第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
86 血戦、ヤキン・ドゥーエ 2
9月26日早朝。
L5宙域外縁部に、ザフト側のハラスメント攻撃を物ともせず、展開を終えた連合軍艦隊は、夜明けと共に艦艇による攻撃を開始した。
それからというもの、百隻を優に越える艦艇群から断続的に艦砲弾やビーム、大小の対艦ミサイル、対宙魚雷、爆雷等々が第一防衛ラインを構成する機動艦隊艦艇やヤキン・ドゥーエ要塞へと撃ち放たれ続けている。
これに対して、ザフト側もC-2五とC-7五……ヤキン・ドゥーエ要塞の左右前方宙域に、二手に分かれて展開している第一防衛ラインの艦艇が回避行動を取りながら、近接火砲やビームで火線網を構成することで、対艦ミサイルや対宙魚雷等の迎撃を行いつつ、艦砲や艦載ミサイルを撃ち返して、対艦攻撃を仕掛ける等、応戦を開始している。
加えて、第一防衛ラインのMS隊もまた出撃して、一連の迎撃に参加しており、以前、世界樹や新星で連合軍がして見せた十字砲火にも劣らぬ程に頑張っているのだが、悲しいかな、数量の絶対的な差から、撃ち漏らしが発生してしまっている。
まぁ、それも当然の事なのかもしれないが、こっちにはない数の力を見せ付けられるだけに、切ないもんだよ。
もっとも、撃ち漏らしに関しては、第三防衛ラインを担当するヤキン・ドゥーエ要塞が、要塞から離れた遠距離を要塞防衛火砲群が、要塞から程近い近距離をガズウート隊がそれぞれ担当して、順次、撃ち落しているから、大きな被害は出ていない。
……要するに、今のところ、防衛線が上手く機能しているって事だ。
こんな具合に他人事のように現在の戦況を見ている俺はというと、第二種戦闘配置の下、乗機のコックピット内で、艦橋から順次送られてくる情報を確認しながら、連合軍の動きについて考えている。
……。
今、連合軍が艦載兵装による攻撃に終始しているのは、こちらの消耗を狙ってのことだろう。艦艇数と艦砲やミサイル等の投射数で勝っているのだから、当然の選択だとも言える。
だが、ザフトにもヤキン・ドゥーエ要塞という巨大な支援施設が……、強力な索敵能力や広範囲を統合して管轄できる指揮管制機能、展開した艦艇を支えられる物資等々がある為、ある程度は帳消しにできる部分でもある。
ならば、何故?
……。
やはり、迎撃に参加している第一防衛ラインのMSの消耗を待っていると考えた方がいいのだろうか?
もし、仮にMSの消耗を狙っているのだとすれば、確かにジェネレーターを持たないMSの消耗を考えると……、今現在、進行中の事実として、本格的に戦端を開いて一時間以上が経過している事に、迎撃行動を取っていることを加味すると、MSのメインバッテリー残量や推進剤は確実に半分以下になっているはずだから、非常に効果的だと言える。
でも、この戦法だと、必要になる兵器類に金が掛かる上に生産力や資源が必要に……いや、国力に優れる地球連合だったら、不可能ではないことだな、うん。
……うぅ、本当に、〝もう泣くから、殴るのやめて〟状態だよなぁ。
って、半分以上、本音な冗談はさておいて、そろそろ、連合軍が動き出してもおかしくはない。
「……ベルナール、ラインブルグだ」
「あ、はい、こちらベルナールです」
「そろそろ連合軍が動いてもおかしくはない。何か、動きに変化はないか?」
「少しだけ待ってください」
……採点中ですってか?
「……隊長、300m級や後方の輸送艦群に動きがあります」
「それは、MS……機動戦力が出てくる予兆って事かな?」
「ええ、そう読み取れます」
「ヤキン・ドゥーエの総司令部から何か情報は?」
「あ、少し待ってください。…………今、届きました。これによると、第二防衛ラインのMSを出撃させるみたいです」
「第一防衛ラインのMSは補給に?」
「はい。ですが、迎撃中の母艦には帰艦させず、ヤキン・ドゥーエまで下がらせて補給させるみたいです。また、第一防衛ライン構成艦艇にもヤキン・ドゥーエ要塞近く……具体的にはC-2二とC-7二までの後退命令が出ているようです」
迎撃戦闘中の着艦は危険だから帰艦させないのは妥当だが……、第一防衛ラインを支える艦艇を下げるのは?
「隊長、他にも何か?」
「あ、いや、すまん、わかった。また、何かあったら、連絡してくれ」
「了解です」
最近、あどけなさが抜けてきたベルナールの顔がサブモニターから消えるのを見て、思考を再開させる。
……。
第一防衛ラインの艦艇も下げるってことは…………連合軍の誘引を意図……ジェネシスの射線軸上に連合軍を誘き出すつもりなんだろうか?
……いや、以前聞いたユウキの話だと、ジェネシスの発射は核攻撃後って事だから、単に、これから始まる連合軍側のMSやMAでの攻撃に備えてのことかな。
まぁ、何にせよ、後退を図る以上は、少しでも支援が必要だな。
……複座型を狙撃支援に出すか?
「レナ、聞こえるか?」
「あ、はい、聞こえてます。先輩、何かありました?」
「昨日、国防事務局から複座型用に支給させた、エネルギー収束火線スナイパーライフルって、使えそうか?」
「うーん、あれですか? ……確かに、ゲイツのM21より出力は強いんですが、その分だけエネルギー消費が激しくて、カートリッジ一つで三発分ですから、弾数が心許ないです。それに試作品ですから、予期せぬ事態も起こりえます」
ああ、あるある、俺も凄腕さんと戦闘した時に、ビームライフルが故障して、冷や汗かいたよ。
「複座型が携行できるカートリッジは?」
「三つ……元々ライフルに付いている分も合わせて四つですね」
……むぅ、補給なしで狙撃できるのは十二回か。
でも、これも仕方がないことだろう。複座型のベースはジン初期型だから機体からビーム兵装への電力供給システムを装備していない。付け加えれば、ビーム兵装を運用できたとしても、内部バッテリーがレーダーや他の観測機器の運用に使われているから、結局は割り振れる許容量が少ないからな。
まぁ、それでも何か、遠距離から攻撃ができるような、複座型に持たせる事ができる武装がないかと諦めずに探していたら、〝こんな威力じゃミストラルすら破壊できない〟だなんて、笑えない冗談と一緒に、複座型を運用する現場から大不評だった専用のスナイパーライフルの後継版……鹵獲MSであるバスターとジンの特火重粒子砲の技術を流用した、カートリッジ式エネルギー収束火線スナイパーライフルを、試作品とはいえ、見つけることができたのは僥倖だった。
「先輩、まさか複座型も一緒に出撃を?」
「いや、単独任務……、後方からの狙撃支援に出そうかと考えている」
「単独任務、ですか。……大丈夫でしょうか?」
「何、前に出すって言っても、積極的に仕掛けさせるつもりはないよ」
「でも、狙撃をするにしても、都合良く射線が通ると思いませんが?」
「いや、乱戦状態の中に撃つんじゃなくて、これから始まる後退の支援や戦線に穴が開いた所へ撃ち込ませたいんだよ。まぁ、言わば、穴埋めが来るまでの時間稼ぎというか、保険的な役割だな」
「……それだけなら、大丈夫だと思います」
……うん、レナの奴、子どもどころか恋人すらいないのに、お母さんしてるよねぇ。
「……先輩、今、何か、私に対して、非常に、失礼なことを、考えませんでしたか?」
「イエイエ、ソノヨウナコトハアリマセンコトヨ?」
おおぅ、恐るべき女の勘って奴か?
「もう、その顔にその声、絶対に何か考えてましたね」
「んんっ、いやぁ、今日も出撃日和だねぇ」
「……はいはい、誤魔化されますよ」
うぅ、レナも本当に、俺に手厳しくなって……っと、そろそろ、真面目にやるか。
「でだ……、レナ、ずっと、あの二人の面倒を見てきたお前が、一番、二人の能力を把握しているだろうから尋ねる。複座型の二人は狙撃任務に耐えられるだけの能力はあるか?」
「複座型による後方からの狙撃任務だけならば、確実にあります。……ですが、一人ずつを、ゲイツ等の単座型で出せるだけの技量はありません。出たとしても、無駄死にするだけです」
「……わかった。二人は複座型、狙撃任務のみで出す。レナ、このことを二人に伝えてくれ」
「了解です」
本当は、複座型みたいな偵察機には、自衛以外の武装なんてさせない方がいいのはわかっているが……、こんな正面からぶつかり合う戦闘になってしまったら、人手不足に悩む指揮側としては、偵察以外の仕事もしてもらいたいのが本音だ。
それに、他のMSよりも高精度センサー等を有する複座型ならば、後方からの情報収集支援や、ちょっとした管制任務に使えるとも思うのだ。
なんて言い訳染みたことをつらつら考えていたら、レナと複座型の二人がサブモニターに現れた。
「先輩、二人とも任務了解しました」
「隊長! 頑張ります!」
「ご期待にそえるように全力を尽くします」
「ああ、期待している。けれど…………いや、スタンフォードの言う通り、全力を尽くしてくれ」
「「了解!」」
でも、予め、判断基準は言っておく方がいいな。
「ただし、敵が接近してきた場合はその限りではない、いつも通りに退避して、落ち着いたら、再度、任務を再開しろ」
おいおい、そんな拍子抜けした顔をするなよ。
「複座型本来の役目や性能的に中、近距離での戦闘は不向きだ。お前達の傍には、俺達や友軍がいるんだから、そいつらを頼れ。……適材適所って奴だ。二人ともわかったな?」
「はいっ!」
「わかりました」
……自分で言っていて、娘を心配する口煩い父親のような気がしてきたな。
「今、第一次防衛ラインが下がり始めて、代わって第二次防衛ラインが前方に出始める状況だ。二人には、これに合わせて出てもらうつもりだから、頼むぞっと、忘れるところだった。補給等のタイミングに関しても、お前達に任せる。その時はベルナールとの連絡を密にしろよ?」
「了解ですっ!」
「了解っ!」
うん、これでいいだろう……っと、まるで計ったかのようなタイミングで艦橋からの連絡が来たな。
「隊長、こちらベルナールです」
「こちら、ラインブルグだ、丁度いいタイミングだな」
「ふふ、こちらでも音声だけは繋げていますからね。実はMS隊内での会話はほとんど筒抜けですよ?」
「おいおい、MS管制官はプライバシーと言う言葉を知らないのか?」
「秘匿回線を使わないと、こっちが聞きたくなくても筒抜けになりますから諦めてください。それよりも隊長、第二次防衛ラインを構成するヤキン・ドゥーエ所属MS隊の出撃が始まりました。また、連合軍もMA隊及びMS隊の出撃が確認されています」
俺が気になるは当然……。
「MAに爆装型……核ミサイル搭載型は確認できるか?」
「……いえ、全てを確認したわけではありませんが、対艦ミサイル装備機を少数と対MS用小型ミサイル装備機を多数確認しています。……これは私見ですが、ボアズへの攻撃方法を考えると、ある程度まとまった数で運用されるはずです。当然、それらしき機影はすぐに捉える事ができるはずですので……」
……確かに、ベルナールの言う通りだな。
MA……メビウス以上に大きな核ミサイルを抱えているのだ、それだけで存在は明らかだ。
「了解した。ベルナールの意見が正しいだろう。もしも、その機影を捉えたら、最優先で連絡を入れて欲しい」
「わかりました。最優先で、核ミサイル搭載型を発見し次第、すぐに連絡します」
「うん、頼む。それと、複座型を発進させてくれ」
「了解です。出撃シークエンスを開始します」
「よろしく」
少し息を吐いて、メインモニターに映し出される周囲の様子を眺める。格納庫内を整備班員達が慌ただしく跳び回る中、六機あるMSの内、黒い塗装を施された複座型のモノアイに光が点り、不備がないことを点検するかのように左右に動き出した。
出撃シークエンスが進み始めたのだろう。
複座型の出撃に向けて、順次、物事が進められていく中、俺は再び、思考に埋没する。
……。
戦闘は未だ、序盤戦が終わったに過ぎず、ここからが正念場だ。
まずは、物量を誇る連合軍MS及びMA部隊を、第二防衛ラインが食い止められるのかだが……、第一防衛ラインのMSが戦線復帰することも考慮に入れると食い止めることはできるだろう。
しかしながら、連合軍が数の利を活かし、波状攻撃を仕掛けてきた場合は、どこかで必ず穴が開くはずだ。第四防衛ラインの俺達が、そこを埋めることができる間はいいが、敵にも強力な新型機が存在することも換算すると、やはり、最終的には大穴が開くのは確実だ。
そこに核ミサイル搭載型が、突っ込んでくるのは間違いない。
……ん?
ボアズ戦の経緯で、核ミサイルの運用がメビウスによって為されているのはわかっているが、何故に、艦艇での運用は為されてないんだ?
……うーん。
ニュートロンジャマーキャンセラーを小型化できず、艦載ミサイルには付けられなかった?
……いや、それはどう考えても、理由にはならないよなぁ。
だったら、運用の柔軟性……艦艇と違って、メビウスは高速で好きな発射ポジションに運べるという利点があるから、そのあたりが理由か?
でも、それだと、核が搭載された艦載ミサイルがないという否定にはならない。となれば、艦載ミサイルに核が積まれている可能性もあるということだな。
……単純に、迎撃される危険を減らすだけなのかねぇ。
まぁ、とりあえず、核ミサイル搭載型に注意して、これらの迎撃に集中しておこう。
後は……ジェネシスの発射タイミングも考えておかないとって、俺、どの時点で、ジェネシスは発射が為されるのか知らないわ。
……うーん、ジェネシスが一射しか確実に撃てないという条件で使用する以上は、どうしても、できうる最大限の効果を望みたいよなぁ。
だとすれば、戦力的に相手を削り、精神的にも心を確実に折る為には……、その一撃で、戦闘の趨勢は決める為には……、いや、考え方を変えてみよう。
俺が連合軍ならば、どこで撃たれた時に心が折れる?
……やはり、核攻撃を成功したと思ったら、迎撃されて失敗に終わった直後だな。
精神的な打撃がもっとも大きいのは間違いない。
……まぁ、でも、これは俺の勝手な推測だし、ジェネシスの発射タイミングは実際にはどうなるかなんてわからないから、過度の期待はしないでおこう。
とりあえずは、核攻撃が為されるまで持ちこたえて、その攻撃を何とかしてしまえば、戦況がこちらに傾く可能性もあるとだけ、思っておこう。
現実に意識を戻してみると、複座型がカタパルトにロックされたところだった。
「隊長、複座型、出撃します」
「了解、ベルナール。……ロベルタ、スタンフォード、必ず無事に帰れ」
そんな俺の言葉に、ロベルタとスタンフォードはそれぞれに合った笑みを返すと片方は元気良く、もう片方はしっかりと答えを返してくれた。
「了解です! 隊長、行って来ます!」
「了解! ……IS1312、ロベルタ、スタンフォード、ジンLRR、出ますっ!」
腕にエネルギー収束火線スナイパーライフルを両腕で抱えた複座型が勢い良く虚空へと射出されて行った。
……とにかく、二人が無事に帰ってくることを、神……いや、我が母に祈っておこう。
これからの戦闘も含めて、様々なことを考えながら、俺はしばらくの間、シートに身体を預けた。
+注意+
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