第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
79 終末を呼ぶ業火 2
……ボアズ要塞との通信が途絶?
続く話が悪い方向に走り出しそうな予感に、自然と眉間に皺が寄るが、ここは大人しく聞くしかない。
「この通信途絶の直前、ボアズ方面において、強烈な閃光を目視及び大規模な熱源を相次いで多数観測、その後、ボアズ要塞管制宙域に大量のデブリが発生して、大規模なデブリ帯が発生しています。これらの条件を満たす答えは……」
「……核ミサイルによる飽和攻撃と、それを受けたボアズ要塞の崩壊、でしょうね」
「……はい」
ゴートン艦長が、何故、どうやって、と言わないところを見ると、原因に関しては一時的に棚上げして、現実だけを見据えているようだ。
俺の中でも、表に出ていない情報……、クライン親子というかクライン派による情報漏洩やフリーダムの強奪等を知っている関係上、ニュートロンジャマーキャンセラーの情報が地球連合に流出していると想定していたから、この核攻撃は"まさか"よりも"やはり"という思いの方が強い。
「ボアズ要塞所属の艦艇からの通信は?」
「幾つかの信号を捉えることは出来ましたが、複数の核爆発による強力な電子パルスかデブリの影響でまともに通信が繋がらない状況です」
「なら、プラントからは何か、うちへ指示はありましたか?」
「ええ、ピケットラインを構成する部隊は、警戒を強化するようにとの指示がありました」
「……では、第二種戦闘配置を発令しましょう。また、MS隊から複座型をボアズ方面に進出させて情報収集に当たらせます」
「ボアズ方面はデブリで溢れていることに加え、連合軍も依然として存在すると思われることから、単機ではなく、護衛を付けた方がいいような気がしますが?」
「それもそうですね。……護衛にマクスウェル小隊を出しましょう」
「了解です」
さて……。
「艦長、連合軍の追撃、或いは、ボアズを落とした勢いに乗って、プラントへと侵攻してくる可能性はあると思いますか?」
「……先程も言いましたが、宙域にはデブリが大量に発生している状況です。いくら頑丈な軍艦だとしても航行するには非常に危険な状態でしょう。となれば、ボアズ方面からこちらへと撤退してくる味方部隊へのMS等による追撃はあるでしょうが、連合軍艦隊による積極的な侵攻はないと考えられます」
「それでも、MSによる追撃の可能性は残るってことですね?」
「はい」
なら、俺も偵察情報が来るまでこの場で待機して、何時でも出れるようにしておこう。
「艦長、俺は引き続きこちらで待機します」
「了解しました。何か情報があれば、すぐにそちらへ連絡します」
「頼みます」
さて、俺も早い所、準備しないと……。
「シゲさん、もうすぐ二種戦闘配置を発令して、複座型を出す予定だから、何時でも出られるように準備をよろしく」
「ん、わかったよ。……おぅいっ! ヤスぅッ! 複座型を優先して準備しろぃっ!」
「わまりやぁしたぁっ! 班長ぉっ!」
その整備班らしい、大声でのやり取りに、少し気が抜けた。
「……それで、アインちゃん、何があったんだい?」
「……ボアズが落ちたようなんだ」
「へっ?」
俺の言葉が俄かには信じられないのか、シゲさんは目を丸くしている。
「嘘だろ、あの要塞がそう簡単に落ちるなんて……、それって本当なのかい?」
まぁ、小惑星を利用して造られた頑丈な要塞がいきなり陥落するなんて、普通は信じられないだろうな。
「未確認なんだけど、おそらく、連合軍から核の飽和攻撃を喰らって、ボアズ要塞自体が吹き飛んだみたいだ」
「ッ!」
シゲさんは核と言う言葉を聞き、眼鏡の奥の瞳を鋭くさせる。
「アインちゃん、それってつまり、ニュートロンジャマーが無効化されたってことかい?」
「ああ、確認できた情報だけで検討しても、核が使用されたとしか考えられない以上……、どんな方法かはわからないけど、無効化されたのは間違いない」
「むむ、そうだね、考えられるとしたら、ニュートロンジャマーキャンセラーあたりだろうけど……、連合も開発したんだなぁ」
……シゲさんも何気に情報通だね。
「シゲさんはニュートロンジャマーキャンセラーを知ってるの?」
「俺にも技術部に独自の伝手があるから、存在だけはそれとなくね。……つか、アインちゃんこそ、何で知ってるの?」
「俺も伝手だな」
「……アレの情報管理は結構、厳しいはずなのに、怖い伝手を持ってるね」
「いや、怖いっていっても、まぁ、FAITHだから怖いか」
「ああ、この前に来たアインちゃんの同期だね?」
「そういうこと」
実際には、ザラ議長だったりするけど……、まぁ、いいか。
「それよりも、シゲさん、二種配置のアラートが鳴り出したよ?」
「おっと、いけねぇ。アインちゃん、ここのエアーも直に抜けるからね、気をつけなよ?」
「了解」
ハッチから離れたシゲさんがMS格納庫の責任者らしく、大声で整備班に指示を出すのを聞きながら、俺は今後の行動目的について考える。
……。
やはり、ここはボアズから撤退してくるかもしれない残存部隊の援護及び収容を第一に置くべきだな。当然、敵追撃部隊が存在するものと仮定して、その排除も含めて動けばいい。
でもって、第二として据えるのは、連合軍艦隊の動向を探ることだろう。このまま強引にでもプラントを目指して動くのか、ここの宙域が落ち着くまで待つのか、それとも、別のルートから侵攻するのか……、とにかく、敵の動きがわかれば、後方へと警告が出せるしな。
そして、最後に……、これは本当に余裕があればの話だが、近辺宙域での生存者の捜索と救助。正直、生存者がいる可能性は少ないが……、完全にゼロではないだろうから、実施できるようならしたいものだ。
……うん、こういう方針で動こう。
「アインちゃん、エアーを抜きはじめって、早くメット被って!」
「あ、いけね」
既にヘルメットを被っているシゲさんに注意され、俺も慌ててヘルメットを被る。
「まったく、艦内で窒息なんてことになったら、笑えない冗談だよ?」
「いや、ごめん、考え事してた」
「役目柄、考えに集中するのも仕方がないことなんだろうけど、程々にしとかないと」
「ははっ、気をつけるよ」
「ならいいんだけどね。……とにかく、今現在、エルステッドMS隊はパイロットの搭乗に掛かっている最中だよ。後、もう一度確認するけど、複座型を偵察に出すんだね?」
「ああ、こちらが動くにしろ、まずは情報が欲しいからね」
「ん、了解」
シゲさんは頷くとその手でヘルメットのバイザーを落とし、自らの戦場へと去っていった。シゲさんを見送った俺も、今、ボアズ周辺はどんな状況になんだろうか、なんて考えながら、ヘルメットのバイザーを落した。
◇ ◇ ◇
護衛を伴なった複座型がボアズ方面に進出し、その豊富でかつ強力な観測機器を使い、邪魔をするデブリ群と格闘しながらも偵察を始めた。
そこから次々に入ってくる情報は、ボアズに駐留していた戦力……、いや、プラントにとって、非常に過酷な現実だった。
事前情報から推測した通り、ボアズ要塞が存在していた座標宙域には幾つかの大型デブリしか存在しておらず、連合軍の核攻撃によって、間違いなく崩壊したと考えられた。
この結果から、それまでMIA(Missing in Action:戦闘中行方不明)認定にしていた、ボアズ司令部や駐留していた防衛戦力、後方支援部隊に関しては、状況が状況だけに、生存の可能性は限りなくゼロに近く……、ボアズ防衛隊は文字通りの意味で全滅したと判断しておいた方が無難だろう。
また、ボアズ周辺に展開していた機動艦隊も少なくない数の艦艇が、ボアズ崩壊によって発生したデブリや原因になったであろう核攻撃に巻き込まれており、艦隊司令部が存在していた旗艦も含めて、大きな被害……具体的にいえば、大型デブリに当たって沈んだか、核攻撃で沈められたかの、どちらかのようだった。
こちらで生存が確認されている残存戦力は微かに通信が繋がった六隻……、予備戦力としてボアズ要塞の後方に位置していたヤキン・ドゥーエ所属の分艦隊のみであり、しかも、そのどれもがデブリによって大なり小なりの被害を受けていた。
まぁ、それでも、連合軍の切り札とも呼べる核攻撃を受けても尚、指揮系統が残っているだけ、まだマシな状況だと言えるだろう。
現に今も、分艦隊司令が連合軍の攻撃を凌ぎ切り、核攻撃やボアズ要塞崩壊に巻き込まれなかったMS隊の指揮権を掌握して、連合軍の追撃部隊に組織的な撤退と抵抗を行っている。それに加えて、後方の俺達、ピケットライン構成部隊に撤退支援要請を出しているんだからな。
もしも、指揮系統が存在しなければ、撤退支援要請はもちろん、組織立った撤退どころか、艦艇やMS隊はそれぞれに孤立させられて、各個撃破されたのは間違いないだろう。
仮定想定の話は一先ず置いて、撤退中の分艦隊から撤退支援要請を受けたピケットライン構成部隊……、独立戦隊群は隊長陣による簡単な協議の結果、一部のMS隊を出撃させて、艦隊援護と撤退支援に回る事になり、うちの戦隊もそれに参加することになった。
そして、今、戦隊MS隊は、先行して偵察していたマクスウェル小隊と複座型に合流後、分艦隊の撤退コースに向う為に更なる前進を続けている。
できるだけ早く辿り着きたい所だが、これから俺達が向う先が、つい先程、新たに誕生したばかりのデブリ帯である以上、デブリの動きに多大な注意が必要な為、どうしても速度を制限されてしまう。
「直にデブリ群に入る! 各小隊、デブリの動きには十分に注意しろよ!」
「「「了解」」」
戦隊MS隊で使用している通信系から、各々返事が戻ってくる。もっとも、それは全員ではない。
「隊長、私達は?」
「フェスタ、スタンフォードの二人はもう少し進出したら待機して、撤退してきた部隊を独立戦隊群が展開している方向へ誘導してくれ。他には俺達への情報支援と周辺及び後方の警戒だな。……一応、二人が待機する座標近くにはロメロ隊が展開する予定だから、もしも、連合軍の攻撃があったら、そいつらを頼れ」
「わかりました!」
「了解です!」
「うん、それと……、ロメロ隊の連中に顔通しして、ちゃんと愛嬌を振り撒いておけよ?」
今回、MS隊が選抜されたのは、うちの隊以外に、独立戦隊組"筆頭"であるラブロフ隊とうちの次に結成されたロメロ隊だ。
その二隊の内、ロメロ隊の隊長である、ヴィットリオ・ロメロなんだが……、先程の協議の際に話した感じだと、健全な意味で女好きって感じがしたから、愛嬌なんて振り撒かなくても、顔さえ見せておけば、しっかりとフォローを入れてくれそうな気がするんだが、念の為にという所だ。
……男なんてもんは、ちょっとした女の仕草や愛嬌に、簡単に、コロッと転がされるからなぁ。
「はいっ!」
「ん、いい返事だ、フェスタ。……で、スタンフォードは?」
「……えっ? わ、私もですか?」
「当然だろう」
「……ど、努力はします」
バイザー越しでもわかる位に、普段は怜悧とも言えるスタンフォードの顔が赤くなったのがわかった。
これに上手く便乗したのが、目敏いと言うか、やはりと言うか、さすがと言うか、デファンだった。
「うひょー、俺もスタンフォードの愛嬌、見てみたいっす!」
「むぅ、あのクールな顔がこう……、はにかんだ顔に?」
「み、見てみたいなぁ」
「てめぇ、なんて事をいいやがるっ、もちろん、俺もだっ!」
「見、見たいなぁ、できれば、こう、二人だけしかいないシチュエーションでっ!」
「頼んだって、お前にゃ、見せてくれないだろ?」
「い、いいだろっ! 少しは夢見たって!」
うわぁ、核攻撃を受けた後の戦闘前だというのに……、この乗りの良さ……。
俺の隊には、馬鹿しかいないのか?
俺の密やかな嘆きを他所に、今度は小隊長連中がやりあっている。
「デファン、スタンフォードをからかうのも程々にしておけって」
「マクスウェル……、一人だけ、良い人ぶって得点を稼ごうとするのは、卑怯っすよ?」
「ば、馬鹿、地味にあの二人の点数を稼いでるのは、リーだって!」
「なっ、なんで、そこで、俺の名前が出てくるんだよっ!」
「し、信じられない。まさか、リー先輩の好みが女だったなんて……」
は、はい、何だか、聞いてはいけないような幾つかの秘事……特に最後のベルディーニの発言あたり……が暴露されたようだが、そろそろ終わりにして、気を引き締めないといけないだろう。
「はいはい、そこまでだ。各小隊長は小隊各機のコンディションを把握しろ」
「うっす」
「りょ、了解」
「わ、わかりました」
二人程、引き攣った声を出していたが、そこは小隊長としての力量を信頼しておこう。
「まったく、戦闘前だというのに……」
「まぁ、これもうちの隊らしいと言うか、先輩が育ててきただけあると言うか……」
「俺、あんな風に育てた覚えは無いんだが?」
「普段の先輩を見ていて、勝手に育ったんですよ」
そのレナの物言いには大いに異議があるが、とりあえずは、皆、軽口を叩けるくらいにはリラックスできていると考えておこう。
で、話題の種になった人物はというと……。
「うぅ、笑顔一つでここまで言われるなんて……」
「いいなぁ、ビアンカ、皆に愛されてる」
「嘘でしょう? どう考えても、いじめられてるわ」
「違うよ、ビアンカ、皆はビアンカが大好きだから、ああいう反応をするの」
「……ロベルタ、それ、嬉しくない」
……スタンフォード、正直、すまんかった。
約一名の尊い犠牲によって、隊は不必要な緊張もなく、デブリ帯へと突入できたのだった。
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