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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
82  決戦前の小休止 1


 ボアズ要塞を巡る攻防は、連合軍の切り札とも言える核攻撃によって、ザフトのボアズ駐留艦隊や防衛隊等が、文字そのままの意味で全滅してしまい、連合軍の勝利に終わった。

 だが、ボアズ要塞が一日の戦闘で果たした役割は大きく、攻撃に参加した連合軍艦隊の艦艇の二割、機動戦力の六割を撃破して多大な出血を強いたし、核攻撃を受けて崩壊した後も、俺達が撤退支援戦闘を行った、あのデブリ帯を生み出している。
 特に新しいデブリ帯は、ボアズ要塞があった座標位置から周辺宙域へと大きく広がった為、大所帯の連合軍がプラントに侵攻できる航路を塞ぎ、侵入を妨げているようだ。

 もしも、このデブリ帯を越えて、プラントへの侵攻を図ったとしても、通り抜ける為にはデブリが少ない回廊のような箇所を選ぶ必要があり、連合軍の優越点である数の利を生かせない。
 また、それらのデブリを排除しようにも、元が資源衛星を流用した要塞だっただけに、デブリには頑強な岩石が多くて、艦砲もそう頼りにならないし、デブリを簡単に排除できそうな強力な核だって、恐らくは貴重であろうニュートロンジャマーキャンセラーがなければ使えないはずだから、そう簡単に使うなんてことは流石に考えられない。

 いや、そもそも、デブリ排除の動きがあれば、こちらだって、黙ってはいない。

 独立戦隊のような小部隊を派遣して、作業を妨害するハラスメント攻撃を仕掛けている間に、本国艦隊でもヤキン・ドゥーエの艦隊でもいいから、連合軍艦隊の側面に回り込ませて、攻撃を仕掛けることだってできるのだ。

 ……でもまぁ、こんな素人考えなんて、向こうだって折込済みのはずだ。

 現に、連合軍艦隊はボアズ戦で消耗した戦力を回復させるべく、L1方面へと一旦下がって、月からの補充を行っているみたいだからな。


 本当に、嫌味に感じる位に、王道の如き堅実な攻めだとしか、言いようがない。


 一方、プラントを防衛するザフトだが、ボアズ要塞が陥落した影響で手薄になった地球方面をカバーする為、プラントコロニー群-旧ボアズ要塞間の宙域で"飛び石"を警戒していた本国艦隊が展開したまま待機して、不測の事態に備えている。

 また、ヤキン・ドゥーエ要塞やプラントコロニー群では、プラントへ核ミサイルが撃ち込まれる危険性を考慮し、少しでも迎撃対応できるように、去年のヤキン・ドゥーエ会戦で活躍した要塞砲台群や迎撃ランチ群が稼動し始めている。
 特にヤキン・ドゥーエ要塞に関しては、先の要塞砲台群に加えて、要塞表面で機動砲台となる砲戦MS隊もあるし、防衛の主力となる要塞防衛MS隊も全機がゲイツへの機種転換を終えているから、ボアズ要塞以上に強力な防衛戦力を保有していると言えるだろう。
 そんなヤキン・ドゥーエ要塞前面にはゲイツへの機種転換が所属MSの三分の一まで進んだ駐留艦隊が、月方面に一個、L1方面に一個と展開しており、相互支援ができるように態勢の構築が急がれているそうだ。


 そして、防衛の切り札となるジェネシスなのだが……、隠蔽の為にミラージュコロイドによって隠されているから、どこにあるのか知らなかったりする。


 本当にどこにあるのかはわからないんだよなぁ、とか言いつつも、ヤキン・ドゥーエ要塞近く……月と地球から隠れる位置に、"ちょっとだけ"不自然な航行禁止エリアがあるから、大体の予想はついているけどね。


 げふんげふん……、これがボアズ戦後の宇宙の状況だ。


 ◇ ◇ ◇


 9月24日。
 戦隊はボアズからの撤退に成功した部隊と共に、アプリリウス軍事衛星港に帰港した。ここの主とも呼べる存在、本国艦隊が地球方面に展開して、万が一に備えている為か、港内は閑散とした感がある。

 寂しくなった港内に入りエルステッド、ハンゼンの両艦を接舷させ、前もって宇宙機動艦隊司令部から通達されていた通り、乗組員に半日ずつの半舷休暇を告げて、ほっとしたのも束の間、顔見知りの黒服さん数人が搭乗口近くで"おいでおいで"していた。
 本当ならば、"ほいほい"付いていくなんてことはしたくないんだが、ザラ議長のお呼びならば仕方がない為、後のことはゴートン艦長にお任せして、政庁のあるアプリリウス・ワンへと向うことになった。

 その途上、現状について少しでも知る為に黒服さんのリーダーと話をしたのだが……、プラント社会は未曾有の混乱状態にあるようだ。

 ……然もあらん。

 昨日まで盛んに報道されていたプラント有利な戦況が、ボアズを呑み込んだ核の光を多数の市民に目撃される事によって、大嘘だとばれたのだ。

 いやはや、如何に、市民の皆様がマスコミを通じて最高評議会やザフトから流されていた情報を疑いもせず、鵜呑みにしていたのかがわかる話だと言えるだろうし、逆を言えば、社会において、メディア・リテラシーってものが非常に大切なものだとよくわかる、反面教師的な話でもあるだろうな。

 まぁ、それはともかくとして、現状、情報を発信しているマスコミのどれもが、"大本営発表"を繰り返してきた自分達と戦争を指導する最高評議会から、プラント市民の間で俄かに生じた不安と不審の念を逸らす為だろう、連合軍によるボアズ要塞への核攻撃を、"地球連合による再度の非道を許すな!"とか、"報復の鉄槌を!"とか、"血のバレンタインを忘れるな!"とか、とにかく盛んに連合やナチュラルへの敵愾心を煽り立てている。

 ……追い詰められている現状や自分達が為した非道エイプリル・フール・クライシスを知っていると、失笑モノの茶番にしか見えないけどな。

 また、この虚偽報道に関する一連の不祥事への市民の不審を少しでも晴らす為だろう、ザフトの幹部で広報局の広報部長も兼任するフク某というお偉いさんが、マスコミの偏向報道を生み出した監督不行届きなんて理由で、最高評議会から解任された上、保安局に拘束されている。

 何という、トカゲの尻尾切り或いはスケープゴート……に見せかけた権力闘争と思ったのは、ザフトの内部事情を詳しく知っている一握りだけだろう。


 どういうことかと言うと……。


 実は、ここ二年の間に、ザフト広報局はクライン派の影響力が非常に強くなっていたというか、クライン派の息がかかっていたというか、とにかく、クライン派の巣窟と言える部署になっていたんだよっ!


 な、なんだってぇーー!!


 という定番の冗談というか、黒服さんからこの逮捕劇の裏事情を聞かされた際の俺の反応は置いておいて……、クライン派の動向を探っていた保安局の地道な調査で、クライン派の宣伝……ラクス・クライン主演の地下放送を作成し、プラント内で張り切って流していたのが、件の幹部だった事が判明したらしいのだ。

 ……。

 しかし、広報局にクライン派の影響力が波及したのって、やっぱり、プラントの歌姫と呼ばれているラクス・クラインがよく出入りしていた影響なんだろうか?

 ……いや、流石にこれは、更に綿密な調査をしない事にはわからない事だし、予断は駄目だな。

 んんっ、とにかく、保安局の調査報告書によると、その隠れクライン派とも呼べるフク某が広報局と懇意にしているツイン・ストリーム社を使って、現在の戦況を表に出そうとしたユウキ達や一部マスコミの行動を妨害したり、マスコミ業界全体に圧力を掛けたりして、事実を事実として伝えさせず、ザフト有利の偏向報道を続けさせる一方で、クライン派による地下放送では、表側の報道とは相反する事実に基づいた報道を流していたそうだ。

 その両者を比較したプラント市民は、当然の如く、耳さわり良く、自らの優越感を刺激する表側の報道を真実だと考えるようになるのが普通の反応だと言えるだろう。

 では、それがある日突然ひっくり返され、自分達が見聞きしていたものが虚構に過ぎず、現実と異なっていたら、どうなるだろうか?

 プラント市民は、偽の情報に踊らされていた事実から自分達の自尊心を守る為にも、危険を冒してでも真実を伝えていた"正義"のクライン派を信頼するようになり、支持するようになるはずだ。
 逆を言えば、マスコミが流す表側の情報を統括してきたザフト広報局は槍玉に挙げられ、当然、その親玉であり、クライン派が排除されている現在の最高評議会は"悪玉"になる為、その権威も失墜するということだ。

 そして、クライン派はプラント市民に"望まれて"、最高評議会に復権を果たす。


 これがフク某が描いていたクライン派復権のシナリオだそうだ。


 オペレーション・スピリットブレイク以来、不利になった戦況を市民に隠してきた最高評議会の失点を突き、また、群集の心理を上手く利用した、本当に、巧妙で恐ろしい手口だと思わざるを得ない。


 もっとも、プラントを取り巻く現状を考えると、決して、褒められた事じゃないがな。


 まったく……、権力闘争なんてことはっ、もっと余裕がある時にっ、好き放題っ、好き勝手やりやがれってんだっ、馬鹿野郎共めっ!


 ……なんて、いくら俺が怒り心頭で世界に対して怒鳴ったとしても、権力闘争というか派閥争いはなくならないだろうし、それこそ、この世の中にたった独りだけ生きている状況にでもならない限り、権力や主導権を巡る争いを無くすのは不可能だろう。


 相も変わらず、儘ならない現実を前にして、盛大に気分を落しながら、政庁に到着した車から降り立った。


 ◇ ◇ ◇


「どうも、二ヶ月ぶりです。いや、今日もまた……、一段と男前な凛々しいお顔のようですね、ザラ議長」
「ふんっ、それだけ私生活が充実しているということだ、若造」
「へぇ、そんな風になるまで、毎晩、奥様に搾り取られているわりには、元気そうですね」
「ふっ、何とでも言え。だが……、今の貴様が見せているような男の嫉妬は見苦しいぞ?」
「いえ、嫉妬する以前に、干乾びる恐怖に足腰が砕けますよ」

 いつもの巨乳な秘書様に国防委員長室へと案内された俺は、毎回の恒例の如く、挨拶を兼ねた言葉(揶揄)のやり取りをザラ議長と行う。

 そんな俺達を、議長の背後に控えたユウキは呆れた顔で、ソファに座るカナーバ議員は微苦笑で、その向かいに座った、カナーバ議員と同じザフト文官の青服を着た新顔……短い銀髪の美人さんは眉間に皺を寄せ、どこか怒りを抑え込んだ様子で、見ていた。

 その様子に気がついたらしいザラ議長は、少しばつの悪そうな顔をして咳払いを一つすると、話を真面目な内容に切り替えてきた。

「地球軌道上での会戦やボアズからの撤退支援、それに戦術教導任務における、貴様の活躍は聞いている」
「ありがとうございます。ですが、それは私だけの力ではなく、頼りになる部下がいてこそ為せたことです」
「そうか。……ならば、戦隊員には、何らかの報奨を用意しておこう」
「……感謝します」

 俺の心の篭った言葉に、議長は口元を軽く緩めて頷いて見せた後、再び、眼光を鋭くする。

「それで、貴様がこれまでの戦闘で体感した連合軍はどうだった?」
「戦争初期に数に劣る我々が勝利することで与えた精神的な衝撃……、敗北感から立ち直りつつあるように感じました」
「連合軍は立ち直りつつあるか」
「はい。長らく、ザフトのアドバンテージであったMSにおいて、対抗できるだけの装備……、MSを開発、完成させた上に、量産機による実戦部隊運用も成し遂げ、また、地球でザフトに対して勝利を重ねて、カーペンタリアへと追い詰めた事から、自信を取り戻し始めているのでしょう」

 一つ頷いたザラ議長は再び口を開くと、具体的な内容へと話を振ってきた。

「では、連合軍の量産MSはどの程度の性能だ?」
「後発で開発されただけあって、ジンやシグー、ジンの改修機であるM型の性能を、武装面や防護面で凌駕しており、今挙げた三機種では、かなり厳しい戦闘を強いられるはずです」
「ゲイツならば?」
「機体性能ではゲイツが有利でしょうが、新型機となって操縦システムが変更されることもあり、ベテランでも機種転換訓練なしでは十全に能力を発揮できませんし、新兵なら尚更です。熟練がなっていない現状では、物量で勝る連合軍に数で掛かられると不利は否めないでしょう」
「……そうか」

 と言って、ザラ議長は目を閉ざして両手を組むと、いつものようにゲンドウポーズへと移行した。

 議長の次の言葉を待つ間、その様子を執務机の前に立ったまま、のんびり眺めていると……。

「貴様っ! 精強なるザフトに籍を置きながら、そのような軟弱な物言いっ! 臆病風に吹かれたかっ!」

 ……突然、後から罵声を浴びせられた。

 何事とばかりに驚いて振り返ると、立ち上がった銀髪の美人さんが顔を紅潮させて、俺を睨みつけていた。確かに、ザフトでは面罵されるであろうことは言ったが、初対面の者にいきなり咆えて掛かられるのは頂けない。

 だから……。


 はっ、あんたこそ何言ってんだよ! ここまで追い詰められて、今更、精神論なんていらんよっ!


 ……と、反論しようとしたのだ。

 だが、この女性が何処の何者なのかを知らないこともあり、大人な対応として口には出さず、代わりに助けを求めてカナーバ議員を見たのだが……、本当に申し訳なさそうな顔をして、首を横に振っていた。


 おう! そりゃぁないぜぇぃ、とっつぁ……じゃなくて、カナーバ議員!


 仕方なく、プラント内の最高権力者であるザラ議長にお願いする。

「え、えーと、議長、この方は?」
「む……、彼女は最高評議会議員で、国防委員のエザリア・ジュールだ」
「そ、そうですか」

 最高評議会議員で国防委員っていうことは、事実上、ザフトの上に立つ人間なんだろうが……、今の状況になっても、あんな精神論を振りかざしていて、大丈夫なのだろうか?

「き、貴様ぁーーー! 何だっ! その人をおちょくったような腑抜けた顔はぁぁぁーーーーっ!!!」

 ちょっ、おまっっ!

 確かに不安が表に出てしまったかもしれないが、人の顔にまでイチャモンつけんなよっ!

 流石に、ここはガツンと言ってやろうと口を開いたら、ザラ議長が先に注意を促していた。

「エザリア、言葉を慎め」
「し、しかしっ! パッ……ザラ議長っ!」
「エザリア・ジュール。……私は言葉を慎めと言ったが?」
「くっ!」

 議長に制止されても、ギリギリと、歯を食いしばる音が聞こえてきそうな位の震えが見て取れて、この人、オッカナイなぁ、できるだけ関わり合いたくないなぁ、って感想を抱いても良いと思うんだ。

 第三者同士の喧嘩の最中、無関係なのに唐突に横っ面を引っ叩かれた気分でユウキを見やると……、そこには同情の視線があった。

 同情とはつまり、俺の今の気持ちを汲めるということであり……、ユウキもこういった経験をしてきたということだろう。

 こちらからも、お前も大変なんだな、との労わりを込めた視線を送ってやると、ユウキは急に目頭を押さえて俯いてしまった。


 ……本当に、ユウキって苦労してるんだなぁ、と思った一瞬だった。


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