第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
99 未来を照らすもの 1
参加した多くの者が何かを失った、第二次ヤキン・ドゥーエ防衛戦において、地球連合軍との停戦が成立してから早一週間。
新しい防衛線が再度、発射が可能になったジェネシスを中心に再構築された結果、プラント国内の非常事態宣言は解かれている。また同時に、先の防衛戦で消耗したザフトの再編も平行して行われているのだが……、この余裕は、本当に、ジェネシス様々としかいいようがない。
そんなジェネシスの攻略に失敗した上、一大根拠地である月のプトレマイオスまでも失った連合軍艦隊は、L5のヤキン・ドゥーエ要塞周辺宙域からジェネシスの射程圏外であるL4と月の裏側に分散して後退していったが、L1に関しては未だに包囲は解かれておらず、一触即発の空気は未だに残っている。
だが、地球連合軍との停戦は、早くも地球連合構成国とプラントとの講和交渉にまで至っており、そう簡単には今の停戦が崩れる事はないだろう。
現実、今現在も、講和交渉の席が設けられた、南アフリカ統一機構の首都ナイロビでは、丁丁発止とした激論が交わされている。
もっとも、その表立っての激論は大衆向けのデモンストレーション的なものであり、実質的な交渉は激論の裏で、それぞれの国の思惑や利害が絡み合った状況で、それぞれが利益を確保したり、権利を手に入れようと様々な駆け引きを行う中、それこそ一言一句を鬩ぎ合うような舌鋒による静かな闘いを繰り広げながら、それぞれがある程度は納得しうる妥協点を探るだなんて、俺ならうんざりして気が遠くなるか、頭にきて放り出すような折衝を秘密裏に延々と行っているはずだ。
そんな伏魔殿と表現しても過言ではない会議場で、ザラ議長から〝予め〟全権委任状を渡されていたカナーバ議員がプラント全権委員として、獅子奮迅の働きをしていることだろう。
……。
あの日……、ラウが逝き、ザラ議長までもが不帰の人となった9月27日。
ザラ議長が暗殺されたという情報は、その日一日の間、ごく一部の関係者を除いて秘匿され、よりソフトな姿へと形を変える事となった。
何しろ、停戦が成立したばかりの状況で一国の指導者が暗殺されるだなんて、想定外の非常事態が起きたのだ。総司令部は混乱状態に陥って機能不全になっていたし、同日中に、一国の最高指導者が暗殺だなんてことが連合軍に漏れた場合は、こちらの体制が固まらない隙を突き込まれて、停戦が崩れる可能性もあった為だ。
幸いな事に、その一日を使い、総司令部でザラ議長を補佐していたユウキがFAITHの権限を使って、ヤキン・ドゥーエ要塞近辺に展開していた全部隊の指揮権を掌握し、停戦状態の維持と防衛態勢の建て直しを図った事で連合軍に隙を見せなかったし、後方でも、アプリリウス・ワンのプラント政庁で来るべき講和交渉の準備をしていたカナーバ議員やアプリリウス軍事衛星港でプラント防衛隊を指揮していたジュール議員が迅速に動いたお陰で、例えば、クライン派のクーデターのような大きな混乱は起きず、最高評議会が臨時招集され、タッド・エルスマンなる最高評議会議員が暫定的に最高評議会議長に選出され、就任する運びとなった。
なので、ザラ議長が暗殺されたという情報は表には漏れず、表面的、対外的には、停戦合意後、撤収指揮を取っていた際に突然倒れ、急逝したと発表し、急遽、暫定議長を立てた、という具合に取り繕う事ができた。
……。
とはいえ、実は俺も、ザラ議長が、誰に、どのように、暗殺されたかについては、何も知らなかったりする。
なにしろ、ザラ議長が暗殺された状況についてはユウキも口をつぐんでいるし、その場に居合わせた者達も不意に倒れられた、との公式発表を口にするだけだからだ。
まぁ、今日は、久しぶりに多忙を極めているユウキの奴とも直接会うので、できることならば、聞き出したい所なのだが……、以後の事を考えると、追求したり、聞いたりしない方がいいだろうなぁ。
そんな風にこれからの方針を固めていたら、耳に馴染んだ声とここ最近で耳慣れた声が聞こえてきた。
「あっ、見てよ、フレイ。兄さんがまた、悪い顔してるわ」
「確かに、ミーアの言う通り、あの表情は碌な事を考えてない男の顔ね」
何だか、最近、居候している二人に散々な事を言われることが多いような気がするこの頃である。
「君達ね、家主に対して、もう少し、言葉を選ぶと言う事を覚えた方が「あ、ユウキさんだ」……聞いてください、お願いだから」
くそっ、なんて世の中だっ!
年長者の話も碌に聞かないだなんて、最近の若者の態度はなってないっ!
本当に、嘆かわしい限りだっ!
……なんて、説教臭いことは、叩けば埃が塊で落ちる身なので言えそうにないが、もう少し位、未恋で無妻男な青年に優しさが欲しいとは思う。
そう考えた瞬間、何故か背筋に寒気が走ったので、悪寒を誤魔化すためにも、無人車から降り立ったユウキに声を掛ける事にする。
「よう、ユウキ」
「……ラインブルグか」
白服姿のユウキは未だに激務が続いているようで、あまり顔色が良くないようだ。
「その顔を見るに、忙しいみたいだな」
「ああ、正直、猫の手も……」
「おっと、先に言っておくが、俺は手を貸せないぞ? 解隊に向けて、色々と忙しいからな」
実は、プラントが本気で講和するという姿勢を地球連合ひいては全世界に示す為に、また、講和交渉において双方の戦力削減という流れを生み出す為に、ザフトの一部部隊を解隊する事が最高評議会で決められている。
戦争が終わったら除隊する事を考えていた俺にとっては、その決定はその渡りに船であった事もあり、ゴートン艦長やフォルシウス艦長とよくよく話し合った上で、うちの隊はそれに立候補したのだ。
「わかっている。だが、クルーゼが逝き、お前まで去るとなるとな……」
「一人残すお前には申し訳ないが、ここらで解放してくれよ。これでも最低限の義務は果たしたつもりだし、……元より俺は、望んでザフトに入ったわけじゃないんだ」
「ああ……、お前は、そうだったな」
疲れ切っている所為か、ユウキの思考がネガティブに流れているようなので、明るい話題を提供してやることにする。
「何、その分、人を残すさ」
「……人を?」
「ああ、うちの隊が解隊するって事は実戦経験が豊富な連中が……、今後、軍の中核になりうる連中が表に出るってことだ。俺が見た感じだと、今、MS小隊長を務めている三人は自信を持って白服候補に挙げられるし、艦内各班で班長している連中も黒服候補になれるだろう。平でも、小隊長や班長クラスになれるのは、……最低でも、三十人は固い、ってところかな」
「ッ! な、なっ、おまっ、そ、それは本当かっ!」
「ああ、どいつもこいつもそれぞれの分野に精通した、使える奴等だってことは保証しておくよ」
何気にうちの隊って、大小併せての実戦経験が多い上に、欠員がほぼ出ていないから、肝っ玉の太い、ベテランが非常に多いんだよねぇ。
「もっとも、そいつらが必ずしもザフトに残るとは限らないからな?」
「わかっている。だが、ザフトにとって朗報なのは間違いない」
「そこまで、人材不足なのか?」
「ああ、次の中核になれる者が少ない。あの防衛戦の損害が、あまりにも大きいのだ」
「……そうか」
それだけ、先の戦闘が酷いもの……、末期戦状態と言っても過言ではない状況だったということだろう。
ユウキと二人、静かに話し合っていると、気を利かせて、アルスターを連れて離れていたミーアが声を掛けてきた。
「兄さん、そろそろ」
「っと、時間らしい」
「そのようだな。……行こう」
今日は、ラウの葬儀がアプリリウス・ワンの共同墓地で行われるのだ。
ミーアとフレイは黒の喪服姿で、ユウキと俺はザフトにおける正装……まったく普段と変わらない制服で参列する事になっている。
……。
それにしても、こう言っては何だが、俺が予想していたよりも参列者が多い。
ザフト内では、エース・オブ・エースである、ラウ・ル・クルーゼは一種の高嶺に存在する、孤高の人物というイメージが強かったからなぁ。
……だというのに、式が始まる前から、おいおいと号泣と言っていい程に泣いている、恐らくは〝燃える会〟の者達だと思しき、喪服やザフトの緑や赤といった制服姿の〝熱苦しい〟男達が不思議な〝色〟を添えている。
「ぉうぅぅぅおうぅぅっ! ら、ラウの兄貴ぃ~~~!」
「クルーゼ隊長っ、あんたはどこまでもっ、熱い漢だったっ!」
「クルーゼ隊長、あなたは、いつまでも、俺の、隊長です」
「俺達、燃える会は忘れねぇ!」
「ああ、BOuRUだけではなく、何事にも熱くなれって、俺達を導いてくれた、あんたのことは、一生、忘れないっ!」
「おお、俺達は、燃える会の永代栄誉会長として、あんたの名は残すぞっ!」
友として、ラウが慕われていることを知る事ができたのは嬉しいのだが……、あまりの熱さに、少々、引いてしまうのは仕方がないことだと思う。
「ね、ねぇ、兄さん、本当に、私達も出ていいの?」
「な、なんか、私達、場違いのような気が……」
「いやいや、こんな湿っぽい場で女っ気がないのは寂しい」
「そうだな、君達が参加してくれた方が、クルーゼも喜ぶだろう」
燃える会の濃い面々を見て、微妙に引き攣った顔を見せていた、ミーアとアルスターにフォローを入れておく。
いくら熱血に傾いていたラウでも、女っ気がないのは勘弁して欲しいだろうからな。
……お、式が始まるな。
◇ ◇ ◇
白服……、部隊長クラスであるラウの葬儀は、通常の軍隊ならば、儀仗隊が出てもおかしくはないのだが、ザフトはそこまで制度が整っていないので、民間の葬儀と大差はない。
その葬儀も、ラウの親戚らしい、ミーアと同じ歳ぐらいの少年を主催者に、また、ラウの知り合いという黒い長髪の美形な男を司会として、参列者の黙祷と献花だけで恙無く進行していき、ラウが入れられた棺は無事に埋葬されることとなった。
そして、建てられた白い墓標の前で、参列者が次々に別れを告げて立ち去って行く中、ゆっくりと別れをしたい俺達は最後まで待つことにした。その間を使って、ユウキと小声で話をする。
「ラインブルグ、奴は満足して、逝ったんだろうか?」
「それは間違いないよ」
なんせ、死ぬ間際に、微笑んでいたんだからな。
「それよりも、例の話、上手くいきそうか?」
「大丈夫だ。実利的な面もあるからな、何が何でも通すつもりだ。……任せておけ」
「なら、いいんだ」
実はユウキと計って、ラウ・ル・クルーゼというザフト屈指のエースが、プラント・コロニー群を核攻撃から守り抜いた英雄がいたことを何らかの形で今後も残す為に、国防委員会や事務局、最高評議会に色々と運動している所だ。ラウが知ったら、気恥ずかしがるかもしれないが、それに値する存在だったのだから、遠慮するつもりはない。
っと、今は、それよりもっと。
「行こう」
「ああ」
墓前で、静かに涙を流したミーアと沈鬱な表情を見せるアルスターが改めて献花をした後、ユウキと二人で並んで立ち、しばらくの間、瞑目して、ラウが生きていた頃の思い出を懐かしみ、また、安らかに眠れるように、黙祷を捧げる。
……。
どれだけの時が過ぎたのか、自身でもわからなかったが、隣のユウキに一声掛ける。
「ユウキ、付き合え」
「……わかった」
持ってきていた紙袋から、ラウと賭けていたスコッチと、小さな携帯グラスを三つ取り出して、封を開け、少量ずつ、注ぐ。
一つをラウの墓標に、一つをユウキに手渡し、一つを俺が手に持つ。
そして、静かに杯を掲げて、ただ、一言だけを、最後に捧げる。
「……友に」
「……友に」
くっと杯を呷ると、喉が灼ける熱さに身体が反応したのか、少しだけ、涙が出た。
「さて、俺達が逝くまで、ゆっくりと休ませてやろう」
「ああ、私達が逝くまではな」
そう、互いに確認して振り返ったら、ラウが……、いや、主催者の少年が立っていて、ビックリした。
司会の紹介によると、レイ・ザ・バレルと言うラウの親類らしいが、髪や顔の造詣、それに瞳の色も何となく似ているため、間違えかけてしまった。
「ラインブルグさん、それに、ユウキさん、ですね」
「ああ。……ラウとは訓練校時代からの付き合いで、親しい友だった」
「私達は、本当に惜しい、掛替えのない友を亡くしたと思っているよ」
俺達の言葉を聞いた、バレル少年は微かに頬を緩ませて、しっかりと言葉を返してきた。
「お二人にそう言ってもらえると、ラウも喜んでいると思います」
「そう言ってもらえると、ありがたいな」
「ああ、光栄だ」
……うーむ。
「君は、ラウの親類と言っていたが、他の親族はいないのか?」
「ええ、ラウ以外に、血の繋がりがある者はいません」
「なら、こいつをもらってくれないか? いつか、ラウと飲もうと思っていたものなんだよ」
ラウとの賭けは、ちょいと余人には漏らせない物騒なものでもあったし、ここは黙っておこう。
「実は、ラウから、自分に何かあったら、ラインブルグさんにこれを渡しておいて欲しいと言われていたんですが?」
バレル少年が手に抱えていた木箱から取り出したのは、見れば、賭けの対象にしていたブツだった。
ラウめ、意外と律儀……、いや、始めから負ける事を見越していたのか?
……。
まぁ、本音を言えば、そいつの味には少々興味があるんだが、ラウが死んだ以上は賭け自体が不成立だしな。
「ラウの形見だし、そいつは受け取れない。俺としては、君が持っていてくれる方が嬉しい。……ついでに、こいつも、君に酒を酌み交わす友ができた時に……、飲んでやって欲しい」
改めて突き出すと、困惑しながらも、バレル少年は受け取ってくれた。
「……では、頂いておきます」
「飲み差しで悪いがな」
「いえ……、大切にします」
再度、微笑を浮かべたバレル少年に、改めてラウの面影を見出すが……、目前にいるのは、レイ・ザ・バレルという一個の人格を有する人であるから、口には出さないことにした。
「では、失礼するよ。……ユウキ、先に行くぞ?」
「ああ」
無言で頭を下げてきたバレル少年に敬礼を返して、俺がその場を辞すと、ユウキがバレル少年と話をしているようだった。
……案外、ザフトに勧誘していたりしてな。
そんな事を考えながら、司会の男と何かを話しているらしいミーアとアルスターの元に赴いた。
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