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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
96  激突する意志 5


「まだです! まだ、ジェネシスが残っています!」


 ラウの声に応じるように、少々、線が細い感じがする少年のような声が聞こえてきた。

 おそらく、この声の主がラウの通信相手なんだろうが、この言動……、流石に、停戦が成立した連合軍に所属しているとは考えられないし、今の言葉だとジェネシスに拘っているみたいだから、〝お姫様〟の勢力かもしれない。


「ふっ、ジェネシスがまだ残っているか」
「ええ、あれは存在していいものじゃない! あんな、憎しみを多く生み出すような存在はっ!」
「なるほど、憎しみを生み出す存在か……、上手く言うモノだ」


 ……。


「だが、その憎しみを生み出す存在こそが、戦争を抑える為の抑止力なのだが? ……君達とて大量破壊兵器の本質ぐらいは知っているだろう?」
「知っています! でも、ジェネシスは、まだっ、地球を狙っているっ!」
「その動きはブラフだよ、……キラ・ヒビキ」
「……えっ?」
「ふふっ、君達が勘違いをしたらしいジェネシスの動きは連合軍と停戦する為、地球連合を講和交渉の席に座らせる為の一種の駆け引きに過ぎぬ。案外、今頃は、月のコペルニクスあたりで、講和に向けての交渉が始まっているやも知れぬな」


 ラウの言う通り、カナーバ議員が何らかの形で動いているはずだ。


「まぁ、実際に一度、撃ってみせた敵の言う事など、俄かには信じられないだろうが、それが事実だ」
「そ、それでもっ! 僕達はッ!」


 ……こちらの言う事を信じられないか。


「では、あくまでも、ジェネシスを破壊するまで戦うと……、停戦が成立しているにも関わらず、争いを続けると言うのかね、君は?」
「ッ! 大き過ぎる力が存在する以上は、人は常に相手への疑心を抱き続けます!」
「ああ、その通りだろう。だが、それは、過去から続く、人という存在の在り方でもあるはずだ。……この世界は、〝歌姫〟が歌う平和な歌のようにはいかんよ」


 ……。


「そんなことないっ! 少なくとも、大き過ぎる力がなければ、疑心から争いを生み出す事はないはずです!」
「ふっ、争い等、人や人の集まりである国が、自らのエゴの為に、自らを正義と信じ、自らの意思を持って、自らの目的を達する為に、力を振う手段に過ぎぬさ」
「その手段に大き過ぎる力が振るわれると、より多くの悲しみと憎しみを生み出すはずですっ! だから、僕達はっ!」
「……これ以上の悲劇と憎悪の連鎖を断つ為に、〝正義を胸に〟戦争を食い止め、〝自らの手で〟大量破壊兵器を破壊すべく起ったと言うわけか。くくっ、傲慢だな、君は……」


 まぁ、傲慢といえば傲慢だが、奇麗事が信じられる世の穢れを知らぬ若者だからこその特権だとも思えるし、それだけ、この声の主は純真無垢なのかもしれない。


「えっ?」
「いや、それは、君の機体……、君の背後に絡み付く様に透けて見える〝お姫様〟かな?」
「お姫、様?」
「何、戯言だよ。……しかし、君は本当にわからぬのか? それともわかっていて、目を逸らしているかね?」
「な、何をっ!」
「どうやら、わかっていて、目を逸らしているようだな、君は……」
「……ッ!?」
「ふぅ、まったく、このような人を導くような役目は私ではなく、アインやユウキに合いそうなものだが、仕方があるまい」


 ……ラウ、それは買い被りだ。


「な、にを?」
「君が今も言った言葉……、先程、私がムゥとの心躍る熱い戦いに興じていたのを、唐突に、妨害してくれた時にも、この戦争を止める為に、この場に出てきたと言っていたが……、何故、武器を手にしたのかな?」
「ッぅ! 僕達はっ、好きで戦っているんじゃないっ! ただ、この戦争を! 今の争いが、これ以上、続くのを止めるためにっ!」
「ご苦労な事だ……。しかし、この戦場に武器を持って現れ、争いに参加した以上は、君達も我々と同じ穴の狢ではないのかね?」
「ち、ちがいますっ!」
「……大き過ぎる力は駄目だと言っている君が、今、使っている機体は大き過ぎる力ではないと? それとも君達だけは特別で、我々とは違うと……、力を誤らずに振るう事ができるとでも言うつもりかな?」
「そ、それは……」
「真に平和を求めるのならば、無理に武器を手にする必要もなく、このような危険な場には出ずとも、安全な場所で大声で主張していればよいではないか。……いや、そもそも、君達は世界に向けて、そのように、〝争いを止めるべきだ〟と主張していたかね? 寡聞にも私は、君達が世界に向けて、己の思いを主張している姿を見聞きしたことはないが……、何故、事がここに至るまで、何の主張もしていない?」


 確かに、プラント国内ではクライン派は色々とやってたけど、国外に向けて、情報を発信したって話は、クライン派がL3に逃げてからの三ヶ月間、俺も見聞きした事はないな。


「ッ! あなた達にっ! 僕達の言う事をまともに聞くつもりのない、あなた達には言われたくないっ! それにっ、今、戦っているのだって、地球が滅ぶかもしれない、瀬戸際だったからっ!」
「だから、君達は、〝仕方なく〟武器を手に取り、力で持って、我々に言う事を聞かせようとしているのだろう? 自らの主張を世界に向けて発信するという、一手間すら惜しんでな」
「ぅっ!」
「……ふっ、真に〝争いを止める〟為ならば、武器を手にする前に、自らと異なる思想の持ち主と妥協してでも、どこまでも必死に和平の道を探り、仲裁者を捜し求めるのが普通だと思うのだが……、違うかな?」


 いや、マジで、今言ってる思いが本物なら、今からでもカナーバ議員に協力して、仲裁者を見つけて紹介してください。
 つか、現状が、世界滅亡の瀬戸際だって言うなら、まずは妄動(武力行使)を謹んで、手間を惜しまず、ちゃんとそれが事実なのかを確かめろよ、L3に逃亡してから、時間もあったんだからさ。


「くくっ、それとも、君達自身、この戦争にそれなりに関わっているというのに、今更、第三者面をして、喧嘩両成敗とでも言いだすのかね?」
「ち、違います、僕達は本当に〝争いを止める〟為に……」


 争いを止める為、か……。


「ふむ、キラ・ヒビキ、君に聞きたい。〝争いを止める〟為にと、先程から君は繰り返しているが……、君達の行いと我々の行い、いったい、何処が違うと言うのだね? 〝賢明にも争いを止める為に〟武器を手にした君達と、〝愚かにも剥き出しのエゴの為に〟武器を手にする我々と何が違うと言うのかね?」
「そ、それは……」
「犠牲を容認する力を手段にする以上は、君達が言う〝争いを止める〟為と言う理由も、所詮は人が持つ一つのエゴに過ぎぬはずだ」
「ち、違うっ! 争いを止めようとする思いは、エゴなんかじゃない!」
「否ッ! 君達が争いを止める為に武器を……、自分達の主張を押し付ける道を選んだ以上は、君が言った〝争いを止める〟という理想だけは、エゴになるのだよっ!」
「僕達の思いは、エゴなんかじゃないっ!」
「……ならば、わかり易く言い換えよう。たとえ、君の思いが真実だとしても、少なくとも今、世界に意思を示す事もなく、力で持って、自分達の主張を押し付けている以上は……、これまで振るった力で生じた犠牲や憎しみと悲しみから目を背け、背負うべき責から逃避している以上は! 他の理想ならいざ知らず、〝争いを止める〟為という君達が掲げて見せた崇高な理想だけはっ、我々が持つエゴと同列のものに過ぎず、ただの名分でしかないのだっ!」
「ぁッ!」
「だというのに、さも自分達が正義だと……、最も正しいというような面で武力介入する等、厚顔無恥で、笑止千万な行いだと……、君は思わぬかな?」


 結論や行動に至るまでの手順や道筋が間違っていたが為に、争いを止める為に争うという矛盾を前に、今、武力介入している連中の大義名分は地に落ちた、って所かね。

 まぁ、だからと言って、世界滅亡の瀬戸際だからこその緊急避難的な行動だの、素直に自分達がやりたいからやっただの、俺達がこの世界における絶対の正義だの、戦争に関わった責任を取る為に全ての戦力を叩き潰しますだのと主張をされたりしたとしても、きっと、反応に困るだろうなぁ。

 現実、この武力介入自体が、プラントにとっても、連合軍にとっても、迷惑この上ないし……。


「そ、それはっ!」
「キラ・ヒビキ、君は気付いているはずだ。悲しむべき事に、人が人である以上、人が生きる上で、エゴは何処までも付いて回るものであり、エゴがある以上、諍いや争いもまた、尽きる事がない事くらいはな」
「うぅ」
「この戦争は……、今更、君達が何かを為す必要もなく、終わるだろう。私にとっては些か不本意な所もあるが……、人は滅びの道を歩まぬようだ。……ははっ、喜びたまえ、キラ・ヒビキ! 現実的な滅びを前にして、人の理性が欲望と憎悪を抑えたのだよっ!」


 ……抑えたって言っても、一歩間違えたらどうなっていたかはわからないし、今回はと言うべきか、今回もと言うべきかは、迷うところだけどな。


「それにしても、く、……くくっ、あははははっ」
「な、何がおかしいんですか!」
「あーはっはっはっはっ!! ああ、滑稽だよ! まったくもって、この上なく滑稽過ぎる道化だよっ! 君もっ、この私もっ!」
「何をっ!」
「このような……、蒙昧にも、自らが信じた理想をただ一つの正義だと、世界で絶対の真理だと信じているような子どもが! 世の現実や人のエゴを直視せず、ただ自身が信じる奇麗事だけを語り、他者の想いや信条を排除してでも、押し付けようとするような子どもがっ! 力を振るう意志すら他人に委ね、自身で力を振るう意味を見出せぬような、ただ、力だけの子どもがッ! 全ての人類の夢だとッ!? 人類の飽くなき欲望の果てだとっ!? ……我ながら、そのように考えていた過去が、あまりにも無様だよっ!」
「なっ! ぼ、僕は、力だけじゃない!」
「その通りだよ、キラ・ヒビキ! 人は力だけではならぬのだっ! そこには……、力には、人の意思が! 燃え盛る熱い意志とっ、命の灯火を激しく燃やす魂がっ! 人と力には不可欠なのだよっ!!」


 ちょ、ラウの奴、熱血が昂じてるんじゃっ!?


「そして、キラ・ヒビキ……、君には私に負うべき義務が一つある!」
「ぇ? ぎ、義務?」
「私と闘う義務さっ!」
「な、に?」
「君自身に責はなかろうと、君には、この私と闘う義務があるのだよ!」
「…………えっ?」
「君が生まれる為に犠牲になった! 私達のような存在に応えるだけの義務がっ! 君にはなっ!」
「僕が、生まれる、ために、犠牲、になった?」
「そうだっ! 君は業を背負わねばならんっ! 我々のッ! ただ、人類の〝最高傑作〟としての君が、生み出される為に、生を弄ばれっ、死を踏み躙られっ、人の尊厳すら奪われて! 犠牲になった全ての者達のっ! 尽きぬ怒りとっ! 深い悲しみとッ! 消えぬ怨みを全てなぁっッ!!」



 ラウ、お前……、っと、レナから通信が?

 ラウ達の話の続きも気になるが、隊長としての職務がある以上は無視できないので、急いで、通信回線を戦隊用のものに切り替え、通信に応える。

「先輩、各小隊が到着しました。連合軍の救援部隊が到着するまで、足つきの周辺警戒に当たります」
「あ、ああ、何かあったら、連絡を頼む」
「わかりました」

 レナに注文を付けておき、早い所、連合軍の救援が到着して欲しいものだなんてことを考えながら、再度、回線を先程のものに切り替えようとするが……、こういう時に限って、中々、見つからない。

 ちゃんと数値を覚えて置けばよかったと悔やみつつ、格闘していると、何とか見つける事が出来た。


 ……聞こえてくる激しい息遣いから、どうやら、戦闘を繰り広げながら、会話をしているらしい。



「この程度かね! ……ふっ、ふふ、どうやら、想像していたように、君は情けない男のようだな」
「えっ!?」
「フレイ・アルスター、彼女は君を想って……泣いていたよ」
「ッぁぇッッっ!!!!!!?? ふ、フレイがっ! フレイが生きているのっ!?」


 おや、この反応は……。


「……ああ、彼女は生きている」
「どこにっ! どこでっ!」
「おっと、君のような骨のない輩には教えるつもりはないっ! 特に、君のような、軟弱者にはなっ!」
「う、うるさいっ! あなたにっ! あなたなんかに、そんなことを言われる筋合いはないっ!」
「くくっ、筋合いならあるさ。彼女をアラスカで保護したのは私だからな」
「ッ!」


「……まったく、君という存在が!」
「あぐっ!」


「女一人すら守れぬ!」
「うっ!」


「その涙の一滴すら、碌に止められぬ!」
「あっ!」


「矮小な存在に過ぎぬことを、自覚したまえっ!」
「うぐぁっ!」


「……やれやれ、本当に、それが、君の限界なのかね?」
「……うぅ」
「ふぅ、まったくもって、無様だな、キラ・ヒビキ。……ふむ、その機体、ムゥに譲った方が良かったのではないかね? 奴ならば、君の何倍も使いこなして魅せただろうに……」
「……ムゥさん」
「くくっ、それとも君は、所詮、人としての意志を持たぬ、あの〝お姫様〟の傀儡に過ぎぬということかね?」
「っっっぁあああああああっ!!!」
「おや、図星でも刺してしまったかな?」



「……れ、……黙れ黙れ、黙れっ! 僕は、誰かのっ! 傀儡なんかじゃないっ!」



「っと、まだ、やるのかね、キラ・ヒビキ?」
「それにっ! 僕はっ! キラ・ヒビキなんて名前でもないっ!」


「ふっ、そうこなくてはなぁっ!」
「キラ、ヤマトだぁっっ!!」


「ははっ、口では何とでも言えるさっ! 君が、フレイ・アルスターを守れなかったようにっ!」
「うるさいっ! 黙れと言っているっ! ……僕だってっ!」


「ッ! ……はは、あはははははっ! いいぞっ! その意気だっ!」
「フレイを守る為ならっ!」


「いいぞっ! 魅せてみろっ! 君の意志をっ!」
「どんなことでもっ!」


「君が操り人形ではない、人であるという証左をっ!」
「やってのけてみせるっ!」


「私に魅せて見ろっ! 君の、燃え盛る熱い魂をっ!」
「そして、フレイをっ、迎えに行くんだぁっっ!!!」


 ……なんだろう、この〝娘が欲しくば、この私を倒してからだっ〟的なのりは?


 いや、それ以前に、ラウの奴、明らかに熱くなり過ぎだろう。

 っと、また通信が、……今度はどうやら、バジルール少佐のようだな。

「ラインブルグ隊長、間もなく、こちらの救援部隊が到着します」
「そうか、なら、こちらも引き揚げるとするよ。……バジルール少佐、この停戦が、このまま講和に繋がることを願うよ」
「小官もそのように思っております。……それでは」
「ああ」

 これで見納めとなるバジルール少佐の凛々しい姿を脳裏に焼き付けておき、本日、三回目となる敬礼を互いに施して、通信を切った。それ同時に戦隊用通信系に切り替えて、全機に帰艦するように告げると、こちらが特に指示を出さなくても、各小隊が相互支援できるように意識し、順次撤退して行くのがわかった。

「先輩、私達も」
「わかった」

 レナに促され、〝黒いの〟の艦橋に向って機体に軽く手を振らせた後、撤収する事にする。

 両肩部スラスターがレッドになっており、背部のメインと両脚のサブしか使えない為、少々、加速と機動に難があるが、仕方がない。

「レナ、俺の機の両肩部スラスター、どうなってる?」
「グシャリと逝ってます」
「そうか。……なら、推進剤が少なくて助かった、ってところかね」

 各小隊が入れ替わり立ち替わり、警戒援護してくれる中を、ヤキン・ドゥーエ要塞……ジェネシス近くに遊弋しているであろう戦隊母艦を目指していく。

 ……。

 正直に言えば、まだ、〝お姫様〟の勢力と戦闘を繰り広げているラウのことが気に掛かるのだが、機体の推進剤やバッテリーが切れ掛かっている為、行ったとしても足手まといになるだけだろう。

 だが、ラウが相手に私闘と言い切った上、今までになく熱く感情的になっていたから、万が一という事態もあり得る。

 これまで感じた事のない焦燥と不安に眉を顰めながら、エルステッドに連絡を入れて、戦域全体の状況を確認する。

「ベルナール、聞こえているか?」
「あ、はい、隊長、聞こえています。現状、戦隊はジェネシス前面で警戒待機中です。また、コリン、ベルディーニの両名は無事帰艦しており、複座型は戦隊周辺を巡回中です。後、エルステッド、ハンゼン共に、MS隊の受け入れ態勢は万全です」
「ああ、了解した。……それで、戦域の状況は?」
「停戦成立後、我が方と連合軍、共に後退を開始しています。……艦隊の一部部隊で叛……暴走が起き掛けましたが、ラブロフ隊長とロメロ隊長が、間に入り、上手く食い止めているようです」

 ……あの二人も戦闘で消耗しているだろうに、頭が下がるな。

「じゃあ、例の第三勢力の動きは?」
「未だ、足つきがジェネシスへ攻撃を仕掛ける素振りを見せています。ですが、新たにプラント防衛隊より三個中隊が援軍として到着しており、ジェネシスの防衛態勢は先程よりも強化されていますので、危機的状況ではありません」
「足つきに対する攻撃は?」
「MS隊に関しましては、ほぼ全ての隊が先程まで迎撃に出ていた為、整備補給が済んでいない状況です。そのため、クルーゼ隊に所属するDDMH三隻が、ジェネシスに接近してきている足つきに対艦戦を仕掛けています」
「……了解した。ゴートン艦長には、引き続き、ジェネシス防衛と、戦隊の全体指揮をお願いしたいと伝えてくれ」
「わかりました」

 第三勢力に関してはMS隊の補給が完了し次第、対応に移るだろう。特に、ジェネシスを狙う動きを見せている、強力な打撃力と防御力を誇る足つきを押さえ込めば、打つ手がなくなるはずだ。

 ……。

 やはり、ラウが気に掛かるし、いい加減、神経がざわつく感じがうざくなってきた。職権を濫用してでも、早く補給を終わらせて、ラウがいる宙域に向うことにしよう。


 ◇ ◇ ◇


 エルステッドに着艦した後、ハッチを開放して気分を入れ替えながら、通信でシゲさんに呼びかける。

「シゲさん、悪いが、俺の機を最優先で補給してくれっ! スラスターの補修は推進剤がしっかりとカットされるようにしてくれるだけでいいから、できる限り、最速でっ! 直に出たいっ!」
「えっ? お、おぅ、あいよぅっ! てめぇら! 1301を最優先で補給する! 十分、いや、五分で終わらせるぞっ! いいなっ!」
「「「うっす!!!」」」
「よぅしっ! 総員、掛かれーーーっ!」

 シゲさんに無理をお願いした後、通信相手を切り替えて、艦橋に連絡を入れようとしたら……。


「ぇッぁ?」


 ……本当に不意に、自身でも理由がわからない、漠然とした喪失感に襲われてしまった。


 ただ突然、失われた何かに、言葉や声にできない悲哀が湧き起こり、何の備えもしていない心に入り込んでくる。


「先輩っ! 直に出る……て……せん、ぱい?」


 ……おかしいな、眼が熱いぞ。


「……泣いて?」


 ハッチから顔を覗かせたレナの呟くような声に我に返り、一つだけ頭を降って、目尻に溜まった涙を振り切り、虚脱にも似た感覚がある心に気を入れなおす。


「なんでもないよ、レナ」
「ですが……」
「……ああ、本当に、何でもないんだ」


 ……本当に、何でもないことなんだ。


 俺は、ただ、心中でそう繰り返して呟き、喪失感を味わった瞬間に、一瞬だけ、脳裏を過ぎった最悪の想像を打ち消し続けた。
11/04/12 誤字及び一部表現を修正。


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