第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
81 終末を呼ぶ業火 4
ちょっ! 敵はいいけど、何で味方まで動きを止めてんだっ!
急いでザフトで使用されている共通回線を開き、即座に行動させるべく、大声で叱咤する。
「何をボヤっとしているっ!! ガモフが沈みかけているんだろうがっ! ガモフの脱出艇とセルシウスを守って、さっさと後退しろっ! これ以上、損害を広げるなっ!」
「えっ?」
「……は?」
……絶望的な状況が続いて、士気が落ちているのはわかるけど、突発的な出来事に弱すぎやしないか?
逆境でも最後まで諦めず、どんな些細な事をしてでも生き残ろうって思ってたら、もっとこのチャンスを生かして、貪欲に動いているはずだぞ。
血の巡りが悪くなっているらしい味方機……、確認できただけで、十五機程度のジンM型やシグー、それにゲイツに再度、大きな声で呼び掛ける。
「損傷した奴や脱出した味方を守って、さっさと逃げろって言ってるんだっ! わかったら、早く行動に移れぇぇぇっ!!!」
「はっ、はいっ!」
「了解!」
ようやく俺の言葉の意味が頭の内部に浸透したのか、味方機が次々と後方のセルシウスを目指して離脱していく。
その間も何時かの如く、未だに固まっている敵MSをモノアイの動きで牽制しながら、サブモニターで総員退艦命令が出されたらしいガモフを確認してみる。
「……駄目か」
自然、口から漏れ出た言葉が表す通り、ガモフの艦体は随所に弾痕を穿たれ、また、艦隊後部の推進部付近で断続的な爆発が発生しており、直に沈むのは確定的だった。
……。
一つ、頭を振り、頭の中を切り替える……って、もう、連合軍の連中が動き始めやがった!
うむむ、もう少し、フリーズ状態が続いて欲しかったなぁ。
……でもまぁ、突っ込んで行く途中で気付かれずに済んだし、奇襲が成功しただけでも運がいいか。
んで、敵の正確な数はっと、っと! とと! とととととっっ!
もう、撃ってきたところを見ると……、案外、味方よりも立ち直りが早いかもしれない。
とりあえずは複数のストライクダガーからの攻撃を回避する傍ら、横目で戦隊全体でリンクされている状況図を見てみる。そこには、敵が俺を半包囲するように動いている様子が、鮮明に映し出されていた。
どうやら、連合の指揮官は後退するMSやセルシウスを追撃するよりも、全力で俺を排除することを選んだようだ。
ううむ、もしも俺が指揮官ならば、一機に拘るよりもここには押さえを残して追撃を仕掛けるところだな。今後のことを考えたら、回復力のないザフトに打撃を与える為にも、少しでも数を減らす方が重要だからって、俺の考えは別にどうでもいいことか。
とにかく、敵を引き付ける役目はちゃんと出来たみたいだし、後は、自分が被弾せず、生き残れば言う事なしだ。
なんて、ちょっと気取って嘯いてみたが……、敵の数、さっき捕捉していたよりも多くないか?
さっきからざっと確認しただけでも、四十機以上いるような気がするんだが?
……これは早い所、うちの連中が展開してくれないと、不味いことになるかも知れんな。
そんな俺の考えを肯定するかのように俺一機には、絶対に過剰としか言いようがない程のビームの雨が四方八方から降り注ぎ始めた。
「ぅぇっ!」
高鳴る鼓動を友に、必死に感覚を研ぎ澄ませ、機体の制御に集中する。
その凶悪に光輝く雨の、僅か一滴にでも触れてしまえば、還って来れない死出の旅路へ一直線、なんて洒落にならない状況に置かれてしまい、多大な緊張と興奮から身体中の血潮が熱く滾り、押し殺した恐怖と焦燥から全身に冷や汗が流れ出る。
大型或いは中型デブリがあれば、その陰に入って敵の目を晦ませ、時には強引な針路変更や勘に従ってのランダム回避でビームを避け、使えそうな小型のデブリがあれば、それを敵に投げつけて驚かせ、射線を敵MSとの同軸に位置させて撃つのを躊躇させたり、と、とにかく逃げ回り続ける。
傍から見れば情けない姿を晒しているかもしれないが……、当初は隙を見て、ビームライフルでもって牽制も含めて撃ち返していたのだ。
けれども、一発撃ったら、少なくとも十倍以上になってビームが返って来るという洒落にならない状態になったので、レナ達が仕掛けるまで、生き残りを……、回避だけに専念することにしたのだ。
……まぁ、あの場にいた味方の前で大見得を切った手前、逃げ回るだけだなんて格好悪い気がしないでもないが、得てして現実なんてものは、こんなもんだ。
今も素早く……というよりも、連続するビームの雨に追い立てられて、MS一機が隠れられるデブリ……それもビームにも耐えられる岩石に身を隠す。
恐怖と興奮から、荒々しくなった呼吸と激しく波打つ鼓動を、まるで後から自分の動きを眺めるような感覚で感じつつ、リンクされている情報を確認する。
示されている情報が正しいならば、既にうちの連中の逆包囲が完成しているようだから、そろそろ動きがあっても良いはずなのだが……、と、俺が考えた瞬間、まるで出待ち……、俺が追い詰められるのを待っていたかの如く、俺を包囲する連合軍MS隊の更に外側から幾条ものビームが走ると、次々にストライクダガーを貫いていき、瞬く間にその数を減らしていく。
……どうやら、頼りになる連中が攻撃を開始したようだった。
「三機撃破ッ! 先輩っ! 大丈夫ですかっ!」
「デファン小隊、五機撃破っす!」
「マクスウェル小隊、四機撃破しましたっ!」
「リー小隊、五機撃破っ!」
次々に飛び込んで来る、何とも頼りがいのある声に、ようやく口元が綻んだ。
「ああ、レナ、大丈夫だ。……何とか、無傷で逃げ切れたよ」
「……よかった」
そう安堵の吐息と共に呟いたレナだが、まだ合流できたわけでもないので、安堵するには早いところだ、って、それよりも現状を確認しないと……。
「レナ、敵の数は?」
「はいっ! 確認できている数は二十三ですっ!」
「……今の流れなら、何とかなるか」
そう応えながらデブリから飛び出して、予め目星を付けて置いた最寄のストライクダガー目掛けて、機体を突進させる。
そのストライクダガーは外からの突然の攻撃で動揺していたらしく、こちらにビームライフルを向けるも、その反応は時機を失しており……、俺はシールドを持たない右肩部へとビームクローを振り下ろした。
……磁気で成形された凶悪なビーム粒子は、溶けかけたバターを切るように、ストライクダガーの装甲を易々と切り裂き、胸部のバイタルエリアに達した。
すぐさま左腕を引き、同時にストライクダガーのシールドに右足を当てて蹴り飛ばして、反動で自身も離れる。
閃光と爆発。
モニターで敵の撃墜を確認するが、それに酔っていられない。一時も止ることなく、機体各所のバーニアを吹かし、回避機動を取る。
……さっきまでいた場所を追うように、数本のビームが走る。
そのビームが撃たれた方向を確認すれば、二機のストライクダガーがシールドでほぼ全身を隠しながら、ビームライフルを乱射している所だった。それらのビームを回避、一部は左腕のシールドで受け流しながら、こちらもビームライフルで応戦する。
さて、どう対処しようかと思案していたら、唐突に、左側面方向から味方機のビームが走ると、狙い過たず、一機の胴体を貫き、もう一機の右腕を破壊して見せた。
「先輩! お待たせしました!」
「お~、レナ、今のは助かったわ。……それにしても、このデブリの中、よく見つけられたな」
「いえ、先輩の機体色、目立ちますから、すぐにわかりましたよ?」
等とのたまって、俺に精神的ダメージを与えながらも、しっかりと自機を操縦しているようで、見れば今も、先程、右腕にダメージを与えたストライクダガーの胸部を撃ち抜いた所だった。
……やはりというか、レナの射撃の腕、凄いな。
「先輩?」
「ん?」
「さっきから、ずっとこっちを見ていたような気がするんですが、私、何かしましたか?」
でも、ここは戦場だ、褒めるのは後にしよう。
「いや、別に何もないぞ? それよりも、仰角から新手が三機接近しているようだ。……俺が囮か勢子を務めるから、隙を見て落としてくれ」
「了解!」
レナの返事に頷いて返し、機体を新手へと向わせる。
「……動きが固いな」
どうやら敵さんは動揺から立ち直りきれていないらしく、まだ、数では優勢のはずなのに逃げ腰になっているみたいだ。
……うん、それならそれで、大いに付け込むべきだな。
そう判断して、三機の中から一番動きが鈍い一機を狙い、圧力を掛ける為にも一息に加速して、接近を図る。当然と言うべきか、向こうも編隊を組んだまま、ビームを断続的に撃ってくるが、左腕のシールドを前面にかざし、ビームライフルで反撃しながら、機体をロールさせて回避してみせる。
こちらが大加速で突っ込んでくるというプレッシャーに負けたのか、編隊の一機が俄かに隊形を崩し……、その機体の頭部に援護を担当しているレナの狙撃が入った。
このヘッドショット、普通の人間なら間違いなく即死判定だよなぁ、なんて感慨を抱いてしまうが、残念なことに、MSではメインモニターやセンサー系がやられただけだ。
それでも、攻撃を受けた以上は平静でいられるはずもなく、その機体は更なる隙を見せてしまい、レナが放つビームがシールドでカバーし切れない箇所へと次々に吸い込まれていく。
右足、右手、左足、と連続して貫かれていき……、機体制御が効かなくなった機体は、シールドを維持できず、大きな隙が生まれ……、止めに胸部を貫かれて、爆散する。
「……俺、絶対に、レナだけは敵にしないようにしよう」
俺が接近しているのにも関わらず、目前で残った二機が後方のレナを警戒するようにシールドの向きを調整していた事実を見るに、あの二機も、俺と同様の結論に達したということだろう。
「先輩……、今、何か、言いましたか?」
「いや、レナが味方で心強いって言いたいの」
「むぅ、違うことを言っていたような気がするんですが?」
「いやいや、レナ君や、ちょっと呆けるのは早すぎないかい?」
「……私、絶対に、先輩よりも早く呆けない自信があります」
「むぐぅ、い、言ってくれるじゃないの」
……どうやら、俺も戦闘中に軽口を叩けるくらいには、心身が回復したようだ。
やはり、相棒がいるのといないのとでは、精神的な余裕が違うということだろう。
そんな思いを胸に、残った二機の中、前に出ていた一機へとビームクローを突き立てるべく交錯軌道に入る……寸前に、頭部機関砲の牽制を受けてしまい、進路の変更を余儀なくされてしまった。
なので、レナに注意を向けている後方のもう一機を標的とする為に、機体と身体に負担を強いつつ、軌道を修正し、擦れ違い様にその両足を刈り取る。
そして、メインスラスターをオフにするのと同時にAMBACでもって機体を回転させて、遠ざかりながら両足を失ったストライクダガーへと満遍なく頭部機関砲を撃ち込んだ。
そのストライクダガーの背部スラスターとプロペラントタンクが爆発するのを確認し、突進を回避したもう一機をビームライフルで狙う。
「一機撃破しました!」
……が、既に、俺のフォローに入っていたレナが撃ち落していたりする。
ここまで腕を魅せつけられると、レナに賞賛の雨を降らせたくなるが、今はとにかく、忙し過ぎて疎かになってしまった隊の現状把握だ。
「レナ、警戒を頼む」
「了解です」
情報リンクを確認しながら、各小隊に呼び掛ける。
「こちらラインブルグだ、各小隊、現状を報告しろ」
「こちら、リーです。今、マクスウェル小隊、と協同で、敵にあたって、います」
「マクスウェル、リー小隊と、協同中」
「こちらデファン、撃ち合ってた敵が退却を始めたみたいっす」
……敵が退却するね。
「デファン、偽装退却の可能性もあるから、追撃の必要はなしだ。その敵の動きと周囲を十分に警戒して、こちらに合流しろ」
「了解っす」
「リー、マクスウェル、お前達が相手をしている連中は逃げ出しそうな雰囲気か?」
「俺にはちょっと弱腰に感じます。……お前はどうだ、マクスウェル?」
「……積極的に仕掛けてこない事を、弱腰といえば、弱腰に感じますね」
積極的に仕掛けてこない?
……案外、連合軍に増援が来るか、こちらを誘引するための餌……、というのは流石に考え過ぎか。
だが、増援の可能性は十分にあるから、ここは"もしも"に備えて、一度、合流して、戦力を集中させるべきだな。
「よし、わかった。俺達もそちらに合流するつもりだが、その前に殲滅するか、敵が逃げるかしたら、連絡を入れてくれ」
「了解です」
「了解」
リンクの情報では、セルシウスや生き残りのMS、ガモフの脱出ランチはラブロフ隊に合流して、後方に撤退できているようだし……、もう、無理に戦闘を継続したり、拡大させる必要はないだろう。
それに何となくなのだが、このまま調子に乗って追撃なんてしていたら、逆に、盛大に噛み付かれて、間違いなく酷い目に会うかもしれないと、戦闘時には非常に頼りになる、俺の勘が囁くのだ。
何故、その感覚が"噛み付かれる"なんてものなのかはわからないが、とにかく、必要以上の追撃は控えた方がいいのは確かだ。
「先輩、デファン小隊が合流します」
「あいよ、なら、こ「こちらマクスウェル! 敵が引きます!」……了解、なら、こちらへ合流しろ。訓練通り、相手の動きに息を合わせて、相互支援体制を維持ながら、上手く退け。このまま撤退する」
「了解!」
「デファン、お前達はマクスウェル達が来るまで、周辺の警戒だ」
「うっす!」
少し息を吐き、張り詰めていた神経を一度だけ弛緩させ、再度、張り直す。
疲れ切った脳と身体が糖分を要求してくるが、後少し、我慢だ。
……。
今日の戦闘でボアズが崩壊した今、想定よりも大幅に早く、プラントを守る防衛ラインが大きく一つ削り取られたことになる。今頃、プラントでは、ユウキ達が防衛体制の見直しを大急ぎで進めていることだろう。
……まぁ、どちらにしろ、ここまで連合軍に詰められた以上は、次の一戦でプラントの命運が決まるといっても過言ではない。
連合軍はコロニーにも核を撃ち込むつもりなんだろうか?
ザラ議長はいつ何時、ジェネシスを発射するんだろうか?
カナーバ議員の外交交渉は上手くいっているんだろうか?
相互確証破壊に基づく冷戦構造は、成立するんだろうか?
疑問や不安、それに若干の期待を胸の内でたゆたわせながら、リーやマクスウェル達と合流して、各小隊の被害状況を改めて確認した後、全員に戦隊へと帰還すること告げ、順次、退かせていく。
それを最後方で確認しながら、俺は自身が抱く最大の不安……、俺達は本当に、プラントを守りきる事ができるんだろうか、という思いを持て余す。
「先輩、私達の番ですが?」
「ん、ああ、退くか」
「はい」
いや、弱気は禁物だ、何とかなる、否、何とかするんだ、と心に刻み込む。
……だが、それでも、尚、漠然とした不安が頭をもたげて来るのだ。
それを押し殺す為にも、守りきる為にも全力を尽くすしかない……、ないんだと、エルステッドに帰還するまでの間、ずっと、俺は心中で自身に言い聞かせ続けた。
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