうやって知り合ったのも何かの縁だし、忙しいユウキには悪いが、ちょっと目を掛けてもらおうかな。
ジャケットの内ポケットに入れていた手帳から二枚程破り、一枚にユウキの名前と連絡先、それに住所を、もう一枚には、例の暗号を使い、家族なしで独りらしいから、面倒を見てやってくれ、と書いて、両方に、サインを入れる。
「俺達は今日でプラントを離れるから、……人を紹介しておくよ」
「えっ?」
「何か、困った事があったら、こいつに連絡すればいい。ラインブルグの紹介だって言ったら、話を聞いてくれるはずだ」
「別に、そこまでしてもらう……」
「何、袖振り合うも多少の縁って奴だよ。こっちが連絡先で、こっちはそいつに会った時に渡してくれ」
余計なお節介、所謂、親切の押し付けだが、まぁ、いいだろう、っと、搭乗開始みたいだな。
「少年……、辛い事も多いだろうけど、少なくとも、顔だけは上げておけよ? じゃないと、さっきみたいなことになるからな」
「うっ」
暗い顔をするなとは言えないけど、これだけは言っておきたかった。
「じゃあ、……頑張ってな」
「……あ、ありがとう、ござい、ます」
ぎこちないが、それでも挨拶を返せるから、根は素直で、しっかりした子なんだろう。
「ん、元気でね」
「あ、はい」
それに、ミーアに微笑みかけられて、少々頬を染めているんだから、暗い顔をしていたさっきよりかは、断然、顔つきがマシになっている。
そんな少年に見送られ、俺達はプラントから離れる連絡船に乗り込むべく、搭乗ゲートを目指す。
……本当に、これで、プラントともお別れだ。
……。
むぅ、いざって時に、特にこれといって言葉が浮かんでこないのはちょっと悲しいが……、うん、これでいいや。
バイバイ、プラント。
今度、来る時は、住みたくなるような、〝いい国〟になっていてくれよ。
なんてことを考えながら、俺は、長らく住んできたプラントを後にした。
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