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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
98  終息の刻 2


 宙域に満ちているデブリ……先程までの戦闘で発生した残骸の中に、プロヴィデンスがないかどうかを確認して回っていると、徐々に頬に引き攣りが……乾いた笑みが浮かんでくる。

 戦争が本格的になってから、ラウとユウキ、俺の三人の中で一番最初に撃墜されるのは、間違いなく俺だろうと、ずっと思っていたんだが……、どうしてこうなってしまったんだろうか?


 不沈を誇る〝足つき〟に深く関わったからだろうか?


 或いは、ラウの好敵手や強者への拘りが、僅かだが、致命的な隙を生んだのだろうか?


 それとも、何か、別の要い……いや、今は感情が荒ぶっているし、思考回路も過激に走りそうだから、因果を探るのはやめよう。

 それよりも、っと?

 意識をメインモニターに目を向けると、明らかに他のMSとは機体色が異なる、灰色の機体があった。

 一瞬、プロヴィデンスかと思ったが、頭部が吹き飛ばされている上、右脚部や両腕を無くしているから、はっきりとは判別できない。

 ……。

 うん、何となく、プロヴィデンスに似ている気がしないでもないが、パッと見て取った各パーツの印象が細く、全体的なシルエットも華奢だと言える事に加え、開放されているコックピット部もプロヴィデンスの位置とは違うし、何よりも、背中にドラグーン・システムが存在していないから、これじゃないだろう。

 だが、機体の持つ雰囲気がプロヴィデンスに似ていることを考えると、先にロールアウトした系列機、クライン派に奪われたって言うフリーダムか、行方がはっきりとわかっていないジャスティスかもしれない。 

「デファン」
「なんすか、先輩」
「回収したい機体があるから、来てくれ」
「……見つかったすっか?」
「いや、別の機体だ」
「えっ? ……なら、警戒はどうするっすか?」
「いや、さっき最大戦力の足つきが撤退したのに、しつこく戦域に残るような馬鹿はおらんだろうさ」
「……それもそうっすね、直に合流するッすよ」
「ああ、頼む」

 デファンが到着するまでの間、更に詳しくフリーダム、或いは、ジャスティスらしき機体を観察して行くと、ビームで貫かれたと思われる胴体脇の穴や推進剤の爆発によってできたと思われる破断面、切断された背部スラスターから伸び出た放熱板らしきもの、ビームが至近を擦過したと思われる熔けかけた装甲といったものに加えて、ビームコーティングが為されていると思しきシールド部にも、かなり強力なビーム粒子による付加が相当に掛かっていたらしく、丸い弾痕や線状痕が幾つも残されていた。

 本当に、見て取れただけの情報だけでも、この機体がかなりに激しい戦闘を経た事を教えてくれる。


 そして、おそらくは、この機体こそが、あの通信を傍受した際に、ラウが戦っていたクライン派……、ラウと何らかの因縁があると思しき相手の可能性が高い。


 一度、大きく息を吐いて、心を落ち着かせてから、機体をゆっくりと回転させて、左右上下360度に向けて、光学による捜索を行う。


 何らかの弾みで強く流されていない限り、プロヴィデンスもこの近くにある可能性がある。


 ……そう思った瞬間、心の深奥に押し込めた感情が悲鳴をあげ、それに伴ない、悲痛に胸奥が捻じれ、身体が素直に悲嘆を表に出すように促してくるが、唇を噛み締めて、今は駄目だと、まだ我慢だと、再度、封じ込める。


 全てを薙ぎ倒す大嵐の如き感情の奔流を、今にも決壊しそうになる意思でもって受け流していると、有難い事に、デファンからの通信が入った。

「先輩、そろそろ、着くっすけど、……どうっすか、見つかりそうっすか?」
「……さて、正直、こればかりは運の部分が大きいから、見つけられない可能性もある」
「……そっすね」
「ああ。……つき合わせて悪いが、もうしばらくは、よろしく頼む」
「んなことは、気にしなくてもいっすよ。……あ、でも、前に食った寿司は美味かったッすね?」

 デファンは飄々とした話振りで、こちらが必要以上に気にしなくていいように、少しでも俺の気が紛れるように、空気を変えようとしてくれているようだ。

「了解。まぁ、俺は、野郎と二人きりで食う趣味はないから、前と同じで、折で手を打とう」
「俺も野郎と一緒に食うよりもそっちの方がいいっす」
「……減らず口を」
「誰かさんの影響が大きいっすからね」

 やれやれ、初めて会った時はどこか言動に翳があったっていうのに、本当に、変わったものだ。

「ほい、到着っす。じゃ、こいつを確保していればいいってことっすね?」
「ああ、もしかしたら、そいつから、何か情報が手に入るかもしれないからな」
「了解っす」

 デファンとの通信を切り、モニターに視線を戻して、チェックを始める。

 ……しかし、この辺りの残骸は、一風変わったというか、派手なカラーリングのジンが多いな。

 ラバッツが言っていた傭兵かL3の海賊あたりが使用していたものだろうか?

 その中でも特に痛々しい、ピンクに寄った赤で染められたジンを見て、げんなりとしていたら……、視界に、重厚なシルエット……プロヴィデンスらしき影が見えた。

「デファン、それらしきものを見つけた」
「うっす。……なら、俺はレナと合流するっすよ」
「ああ、わかった」

 気を使ってくれたデファンに内心で感謝しつつ、一刻も早く確認したい理性と未だに認めたくない感情に振り回されながら、機をその影へと向わせる。

 ……。


 ……ッ!


 間違いない……、プロヴィデンスだ。


 ぱっと見ただけで確認できたのは、機体の右肩から右腕部と胸部の一部が切り取られ、そこに先程の機体の左腕らしきものが突き刺さっている事と、機体色が灰色になっている事から、PS装甲への電力供給が止っている事だった。

 おそらくは、機体が損傷した時にでも、動力源、或いは、ニュートロンジャマーキャンセラーをやられたのだろう。


「……ラウ」


 通信で呼び掛けてみるが……、やはり……、繋がらない。


 その事実に寂寥と沈鬱とを感じるが、それを行動を滞らせる理由にはできない。

 機体をゆっくりとプロヴィデンスに寄せて、コックピット部を詳しく観察する。

 正面のハッチ部は無事のようだが、やはり、切り取られた右側面から例の腕が入り込んでいるようで、それがラウに、直接的な打撃を……致命傷を負わせたのだろう。

 まずは、これを引き剥がそうかと考えたが、先にラウがどういう状況なのかを確認することが先だと思い直した。

 それに、この損傷具合だと、もしかしたら、予備電源……バッテリーが生きているかもしれない。 

 その事に期待しながら、機体にプロヴィデンスをしっかりと固定させて確保し、ハッチを開放、ワイヤーガンをプロヴィデンスのコックピットハッチ付近に撃ち込み、虚空に飛び出す。

 ……。

 無事にハッチ付近に取り付いた後、通常は隠されている緊急用パネルを開き、ザフトで各機種それぞれに割り振られて使用されている暗証コードと、白服に任官した時に強制的に暗記させられた組み合わせ表を思い出しながら、プロヴィデンスのコードを推測して打ち込んでみると、ハッチのロックが外れたようだ。

 少々、簡単で杜撰過ぎる気もしないでもないが……、緊急用のコードである以上、ある程度は仕方がない。

 そんな事を考えながら、最後の〆であるハッチ開放ボタンを押そうとして、知らず、指が震えていた事に気が付いた。


 ……身体は正直というべきかな。


 自身の精神と身体が乖離している状況に、どういう表情をしていいか悩んだ末に、ただ、小さく苦笑いを浮かべて、ボタンを押し込んだ。


 ……ハッチが開いた。


「……ラウ」


 再度の呼びかけに返事がなかった事に、身体が萎えそうになった為、改めて喝を入れるべく、意識して下腹部に力を込め、コックピット内に入り込む。


 ……ラウは、いた。


 シートに座ったまま項垂れ、件のマニュピュレーターに胴体の右半身を覆われる形で……。


「ッ!」


 ……生を示す、身動きは見受けられなかった。


 その事実によって、萎えてしまった全身を動かす為に満身の力を振るい、項垂れていたラウの頭に震える手を添え、そっと持ち上げて、バイザー越しに、その顔を確認する。





 ……そこには、どこか、満ち足りたような、微笑みがあった。





 思ってもいなかった、その表情に……、感情を抑え付けていた理性の箍が弾けたのがわかった。





 ……最早、心を、……感情を、抑え付けるのは、…………限界だった。








 ◆ ◆ ◆








 誰も見ていない状況であったので、思いっきり溜め込んでいた感情を盛大に爆発させて、心身の統一を図った後、デファンやレナに合流すべく、機を進ませている。

 もちろん、プロヴィデンスを保持してだ。

 ……。

 友であるラウが逝ってしまったのは、俺個人としては非常に残念な事だが、あの満ち足りたような微笑を見た以上、もう、何も言う事はできない。

 後はただ、静かに送ってやるだけだ。

 ……っと、通信か。

「こちら、ラインブルグだ」
「あ、先輩、よかった。通信に出ないから、なにかあったのかと……」
「いや、すまん、外に出て、プロヴィデンスの状態を確認していたんだ」
「ッ! ……先輩、クルーゼ隊長は?」
「……駄目だったよ」

 レナが静かに息を呑んだのがわかった。

 何と声を掛ければいいのか困っているのだろうが、俺自身がラウの死について、割り切っている以上、気を使わせるのは本意ではない。

「何、これも、軍人として戦場に立った以上、誰にでも起き得る、一種の〝ならい〟だ。……俺やレナ、デファンだって、ラウのようになっていた可能性もあったんだ」
「……そう、ですね」

 いつもは姦しいデファンが口を出してこないところを見ると、こいつも気を使っているのだろう。

「先輩」
「ん、なんだ?」
「クルーゼ隊長を殺した相手が、憎くはないんですか?」

 ……さて、これは自分でも不思議なのだが、ラウを打倒した相手に、そういった負の感情が湧いて来ない。

 おそらくは、偶然にも二人の間で交わされていた会話や想いを聞き、また、ラウが今際の時に浮かべていた、あの微笑を見たからだろうなぁ。

 俺も死ぬ時には、こんな顔を浮かべて逝きたいと思わせるくらいに……、本当に、好い、笑みだった。

「たぶん、レナは嘘だと思うかもしれないが、憎いとは思ってない。どちらかと言えば、その場に居合わせなかった事……、看取ってやれなかった事への悔いがあるな」

 まぁ、でも、これも仕方がない事だし、その身体を回収できただけでも、他の戦死者よりは遥かにマシだろう。

「とにかく、俺は大丈夫だよ」
「先輩は……、強いですね」
「まさか、レナが……、いや、人が知らない所で、盛大に、沢山泣いているだけさ」
「……ふふ、また、冗談を言って」

 いや、これは別に冗談ではないんだが……、これくらいなら勘違いさせておいても、男の見栄っ張り的には丁度いいだろう。

「んんっ、とにかく、回収した二機をどうするか、ヤキン・ドゥーエの総司令部に問い合わせないとな」
「そうですね。……エルステッドに問い合わせしてもらうよう、私が連絡を入れましょうか?」
「……そうだな、頼む」

 流石に、データレコーダーやボイスレコーダーといったものを触るつもりはないが、せめて、ラウの身体だけでも、挟まれたままじゃなくて、ゆっくりと、寝かせてやりたいし、収容したいな。

 ……。

 うん、いいや、やっちまうか。

 プロヴィデンスが撃破された状態は多角的に映像で記録しておいたら、それでいいだろう。

「先輩」
「お、どうだった?」
「あ、問い合わせの返事じゃなくて、サリアが、ゴートン艦長が総司令部の様子が変だと言っている事を、先輩に伝えてくれと言ってたので」
「……何?」

 総司令部の様子が変、だと?

「艦長は、どう変だと言っているんだ?」
「私達が出撃した後、どこに動くか、どこで待機すればいいのか、より細かな指示を仰いでも、ずっと同じ内容しか返答してこないそうなんです」
「現状維持、って奴だな?」
「ええ」

 ……別に、おかしいとは思わなくもないが、ゴートン艦長が違和感を感じているとなると、何か、あるんだろうか?

「その返事は、別に、同じ内容の録音が流されているとかじゃないんだよな?」
「ええ、総司令部の情報管制が個別に返答しているそうです」
「なら、総司令部が機能していないって事は……」

 ないはずだが……、停戦が成ってから、もう二時間は経っているし……、言われてみれば、おかしい、か?

「了解。取り合えず、俺達が帰艦するまでに、より多くの情報を集めておいて欲しいと言っておいてくれ」
「わかりました」

 それでも総司令部そのものは動いているみたいだから、どちらかと言えば、これから先の態勢をどうするのかを決める、意思決定が遅くなっているのかもしれない。

 ということは、総司令部の上層に何か、トラブルでもあったんだろうか?

 ……。

 うーん、下手に騒いだら、総司令部がおかしい事が知れ渡って、これ幸いと考えなしの馬鹿共が暴れだしたりして、何とか、成立した停戦が崩れるかもしれないし……、そんな破滅に向う引き金を引きかねない予断はしたくないな。

 一旦、棚上げして、エルステッドで落ち着いてから、ゴートン艦長と相談して、方針を固めることにしよう。


 そんな風に考えていた俺がエルステッドに帰艦した後、総司令部に詰めていたユウキから、秘匿通信でゴートン艦長だけを経由して、知らされた情報は、瞬間、自失するに値する、驚くべきものだった。



 ……それは、凶報。



 ザラ議長が暗殺されたという、信じられない凶報だった。
機動戦士ガンダムSEED、放送終了でございまする。


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