第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
83 決戦前の小休止 2
憤懣が収まらないのか、まだ俺を睨みつけてくるジュール議員をできるだけ意識しないように流しつつ、俺は議長に問い掛ける。
「議長、今日の用件は、さっき聞いたことで終わりですか?」
「無論、それもあったが、他にも貴様に聞いてみたい事があってな」
……何だろうか?
「ここに来る途中、迎えの者が話したと思うが、今のプラントは、ザフトの劣勢……、不利な戦況を隠していた最高評議会への不審から、不穏な……、いや、はっきりと言えば、混乱している状況だ」
「ええ、そのようですね。ここまで来る車内から見ただけでも、市民が集って立ち話をしている姿を何度か見ましたし、乗ってきた政庁の車を見る市民の目も動揺しているように感じ取れました」
「うむ。それでだが……」
「……」
「この状況、貴様ならば、どのように収めれば良いと考える?」
……むぅ。
「議長。……義勇兵とはいえ白服を着て軍務に携わる以上、軍事や戦略に関わることならばともかく、純粋な政治には口出ししない方がいいと考えているんですが?」
前世の教育か、住んでいた国の影響なのかもしれないが、シビリアン・コントロールは重要だと思うんだよ。
っていうか、今の軍事組織ザフトなんて、義勇兵組織と政党組織ザフトの下部組織が混ざっている為、その辺が曖昧になっているから困る。
いや、プラント最高評議会に所属している国防委員会が人事権や命令権を持つってのはいいんだが、その最高評議会が事実上のザフトの一党独裁だし、実働部隊である軍事組織ザフトを仕切る面々も政党組織ザフトの面子であったり、また、その逆にもなることもあるから、文民統制(?)になってるんだよなぁ。
ん?
……考えてみれば、プラントは民主主義国家じゃなくて、一党独裁国家だったな、忘れてた。
でも、この一党独裁も含めて、プラントは政治と軍事制度をもう少し、上手く考えた方がいいとは思う。
まぁ、さっきの挙げたシビリアン・コントロールにしたって、上に立つ文民が狂ったらおしまいな仕組みだから、欠点がないとは言い切れない制度……、つか、欠点の無い制度なんてないだろうな、きっと。
って感じで、つらつらと脳内で自身の考えをまとめていると、不敵に笑った議長が再び口を開いた。
「そう考えることができる貴様だからこそ、考えを聞きたい」
「へ?」
「私は、権力におもねることのない意見が欲しいのだ」
「……それはあまりにも、俺を買い被りのような気がしますが?」
「ふん、この私と、後先考えずに、殴り合ってでも、自身の意見を主張した者が、何を言うか」
「うぐっ」
……い、いや、それは若気の至りでもあるような気がしないでもないのです。
だから、カナーバ議員、そんなに驚かないで下さいよ。
ユウキも、ああ、そんなこともあったなぁ、なんて頷かない。
それと、ジュール議員……今すぐお前を殺す、って形相で目を血走らせないで下さい。
つか、俺、そこまでジュール議員の気に触るような事、言ったかな?
……なんて現実逃避はそこそこにしておいて、話を進めよう。
「え、ええっと、今のプラント社会の不安や混乱を収める方法ですよね?」
「うむ、貴様が思う所を言え」
う、うーん、思う所を言えか……。
……。
やっぱり、一番、単純明快な解決方法はこれだよなぁ。
「ザラ議長が、プラント市民に対して、最高評議会の不始末や広報局での一連の騒動及びザフトの敗勢を謝罪し、責任を取る形で、議長職から身を退く事が一番手っ取り早いでしょうね」
言い切った後、不測の事態に備えて、身体の力を適度に抜いておく。
「きっ! きしゃまぁぁぁぁああぁ嗚呼ぁーーーーーーーー!!!!!」
……はい、予想通り、ジュール議員が本当に跳び掛かってきそうな勢いで獅子咆えしたので、ザラ議長に目配せする。
「……エザリア」
「ぱ、パトリックっ! このようなことを言われて、黙ってなどっ!」
「私が忌憚なき意見を聞きたいと言ったのだ」
「くっ!」
あーー、もう、ほんの数分で、どれだけジュール議員の恨みを買ったのか、不安になるな。
「んんっ。……議長、話を続けていいですか?」
「ああ、続けたまえ」
「では……、この際、クライン派がプラントに対して行ってきた手酷い裏切り……、特に、オペレーション・スピリットブレイクの情報漏洩やニュートロンジャマーキャンセラーの開発から漏洩までの経緯、防衛の主力となったはずの新型機や新型艦の強奪あたりを軸に、保安局の公式捜査資料と共に全て発表してしまいましょう。これを基にして、最高評議会は決して市民を蔑ろにしていたわけではなく、プラントの独立を勝ち取る為、プラントを守る為、市民生活の安寧を維持する為に、懸命に努力してきたのだということを堂々と主張します。クライン派と最高評議会、両者の主張を並べて見せれば、どちらの言い分に正当性があるのか、どちらが筋道を通しているのか、理性的であるならばわかりますので、一定の鎮静効果があると思います。……ですが」
「ですが?」
「はい。時に人は感情に引き摺られる生き物ですから……、それでも尚、クライン派を支持する者もいるはずです。これの対策として、俺はこういう手段を余り使いたくはないのですが……、アラスカ戦やボアズ戦で、戦死した者の遺族の声を公共の場に出しましょう」
「こちらも感情に訴えるというわけだな?」
「ええ。たとえ、クライン派が"正義"であったとしても、一連の情報漏洩でプラントが不利になった事は事実であることに変わりはなく、また、それによって、大量の犠牲者が出たことは間違いありませんからね。これで、クライン派を味方する声は抑え込めるはずです」
もっとも、一時的な鎮静化に過ぎず、不満は必ずどこかに残るだろうがな。
……。
とはいえ、いくら今の混乱した社会状況でも、少し見た限りだけど、今日明日に体制が崩壊するなんて所までは行っていないようだから、市民の不満の矢面に立っている皆さんには申し訳ないが、もう少し時間を稼いでおいてもらって、今は、目前にある危機への対応に集中するべきだと思う。
「しかしながら、今、俺が話したことは、今現在、すぐ傍にある危機を……、直近に起きる連合軍の侵攻を退け、プラントの防衛に成功しなければ、無駄になる話です」
「……だろうな」
なので、話を展開させる為にも、また、俺が聞きたいことでもあるし、ここは一つ……。
「議長、カナーバ議員への質問をよろしいでしょうか?」
「……カナーバ」
「私の方は、ザラ議長がよろしいと仰るのならば、構いません」
議長が頷いたので、カナーバ議員も頷いてくれた。
「では、カナーバ議員。地球連合との講和交渉は、上手くいきそうですか?」
「私の感触としては、後一押し、といった所でしょう」
「……ということは、地球連合内にも講和しても良いと考える勢力があるということですね?」
「ええ、地球連合と言っても一枚岩ではないわ。以前より続く構成国同士の軋轢もありますし、それを取り除いて、派閥だけで考えたとしても、戦争継続派や対プラント強硬派とは別に、ザフトを地球から追い出したのだから、これ以上、戦争で資源を浪費するのはやめて、復興や再建に充てようと考える勢力や、戦闘での被害も馬鹿にならないから、そろそろ話し合いで蹴りを付けるべきだと考える勢力もあります」
と、なれば……。
「その地球再建派や対プラント穏健派の立場を、地球連合内で強化する為には……、やはり?」
「はい、連合軍に大打撃を与えて、連合構成国の世論にも厭戦気分を盛り上げる必要がありますね」
「しかし、プラントは今までの所業から、地球市民の大きな恨みを買っているはずです。……そう上手くいくものなのですか?」
「確かに難しいかもしれませんが……、全ての市民が復讐を叫ぶ余裕を持つわけではありません」
……地球では、今日一日を生きて行くだけで精一杯な人も多いって事か。
「ですので、今現在の連合内主流派である対プラント強硬派を崩す為にも、彼らの力の源泉となり、主張の拠り所になる武力……地球連合軍に打撃を与える必要があります。それが成れば、間違いなく、連合内の勢力図は変わります。加えて、ザラ議長が推す相互確証破壊が成立すれば、独立を確保する以上の条件で、十分に講和は可能……、いえ、勝ち取って見せます」
真剣な表情で言い切ったカナーバ議員には、確かに国政の中枢にいるだけの事があると、納得させるだけの力と覚悟があった。
……。
だが、講和が成ったとしても、地球市民のプラント……、コーディネイターへの恨みは残り続けるだろうな。
……。
いや、今、そのことを考えるのはやめておこう。
……。
後は、自分達が見下すナチュラル相手に、決定的な勝利を得られなかったプラント市民を、どうなだめるかということになるが……。
「地球連合との講和で生まれると予測されるプラント市民の不満も、ザラ議長の引責辞任で、ある程度は逸らせると思うんですが、どうでしょう?」
「ええ、逸らせる事ができると思います」
……。
「議長。……やはり、今現在の混乱と、今後の講和によって、間違いなく発生するプラント社会の動揺を落ち着かせる為には、連合軍との停戦或いは地球連合との講和後、ザラ議長がこの戦争で起きたことの全ての責を背負う形で、全ての公職から退くのが妥当だと、俺は考えます」
「……そうか」
……そう応えたザラ議長が、何となく、満足そうに見えたのは気のせいだろうか?
「貴様の意見、参考になった。……礼を言う」
「いえ、お役に立てたなら、幸いですよ」
で、後一つ、俺が言いたいことは……。
「……議長、ジュール議員を何とか抑えてください怖いです」
「ふっ、貴様にも怖いものがあるのだな」
「い、いや、笑い事じゃないですって、今にも、こう、包丁を持ち出しそうなっ!」
まったく、こんなところで刺されるなんて、冗談じゃないぞ!
ということで、ジュール議員が落ち着くまで、しばしの冷却時間を設けた後、最初の議長とのやり取りは一種の形式美である事と、勇ましいことは結構だが、戦力の見極めは冷静に行う必要があるという事を、何とか納得していただくことに成功したので、引き揚げようと思ったのだが……。
「議長、クルーゼ隊長が参られました」
「わかった、通しなさい」
「はい」
というやり取りが議長とバカな男達に寛容な秘書さんの間であり、帰る機会を逸してしまった。
で、仕方なく、執務机の前に立ったまま、ラウが来るのを待っていると……。
「ラウ・ル・クルーゼ、参りました」
との言葉と共に、ラウが部屋に入ってきた。
そのラウは俺の姿を認めると、サングラス上部に見える眉根を片方だけ軽く上げ、口元を微かに弛めて見せたが、場所が場所だけに、それ以上の反応は見せず、俺の隣に立った。
「うむ、足つき及びクライン派追討任務ご苦労だったな」
「いえ、なんら結果が出せなかった事、面目次第もございません」
「いや、構わん。貴様をこの任務に当てたのは、奴等の行動を制限させる為でもあったからな」
……なるほど、ラウはL3に逃げた蠢動する連中を封じ込めの為の蓋だったってわけか。
しかしながら、今の追い詰められた状況じゃ、クルーゼ隊のような強力なカードを遊ばせておくわけにはいかないって所かな?
「だが、今の状況において、対MS戦等の経験が豊富な貴様の隊に、足つきやクライン派の相手をさせておくには余りにも勿体無い。よって、貴様の隊に与えていた追討任務を解き、来るヤキン・ドゥーエ宙域の防衛戦において、遊撃戦力の要となってもらう」
「では、足つきやクライン派への対策はよろしいのですか?」
「奴等がどう言葉で取り繕おうが、所詮は何の正当性もない一勢力に過ぎん。……いや、確かに強力な戦力を持ち、政治的にも厄介な、忌々しい存在であることは認めるが、それよりも今は、正面に存在する強大な敵に対処する方が重要なのだ」
「……出過ぎたことを言いました」
「ふむ、気にするな。……それよりも貴様には任せたい事がある」
「何でしょうか?」
「連合軍の核攻撃を迎撃する、中核になる新型機を任せたい」
ほうほう、新型機とな?
「ユウキ君、資料を」
「はっ」
ラウと、何故か、ラウの隣に立ったままの俺にも渡される資料。
……何故に?
「若造、貴様にも渡すのは、話の最中でもクルーゼの資料を覗き込みそうだからだ」
「ちょっ……」
な、なんという、議長の先読みっ!
あまりの評価に口元が弛み、涙も出てこないまま、嬉々として、資料に目を通す。
ほうほう、型番は【ZGMF-X13A】で、名前はプロヴィデンスか。
……。
ふーん、これもニュートロンジャマーキャンセラー搭載の核動力機で……、全周囲モニターとマルチロックオンシステムを採用?
へぇ、全周囲モニターって、あるんだなぁ。
……ん?
何か、ここだけ……?
『対MS戦を主眼に置き、近接格闘をメインに考えられてきた本機が、クラインの小娘が引き起こした想定外の事態で、不眠不休の開発環境を知らない、お上から無理難題を吹っ掛けられた結果、我々も予想外すぎる程に、遠近攻守においてバランスの良い機体になった最大の要因はこちらっ! 誰が何と言ってもっ! 量子通信と神経接続を利用した無線誘導式全周囲攻防システム【ドラグーン】だぁっ!!』
って、何で売り口上なんだよっ!?
くっ、い、いかん、つい、書類の文面に突っ込んでしまったが、なんだろう、このしてやられた気分は……。
……いや、落ち着け、俺。
これは多分、書いた奴が度重なる徹夜か飲んではいけない何かで、ハイになって、つい書いてしまった"触れては駄目よ俺泣くよ"的な黒歴史的文章なんだ。
うん、そうに違いないから、これ以上、触れないようにしよう。
……。
でも、このドラグーンって、連合軍が採用しているガンバレルが無線版になっただけじゃないのか?
別に……、変わったこ……攻撃面ではオールレンジ攻撃が、防御面ではビームシールドの形成が可能?
へぇへぇ、ビームシールドの形成ですかぁ。
ふむふむ、これは中々に強力な武そ……それを可能にするためには、非常に高い空間把握能力と情報処理能力が必要?
……。
な、なんていうか、使いこなすのに相当の条件が必要って、ぶっちゃけ、使えない兵器じゃないか、これ?
いや、確かに、使える人間が使ったら、強力な……。
……。
なるほど、人的資源が少ないザフトは、エースに一機当千(※誤字にあらず)を可能にする強力な機体か特殊機を与えて、戦域を支配するつもりなのか。
むむむ、ザフトのMS開発は、質で量に対するってことを突き詰めたと考えればいいのか。
……でもまぁ、これもMS運用の一つの答え、一つのドクトリンということなんだろうな。
そんな具合で結論付けた所で、外というか、ラウとザラ議長の話は終わったようだった。
「では、貴様の隊はイザーク・ジュールに任せると?」
「流石に隊長職を務めたままでは、次の戦闘までに機種転換を間に合わせる自信がありません」
「…………わかった。イザーク・ジュールを隊長代理に任じ、隊を指揮させよう。貴様はその間に」
「はい、次の戦闘までに必ずや間に合わせましょう」
「よろしい、貴様の活躍を期待する」
「はっ、では、早速、行動に移りたいのですが?」
……ここはラウに便乗して、退散するか。
そう判断して、俺もユウキに資料を返しつつ、議長に告げる。
「議長、俺もこれでお暇させてもらいます」
「うむ、貴様もご苦労だった」
ザラ議長が頷いたので、ようやく俺も、執務室から退出することができたのだった。
……しかし、カナーバ議員はともかくとして、何で、ジュール議員がいたんだ?
むぅ、謎だ。
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