第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
95 激突する意志 4
再度、襲撃を仕掛けるべく〝黒いの〟へと接近して行くと、例の爆雷が投射され、爆発すると同時に、艦体後部にあるミサイル発射装置からは立て続けにミサイルが発射され、艦橋部付近にある近接火砲群と両舷の主砲も盛大に〝火〟を吹き始めるといった、熱烈な〝歓迎〟が始まった。
もっとも、エルステッド、ハンゼン及びロメロ隊母艦からの攻撃を受けた左舷は艦首、艦尾共に大きく損傷しているし、右舷も艦尾が抉られている為、当初に受けた迎撃攻撃よりは薄いと言えるだろう。
「レナ、後方に回り込んで推進系を狙え」
「了解です!」
飛来するミサイルの分断も兼ねて、レナを〝黒いの〟の後方に回り込ませたのだが……、何故か、いつもと同じように、こちらにしかミサイルが向かってこない。
思わず漏れ出そうになる溜息を抑えて、ビーム砲とCIWSの射線に乗らないように意識しながら、ビームライフルで撃ち落す事にした。
どうやら、ビームを減退させる爆雷の効果は艦体の傍でしか効果的ではないらしく、ライフルから放たれたビームは元気に飛び出していったので、調子よくミサイルを順調に撃つ……ライフル用のバッテリーが切れた。
普通ならパニックなって泣き喚きそうな事態だが、ここに来る以前の乱戦でかなり使用していたし、仕方がないというか、逆に良くここまでもったと褒めるべきだろう。
しかしながら、現実に接近してくるミサイルが残り六発あるし、今後も追加で撃ってこない保証はない。
飛び道具もなくなったし……、推進剤の残量も考えると機動でミサイルを振り切るよりも、〝黒いの〟の懐に潜り込む方がのが賢明だろう。
幸いにして、〝黒いの〟の左舷武装は崩壊しているといっても過言ではないし、ミサイルだって自艦に突っ込ませる様な事はしないだろうしな。
こんな具合に考えを纏めた後、ビームライフルを〝黒いの〟の艦橋目掛けて投げつけて、僅かでも注意が逸れるようにしつつ、一気に機体を加速させっとぉぉっ!
……危ないところだった。
迎撃に使われなかった上、動きもなかったから、てっきり〝死んだ〟と思っていた側面砲が生きてやがった。
まったく、この外連味溢れる一筋縄ではいかない動きを見るに、きっと、この〝黒いの〟の艦長はゴートン艦長やフォルシウス艦長みたいな渋さに満ち溢れ、経験豊富なベテランに違いない。
どんな顔をしているのか、是非、一度、拝んでみたいものだ、なんてことを考えながら、破壊された左舷艦首近く、CIWSが届かない箇所に潜り込んで、ミサイルが自爆するのを……って、そのまま、こっち来たっ!
普段ならば、男なのに情けない声を出しやがって、なんて事を言いそうな悲鳴を上げて、大慌てで〝黒いの〟の股、もとい左右舷艦首の間に逃げ込んっぅふぁっぉおぉぅ!
「な、なんつー、無茶を……」
幾ら破壊されて、用を為さなくなった部分だからって、普通、自分の艦にミサイルをぶつけるか?
左舷艦首がまるまるなくなったのを見て、冷や汗が流れ出てくるが……、未だに〝黒いの〟は沈む気配を見せない。
本当に、頑丈だな、おい。
でもまぁ、ここらにはCIWSが配置されていないみたいだし、ちょっと、重斬刀の性能を試してみるか。
というわけで、右舷艦首にブス、リ、と?
……刺さらん。
どうやら勢いが足りないらしいと判断し、今度は勢いをつけてぶっ叩いてみる。
……ッ!
反作用が酷いが……おおっ、装甲に微々たる亀裂ができた!
なら、左腕のシールドをできた亀裂に押し込んで、っと。
……いけるかな?
「ぅあたっ!」
僅かな疑問と共にビームクローを発生させると、内部で大爆発が起きたらしく、艦首部分が吹き飛んだ!
で、当然、その爆発には俺も巻き込まれるわけで、間抜けにも〝黒いの〟の股、もとい、胴体に叩きつけられてしまった。しかも、両肩部のスラスターがレッド……破損したようだ。
幸い、推進剤は爆発の衝撃を受けた時に自動でカットされて大丈夫だったし、そもそも、CIWSや主砲の前に弾き飛ばされなかっただけ、マシだと考えよう。
はぁ、やれやれと〝黒いの〟の胴体に張り付いたままでいると、後方で攻撃を仕掛けているだろうレナからの通信が入ってきた。
「せ、先輩! どこにいるんですかっ! 返事をしてください!」
「レナ、俺は無事だ」
「あ、良かった。……爆発の後、急に通信ラインが切れたから、心臓が止るかと思いました」
「すまん、心配させたみたいだな」
「い、いえ、んんっ、それよりも、今、どこにいるんですか?」
「〝黒いの〟の股にへばり付いて、休んでる」
「ま゛ッ! へ、変な言い方はしないでくださいよって、艦首が両方ともないっ!?」
「とりあえず、俺、頑張った、ということにしておいてくれ」
「……まさか、さっき言った事も、本当のこと?」
「それに関しましては、レナ君のご想像にお任せしますよ。で、そちらはどうだ?」
「あ、はい。例の爆雷に切れ目がなく、ビームが通りません。防御火砲も変わらず健在ですし」
「了解、なら、こっちで何とかするよ」
さて、レナとの戯言遊びで強張ってた気が抜けたし、もう一働きするかと、気合を入れて首を軽く回すと、骨はゴキゴキと、肉はギチギチと、嫌な音を奏でるのを身体を伝わる振動が教えてくれる。
幾ら表面では取り繕っていようが、身体は素直に緊張していたということだろう。
それでも尚、やらなければならない以上はやってのけるしかない。
「っし!」
自身を叱咤し、再び、重斬刀を振りかぶって……っと、なんだ、ザフトの共同通信にっ!
『私はプラント最高評議会議長のパトリック・ザラだ。……ザフト所属の全部隊に告げる』
「っとぉっ!」
『先程、地球連合軍艦隊司令部より停戦の申し出があり……、ザフト総司令部はこれを受諾した。……ザフト所属の全部隊は、地球連合軍との、戦闘行動を、即時中止し、各所属隊は、指定する座標まで……、後退せよ』
おっさん! そんなことを急に言われても、止められるかぁっ!
それでも、必死に操作して、重斬刀を握り込んでいたマニュピュレイターを開いて、僅かの間だが、世話になった相棒を手放した。
……その相棒が、危うく〝黒いの〟の艦橋に命中するところだったが、こればかりは、どうかお許し願いたい。
冷や汗を流しながら、繰り返して流されている通信に耳を傾けると、確かにザラ議長の声で、現状において、停戦が成った事を伝えていた。
「レナ、聞いたか?」
「ええ。確かに、停戦したと言ってますが……、本当でしょうか?」
命が懸かっている状況だけに、まずは欺瞞かどうかを疑うよなぁ。
「レナ、お前もザラ議長の声は聞いた事があるだろう? それにザフトで使ってる共同通信だし、本当だろうさ」
「……そう、ですね」
「それよりも、〝黒いの〟の動きは?」
「さっきの通信が流れるのと同時に、迎撃行動を中止しました」
〝黒いの〟の動きを見るに、連合軍にも同様の通信が出されているみたいだし、本当の事だろう。
とはいえ、つい先程まで戦っていた同士が、仲間を殺された者同士が、すぐに、はい、そうですか、なんてことができるだろうか?
……そう簡単にはできないだろうなぁ。
それでも、それが可能なのが軍隊という組織でもあるから、本職で構成された連合軍に関しては、ある程度は信頼できるだろう。だが、悲しむべき事に、こちら側……ザフトに関しては、まったく信頼できない。
元より、義勇兵という名の民兵に近い存在である上、上層部が恣意的に運用するためなのかはわからないが、軍規・軍律なんてものがあやふやなのに加えて、プラントやザフトに蔓延っているような、行き過ぎた選民思想もある。
こいつに染まってしまうと、同じ主義信条、コミュニティに属さない者の存在を絶対に許せなくなるから、自分達以外のものへ、強烈な攻撃性を見せるからなぁ。その代表的な例というか、最も分りやすい蛮行は、ビクトリアやパナマであった捕虜の虐殺だろう。
……いや、今は、そんな事を考えている時じゃないな。
「レナ、小隊長連中に連絡を入れて、状況を把握してくれ」
「えっ? 先輩は?」
「今後について、ちょっと、〝黒いの〟の艦長と話したい」
「……以前みたいに、騙まし討ち、されませんか?」
「レナ、以前のあれは騙まし討ちじゃないし、今回は状況そのものが違う。だいたい、停戦命令の通信が来て直に迎撃行動をやめるような相手だし、話だって、通じる相手だろうさ」
まぁ、命令に従った振りをして、虎視眈々と隙を窺っている相手なら死ぬ可能性もあるだろうが、その時は、所詮、俺の運が悪いか、考えが甘いということになるんだろうが……、それでも、そういうリスクがあったとしても、俺は、疑心で暗鬼を生むよりも、人の理性と人類社会が培ってきた善性を信じたいのだ。
「……わかりました」
「通信は任せるぞ」
そんな訳で両手を挙げて、〝黒いの〟の艦橋の前に出て、通信を試みてみる。
……。
おっ、繋がった、か……?
モニターに出てきたのは、連合軍の白い軍服に身を包み、制帽をしっかりと被った、凛々しい顔立ちをした短い黒髪の女性だった。
俺が勝手に想像していた厳つい顔ではなかった事に、ちょっとした驚きを覚えてしまい、次の行動に移るのにしばらくの時間を要したが、礼儀としてこちらから敬礼し、言葉を口にする。
「ザフト宇宙機動艦隊のアイン・ラインブルグだ」
「地球連合軍第七宇宙機動艦隊所属、ナタル・バジルール少佐であります」
少佐という階級を聞き、一瞬、副長クラスかなと思ったのだが、代表で通信に応えている上、誰かに変わる気配もない事から……、この女性がこの〝黒いの〟の艦長なのだと当りをつける。
「この戦闘での停戦が成った、っていう通信はそちらにも届いているかい?」
「はっ、こちらでも停戦を確認しております」
しかし、この人……、俺はあくまでも敵であって、上官でもないのに、妙に礼儀正しいな。
それとも、これが地球連合軍のスタンダードなんだろうか?
いや、俺の疑問は、今は置いておいて、と。
「では、これ以上の戦闘はなし、終了ということで、いいかい?」
「構いません」
「では、互いに退くということで、っと、その前に……」
後は……、もうちょっと、言葉を選びたいけど、仕方がないよな。
「一つ、率直に聞く。そちらは自力航行は可能か?」
「ッ! ……いえ、あなたに手酷くやられましたので、自力航行は難しいでしょう」
ああ、やっぱり、怒らせたな。
怒りの情念が篭った鋭い眼光が痛気持ち良い、ってのは大嘘だが、凛々しい美人さんだけに、怒りを滲ませる姿も格好いいよなぁ。
「では、うちの隊の連中を護衛に付ける」
「……それはどのような意味でしょう? 当艦は降伏した覚えはありませんが?」
「何、そちらの救援が到着するまでの間だ」
「その理由をお聞きしても?」
嘘を見逃さないと言わんばかりの強い意志が表情に出ている所を見るに、艦を預かる艦長としての責任感や自らの職務を果たそうとする義務感が透けて見えて、好感が持てる人物だと思う。
まぁ、ちょっと硬質過ぎる気がしないでもないが、誰かが柔らかくしてあげれば、間違いなく良い意味で化けるだろうな。
って、いかん、また考えが逸れたな、話を進めないと……。
「いや、所属している俺が言うのも情けない話だが、ザフトに停戦を守れない馬鹿が出る可能性がある。その時の為の保険だ」
「……保険、ですか」
「ああ、足つきの同型艦なんてビッグネームを見て、とち狂った輩が攻撃を仕掛けるのを抑えたいんだ。ここまで来て、停戦がご破算になるような事態は勘弁してもらいたいからな。……はっきり言うと、もう、戦争は懲り懲りなんだよ」
これが、偽りない俺の本音だ。
「……」
「……」
しばらくの間、バジルール少佐のアメジストのような瞳と見詰め合う。
「……あなたのお考えはわかりました。ご好意、お受け致します」
「……信じてくれて、ありがとうよ」
「いえ。……では、我が方の救援が到着するまでということで、よろしいか?」
「ああ。それと、救援部隊にはいきなり攻撃を仕掛けないようにだけ、伝えておいてくれ」
「わかりました」
そう応じてくれたバジルール少佐が、不意に硬かった表情を崩し、少々ぎこちないが微笑んで言葉を続ける。
「あなたとは、このような場ではなく、普通にお会いしたいかったものだ」
や、や、意外と、硬質の美人さんから、こんな表情を不意に見せられると、こう、ギャップから、破壊力があって印象に残るな。
「……バジルール少佐みたいに、若くして足つきクラスの艦長を任されるような、有能で優秀な美人さんにそう言われるとは、本当に光栄だね」
こちらも軽くおどけて応じると、率直な褒め言葉に慣れていないのか、バジルール少佐は照れた様に、少し頬を染まったように見受けられた。
が、そこは突っ込まず、通信を終える事にする。
「では、バジルール少佐、そちらの救援部隊が到着しそうになったら、通信を入れるか、信号弾を上げてくれ。それでこちらは引き揚げる」
「わかりました、それでは」
最後に、互いに敬礼し合って、通信を終了する。
……はぁ、緊張した。
でも、バジルール少佐が話のわかる相手で良かった。
それに釣られる形で、最後に不意打ち気味に見せられた初々しさがあるバジルール少佐の微笑を思い出して、頬と鼻の下を緩めていると、それを引き締めさせるかのようにレナから通信が入った。
「先輩、各小隊に連絡を入れました。戦域に残っていた機は全て健在で、後少しで、こちらに合流するそうです」
「わかった」
「……えと」
「どうした?」
「先輩、私も、少しだけ見ましたけど、この足つきクラスの艦長、美人でしたね」
「それだけじゃないぞ? 直前までの戦闘で殺しあっていた相手に、自身の感情を押し込めて、あれだけ冷静に対応できるんだから、尊敬できる人だとも思う。……まぁ、美人ということも印象にプラスしているんだろうけどな」
「……むぅ」
レナの奴、何やら、不満と思案が入り混じったような表情をしているが?
「で、バジルール少佐について、何かあったのか?」
「あ、いえ、な、何でもないですよ?」
露骨なまでに、何かありますという態度なんだが……。
「気になる事があるなら、ちゃんと言ってくれ」
「ほ、本当に何もないですから、周辺を警戒しますから、通信切りますね」
「おいっ、レナって、……切れたか」
本人がそう言うのならと……、いつもなら流す所だが、一応は停戦が成立しているらしいから、もう少し話を聞くだけの余裕くらいはあるだろう。
なので、再度、通信を試みて……と、いけね、別回線にって、……この声……ラウか?
「君達が止めたがっていた争い……、この戦争、いや、この戦闘は停戦したようだが、まだ、やるのかね?」
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