ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
84  決戦前の小休止 3


 ラウと共に国防委員長室から出た後、政庁の廊下を並んで歩きながら、ラウが乗り換えることになった新型機プロヴィデンスについて話を振ってみる。

「で、早速、新型を受領しに行くのか?」
「ああ、連合軍が次に仕掛けてくるまで、もう余り時間はなかろうからな」
「確かに、後二日といった所になるだろうけど……、間に合うのか?」

 新型の性能、確かに高いのは認めるが……、使う人間を選ぶみたいだからなぁ。幾らエースであるラウでも、正直、一日、二日で機種転換はキツイと思うんだが……。

「ふっ、間に合わせて見せるさ」
「おおぅ、流石の自信だな、ラウ」

 自信満々に言い切った言葉に、俺では絶対に出せない説得力があるわぁ。

 ……。

 でも、ザフトの最新鋭機か……、正直、この目で見てみたいもんだな。

「なぁ、ラウ、新型の受領に俺も立ち合わせてもらってもいいか?」
「む……、アインならば大丈夫だろうが、ミーア嬢に会わなくてもいいのか?」
「いや、正直、家に帰ってもゆっくりできるような気分の余裕というか、何事もないように普段通りに過ごす自信がないからな、端末で連絡を取るだけにするつもりだ。ラウは、アルスターに会わないのか?」
「……私も機種転換に集中したいからな、君に倣うとするよ」

 ラウの返事を聞いた所で、【エヴィデンス01】が展示されているホールに差し掛かり、ここを警備する武装保安局員の敬礼に軽く答礼して、ふと、ここの名物とも言うべき宇宙鯨、もとい、"はねくじら"を見上げる。


 ……地球の生物と似ているようで似ていない、異なる生物の化石っては、いつ見ても奇妙なモノだ。


 そんな感慨を抱いていると、不意に、ラウが呟いた。

「コレが発見されなければ……、人類の歴史はどう動いたものかな?」
「さて、な……。もし、こいつがジョージ・グレンに発見されていなかったとしても、コーディネイターは既に生まれていたから、今の状態と殆ど変わりはなかったかもしれないし、それとは逆に、世界や社会の倫理観が遺伝子コーディネイトに否定的のままで、結果、コーディネイト技術もある程度規制されて、コーディネイターは上手く人類社会に溶け込んでいたかもしれない」
「……かもしれないか」
「ああ。"かもしれない"って、仮の話はさ、あくまでも人間の想像の産物に過ぎないし、時を遡る事が出来ない俺達には、知る事ができない領域だよ。……まぁ、それを想像するのが楽しいと言うのは認めるがな」

 人一人、事象一つが世界に与える影響力が、どの程度のモノなのか……。

 いや、人が世界という大きな社会の中で生きている以上、他人との関わりは極自然に発生するし、様々な事象に巻き込まれている。
 加えて、刻々と変化して行く社会とそれを包み込む自然の中で生きている人間は、望む望まざるに関わらず、その時々に、連綿と、万物が相互に影響しあって生きているだろうから、人一人、事象一つの影響を厳密に測るなんて事はできないだろう。

「ふっ、すまぬな、つまらぬ事を言ってしまった」
「何、誰にだって、そんな風に考えてしまう時はあるよ」
「……そうか」
「ああ、人間である以上はな」

 っと、白服が二人も並んで立っていたら、場所が場所だけに、周り……、特に警備の迷惑になるな。

「ラウ、そろそろ行こうぜ」
「ああ」

 それに、ここ最近の不祥事や混乱で、ザフト隊員に対する市民の視線もあんまり良いもんじゃないこともある。

 なんてことを思っていたところに、少し癖のありそうな栗毛をショートボブにした長身の女性が一人、俺達の元へ駆け寄ってきた。

「PBNです。少しお話を伺いたいのですが?」

 PBN……、プラント・ブロードキャスティング・ネットワークのジャーナリストみたいだけど……、柔らかく"伺いたいのですが"なんて言っていても、半分以上は強制取材だよねぇ。
 保安局時代の経験から見ても、ジャーナリストってのは無視すると、市民には知る権利云々って、持ち出して来て、うるさいんだよなぁ。そんな風に市民の代弁者や社会正義の守護者を気取る割には、自分達の不義には目を瞑ったり、そこを突っ込んだりしたら逆ギレするし……って、いかんいかん、保安局時代の愚痴になってるし、そもそも、全てのジャーナリストがそんな連中だけとは限らないはずだ。

 心底へとジャーナリストへの偏見を押し込めつつ、提示されたPBNのジャーナリストであることを示す身分証明証が本物であることを確認しながら、ちらりと隣のラウを横目で伺うと、相手を頼むと言わんばかりに、素知らぬ顔でサングラスを押し上げていた。

 こうなった以上は仕方がない為、俺が率先して受け答えすることにする。

「PBNの記し……ルルーさんだね。俺達も用事があるから、車が来るまで「車ならこちらにもありますが?」はいはい、お世話になりますよ。中央エレベータまで、もちろん、ルートは最短最速でよろしく」
「ええ、もちろんです。話が早くて助かりますわ」

 最初から逃げ道を閉ざされていたことに些か面白くない気分でいたら、微かにラウが含み笑いをしたようだ。

 ……どうやら憮然とした心情が表に出てしまったらしい。

 まだまだ、泰然とした態度を取れない己の未熟を嘆きながら、先導する女性ジャーナリストに声を掛ける。

「それで、何が聞きたいんだい?」
「今回、広報局が暴走したことについて、何かコメントを頂きたいです」
「……いや、それに関しては、前線に出ている俺達よりも、君ら報道機関の人間の方が詳しいだろうよ」

 ……あ、何か、今、前の人の目が光ったような気がした。

「お二人は、前線に?」
「そりゃあ、白服なんて着ているからねぇ」

 お、感心感心、早くも車が来たね。

 俺達の前に到着したのは四人乗りの無人車で、後部座席に俺とラウが、助手席にPBNの女性記者ベルナデット・ルルーが乗り込んだ。そのルルーは行き先を中央エレベータ前に設定した後、前部座席から身を乗り出して、早速、質問してくる。

「それでは、今、現在、前線の状況はどうなっているのか、お聞かせ頂けますか?」
「地球に関しては詳しく知らないが、宇宙じゃ、連合軍の大艦隊がプラント……、ここに攻撃を仕掛ける準備をせっせとしている所だよ」
「っ!」

 俺の言葉を受けて、ルルーは驚いたように目を見開く。

 ……おや、スンナリ答えるとは思ってなかったのか?

 そう読み取ってしまうと、何となく天邪鬼的な気持ちが湧いてくるあたり、人の心とは不思議なものだ。

「……次の連合軍の攻撃はいつ頃だと?」
「うーん、これは俺の予想だけど……、後、二日ないし三日程じゃないかな」
「で、では、連合軍のプラント侵攻に対するザフトの基本方針は?」
「ヤキン・ドゥーエ要塞を要に据えての、迎撃、防衛だな」

 流石にアレに関しては、口を滑らさないように注意しておく。

「ボアズ要塞に対して、連合軍から核攻撃が為されたそうですが?」
「ああ、それは本当だよ」
「……プラントへの、核攻撃の可能性は?」
「まぁ、可能性はあるだろうねぇ」

 あら? あらあら? 動揺して顔を真っ青にしちゃったよ。

 ……案外、まだ凄惨な修羅場で取材を経験していない新米さんなのかもねぇ。

「そ、それの対策は?」
「ザフトは連合軍を全力で迎撃します」
「……なっ、それだけですかっ!? もっと他に何かないのっ!」
「ええ、これ以上は俺から言えませんよ。全力で迎撃し、プラントへの如何なる攻撃をも完全に阻止します、って以上はね」

 これ以上、現場の人間にどう言えと、なんてニュアンスを言外に匂わすべく、業と肩を竦めて見せる。

「……申し訳ありません、さっきのは失言でした」
「いや、気にしないでいいよ。……確かに、さっきの言葉だけじゃ、不安にもなるだろうから、ルルーさんが怒りたくなるのもわかるしね」
「そうなるとわかっていて、言われたんですか?」
「まぁ、ルルーさんの手際の良さへの賞賛と意趣返しも兼ねてね」

 くっくっくっ、と、なるべく気に障るように厭らしく笑って見せると、自然、ルルーは不愉快そうな表情を見せた。

 まだまだ、タヌキ或いはキツネになるのは遠いみたいだねぇ。

「それで……、ザフトはプラントをちゃんと護り切れるんでしょうね」
「さて、どうでしょうかね、クルーゼ隊長」
「さて、どうだろうな、ラインブルグ隊長」

 おや、ちょっとラウにも振ってみたが……、中々の焦らし、もとい、はぐらかし様だ。

 っと、どうやらルルーさんはお怒りになられ始めたようで、眉間に皺を寄せて、思いっきり睨まれてます。

 うーむ、ちょっと、ジャーナリストにしては冷静さが足りてないように感じるなぁ。

 やっぱり、これは経験不足かな?

「今のは冗談だから、そんな怖い顔で睨まないでよ。代わりに特ダネを一つ置いていってあげるからさ」
「……特ダネ?」

 ああ、なんか露骨に不審の念が篭った声音が耳に沁みるなぁ。

「次の一戦で、戦争が終わる可能性がある」
「っ! ……本当に?」
「ふっ、あくまでも可能性に過ぎぬがな」
「そ、それって!」
「おっと、どうやら時間切れみたいだ」
「うがっ!」

 何とも女性らしからぬ声がルルーの口から出てきたが、残念、宇宙港に繋がる中央エレベータ前に到着だ。入り口前で止った車の扉を開けて、外に足を踏み出しながら付け加えておく。

「まぁ、裏付けはそっちで頑張って頂戴な」
「もっとも、我々が話した内容自体、嘘か真かはわからぬがな」

 おお、流石はラウ、最後の最後に不信感を煽ることを言うなんて、まったくもって、いぢわるだ。

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってっ! それはっ! 今のは本当なのっ!?」
「客観に基づいた、真実の探求こそ、ジャーナリストのお仕事だよ」
「ふむ、だが、手掛かり無しは厳しかろう。……先の真相が知りたいのならば、FAITHのレイ・ユウキを訪ねるがいい。彼ならば、或いは……」
「っ! レイ、レイ・ユウキねっ!」

 あ、今、ラウの奴、ルルーから顔が見えないことをいいことに、ニヤリと笑いやがった。

「ああ、彼ならば、何かを知っているはずだ」
「あ、ありがとうございます、クルーゼ隊長」

 そう言い残したルルーは、おそらく政庁に戻る為だろう、自ら車を運転して、猛スピードで去っていった。

「……いいのか、この忙しい時に?」
「何、ユウキならば、今の社会混乱を回復させる為の駒として上手く使うだろうさ。それに……」
「それに?」
「聞けば奴の職場は女気が少ないそうだからな、たまには花を愛でるのも良かろうよ」
「ああ、癒しって奴か」

 とはいえ、何となく、ルルーに付きまとわれて辟易としたユウキの顔が浮かぶのは何でだろう?

「さて、アイン、早い所、行こうではないか」
「ああ、早い所、ここから立ち去るべきだな」

 二人して、つい、ニヤニヤと笑みを浮かべてしまい、エレベータの係員に盛大に引かれたのは、消去すべき記憶である。


 ◇ ◇ ◇


 で、新型機が置かれているアプリリウス軍事衛星港の機密区画にやってきたんだが……。

「むぅ、PS装甲だからか、色に味気がないなぁ」

 なんてことを独語しながら、灰色の機体(プロヴィデンス)を見上げている。

 そんな新型機、プロヴィデンスを一目見て思ったことは、何となく、某SFアニメに出てくる主役級のMSに似ているなぁ、という事なのだが……、これって、以前、連合から強奪したMSを見た時も思ったんだけど、偶然なんだろうか?

 むむぅ、謎だ。

 とはいえ、もしも、この類似が偶然の一致ではないとしたら……、なんて事は別に考える必要はないだろう。目の前にあるMSが、前世で見た某SFアニメに出ていた云々に似ていたとして、それがどうした、だからどうしたって話だ。
 そもそも、俺……、前世の記憶を持っていた"俺"という存在自体が"えすえふ"なんだから、似たような存在があろうが、似たような名前が出てこようが、それこそ、ああ、そういう事もあるんだねぇ、とか、もしかしたら、俺以外にも前世持ち(笑)がいるのかもしれんなぁ、って位の考え方で、広い心を持って、受け入れていけばいいだろうさ。

 だいたい、今、俺はここで血肉を持ち、意思を持って生きている以上、ここ以外に現実はないんだからな。

 今はそんな馬鹿げた考察をするよりも、プロヴィデンスの観察する方が重要だ。

 やはりと言うべきか、この新鋭機を見て、まず何よりも目を引くのは、背中に背負ったドラグーン・システムだろう。資料で設計図や概要を読んで亀の甲羅めいたものだと思っていたが、実物を見てみると、意外とそんな感じじゃないな。
 ドラグーンの端末も、大型の三つと小型の二つを背中のドラグーン・プラットフォーム本体に、腰回りの両側部及び後部には小型のものが各二本ずつ、増設された小型プラットフォームに無理なく配置されてる。

 当初設計段階では搭載される予定ではなったらしいドラグーン関連の装備品がこんなにも馴染んでいるなんて、本当に、元々の素体がシンプルで良い機体だったんだろう。

 ……それにしても、よく、この機体サイズに核分裂炉が入っているな。

 俺の中で核分裂炉のイメージは、コンクリートの分厚い壁に覆われて、発電や貯蔵に大量の水を使う原子力発電所だから、MSに合う小型の核分裂炉を作ったプラントの技術者はたいしたものだと思うよ。

 まぁ、実際には、非常に効率の良い熱電発電システムあたりを使っているんだろうけど、それでも、ここまでの小型化はプラント脅威の技術力が為せる代物ってところかな。

 ……。

 しかし、見れば見るほど、ラウが好みそうなマッシブな機体だな、おい。

 これだけ重量感溢れる機体だったら、外見が華奢なストライクダガーなんて、蹴られただけでバラバラに分解しそうだぞ。

 実際にありえそうな光景を想像し、我ながら何とも言えない表情でいたら、開発担当者と話をしていたラウがこちらにやって来た。

「アイン、どうかな、プロヴィデンスは?」
「見た感じ、とても頼り甲斐がありそうな、いい機体だと思うぞ」
「確かに、元になった機体自体が非常に出来が良いみたいだな。例え、ドラグーン・システムが無かったとしても、大いに活躍できるだろう」

 ドラグーン・システムか……。

「そういえば、当たり前のようにラウがドラグーン・システムを使えるってことで話が進んでいるけど、何でそんなことがわかるんだ?」
「話によると、ザフトのMSパイロットは空間把握能力の高い者から選定されているらしいのだが、その中でも私の空間認識能力が平均よりも突出していたそうだ」
「んなもん、どうやっ……ああ、あれか、養成所に入った直後にやらされた、色んな検査か?」
「恐らくはな」

 ふむふむ、なるほど、その検査で、俺はパイロットの資質があると判断されたってことか。

 しかし……。

「空間認識能力ねぇ」

 文字通りに考えたら、三次元に対する認識能力って事なんだけど……、ラウの場合は、ちょっと自分でも馬鹿な考えと思わないでもないのだが、例の某SFアニメに出ていたような、宇宙に適応するべく進化した人類の概念……νタイプのように感じられるんだよなぁ。

「アイン、どうかしたかね?」
「ん、いや、ラウが前に血筋の話をした時に、離れていても相手の存在を感じ取れるって言ってただろ?」
「ふむ、言った覚えがあるな」
「その離れていても相手の存在を確かに感じ取れる事ってさ、案外、引き合う力が空間認識能力に作用して生み出された、宇宙に適応する為の人類進化の一つなのかもしれないな、って何となく思ったんだよ」
「……アイン、どこかで頭でも打ったのかね?」

 ひ、ひどっ!

「い、いや、本当に何となくそう思ったんだよ。……まぁ、戯言として流してくれ」
「ふ、なら、そうしておこう。だが、あの感覚が人類進化の一つか……、相変わらず、君は面白いことを言うモノだ」

 戯言にしてくれと言ったのに、何故か、ラウは人類の進化と言う言葉に惹かれるというか、気に入る何かがあったらしく、嬉しそうに口元を緩めている。

「そ、それよりもラウ、試運転はいつごろになるんだ?」
「……今から乗ってみるのだが?」
「って、すぐに乗れるのか?」
「ああ、核反応をいちいち止める必要はないそうだ」

 ……常に稼動しているって、機体の廃熱システムに過負荷が掛かるってことじゃないのか?

「そろそろ、冷却装置が外される所だろう」

 ああっ、なるほど、普段は外付けの冷却装置で抑えているのか。

「なら、ドラグーン・システムがちゃんと起動して、ラウが使えるかも見て行くよ」
「ふっ、ならば、その期待に応えて、一度で使いこなして見せようではないか」
「……無理はしないでもいいぞ?」
「誰に物を言っているのかね? 不可能を可能にせずして、エースは名乗れんよ」

 おうおう、乗る前から、凄い自信だこと。

「なら、管制室から見せてもらうよ」
「ああ」

 でも、しっかりと頷いて見せたラウが見せた自信に溢れた表情を見たら、確かに、結果はわかったようなものだ。


 その後に行われたプロヴィデンスの初搭乗にて、ラウはドラグーン・システムを見事に起動させると、十一ある攻防端末全てを同時に操ってみせて、データを取っていた技術者達を狂喜乱舞させたのだった。


 つか、余裕で有言実行してみせる辺り、半端ないよなぁ、ラウの奴。

 ……ほんとに、心強い味方だよ。


 ……。


 さて、次が最後の一戦になるかは、まだ、わからないが……、とにかく、全力で自身の役目を果たすしかない。


 ……うん、気張っていこう。
11/03/07 誤字修正。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。