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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
100 未来を照らすもの 2


 ミーア達に近づくにつれて状況が見え始めた。

 どうやら、司会の男……ギルバート・デュランダルが、何やら熱心にミーアに話し掛けているのを、ミーアが余裕を持ってと言うか、極々普通に受け答えしているようだ。
 だが、ミーアの傍らに立つアルスターはどことなく、我が家に来た当初に見せていたような、相手を見定める目を……、いや、デュランダル氏を警戒しているように見えるな。

「では、歌う気はないと?」
「はい。歌を歌うのは好きだけど、あくまでも趣味の範疇ですから」
「……残念だ。君の歌声ならば、多くの人を魅了できるだろうに」
「ふふ、お世辞でも嬉しいです」
「私は世辞でこのようなことは言わないよ」
「あはは、あまり、そういうことは軽々しく言わない方がいいですよ。……女の子は勘違いしやすいですから」
「偽りのない、本音なのだがな」

 ……歌?

 よく状況が掴めないまま、とりあえずはデュランダル氏に声を掛ける。

「ミスタ・デュランダル、時間を掛けさせて、申し訳ない」
「あ、ああ、いや、ラウとの別れなのだから、そのような事は気にしなくても構わない」
「それはありがたい」

 なんて受け答えしながら、ミーアとアルスターを横目で観察する。

 ミーアはラウとの別れの際に見せていた涙の後が微かに残る位で、後は普段と……、癒しの空気を醸し出すような、のほほんとした雰囲気とまでは言わないが、常とあまり変わらない。
 一方のアルスターは、俺の到着で目に見えてほっとしているようなのだが、それでもどうやら、このデュランダル氏への警戒は解いていないようだ。

 何故に、そこまで警戒するのかはわからないが、アルスターの精神衛生上、あまり良くなさそうだから、先に行ってもらって足を確保しておいてもらうことにしよう。

「ミーア、アルスター、悪いが、車の確保を頼む」
「あ、うん、わかった。それでは、デュランダルさん、御機嫌よう。これで失礼しますね」
「……失礼します」
「ああ、二人とも、今日は来てくれてありがとう。……それと、ミズ・キャンベル、もしも、気が変わるようなことがあったら、先程渡した名刺に連絡を入れて欲しい」
「ふふ、わかりました。憶えておきますね」

 な、なんか、アルスターと共に、自然な立ち居振る舞いでデュランダル氏の元から立ち去るミーアの、男への対応と言うか、あしらい方が異様に上手な気がするんだが……、これも、日頃からミーアがお世話になっているザラ夫人の薫陶の賜物なんだろうか?

「この私が、この僅かな間に、ここまで惹きつけられてしまうとは……、本当に、残念だ」
「ええっと、あの……」
「む、何かな?」
「ミーアに歌って、どういうことですか?」

 確かにミーアは歌うのが大好きだが、あくまでも素人であって、人前で聞かせられるとは思えないんだが……。

「実は、彼女と話している時に気が付いたのだが、彼女の声には、不思議と惹きつけられるものがあったのだ」
「そうなんですか?」

 俺には、普通の、ありふれた声にしか、聞こえんけどなぁ。

「そうなのだよ。……あれは、実に、良い声だった」
「うーん、昔から聞いている所為か、俺は特に何も感じないんですが?」
「そうなのかね? ふむ、あの声を聞いて、何も感じないとなると……、遺伝子の……、いや、違うか?」
「えと……」
「いや、すまない、職業柄、つい、考え込んでしまうのだよ」

 あー、そういうのってあるよね、なんて考えつつ、相槌を打っていると、デュランダル氏は更に続ける。

「しかし、あの声を聞いておいて、極普通でいられるとは……、いや、流石に、ミズ・キャンベルを育てきたというヘイアンヒカルゲンジだけはある」
「ぶはっ、……な、何を急にっ!」
「む? ラウからはラインブルグ君への一番の褒め言葉だと聞いていたのだが?」

 おいおい、ラウさんよぅ!

 こんな置き土産はいらんぞっ!

「そ、それは、褒め言葉では絶対にない、むしろ、貶めていますから、ぜ、絶対に、他では使わないで下さい」
「ふむ、どうやら、私はラウに担がれたようだな。知らぬ事だったとはいえ、申し訳ない」
「い、いえ、悪いのは嘘を教えていたラウですから」

 な、なんか、ラウが遺していった俺限定への爆弾が見事に炸裂したお陰で、一気に堅苦しかった場の雰囲気が破壊されたよ。

「今、考えてみると、意外と、お茶目ですよね、ラウって」
「ああ、君達と出会った後、仮面を外し、サングラスを掛けるようになってからは、特にな」
「そうなんですか?」
「そうなのだよ。初めて出会った頃は……」
「……自身の血筋や自分を生み出した社会への復讐の念に囚われていた?」

 俺の言葉に驚いたのか、微かにデュランダル氏の琥珀めいた色をした目が広がったように見えた。

「そこまで、話していたのか」
「まぁ、進んでと言うわけではないんですが、紆余曲折を経て、知るに至りました」

 改めて知る切っ掛けとなった原因を思い出すと……、笑い話のネタにしかならんよなぁ。

「そうか。……では、ラウの妄念は晴れたと、君は思うかね?」
「ええ、晴れたでしょうね」
「む、そこまで断言できる理由は?」
「最期の相手が、全てをぶつけるに値する、良い相手だったからでしょう」

 ラウはきっと、自らの思いの丈を……、自身の中でずっと巣食っていた負の感情と自身の生き様を、ぶつける事ができたんだろう。

「君は、その相手について、詳しく知っているのか?」
「いえ。……ただ、ラウはヒビキと、連呼していましたね」

 流石に、アルスターの想い人を、しかも両想いっぽいだけに、本名を出すのは憚れるからなぁ。

 一応、アルスターには知る義務と権利があると思い、下手な隠し立てはせず、ラウとキラ・ヤマトという名の人物が戦い、ラウが敗れたということを、俺が知り得た、ありのままを伝えておいたけどな。

「ヒビキと、ラウはそう言っていたのかね?」
「ええ」
「そうか。……ならば、納得も行く」

 だが、デュランダル氏はその苗字を聞いて納得がいったらしく、頻りに頷いてみせた。そして、これまで纏っていた柔らかい雰囲気から打って変わって、鋭い視線でこちらを見据えてきた。

「少し話を変わるが、君は、SEEDという言葉を知っているかね?」
「SEED……、Superior Evolutionary Element Destined-factor(種の進化的要素を決定付ける因子)でしたっけ?」
「ほぉ、博識だね」
「いえ、暇つぶしの濫読で、流し読みをして知った程度ですがね」

 人類が一つ進化する為のステージ、その可能性、って、俺が読んだ書物には書かれていたが、要するに、種族としての人が、新しい環境……、宇宙に適応するように進化するってことだろう?

 ……違うのかな?

「では、そのSEEDを持つ者が、特別だと言われている事も?」
「それは初耳ですね」

 確かに、他者よりも一歩先に行く事になると特別といえば特別かもしれないが、最終的には皆が行き着くはずなんだから、そこまで取り立てて騒ぐ事でもないような気がしないでもない。

「ある者は、そのSEEDを持つ者が、新たに人類を導くだろうと、そう言っている」
「……形を変えた救世主思想ですか?」
「ああ、その通りだよ。……私は、そんな救世主を待望するような安易な方法を選ぼうとする今の社会を、些か、危惧している」
「まぁ、確かに、先導する者が誤ったら、それでお終いですからね」

 理屈ではなく経験からだが、人がヒトという存在である以上、どこかで過ちを起こすのが普通だろうし、そもそも、この世には完璧を目指す人はいても、〝完璧な人〟などいない……はず。

「そういう事だよ。では、どのようにすれば……、大きく乱れた社会の中で、今を生きる我々は、何を標に、どう生きていけば良いのだろうか?」

 ……標、なぁ。

「そういう道標があったら、生きるのも楽でいいんでしょうが……、そういったものがあったとしても、先程、ミスタがSEEDを持つ者を救世主扱いする事を指摘されたように、それに縛られてしまう、……妄信してしまう場合もあるかもしれませんよ?」
「……かもしれないな」
「結局は、一部の天才に全てを頼るだけでなく、大多数の凡人が知恵を絞りあって、時に対立し、時に協和して、一歩ずつ、先の見えない闇夜に似た未来を、多くの苦悩を抱えながら、それでも世界が良き方向に進むと信じて、手探りで進むしかないんじゃないですか? 無論、その過程では、多くの過ちが繰り返されるだろうし、数え切れない屍が生み出されるかもしれない。でも、それを乗り越えて、今の人類があるんだから、これからだって可能なはずです」
「だが、皆が皆、君のように強いわけではないよ」
「いやいや、俺だって、強くなんてないし、所詮は一個の弱いヒトに過ぎませんよ。実際、今言ったことは飽くまでも、俺が考えている、俺が望んでいる理想であって、現実では実現が難しいだろうなぁって、自分でも思いますから」

 でも、生き辛い現実だからこそ、理想を抱くというのは、大切な事だと思うんだ。

 ……まぁ、その思いが妄信に陥らないよう、それだけに固執しないように、時に自身の理想に懐疑的になることが必要だろうし、より良いモノを見つけるために、他者の言葉にも耳を傾けることができる位の余裕がなければならないだろうけどな。

「それでも、さっきの救世主思想が多くの人を魅了するのと……、人に光明を与えるのと一緒で、俺が言ったような理想でも、闇夜を照らす為の数ある灯火の一つにはなると思うんですよ。それに、未来という、どこまでも深い闇夜を照らす灯火は、少しでも多くあった方が見通しも良くなりますからね」
「なるほど、未来を照らすのは必ずしも一つの灯火だけである必要はない、というわけか」

 ふむふむ、と何やら頷いているデュランダル氏は、俄かに微笑んで、鋭い雰囲気を拡散させた。

「……ふふっ」
「何か、変でした?」
「いや、すまない。君の理想を笑ったわけではないよ。ただ、ラウと君の馬が合った理由が、なんとなく、わかった気がしたのだよ」
「はぁ、そうですか」

 こちらにはよくわからないが、デュランダル氏はラウを昔から知るだけに、得心ができたのだろう。俺がそんな感想を抱いていると、再び、デュランダル氏が口を開いた。

「ザフトの知り合いから君の隊が解隊すると聞いているのだが、今後はどうするのかね?」
「そのまま除隊して、オーブで会社を営んでいる親父の手伝いをしようと考えてます」
「そうか。……確か、君の父上が経営しているのは、ラインブルグ・グループだったね」
「おや、御存知でした?」
「プラント国内……、ザフトでも知っている者は少ないだろうが、知っている者は知っているよ」

 知っている者は知っている、か……。

「なるほど、俺が知らないだけで、親父とグループの名に助けてもらっていたということですか」
「オーブを支えてきた雄であるモルゲンレーテと肩を並べる新興の一大企業グループであり、プラントとも食糧関係での取引話があっただけに、上層部が手心を加えることもあっただろうな」

 あちゃー、これは、親父に、本格的に頭が上がらなくなってきた気がしてきたな。

「しかし、残念だ」
「何がです?」
「君のような人材がプラントから流出する事がだよ」
「それは褒めすぎですよ」

 な、何か、背中がむず痒いっ!

「いや……、本当に、クライン派に暗殺されたザラ議長が、君を買っていた理由がわかったよ」
「そ、そうですか? な、何か、照れますねぇ、……っと、ユウキの方も話が終わったみたいですんで、今日は、これでお暇したいと思います」
「もう、行くのかね?」
「すいません、今日は他にも、どうしても、外せない用事がありまして……」

 ……っ、早く来い、ユウキ。

「ふむ、私としては、もう少し、君と話をしたい所なのだが、そういう理由ならば、仕方がないな。……ラインブルグ君、今日は、ラウの葬儀に参加してくれて、ありがとう。ミーア君に私の名刺を渡してあるので、もしも、何か困った事があったら連絡して欲しい。私なりに協力できることは協力しよう」
「いや、初対面にも関わらず、何とも、過分なお気遣いを……、感謝します」
「何、君はラウの親友だったのだから、それ位のことはさせて欲しい」

 ……来たか。

「ユウキ、ちょっと長居をしすぎたみたいだ。次の予定まで時間がないぞ」
「何? ……確かに、少々、長居をし過ぎたようだな」
「まぁ、仕方がないさ。それよりも、先方を待たせるわけにもいかないからな、急いだ方がいい」
「そうだな。……では、バレル君、さっきの件については今後も相談に乗るから、また、話をしよう」
「ええ、ありがとうございます」

 ……。

「ミスタ・デュランダル、今日は司会をして頂き、ありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ、ユウキ君。私にとっても、ラウは家族といっても過言ではない存在だったのだから」
「こうやって、多くの者がクルーゼを送る事ができたことに、感謝します。……それでは、失礼します」
「……では」
「ラインブルグ君、再び、会える時を楽しみにしているよ」

 ……。


 ……。


 も、もう、デュランダル氏から、顔は見えていないよな?

「ど、どうした、ラインブルグっ、今、急に顔色が悪くなったぞ?」
「……後で話す」

 何とか、常と変わらぬ姿勢を維持したまま、ユウキと並んでミーア達が待っているであろう、車止めを目指す。その途上、墓地を管理するための建物の陰に……、デュランダル氏の視界から外れた瞬間に、足に来てしまい、ふらついてしまった。

「お、おい、本当にどうしたんだ?」
「ああ、もう少しだけ、待ってくれ。車に入るまでは……」
「だ、だが、ッ! ……お前、凄い汗じゃないか?」
「ちゃ、ちゃんと、理由は話すから、今は、早く、車まで行こう」

 ま、まったく、冗談じゃないぞ!

 なんなんだ、一瞬だけ見せた、あの、ザラ議長にも匹敵する、人を圧する強烈な存在感はっ!?

 それに、なんで、一市民であるはずのデュランダル氏が、今現在において、ザフトでもトップシークレットに分類されるザラ議長暗殺を知っているんだよっ!?

 しかも、犯人がクライン派だって、確信があるような口振りで話すだなんて、明らかにおかし過ぎるだろう!

 ……。

 い、いや、突然、掛けられたプレッシャーと、思ってもない所から予想だにしなかった言葉を吹き込まれた所為で、動揺し過ぎているな。


 ……落ち着け、俺。


 落ち着いて、頭を回すんだ。


 ……。


 よし。

 ザラ議長が暗殺されたことに関する諸々の情報は、あのザフトの内情に詳しい口振りなら、上層部と強固な繋がりがあるか、広大な情報網を持っていて、そこから耳に挟んだのかもしれないし、クライン派が犯人であると確信しているのも、そこから聞いたのかもしれない。


 ……。


 うん、やっぱり、デュランダル氏がザラ議長の暗殺に関わっているのではないか、だなんて、荒唐無稽な想像が脳裏を過ぎったのは、唐突に向けられたあの存在感の所為で感覚が狂ってしまい勘違いしてしまった、……つまりは、俺の早とちりだろう。

 この一週間、ザラ議長暗殺の状況を知りたいと思い続けていた所に、急にそんな話題が出てきたが為に、勝手に関連づけたに違いない。

 だが、最高評議会の議員とその場に居合わせた司令部要員、俺とゴートン艦長以外には、知らないはずの情報を知っているとなると、相当な癖者だな。

 それに加えて、あの、人を圧倒できるだけの存在感を持つなんて……、傑物というか、化け物だぞ。

 はぁ、ラウの奴め、本当に、とんでもない人物と知り合いだったんだな。

 アレは間違いなく、付き合う際には、常に気を抜くことなく、言動に注意が必要なタイプだぞ?

 ……今日の会話で、変に目を付けられていないといいけどなぁ。

 あっ、一応、アレがご執心だったミーアにも注意しておく方がいいかもしれない。

 ……。

 無人車の前で待っているミーア達が見えてきたことに安堵して、二人に要らぬ心配をさせないよう、心身の状態を把握して調子を取り戻すべく、俺は深い深呼吸を繰り返した。
11/04/26 一部表現を修正。
11/12/23 誤字修正。


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