第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
97 終息の刻 1
簡易な補修と補給を終えた後、再出撃して、単機、ラウがいるであろう、ジェネシス前面宙域を目指している。
当初はゴートン艦長の苦言により、旧ラインブルグ小隊の面子……レナとデファンと共に一緒に出てくる予定だったのだが、あの喪失感の後、マイナス方向にばかり流れる思考が嫌になって、無理に押し切って、先に出た為だ。
……。
一応は出撃前に、戦域を統括指揮しているヤキン・ドゥーエの総司令部に連絡を入れて、ラウのプロヴィデンスが今現在、どこにいて、どのような状態になっているのか確認を取ろうとしたのだが……、他の部隊から本当に停戦したのかといった確認等の通信で飽和しているか、情報管制がそれらの対応で忙殺されている為なのか、後回しにされてしまった。無論、強敵である足つきと交戦状態にあって、忙しいであろうクルーゼ隊に連絡を取るなんて事もできない。
何よりも……、プロヴィデンスとの通信が繋がらない。
……今現在も通信が繋がらない事に、どこかに風穴が開いてしまったかのように、心胆が冷たくなってくるのを感じながら、激戦の残滓が残る宙域を進む。
その冷たくなった心に合わせるかのように頭も冷えていき、宙域のいたる所に存在しているデブリ……メビウスのスラスター部やジンの頭部、大穴が開いたストライクダガーの胴体、ゲイツの左脚部、対艦ミサイルの断片、FFMの物と思われる艦船の大型推進部、艦橋を破壊された250m級、もはや元が何だったのかすらわからない剥き出しの部品、様々な形状を見せる微小な破片といった物が、形あるものが潰える悲哀と虚ろで遣る瀬無い倦怠と共に、脳裏に入り込んでくる。
……本当に、よくもまぁ、宙域がデブリで満ちる程に、ここまで殺しあったものだ。
何となく皮肉めいた笑みが浮かんでくるが、自らもその行為に加担している以上、このような態度や考えは傲慢以外の何物でもないが、そのように感じてしまうのは致し方がない。
しかし、この光景は、宇宙に進出して人が住めない空間に住む事が出来るようになっても、人は争いを捨てる事が出来ない現実を、ラウが言っていた、人が人である以上、争いはなくならないという言葉を、肯定しているかのようだ。
……争いか。
成り行き上、この戦争に大きく関わる事になったが、本当に、人を人と思わないという事がどれ程、残虐なのかを知らしめた、ジェノサイドに通じる、狂った戦争だったと思う。
まぁ、狂気のない戦争なんてものはないが、それを抜きに考えても、プラントのコーディネイターが地球に対して為した行いは、この世界で嫌われ者の代名詞が、プラント生まれのコーディネイターになってもおかしくない程に、行き過ぎだった。
特に四月馬鹿……、プラント独立に直接、間接的に何の影響も関係もない者すら巻き込んだエイプリルフール・クライシスは、それを決定付けた致命傷だ。
あれの結果、発生したナチュラルとコーディネイターの間に生じた亀裂は、時間ですら容易には修復できない深いものだろう。
こんなことだと、宇宙に出て新たな考え、環境にあった思想を身につけた人類と、地球に住まう旧来の人類の架け橋になって欲しいと、恐らくはそう考えて、コーディネイターと命名したであろう、ジョージ・グレンも草葉の陰で泣いているだろうな。
っと、いかん、いくら停戦が成ったとはいえ、警戒を緩めすぎだな。
まだ戦場にいると言う事を自身に言い聞かせて、計器類や通信系をチェックすると、救難信号を受信していた。
瞬間、ラウの事が気に掛かっていることもあるので、見て見ぬ振りをしようかと悩むが、気付いてしまった以上……、宇宙で孤立し、誰にも助けられないという事が、酸欠によって死に至るまで苦しみ抜くなんて悲惨な死を意味する以上は、人として、宇宙に住まう者として、絶対に無視する事はできない。
なので、信号の発進源を探すべく、モノアイをキョロキョロと動かして、周辺を探してみると、何故か、BOuRUの内殻に似た直径三ないし四m程の球体が漂っていた。
そのことを不思議に思いながら機を近づけていくと信号が強くなったのがわかったので、モニターを対象に合わせてクローズアップしてみたのだが……、どう見ても見覚えのある、BOuRUの内殻にしか見えなかった。
しかしながら、ラインブルグ・グループでは、基本的に個人所有のBOuRUには自衛目的以外の武装を施す事はないし、仮に軍やそれに準じる軍警察のような組織に売るとしても、自国というか、世話になっているアメノミハシラのオーブ軍以外には……、まさか、こいつはオーブ軍か?
……。
うん、今、戦闘が終わったばかりだし、ジャンク屋が来るには早すぎるから、おそらくはこの考えであっているはずだ。
……だが、何故、内殻だけなんだ?
例え、頑丈さに定評があるBOuRUでもビームの直撃やジンの重突撃銃の銃弾を食らえば、流石に、一溜まりもないはずだし、そもそも内殻だけであること自体がおかしい。
不思議な物体に首を捻りながらも内殻に接近して行くと、通信系が緊急非常用回線から相手側の声を拾ったようで、微かにぐずついた年若そうな女の泣き声が聞こえてきた。だが、サブモニターには相手の姿は映っておらず、何らかの理由で映像の送受信はできないようだ。
「……っく、アサギ……ジュリ……母さん……死にたくないよ」
……。
「……聞こえるか? こちらはザフト所属、アイン・ラインブルグだが、あんたは何者だ?」
「ぁ! ……お、オーブ連合、首長国、国防軍所属、ま、マユラ・ラバッツ、です」
やはり、オーブか。
おそらくは、〝お姫様〟の勢力に属して出てきた連中の一人なんだろうが、どうする?
……。
やっぱり、放置するってのは、宇宙に住む者として、絶対に無理な事だし……、ついでに言えば、さっきの泣き声を聞いてしまって、情が湧いてしまったしなぁ。
「質問がある」
「……は、い」
「ラバッツが戦闘した対象は、ザフトか、それとも、連合軍か?」
「……れ、連合、軍、です」
「……嘘は容易に死を招くことになるが、本当か?」
「ヒッ! ……ほ、本当ですっ! 嘘じゃないの! ちゃ、ちゃんと、コックピットのレコーダーにも記録が残ってますっ! ……だ、だから、殺さないでっ! お願いっ! お願いしますっ!」
……む、これは、少々、脅しが過ぎたかな?
「わかった。わかったから、落ち着け」
「ぅぅううぁっ、あぁぅあーーー! いやぁっ! し、死にたくないっ! 母さんっ、死にたくないっ!」
あちゃー、失敗したな、相手が孤立無援で、かつ、死へのカウントダウンの最中だなんて極限状態だったことを軽視し過ぎていた。
……仕方がない。
「ラバッツッ! 今は黙ってっ、俺の話を聞けッ!」
「ッ!」
なんつーか、マッチポンプで弱った相手に信頼の刷り込みを仕掛けている悪党な気分だ。
「いいか、よく聞けよ? もしも、お前さん、……ラバッツを殺すつもりなら、端から話し掛けたりしないで攻撃しているか、無視をして通り過ぎている。今さっき脅しを掛けたのは、嘘をついていないかを確かめる為のものだ」
「……ぅう」
「もう一度言うが、元より殺すつもりも、見殺しにするつもりもない。……まぁ、見ず知らずの相手、しかもザフトの人間からこんな事を言われても、安心できないだろうから安心しろなんて無理は言わない。けど、もう少し落ち着け」
「………………は……い」
あー、嗚咽はまだ続いているが、さっきよりも弱くなっているし、どうやら、ちょっとは落ち着いたようだな。
しかし、ラウの所へ行くつもりが……、いや、流石に、助ける事ができる遭難者を見逃す事はできないし、もう戦争が終わってるのに、これ以上、死人を出したくない思いも確かにあるから、これでいいんだろう。
そんな思いを胸に、BOuRUの内殻を自機に持たせて、ラバッツに声を掛ける。
「こっちも少々、行くところがあるんで移動しながらになるが、質問するぞ?」
「…………はい」
「ラバッツの所属はオーブ連合首長国軍で間違いないな?」
「……はい」
「じゃあ、オーブ軍の指揮官は?」
「か、カガリ、ユラ、アスハ」
……確か、アスハって言ったら、オーブの元首をやってた奴だったし、そいつの関係者かな?
「この戦域に出てきた理由は?」
「せ、戦争を止めるため、と、聞いて、ます」
戦争を止めたいなら仲介役をしてくれと思うのは、変だろうか?
「なら、プラントでお尋ね者になっているクライン派……、エターナルの連中と組んだ理由は?」
「わ、私は、聞いてません」
まぁ、末端の人間が知ってたら、逆に俺は驚くよ。
「こちらで確認している、そちらの戦力は、エターナル、足つき、オーブの艦だが、それだけか?」
「い、え、も、MSをはこ、ぶ、輸送艦が、さ、三隻」
となると、ざっと単純計算して……、三十機から五十機程度の機動戦力になるのかな?
「戦域での分担は?」
「あ、アークエンジェルと傭兵部隊が、ザフト。……私達、クサナギとオーブ軍が、連合軍。エターナルは、よ、予備です」
「……そうか」
足つきは連合軍から離脱したらしいとはいえ、元の所属である連合軍とはできる限り、事構えたくないだろうし、オーブは連合軍に本国を攻撃されて焼かれた恨みがあるから、丁度いい按排だな。
「っと、聞くのを忘れていたが、そっちの生命維持は後、どれだけ持つ?」
「……後、六時間、です」
「おお、流石はBOuRUだ、優秀優秀」
実家で作っているモノの出来の良さに一人頷いていると、先程よりも更に嗚咽が収まってきたラバッツが、まさに、恐る恐るという言葉が似合う呼吸と雰囲気で、能動的に声を掛けてきた。
「あ、あの……」
「ん?」
「わ、私が乗っているのは、BOuRUじゃ、ないです」
「へっ?」
何それ?
「い、いえ、元々は、BOuRUで使われている内殻なんですけど、オーブで採用されているMSの脱出装置なんです」
……ラインブルグ・グループが、ちゃっかりと、オーブの軍需産業に食い込んでいる件について、親父と最低小一時間は、話し合いたい気がしてきたな。
「で、そ、れで、わ、私、連合軍の、攻撃を、受けて……撃破、されて……、脱出して……、皆、余裕なくて……、独りで…………ずっと……死ぬ……ま……で……この、まま…………だ、と……」
「そうか、……でも、ラバッツは運が良いな」
「……ぇっ?」
「本当に羨ましい限りだ」
今現在、ザフトと連合軍共に、主力MSに脱出装置なんて気が利いた物は付いていないからな。
あ、何か、浮かんできたぞ?
『攻撃を 受けてしまうと あの世逝き コスト削減 命も安し』
……なんか、詠み人知らずで残りそうで嫌だな。
「話はわかった。ラバッツが話した内容……、ラバッツと言う名とオーブ軍所属でこちらに攻撃を仕掛けていないという事をとりあえず信じるが、エターナルの連中と組んでいる以上は、武装勢力……、下手すりゃテロリスト扱いされる可能性がある」
プラント理事国から見れば、ザフトもテロリストに近い民兵だし、言えた義理じゃないが……、一応、宣戦布告しているし、目を瞑ろう。
「加えて、オーブがプラントに対して正式な宣戦布告をしない事もある。だから、状況が落ち着くまでは、遠くL1から流れてきたジャンク屋、その哀れな漂流者ということにしておく」
「……む、無理が、ありませんか?」
「無理を通せば、道理が引っ込む部分も、世の中にはあるんだよ」
幸い、うちの戦隊は俺が最上位者だし、補佐役の両艦長も話が通る人物だから、何とでも出来るだろう。
「とにかく、しばらくは……、オーブ側に連絡を入れて引き渡すまでは、俺がラバッツの身元引受人を務めるから、下手な事をせずに、大人しくしておいてくれよ?」
「……は、い」
さて、これで一段落といったところだな、と思ったら、ラバッツが更に言葉を紡いできた。
「あの……」
「何だ?」
「もう、一度……、名前を聞いて、いいですか?」
ああ、まぁ、生死が懸かっていて、緊張していたろうからなぁ。
「俺は、ザフトのアイン・ラインブルグだ」
「ッ! ぉ……ぅの話って、本当だったんだ」
「んん、よく聞こえなかったが、何かあるのか?」
「……あ、いえ、その……、ラインブルグさん、助けてくれて……、私の事、信じてくれて……、ありがとう、ございます」
「いや、本当に、ラバッツの運が良かっただけだから、気にする必要はないさ」
さて、そろそろ、目的座標に着くはずだが……。
「ふぅ、やっと、追い着いたっすよ」
「先輩! いくらなんでも、一人で出るなんて、危険な事をしないで下さい!」
その前に、デファンとレナに追い着かれたようだ。
「おお、丁度いいところに来たな、デファン、ちょっと周辺警戒を頼む」
「うっす、了解っす」
「後、レナ、哀れな漂流者を拾ったんだ、面倒を見てやってくれ」
「もうっ、先輩! 少しは真面目に話を……って、漂流者?」
「これだ」
レナにラバッツが乗った脱出装置を手渡しながら、話を続ける。
「どうやらジャンク屋らしいんだが、L1で戦闘に巻き込まれたそうでな、遥か遠く、流れに流れ、こんなところまで流されてきたらしい」
「……わかりました、そういうことにしておきます」
「はは、レナは話が早くて、助かるよ」
「いえ、それで漂流者の名前は?」
「ああ、ラバッツ……、マユラ・ラバッツで良かったよな?」
「は、はい、そうです、ラインブルグさん」
……あれ、何か、一瞬、レナの纏う雰囲気が強くなったような気がしたが?
「……取り合えず、預かっておきますね」
「ああ、頼むよ。俺は、ラウを……、プロヴィデンスを探す」
「了解です。でも、くれぐれも、気を抜いたりしないでくださいね」
「わかってるよ、通信終わり」
……って、また通信……エルステッドか?
「隊長、こちら、エルステッドです」
「どうした、ベルナール?」
「はい、クルーゼ隊が戦闘状態にあった足つきに大打撃を与えることに成功し、足つきが撤退を開始しました」
「そうか。……こちらの、クルーゼ隊に被害は出ているのか?」
「……はい。至近での撃ち合いを展開しつつ、足つきに体当たりを敢行して大破させた旗艦ヴェサリウスが沈み、他の所属艦、ヘルダーリン、ホイジンガーの二艦も大破して、総員退艦しています」
以前、少しだけ世話になった時に、世間話をした覚えがあるヴェサリウスの艦長の実直な顔を思い出し、また、散って逝ったクルーに対して、しばらくの間、黙祷を捧げる。
「……それで、足つきに対する追撃は?」
「それが、総司令部から現状を維持しろとの命令しか来ない為、余力のあるプラント防衛隊も追撃は行っていない状況です」
「うーん……、防衛態勢の立て直しが優先事項だから、構っている余裕もないって所かな?」
「そうかもしれないです」
「うん、了解した。しばらくしたら戻るつもりだから、ゴートン艦長によろしく頼むと伝えておいてくれ」
「わかりました」
エルステッドとの通信が切れ、再び、モニターにデブリ群が映し出された。
……。
さて……、いい加減に、現実を直視するか。
往生際の悪い感情を、冷徹な思考で腹の底に圧し込めて、宙域を……デブリに満ち、明らかに、生者がいない宙域を見据えて、受け入れる。
ラウが、落ちたという事を……。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。