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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
101 未来を照らすもの 3


 共同墓地から次の目的地に向う為、ユウキと俺が前席に、ミーアとアルスターの二人を後席に各々座って、車で移動しているのだが、先程、デュランダル氏とのやり取りで不審に思った事を、情報が情報だけに、後席に声が漏れないように間仕切りで仕切って防音を施した後、ユウキに話している。

「そうか、そのような事があっての、あの動揺か」
「まあな。……それで、まず聞きたいのは、ザラ議長暗殺を知るデュランダル氏は、ザフトの人間なのか?」
「私も詳しくは知らないのだが、確か、ここ最近……、この二、三年で、ザフトに所属した人物だったはずだ」

 となれば、今現在における秘中の秘である、ザラ議長が暗殺された事を知っていてもおかしくはない、ということか。

 ……だが、どこから?

「どこから、情報が漏れたと思う?」
「正直、わからんな。いくら、ザラ議長が暗殺された場に居合わせた者達に口止めしたを厳命したとは言え……」
「……人の口に戸が立てられない以上、ちょっとした事で漏れている可能性は否定できないか」
「そういうことだ」
「なら、暗殺犯に関する情報は? デュランダル氏はクライン派が暗殺したかのように、断言していたが、これは本当なのか?」

 ユウキは眉間に皺を寄せると、静かに話し始めた。

「ザラ議長を暗殺した犯人については、捜査にあたっている保安局の特命捜査班もおそらくはクライン派だろうという予測しかできていない」
「……予測か?」
「ああ、なにせ、本人が、ザラ議長に銃を向けた際に発した言葉しか、証拠が残っていないからな」
「証拠が残っていないか……、逮捕しなかったのか?」
「あまりにも突発的過ぎて、射殺するだけで精一杯だった」

 この物言い……、おそらく、ユウキ自らが手を下したんだろう。

「じゃあ、身元情報の照会やDNAでの照合は?」
「プラントにある戸籍データには、暗殺者に関する情報は何も存在しなかった。特捜班の者は、何者かに全ての情報を抹消された可能性もあるし、別の場所からプラントに恨みがある者を引っ張り込んできたり、元より戸籍が存在しない遺棄児を暗殺者に仕立てた線も可能性が高い、……そんなことを言っていたよ」

 見事と言える位に不自然過ぎる程、暗殺者の痕跡が消されており、その表層しか見せてもらえないとなると、これは、案外、根が深いのかもしれないな。

 ……ふむ。

 今回の暗殺の背後にいてもおかしくないと考えられるのは……、今現在、疑われているクライン派や地球連合との講和の為に現実路線を歩み始めていたザラ議長と歩調が合わなくなっていたコーディネイター至上主義者や対ナチュラル強硬派、強権を握ったザラ議長を疎ましく思ってるザフト内の有象無象な連中って所かねぇ、等と想像しながら、ユウキに問い掛ける。

「じゃあ、実行犯の背後にいると考えられる、黒幕の正体はまったくもって不明、ってことか?」
「……もしも、黒幕が存在するならば、な」
「はは、判断に必要なのは地道な捜査の結果であって、過剰な推理は予断を生むから厳禁か?」
「そういうことだ」

 なら、真相究明は捜査陣に任せる事にするが……、その頃には、俺、プラントにはいないだろうなぁ。

「で、ユウキ。……重要機密を知るデュランダル氏に対して、何らかの対応をするのか?」
「基本は放置だな。公式発表で、ザラ議長は急病で倒れた事になっている以上、デュランダル氏に何処で聞いたのか等と表立って問い詰める事はできないだろう? 特に、表面的にはプラントは一致団結していると見せないといけない、今の状況だと、下手に騒ぎを起こしたくない」

 地球連合との講和が終わるまでは、相手に付入る隙を見せない為にも、特に注意が必要ということか。

「なら、暗殺説が一般に広まって、誤魔化せなくなった時は?」
「現体制に不満があった個人か、戦闘でのストレスで発狂した者による凶行というのが、外に漏れた場合での公式見解になるな」
「……あくまでも、背後関係は存在せず、突発的な単独犯行にするって事か」
「ああ。お前達が紹介してくれた記者のお陰で、オペレーション・スピリットブレイクの失敗は、クライン派の裏切り行為が根本にあったと一般市民に浸透しつつあるからな。……これ以上、社会を動揺させるとプラントの政治体制そのものが崩れる事もありえる。よって、我々の身内には、その存在が目障りだからといって背中を刺す者など、どこにも存在していない、という建前で通す」

 建前、か……。

 やはり、コーディネイターも人ということだな。

 ……。

「そろそろ、着くな」
「……ラインブルグ、もう、聞かないのか?」
「まぁ、本音を言えば、その時の……、ザラ議長が暗殺された時の状況を聞きたい気持ちはある」

 ……ザラ議長の葬儀は、その死の真相を秘匿する必要性からザラ夫人と一部の要人だけが参加しての密葬だった為、直接的に遺体と対面したわけではないからなのか、あの議長が死んだという事を、未だに信じ切れていない。

「だが、俺は、ザフトを去る身だからな、これ以上の機密に触れると不味い事になる」
「……別に、残ってもいいんだぞ?」
「いや、勘弁してくれ。……ザラ議長みたいな、何気に理解のある上司がいなくなったんだ、胃と心がもたないよ」

 客観的に見ると、俺の立ち位置はザラ議長に近いって、周囲から思われているだろうから、クライン派はもちろん、コーディネイター至上主義者や対ナチュラル強硬派の連中、加えて、フク某みたいなザフト内部に潜む権力亡者共からの風当たりが強いだろうしなぁ。

「お前がいれば、これから始まる、抜本的な軍制改革も楽になるのだが……」
「何言ってるんだよ。所詮、俺なんて、数いる白服の一人に過ぎないんだぞ?」
「以前から思っていたのだが……、ラインブルグ、お前、自己評価が低くないか?」
「そうか? 連合軍の新型MSを奪取したり、核攻撃を全弾阻止したりしたラウやザフトの中枢で辣腕を振るってきたお前に比べたら、俺なんて、特に目立った功績を挙げていないから、これくらいの評価が妥当だと思っているんだが?」

 俺の答えを聞いたユウキは、天井を見上げた後、利き腕の人差し指で眉間を押さえながら、これ見よがしに溜息をついてみせると、改めた感で、口を開いた。

「ザラ議長に物申して、拳で語り合ったのは誰だった?」
「懐かしいな、おい。……本当に、あの時の議長は強かった」
「ザラ議長に通商破壊を提案したのは?」
「ああ、そんな事もあったな」
「L1に恒常拠点を設けて、宙域を押さえるように進言し、通商破壊を行うように提言したのは?」
「一応、意見書を送ったり、状況に対する対応策を出せって言われた覚えはある」
「地球軌道上で、クルーゼと共に、一個艦隊を叩き潰したのは?」
「あれは、ラウが主体で、俺は助攻」
「……情報漏洩の危惧を伝えて、対策を求めたのは?」
「知った情報を伝える機会があったから伝えただけだ」
「……オペレーション・スピリットブレイクの端緒を構築したのは?」
「元々、素体となるちゃんとした原案があったし、あくまでも、それに乗っかっただけさ」
「……L1に侵入してきた一個艦隊を始末したのは?」
「地の利を持ち、宙域を良く知る防衛隊との共同作戦だからこそ上手くいったんだ」
「……通商破壊で連合軍の輸送艦を損失なしに五十隻近くも沈めたのは?」
「戦隊の皆が頑張った成果だな」
「…………私に外交部への積極的な情報提供を勧めたのは?」
「早く戦争を終わらす為の一助と思っての事」
「…………第二次低軌道会戦で苦戦する他隊を他所に、一方的な展開で同数のMS隊を撃滅したのは?」
「あれこそ、日頃の訓練の賜物って奴だ」
「…………壊滅したボアズから撤退する残存部隊を救出したのは?」
「与えられた任務をただ果たしただけさ」
「…………ザラ議長に辞任を決意させたのは?」
「えっ、確かに議長には辞めた方が今後に都合がいいとはいったけど、そうなのか?」

 ん、なんだろうか、この、居心地の悪い沈黙は?

「ラインブルグ、お前はもう少し、自分が周囲に与えている影響を自覚しろ」
「いや、んな、大げさな。一人の人間が与える影響なんて、小さいもんだろう? だいたいだな、もし仮に、俺が誰かに、何らかの影響を与えていたとしても、その誰かが受け手として、どう感じ、どう変化したかの方が重要だと思うぞ、俺は」
「だが、それも影響が与えられなければ変わらないはずだ」
「いやいや、俺からだけじゃなくてさ、人は常々、森羅万象から影響を受けているよ。物事に変化が起きるのはさ、受け手が自身を、心を動かして、自らを変革しようと思った時から始まるんだ」

 むむむ、と互いの主張をぶつけ合い……、同時に肩の力を抜く。

「はぁ、平行線だな」
「というか、こんなどうでもいいことよりもだな、お前、今から、ザラ夫人に簡略にしか伝えていなかった、議長が暗殺された時の状況を詳しく説明するんだろう? しっかりと心の準備をして、腹を据えて置けって」
「むぐっ。……い、胃が痛くなってきた」
「……すまんが、こればかりは交代できんぞ?」
「わ、わかっている。だが……、今から、気が重過ぎる」

 実は、これからユウキには、ザラ夫人の元に赴き、ザラ議長が亡くなった際の状況を……、その場で起きた子細全てを伝えるという、とてつもなく気の重い仕事が待っているのだ。

 ……。

 ミーアから聞いた話だと……、ザラ家では、ザラ議長が亡くなる前に……、戦争で一粒種も失ったという話だったから……、大切に育ててきた息子と愛する夫を相次いで失った、夫人の悲しみは如何ほどのものだろう。


 ……はぁ、俺如きでは、到底、想像できない。


 けど、たとえ、深い悲しみに沈んでいる状況にあったとしても、誰かが共に在るというだけで、そこに言葉がなくとも、人の心は支えられるという事だってあるだろうし、遺された者が逝った者の〝死〟を受け入れられるようにする為の一助にもなれるかもしれないから、こちらから無理を言って、ユウキに同行する事にしたのだ。

 ……正直、俺やミーアが一種の憧憬を抱いているザラ夫人の悲しむ姿は見たくはないがな。


 ◇ ◇ ◇


 ザラ邸に到着すると、ザラ夫人は表面上は常と変わりなく俺達を迎えてくれた。だが、普段はしていない化粧をしているだけに、体調が思わしくない事や顔に出ている憔悴を隠す為にだろうという事は透けて見える。
 それでも、気丈に背筋を伸ばして、毅然とした態度を貫こうとする姿は、痛々しいと同時、敬意を払うべき尊いものだとも思えた。

「では、ユウキ君、こちらへ」
「はい」

 来訪の挨拶もそこそこに、ザラ夫人とユウキがザラ議長の書斎で話をする事になり、その間は、ザラ夫人の知り合いで、ここしばらくザラ邸に泊り込んでいるという人物、鮮やかな緑髪をウェーブにしたザラ夫人よりも少し若く見えるミズ・アマルフィが応接してくれた。

 また、俄かには信じられなかった事だが、ミズ・アマルフィは既婚であり、また、息子さんもいたそうなのだが……、ザラ夫人と同じく、この戦争で亡くしているとの事だった。

「夫も、私も、二コルを……、息子を失ってから、心の中に大きな虚ができたように、埋め切れない損失感があります。……アスラン君やパトリックさんを失ったレノアさんも、きっと、同じような気持ちになっているのではと思って、夫と相談して、少しでも話し相手になれればと思って、泊らせてもらっているのです」
「そう、ですか」

 ……俺の立場が、敵味方問わず、アマルフィ夫人のような人を生み出す側であった以上、何も言えない。よって、その後は、俺以上に場慣れしているミーアに受け答えを任せ、ただただ、静かに黙して、耳を傾け、心中で頭を下げるだけに止めた。

 主不在の居間で、アマルフィ夫人が耳さわりの良い声で語ったのは、一人息子を失った後のアマルフィ家の話だった。


 アマルフィ家にとって、とても大切な存在が失われた後、自身が嘆き悲しむ間、旦那さんは何かに取り付かれたように仕事に没頭していた事、その仕事の成果を何者かに奪われてしまい、旦那さんが狂ったように憤激していた事、停戦と講和を良しとせず、最後まで、それこそ、連合を、ナチュラルを滅ぼすべきだと主張していた事、心労と過労で、心身のバランスを崩し、養生している事、そして、養生の中で狂態を晒していた我が身を振り返りつつ、より大きな悲劇に見舞われているザラ夫人を心配している事。


 アマルフィ夫人の話を聞きながら、ふと、思う。

 愛の反対は憎悪と言うが……、人は愛する者を失ったり、奪われた時、その愛情が深ければ深いほど、憎悪に身を焦がし、狂う可能性があるという事だろうか?

 ……一瞬、隣に座るミーアを失った場合、自分はどうなるだろうかということが頭を過ぎったが、馬鹿な事と一蹴する。

 そのようなことを考えると際限がないし、それこそ、ミーアを籠の中の鳥にしてしまうような、一種の狂気に繋がるかもしれないからだ。

 ……愛って難しい、だなんて、普段なら鳥肌が立つようなことを考えていたら、ユウキが出てきた。

「話は、終わったのか?」
「ああ、話せる事は全て話した」

 なら……。

「ミズ・アマルフィ、ミズ・ザラの付き添いをお願いできますか?」
「ええ、わかりました」
「兄さん、私も……」
「ああ、頼むよ、ミーア」
「うん」

 ユウキと入れ替わる形で、二人が去り、残されたのは、ユウキ、アルスター、俺という、ザラ夫人との関係が比較的に薄い三人だ。

 とりあえず、ミズ・アマルフィの話を聞いた後、ずっと顔を伏せて、沈黙しているアルスターは置いて、ユウキと話をする。

「お疲れさん」
「ああ、下手にMSに乗っていた時よりも疲れたよ」
「……だろうな」
「しかし、これで胸の痞えが取れたという気持ちもある」
「そうか」

 確かに、ユウキの顔色は先程よりもマシになっていたから、それをネタに、少しガス抜き(からかい)をしてやろうとしたら、アルスターが顔を上げて、話しかけてきた。

「ねぇ、ラインブルグ、さん」
「ん? どうしかしたか、アルスター?」
「前に言ってた、コーディネイターとナチュラル、この二つに、肉体的な差は大きいけど、精神的には何も変わらない、って言っていたけど、本当なのね。……さっきの話、まるで、私の事を言われているかと思ったわ」
「……そうか」

 俺が応えた瞬間に、ユウキもアルスターがナチュラルだということを察したのだろう、こちらに何かを問い掛けようとしたが、目線で制する。

「その認識を世界に浸透させる事ができたら、コーディネイターとナチュラルの垣根は一段低くなるだろうな」
「……そうね」

 もっとも、その垣根を意識して低くできる者は、コーディネイター、ナチュラル共に、極々少数であり、これがこの世界の現実である。

 コーディネイターとナチュラルが対立しやすい今の社会を変革しようとしたら、地道に、今、アルスターが抱いた認識を、少しずつ浸透させていくか、両者の間に立つ存在、つまりは混血を増やしていって、両者の存在を混ぜ合わせて行くしかないという事だろうなぁ。


 先程よりもほんの微かにだが、表情を明るくさせたミズ・ザラが、ミズ・アマルフィとミーアを伴なって出てくるまで、俺達は、ただ静かに、時を過ごしたのだった。


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