第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
80 終末を呼ぶ業火 3
新しく生まれたデブリ帯のデブリは、元はボアズ要塞の土台になった資源衛星のものらしき岩石の断片や欠片、高熱や衝撃にさらされ、形状が歪になってしまった要塞内部の構造体らしきものや機械類らしきもので構成されていた。
しかも、これらのデブリ、四散した際に発生した運動エネルギーは未だに健在なようで、稀に当たってしまう微小デブリでも装甲に傷が付いているようだった。
「小型以下のデブリはある程度仕方がないが、大型、中型には間違ってもぶつかるなよっ!」
「んなヘマしないっすよ!」
「デファン、お前には言ってない」
「ちょっ、扱いひどっ!」
まったく、どんな状況でも口が減らない奴だな。
「ほれ、デファン、さっさと前に出て索敵しろ」
「うぅ……、先輩は、絶対に人使いが荒いっす」
「褒め言葉だな」
「ち、ちくしょーー! 簡単に流されたっす!」
とか口で言いながらも、MSのハンドサインでちゃんと小隊を動かしているのは大したモノだと思う。
「リー、デファン達の援護を」
「了解」
「マクスウェルは後方から宙域全体を出来るだけ把握して警戒にあたれ」
「了解です」
デブリに紛れ込んだ敵から待ち伏せ奇襲を受けるなんて笑えないし、それで二重遭難……とは少し違うが、救援する側がやられてしまったら、本末転倒過ぎて目も当てられない。
そもそも、自分達の命すら守れない力量なら、どこかで無理をして、自分達も死ぬだけであり、他人を助けるなんてことなんて到底不可能だ、って、……まぁ、それはそれとして、今は撤退中の部隊に連絡を取らないとな。
「レナ、撤退中の部隊と連絡は取れるか?」
「デブリが邪魔をしているか、飽和核攻撃で強力な電磁パルスを受けたか、どちらの影響かはわかりませんが、通信ラインが繋がり難くなっていて、現在の座標を捉えるので精一杯です」
「……居場所がわかるだけ、まだ良いか」
うん、マイナスではなく、プラス思考で行こう。
「複座型やエルステッドからの情報は?」
「こちらの通信ラインは安定してますから、ちゃんと情報が入ってます」
「……じゃあ、ラブロフ隊との通信は?」
「こちらは少し繋がりにくい程度で収まってます」
……後方や僚隊との連絡は付くが、現地の情報が手に入りにくいか。
ここはラブロフ隊と役割分担して動く方がいいか。
「今はとにかく、確実に前に進んで、撤退中の部隊との合流を目指す」
「そうですね」
「こちらデファン、前方に敵影なしっす」
「よし、更に前進してくれ。リーもさっきと同じくデファン達の援護だ」
「わかったっす」
「了解しました」
「マクスウェル、変化はないか?」
「ええ、今の所はありません」
「よし、デファン達を前進させた。俺達も進むぞ」
「了解」
レナを伴ない、デファン達が確保した経路を味方部隊を目指して進んで行く。
その途中、別に一つ一つのデブリを意識するなんてことはしていないのだが、何と言うか……このデブリ群に囲まれていると、目の前で崩壊したユニウス・セブンを……、その後の苦い捜索を思い出してしまう。
……辛うじて、人の形を止めた何かが、モニターの片隅に映った時なんて、特にだ。
「……先輩、崩壊したユニウス・セブンを捜索した時に似てますね」
「まぁな。……けど、レナ。今日は敵がいるだけ、ユニウスの時とは違うから、警戒は怠るなよ?」
「そう、ですね」
それに、今回はあの時と違って、救難艇が射出されたとは考えられない上に、もしも救難艇が射出されていたとしても、間違いなく核の飽和攻撃か、ボアズ崩壊に巻き込まれていると想定できるだけに、より一層、暗然たる思いを抱かざるを得ない。
「あっ」
「どうした?」
「撤退中の味方部隊との通信が取れそうです」
「……何とか連絡を取って、どういう状況か調べてくれ」
「了解」
とレナには言ったものの、デブリの合間にビーム光や爆発光らしきものが微かに見えたので、追撃を受けているだろうと予測はついたりする。
そんな予測があるのなら、一部隊の隊長として、先頭を行くデファンをもっと急かさないといけない所なのだろうが……、これ以上、デファンに無理を強いるつもりはない。
大体、デファンも状況を理解しているから、この危険な宙域で、常の宙域と変わらぬペースで動いているのだ。必死の撤退戦を繰り広げている部隊には悪いが、もしも、これ以上の無理を強いてしまえば、間違いなく戦闘前に心身の余裕を失ってしまうのは目に見えている。
……。
いや、戦闘前に余裕がなくなると困る、だなんて建前で誤魔化さずに言えば、部下を死なせたくない、その死に自分が悲しみたくない、共に時を過ごしてきた仲間の死なんて重い責任を背負いたくない、っていう、俺のエゴが今の判断の根本にあるんだろうな。
……。
はぁ……、どうして、こういう幾人もの生死が懸かってる時って、自身の汚い内面が浮かび上がってくるんだろう?
…………鬱だ。
ドロドロと鬱屈した思いに沈み込み掛けるが、通信系から響いてきたレナのしっかりとした生気のある声が、そこから救い出してくれた。
「先輩! 通信、何とか繋がりました! 味方部隊は、連合軍MS部隊による追撃を受けているとの事です! また、当初、こちらで把握していた六隻に加え、更に二隻のFFMが撤退中です!」
「ッ!」
「……ぁぇ? 先輩、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。……それで、殿は?」
「ローラシア級のガモフとセルシウスが比較的損傷の少なかったMSを指揮して、最後尾で分艦隊の撤退を支援しています」
なるほど、それが防波堤の役目を果たしているって事か。
だが……。
「……MSのバッテリー残量が厳しいかもな」
「ええ、それを懸念しているとも言ってました」
「わかった。……レナ、うちの隊が敵追撃隊に強襲を仕掛けるとラブロフ隊に伝えてくれ」
「はい!」
さて、俺は他の小隊長連中に伝えるか。
「デファン、マクスウェル、リー、聞いていたな?」
「うっす、強襲っすね」
「ガツンと一撃食らわせましょう!」
「いや、待て、デファン、リー。……隊長、敵MSに強襲を仕掛けるのはいいですが、ガモフやセルシウスの護衛はどうするんです?」
「こちらが強襲を掛ければ、敵の気もこちらに向くだろうという計算もあるし、今まで迎撃していたMS隊やラブロフ隊がやってくれるだろう」
「そんな上手くい「先輩、ラブロフ隊は殿を務める二艦を援護するとのことです」……白服って、凄いですね」
……いや、やることを決めるのは、手を挙げた順だったりすることが多いんだが?
なんて言っても、白服は凄いっていうイメージが強いから、信じてくれないだろうなぁ。
まぁ、ザフト内に蔓延る白服幻想はともかくとして、やるべきことが決まったわけだ。
「レナ、判明している敵の数は?」
「今現在で、三十機以上は確認されてます」
「……多いな」
となればだ……、数のハンデを少しでも無くす為に、リーが言ったように初撃でガツンと喰らわせて、大いに動揺させないと不味いだろうな。
……できれば、アンブッシュ《待伏せ》が一番いいんだけど、状況だけになぁ。
……。
仕方がない、かなり危険だが少数で前に出て見せて、敵の油断を誘った所で全機で攻撃を仕掛けようか。
「……俺が突出して、敵の注意を引く。敵の注意が逸れた所を一気に叩け」
「ちょっ! な、何言ってるんっすかっ! 先輩は隊長っすよ!? そんな危ないことは、俺がするべきことっす!」
「馬鹿、この案はな、この機体の目立つ色があればこそ、成立するんだよ」
「でもっ!」
「デファン、お前な、少しは先輩のことを信じろって」
まったく、俺も信用がないもんだなぁ。
「いや、先輩の事は腕も含めて信じてるっすよ! でも、指揮官が前に出て、どうするんっすか!」
「お前の言ってる事は、実に正論なんだが……、こればかりは俺が前に出張らんことには、敵の注意が引けんのよ」
「なら、その先輩だと注意を引ける自信というか、根拠は何なんっすか?」
……よ、よりにもよって、なんて事に突っ込みやがる!
注意が引ける根拠を示せ、だと?
……あ、あの厨二ネームを晒せ、だと?
ぐぁっ、こ、心が切り刻まれたように……痛い。
「ほら、別に証拠なんて「……ほ、本当に! 絶対に! できることなら死ぬまで! 言いたくなかったことなんだが! …………俺、連合軍に付けられた二つ名というか異名があるらしいんだわ」……へ?」
こ、こら、全員、無言になるな!
居た堪れなくなるだろうがっ!
「ま、また、先輩は嘘をついて、そんな法螺には騙されないっすよ?」
「本当に、法螺だと、どれだけ良かったものか……」
「……えっ、…………マジっすか?」
「ああ、これがまた、マジめな話でな。外務を担当する偉い人に言われて知ったんだが……、連合軍では、黄狼って呼ばれてるらしい」
……ほ、本当に、胸の内で封印したまま、黙って墓まで持っていきたかった。
ああ、皆の無言が…………俺の心を抉る。
「と、兎に角、これは隊長の俺が決めたことだから、わかったな!」
「……」
「へ、返事!」
「「「りょ、了解!」」」
……もう嫌。
早い所、自分の部屋に帰って、不貞寝したい気分だ。
皆に知られたくない秘密を暴かれてしまい、心中で涙目になりつつも、外面だけは何とか取り繕い、隊全体に作戦内容を伝える。
「作戦は単純化するぞ? 俺が真正面から突っ込んで暴れている間に、仰角にデファン小隊、俯角にマクスウェル小隊、正面にリー小隊が展開して、俺に集中した敵を、タマネギの皮を剥く様に、順次削り取っていけ。その後は、こちらから特に指示がない時は、各小隊長の指揮、判断に任せる」
「わかったっす」
「了解しました」
「了解です」
「えと……、あの……、先輩……、私は?」
あっ、単機で突っ込むつもりだったから、レナのこと、すっかり忘れてた。
……むぅ、どうするべきか?
……。
レナには無理をさせることになるが、いつもの様に僚機を務めてもらおう。やっぱり、僚機がいるのといないとのでは、様々な局面で大きく違うからな。
「レナはいつも通り、俺の僚機だ。俺の死角に入ろうとする奴を妨害するか、落とすかしてくれ」
「はいっ、任せてください!」
「うん、頼りにしている」
……できる限り、レナに注意が行かないよう、精々、派手に暴れることにしよう。
「よし、仕掛けるぞっ!」
「「「了解!」」」
全隊員からの了解を確認した後、かなり危険な行為だが、メインスラスターの推力を最大にして、一気に先頭に踊り出る。流石に、MSでも脅威となる大きさのデブリが多い事もあってか、機体情報画面の各項目に注意が浮かび上がり、同時に、"衝突警戒"と"減速せよ"との警告表示がメインモニター脇に映し出される。
……が、無視である。
こういう時は、取っ掛かりの勢いが大切なのだ。
背部スラスターより強力な推力を得て、加速されていく機体。
進路及び周辺を映し出すメインモニターには、次々と障害となるデブリが現れる。
大小様々な岩石、破断したMSの腕、融解した鉄骨、裂けたMAのスラスター部、破裂している大型ボンベ、大穴が開いたFFMの格納部ユニット、英数字でエリア表記が銘打たれた構造体の一部等々。
それらのデブリ群をAMBACも利用して、最小限の回避行動でパスしながら、交戦地帯を目指す。
「せ、先輩! は、速過ぎです!」
「……レナ、無理するな。別に遅れても構わないぞ。それはそれで時間差での攻撃になるからな」
「ううぅ、な、何か、悔しいです」
「まっ、その辺は身体の鍛え方の差が出てるんだろうな」
「ま、ますます、悔しく感じるのは、なんでだろう?」
そら、自身の心底から湧き起こる恐怖を押し殺す為にも、あえて軽口風に、余裕があるように聞こえる言い方をしたからな。
っと、通信か?
「……ら、セルシウス! ガモフ……傷が限界……した! ガモ……乗組員……員退艦する! 繰り返……ガモフが総員……する! また、敵MSが……用ランチを狙……険があるっ! ……急、援護をっ!」
……急がんと、不味いな。
「レナ、悪いが先に行くぞ?」
「……うぅ、む、無理はしないで、下さいね?」
「考慮する」
まったく、こんな所でチキンレースというか、度胸試しする破目になるとは思わなかったぞ。
そんなことを考えながら、脚部スラスターの推力もMAXへと持って行く。
……。
こう、絶え間なく行く手を遮るデブリがコワイわぁ。
……ッと!
……。
……。
……見えた!
とりあえず、手前の、ストライクダガー、三機!
……減速してる余裕はないっ!
全ての噴射を切って、AMBACでもって姿勢を制御して、両足に前方に持って行き……。
「…………ッッッッァァァァアアああああああああああっ!!!」
真正面にいた、ストライクダガーの胸部に、蹴りをっ、入れるっ!
当然、全推力を、そのストライクダガーに叩きつけたことになるがっ、こちらにも両足の機構で吸収しきれなかった衝撃とGががががあぁっ!
「ぐぅぁっッッッッッっ!」
機体への多大な過負荷を知らせる赤色光が視界を彩る中、軋む身体を激しくシェイクされるのを歯を食いしばって我慢し……、接地面であるストライクダガーを蹴り飛ばす反動を利用して、左方向にいるもう一機にっ!
「ッッアアッッ!!」
左腕のビームクローを展開してっ、腹部に叩きつけるっ!
ビームクローで腹部を打ち抜いたストライクダガーが、"く"の字に折れ千切れつつ爆発するのを、反動と逆噴射でもって後方に下がりながらシールドでやり過ごし、再度、蹴飛ばした最初の一機を確認する。
……ターゲットにしていた残りのもう一機が、弾かれた最初の一機を助けようとしている所だった。
「……ッ!」
心に躊躇が生まれかけるが、意志の力でもって、ビームライフルの照準を合わせ、引き金を……、引く。
……狙いは外れず、俺が撃ったビームは射線上に重なった二機を貫き、爆散させた。
ふぅ……、これで、まずは、三機だ。
荒い息を収めるべく、大きく息を吐いて、周囲の状況を確認すると……、敵味方共に、MSの動きが止っていた。
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