第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
78 終末を呼ぶ業火 1
9月20日。
多数の連合軍艦艇が月のプトレマイオス基地からL4方面へと打ち上げられたと、L1にある世界樹の種からプラントへの緊急報という形で伝えられた。
その情報によると、月より発した連合軍は二個艦隊以上の規模であり、一つ一つの艦隊自体も、機動戦力の基幹となる300m級を複数擁し、250m級や150m級の数もこれまで倍以上と、明らかに通常編成よりも増強されている事が判明している。
前もって、ユウキから提供された情報を元に考えると、これらの艦隊はL1外縁部を旋回する形でL5方面へ向かう航路を取るのだと予想された。
また、この動きに合わせるかのようにL1宙域を管轄している世界樹の種においても、L1を包囲する連合軍艦隊との間で小競り合い……、デブリ暗礁帯でのMS隊同士の戦闘が頻発しており、暗礁地帯内部に存在するから狙われないだろう、だなんて楽観は許されない状況になっている。
9月21日。
L1近くで陣容を整えた連合軍の大艦隊はL5を目指して、侵攻を開始した。その航路はこちらでも予想した通り、地球方面のボアズを目指すものを取っている。
この連合軍艦隊の動きに対して、ザフト機動艦隊はヤキン・ドゥーエから一個艦隊をボアズに派遣することを決定したのだが、出撃直前になって、俄かに月のプトレマイオス基地より多数の熱源を探知したため、そのプトレマイオス方面の動きを警戒する必要性から当初予定よりも大幅に少ない、分艦隊の派遣に止まることになってしまった。
……ない袖は振れないとはいえ、厳しい現実だ。
9月22日。
L1方面からL5宙域の"内側"、地球方面へと侵入してきた連合軍艦隊の先遣隊がボアズ要塞近くの宙域に到着し、後に続く本隊が展開できる宙域の確保の為か、部隊を展開させ始めた。
この連合軍艦隊先遣隊の動きに受けて、ボアズに駐留していた三個独立戦隊が進出してMS隊による攻撃を仕掛けるも、迎撃に出てきた連合軍MS隊が予想以上に強力だった為、先遣隊の艦艇に接近する事が出来ず、事実上、攻撃は失敗に終わっている。
もっとも、その戦闘の間に、ボアズ要塞の臨戦態勢は整い、駐留艦隊やヤキン・ドゥーエ要塞からの援軍である分艦隊が要塞後方宙域に展開することに成功しているから、意味のある攻撃だったといえるだろう。
そして、9月23日。
連合軍艦隊の先遣隊が確保していた宙域に連合軍艦隊本隊が到着し、遠距離での砲撃戦の中、順次、部隊を展開させ始めている。
◇ ◇ ◇
ボアズ要塞で戦闘が開始される中、プラントコロニー群とボアズ要塞の中間宙域で、アプリリウス軍事衛星港を母港とする本国艦隊がFAITHからの命を受けて展開しており、ボアズ方面からの"飛び石"を警戒している。
同じく軍事衛星港に駐留している独立戦隊群もまた、本国艦隊よりも更に前に出てピケットラインを形成しており、うちの戦隊もこれに参加して、第一種警戒態勢下、ボアズ方面の監視と即応体制を維持している。
そんな中、いつもの如くパイロットスーツに身を包んだ俺は、エルステッドの艦橋内、艦長席の斜め後に席を設けてもらい、席に備え付けの小型モニターにボアズ要塞から随時プラントへと送信されている戦況情報を映し出して、目を通している。
そこから読み取れる現在の状況は……、数に勝る連合軍がMA隊やMS隊を使い、ボアズ要塞へと波状攻撃を仕掛けているのだが、ボアズ要塞司令部が指揮する要塞火砲群や駐留艦隊の艦砲による組織的な迎撃、担当宙域を決められたMS隊による要撃が上手く機能しているらしく、一進一退の状況が続いている。付け加えれば、今の所は、戦闘に伴なうMSや艦艇、物資の消耗も許容範囲内に収まっているようだった。
……だが、恐ろしいまでの物量を誇る連合軍を前に、その抵抗がどこまで持つものか、前線は何時まで維持できるのか、と内心で暗然たる思いを抱いていしまう。
今日は何とかなるにしても明日には迎撃に当たる機動戦力が磨り減り切って、無力化されるかもしれない等と考えた所で、アーサーに何かの指示を出していたゴートン艦長がこちらに身を寄せると、小声で話し掛けてきた。
「ラインブルグ君、ボアズでの戦闘、どういう状況になってる?」
「見かけは互角ないし優勢に見えますが、正直、援軍が期待できない以上、徐々に厳しくなるでしょうね」
「そうかい。……なら、何時まで持つと思う?」
「今日はまだ、大丈夫だと思いますが……、明日、あるいは明後日には……」
ボアズの防衛戦力は物量に押し切られて、継戦能力を喪失し、内部に立て篭もるだけになるだろう。
そして、継戦能力が喪失するに至るまでの間にどれほどの連合軍の戦力を削ってくれるか、内部に篭る事でどれだけ時間を稼いでくれるかに、今後のプラント防衛に影響してくるのだ。
ボアズで死んでいく連中を思い、肩が重くなったように感じていたら、また、ゴートン艦長が口を開いた。
「月に残ってる連合軍艦隊がいなけりゃねぇ」
「……向こうはこちらが動くに動けないようにするのが狙いなんでしょう」
「戦わずしてこちらの行動を制限するとか……、ほんと、本職は違うよねぇ」
「まぁ、所詮、俺達は義勇兵だなんて大層な名前を名乗ってる民兵に過ぎませんしね」
「ふふ、違いない」
こんなアマチュアばかりの杜撰な組織で、よく二年近くも戦ってこれたものだと、思わざるを得ない。
「で、その月の連合軍はいつ動くと思う?」
「ボアズが落ちてからでしょう。そうなってしまえば、ヤキン・ドゥーエへの牽制は必要なくなりますから、大手を振って動くはずです」
「やれやれ、動いても動かなくても、結局は詰められてるってわけか……」
……本当に、憂鬱になる。
そんなことを考えていたら、不意にゴートン艦長が声音を重いものに変えた。
「ラインブルグ君、視野が広いっていうか、物が見え過ぎるのって、辛い事だよね」
「えっと、それは……」
「まぁ、年長者の助言だと思って聞いてよ」
「……はい」
「他人には見えないことが見えてしまったり、或いは他人が見ようとしないことを直視するなんてさ、ただ、それだけで、苦しい事だろうとは思う。……でも、それ以前に、君がこの隊の隊長であることを忘れちゃいけないよ?」
っ!
顔に……、出ていたのか?
「……うん、気が付いたみたいだね。ここ最近のラインブルグ君は暗い顔というか、重いものを背負っているみたいだったよ」
「そう、ですか?」
「まぁねぇ。……いや、さっきも言ったけど、先が見えるってことは、辛くて苦しいことだってわかってるよ。でもね……、本来、君が責任を負うべきなのは、この戦隊、ここにいる、今まで共に戦ってきた仲間のはずだ。それ以上の責任を負う必要もなければ、背負う義務も権利もないんだ」
……艦長に指摘され、自身の思い上がりが恥ずかしくなった。
「だから、必要以上に気に病む事はしなくていいし、どうせ悩むなら、どうやって戦隊を生き残らせるかを考えた方がいいと思うんだ」
「……ええ、そうでした。俺はこの戦隊を第一に考えないといけないんでしたね」
「そういうことだよ」
……はぁ、俺もまだまだなんだなぁ。
そんなことを考えていたら、何食わぬ顔をしたゴートン艦長は顔を艦橋前部にあるメインスクリーンに戻しながら、言葉を付け加えた。
「後、まぁ、これは余計なお節介かなとも思うけど、ラインブルグ君」
「……はい?」
「この前、君が叱責した二人……、打たれ強いリー君は発奮して訓練しているからいいとして、ラヴィネン君が調子を落としているように感じられるんだけど?」
……気が付いていなかった。
自分の事というか、今後のことばかり考えていて、まったく周囲が見ていなかった。
これは……、本当に失態だ。
「すいません、艦長」
「いや、別に俺に謝る必要はないって。……それよりも、ちゃんとラヴィネン君のフォローをしておきなよ?」
「……了解です」
さて……。
……。
情報を見るに、ボアズの戦況は早々変化しないみたいだし、早い所、レナに会って話をしておこう。
「艦長、ちょっと、席を離れます」
「……MS格納庫ですね?」
「ええ、MS隊の様子や自機の状態を自分の目で見てきます」
「了解、何かあったすぐに連絡しますよ。……しっかりと、ご自身のパートナーもメンテナンスしてきてくださいねぇ」
そんな軽口と共に、ニヤリと厭らしく笑ったゴートン艦長は俺に被っていた帽子を手に取ると、ヒラヒラと振ってみせた。
……ほんと、この人には敵わないよ。
なんてことを思いつつ、艦長の道化めいた仕草と思いやりに心が軽くなるのを感じながら、遠く離れたMS格納庫を目指すべく、艦橋を離れた。
◇ ◇ ◇
MS格納庫までの道中、艦内の様子もついでに観察して行くが……、これまで以上に緊張感が漂っているものの落ち着いてはいた。これも隊員各々が、今現在置かれた状況を意識し、仕事をしっかりとこなしている証なのだろう。
隊長という役職なのに、艦内のそんな様子にも気が付いていなかったこともあり、どれだけ自身の思考に埋没していたのかと情けなくなり、自身の余裕の無さに凹んでしまう。
とはいえ、これ以上は同じ失態を繰り返すわけにもいかず、ショボーンとした内心を表情に出さないよう、顔面の筋肉を意識して、通路を進んでいく。
その道中にも擦れ違った幾人かの隊員と挨拶と声を交わし、到着したMS格納庫は、いつもと変わらない機械音と喧騒で満ちていた。
……変な話かもしれないが、この喧騒を聞く度に落ち着く。
エアーが確保されている証拠だからか、外の宇宙が無音で寂しいからなのかはわからないが、とにかく、落ち着くのだ。
格納庫内に入って、立ち並ぶゲイツを見上げていたら、こちらに向かって整備班の一人が近づいてきた。
「おう、アインちゃん!」
「……シゲさん」
「どうしたんだい? こっちは出撃とは聞いていないけど?」
「いや、ちょっとね」
「……レナちゃんのこと?」
……シゲさんの言葉に、自身の不甲斐なさを再認識して、また、ダメージを受ける。
「あ、ああ」
「まぁ、アインちゃんも隊長だから忙しいんだろうけどさ、もう少し、レナちゃんを構ってあげなよ?」
「あ~、うん」
何となく気になるニュアンスだが、事実なので頷いておく。
「それで、レナは?」
「今は機体のコックピットで作業してるよ」
「ん、わかった。ちょっと話してくるよ」
「あいよ」
シゲさんに見送られながら、周りで作業している整備班員の迷惑にならないように気をつけつつ、左肩に部隊章と共にIS1305とマークされたレナの機体を目指して跳ぶ。
……っと、ちょっと目測を誤ったな。
腕を動かして進路を修正し、コックピットハッチ近くに到達する。
「おーい、レナ、いるかぁ? あんちゃんだぁ」
……あれ?
いつもなら、もう、何を馬鹿な事を言ってるんですか、先輩、だなんて突込みが来るのにな。
……。
でも、一応、中にいる気配はするんだが?
そんなことを考えながら、コックピットを覗き込むと……。
「……」
お嬢さんはこちらに短い青髪の尻尾を向けて、黙々と作業してました。
「あ、あー、レナ?」
「……何ですか?」
「もしかして、前の演習で、俺が言った事を気にしてるのか?」
「……」
むぅ、この無反応は……、気にしてると受け取ったらいいのかね?
「いや、レナ。あれはな、別に本心で言ったわけじゃなくてだな……」
「それ位はわかってます」
「……あ、そう」
なら、何故にそんな態度?
「……ただ、小隊の指揮がちゃんと出来なくて、先輩の期待に応えられなかった自分が情けないだけです」
「あ、あ~、レナ?」
「……はい」
「いきなり小隊指揮を執れって言われて即できたら、誰も苦労しないぞ?」
「それ以前にもシミュレーターで何度も訓練していてでもですか?」
「……お前な、幾らなんでもシミュレーター訓練だけで、万事上手く行くわけがないだろう?」
レナが沈黙したので、話を続ける。
「しかも、フェスタとスタンフォードの二人は初めての実機搭乗な上に、仮にも精強を謳われるアプリリウス中隊が相手だぞ? 何もかもが上手くいくなん「でもっ!」」
俺の声を遮ったレナの叫びは……、震えていた。
「それでも……、それでも、先輩の期待に応えたいって、思うのはいけないんですかっ!」
「……いや、大いに結構だ。でもな、ちょっと訓練で失敗した位でさ、今みたいに思い詰めて、深刻になる必要はないよ」
「……ちょっとした判断ミスが命を左右する戦闘に備えるための、大切な訓練なのに?」
間違いじゃないあたり、なんとも、頭が回ることで……。
「レナ、考え方が逆だ。訓練で失敗しても、よっぽどの事がない限り、命は落とさない。だからこそ、訓練で様々なことを試し、考えられる可能性を検討し、幾度も失敗を重ねて反省し、今後に……、実戦に繋げるんだ」
「……」
「レナ」
「……はい」
「お前は"いい子"過ぎるな」
「えっ?」
はぁ、ようやくこっちを向いたか。
……あらら、目が少し赤いな。
まぁ、今は触れないでおこう。
「言い換えると言うか、レナの"いい子"振りを他の言い方で表現すればだな……、真面目過ぎる、期待に応えようとし過ぎる、色気がなさ過ぎる、余裕がなさ過ぎる、神経が張りつめ過ぎる、胸がなさ過ぎる、無理し過ぎる、遊びがなさ過ぎる、ボケがなさ過ぎる、食い気があり過ぎる、融通がきかな過ぎる、頭が固過ぎる、つっこみ過ぎる、気張り過ぎる、頑張り過ぎる、ってところかな?」
「ちょっ! 何か、まったく関係ない上に、女の子に言ったりするには致命的というか、私個人を中傷するようなものが多々入っていたような気がするんですがっ!」
「そうそう、そんな感じで喜怒哀楽をしっかり出して、オンとオフの切り替えを上手くしないとな」
「あ……」
ニヤニヤと意識して軽薄な感じの笑みを浮かべて、レナの額に軽くデコピンしてやる。
「あぅ」
「ま、今度、同じような事があったら、ちゃんと話も聞いてやるし、相手もしてやるから、安心しろ」
「……私、そんな子どもじゃないです」
とか言いながらも、両手で額を押さえたレナの口元が少し綻んでいるのはご愛嬌だろう。
もう少し、ガス抜きも兼ねて弄ってやろうかと思ったら、外からシゲさんの声が飛び込んできた。
「アインちゃんっ! 艦長から至急連絡!」
「ッ! 端末はっ!」
「アインちゃんの機体に回すからそっちでっ!」
「了解っ!」
急ぎなのでレナの頭を軽くポンと叩くだけで止めておき、コックピットから出て、一目でわかる自機を目指す。そして、コックピットハッチ手前で待っていたシゲさんに追い着き、艦長がどんな様子だったかを知るべく尋ねる。
「シゲさん、艦長、何か言ってた?」
「……他には何も言ってないけど、ちょっと慌てた感じがしたよ」
「そうか」
ということは、悪い情報だろうと当たりをつけ、心の準備をして、艦長との通信を開いた。
「艦長、ラインブルグです」
「……こちら、ゴートンです」
「……何か、ボアズで動きがありましたか?」
少しの間、艦長は口篭るも、はっきりとした声で、こう告げた。
「隊長、少し前に、ボアズ要塞との通信が途絶しました」
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