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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
77  一時の凪 3


 中隊戦術や各小隊長の指揮、各隊員の戦闘機動といった事の評価と検討、それに今後の課題とを細かく取り上げたデブリーフィング後、俺から全ての事で重ね重ねの叱責を受けて半泣きになったレナと歯を食いしばったリー、それに赤、青、白と、それぞれに顔色を彩るMS隊員達を残し、俺は隊長室に戻ってきた。
 一応、出る直前に、明らかに澄ました顔をしていたデファンと平時と変わらぬ表のマクスウェルに目配せしておいたから、後は上手くやってくれるだろう。

 ……。

 むぅ、良心の呵責を感じるなんて、俺もまだまだ修行が足りないな。

 内心でそんな事を考えていたら、普段、レナが事務作業する際に使用している席に座っていたユウキが声をかけて来た。

「どうした、ラインブルグ」
「何、さっきのデブリーフィングで思う事があっただけで、大した事じゃないさ。……それよりも、ユウキ、カナーバ議員の外交交渉は上手くいっているのか?」
「私が聞く限りでは、例のアレの存在を仄めかしたのが効いているようで、上手くいっているようだ」

 ……それは重畳。

「なら、期待しておくとするよ」
「それは別に構わぬが、交渉の成否も私達が連合軍の侵攻を防ぎきれるか否かで大きく変わるのを忘れてくれるなよ?」
「わかってるさ。それで、FAITHは連合軍がどう侵攻してくるか、予測できているのか?」
「一応はな。こっちが把握している現状と併せて、説明しよう。……スクリーンを借りるぞ?」
「ああ、使ってくれ」

 ユウキが懐から記録媒体を取り出して、端末にセットしている間に、部屋を少し暗くして、スクリーンの映像が見えやすいようにする。

「よし、じゃあ、スクリーンを見てくれ」

 ユウキに言われるままにスクリーンを見ると、そこに映されているのは地球圏の簡略図のようで、各ラグランジュポイントや月、地球、要塞に存在するザフトや地球連合軍に加えて、その他の中立国やジャンク屋組合といった戦力の配置が為されていた。
 更に驚いたことに、それらの表記には艦隊ナンバー等の名称だけに止まらず、戦力の構成内容や予測進軍路らしき矢印まで描かれている。

「この宇宙状況図は今までこちらが掴んだ全ての情報を統合し、分析して作成したものだ」
「おいおい、そんなものを一介の指揮官に過ぎない俺に見せていいのか?」
「何、これもFAITHの権限で可能なことだから、気にする必要はない」
「はぁ、やっぱ凄いな、FAITHは……」

 伊達に、国防委員長直属というわけではないということか。

 まぁ、そんな俺の感慨は置いておくとして、それぞれの戦力配置に目を通す。


 ……まずは巨大な敵手である連合軍の配置からいこうか。


 ざっと見る限り、宇宙に存在している連合軍戦力は、艦隊戦力が七つと、それぞれの拠点防衛隊といった所だ。
 それぞれの艦隊戦力を細かく見て行くと、月の一大拠点であるプトレマイオスに駐留しているのが、大西洋連邦系で、地球軌道を確保されたことで、順次、地球から上がってきた戦力を元に再建された第一、第三艦隊とずっと温存されてきた虎の子の第七艦隊、東アジア共和国系で今年の三月に起きたL1宙域での戦闘で撃破されたが、先の第一、第三と同じく、上がってきた戦力を元に急速に再建された第五艦隊、ユーラシア連邦系でこれも地上からの戦力移動で再建された第六艦隊の五つだ。
 また、連合が押さえているL4の諸コロニー群には、通商破壊作戦に出ていた独立戦隊群と熾烈な戦闘を繰り広げてきた地球連合構成各国混成型の第四艦隊が駐留している。
 そして、残る一つの艦隊戦力、ユーラシア連邦宇宙軍が独力で再建を果たしたと書かれているユーラシア連邦系の第二艦隊が、今月に入ってL1宙域外縁部に展開して、世界樹の種に駐留している艦隊戦力を牽制している。
 ちなみに静止軌道上のアルテミス要塞には元々艦隊規模の艦艇を収容して支える事ができる規模ではない為に、短期的な駐留ならともかく、通常は、防衛隊に毛が生えた程度の艦隊戦力しか駐留できないようだ。よって、今の所は、無視しても構わないレベルといえるだろう。

「……連合の戦力が半端ねぇなぁ、おい」
「まったくだな。……今になって、ラインブルグが恐れていた事が肌身で実感できる」
「でもよ、俺達、結構、連合軍の艦隊、潰したよな?」
「ああ、戦争が始まった去年から今までで、だいたい八個艦隊規模の戦力は潰しているはずだ」
「こちらは確か、二個艦隊規模の戦力を損失しているはずだけど……、絶対に回復力の差がありすぎるよなぁ」

 戦力の回復と整備が遅々として進まないザフトと比較してしまい、あまりの国力差に頭を押さえつけられそうになるが、必死に抵抗して連合軍艦隊の欠番ナンバーを見ると、第八、第九、第十が欠番となっていた。
 注記によると、第八は二月の低軌道上での戦闘で全滅後、他艦隊の再建が優先されて放置状態、第九は戦争開始当初前のL5での戦闘で機動戦力が壊滅した後はプトレマイオスで再建中だったが、その後に続いた戦闘で艦艇を消耗した他艦隊に吸収されて消滅、第十は大西洋連邦宇宙軍が独力で新設した大西洋連邦系の艦隊だったらしいが、先月の地球軌道上の戦闘で壊滅して、残存は第七艦隊に吸収されたとある。
 だが、三大国の膨大な国力を結集している地球連合がそれだけで終わるはずもなく、未確認ながらも、プトレマイオス基地では、更なる艦艇の生産と地球からの増援受け入れでもって、これら欠番艦隊の再建が進められている気配があるとも記載されていた。

 本当に、誰が調べたかはわからないが……、凄い情報収集能力だな。

「なぁ、ユウキ、誰がこれだけの情報を集めたんだ?」
「国防事務局が各地に潜伏させている諜報員達だ。それぞれから見れば、意味がわからない、或いは、意味がなさそうな情報でも集約すれば、見えてくるものがあるということだ」
「……集約して分析した奴等も褒めとけよ?」


 まぁ、それはそれとして……、今度は、こちら側、ザフトの戦力を見ていこう。


 こちらも見る限り、艦隊戦力は艦艇二十隻で構成される正規艦隊が四つと艦艇八隻でなる分艦隊が二つ、二、三隻の艦艇で戦力化されている独立戦隊が十三程度、それに加えて、プラント防衛隊と各拠点の防衛隊といった所だ。
 より細かく、各拠点に駐留する艦隊戦力をそれぞれ見ていくと、アプリリウス軍事衛星港には別名で"本国艦隊"とも呼ばれる一個艦隊が、月方面を主にカバーするヤキン・ドゥーエ要塞に迎撃を担当する二個艦隊と遊撃を担う一個分艦隊が、L5宙域地球方面外縁部……、つまりは最前線に位置するボアズ要塞に、先の戦闘で機動戦力を大幅に消耗した為、急遽、各艦隊からMSパイロットが引き抜かれて機動戦力が補充された一個艦隊が、L1を確保している世界樹の種には先の戦闘で消耗し、未だに回復しきれていない為、五隻でなる一個分艦隊が、存在している。
 また、宇宙軍の孫の手、もとい、便利屋である独立戦隊は、ボアズに四個、世界樹の種に四個、アプリリウス軍事衛星港に五個、と各拠点に分散して駐留し、それぞれの任務にあたっている。この独立戦隊群も以前はもう少し数があったのだが、今年に入ってからセナ隊のように隊長がやられて解隊されたり、任務中に全滅したりと、何気に消耗していたりする。

 でもって、現状、一番の問題があるとすると、やはり……。

「戦力の補充……、特にMSパイロットの補充が厳しいぞ」
「パイロットの絶対数が少ない所に地上軍へと優先して補充していたからな、宇宙軍の補充パイロットが少ないのも止むを得ないだろう」
「それはわかってる。実際、そのお陰でカーペンタリアが落ちていないんだから、一概に悪いとは言わないって」

 ちょっと一息入れて、語を繋ぐ。

「だが、八月の戦闘結果から考えると、一度、大規模な会戦が起きれば、お前がさっき言っていた通りにパイロット候補生を繰上げ卒業で青田刈りをしたとしても、パイロットの補充は追いつかなくなる」
「わかっているさ、ラインブルグ。だがな……、もう、これ以上……、ない袖は振れないのだ」
「……つまり、次の大規模会戦で大敗したら、ザフトの通常戦力は継戦能力を喪失……、詰みってわけだな」
「……ああ」

 ……厳しい現状と暗すぎる未来に声も出なくなるが、下を向いていても解決には繋がらない。

 だから、唯一の希望に縋るべく、アレについて尋ねる事にする。

「話を変えるが、さっき言ってたアレ……、姿が見えないが、改装は進んでいるのか?」
「ああ、皆には知らせていないが、秘匿の為にミラージュコロイドを使って、覆い隠しているんだ。アレの改装自体は進んでいる」
「……なら、L5での防衛戦までに間に合いそうか?」
「何とか間に合わせるが……、アレが核を使用する関係上、耐久性に問題が出てな、二射が限度だ」
「二回が限度? ……それはまた、使いどころが難しいな」
「その通りだ。それに加えて、アレが戦略級兵器である以上、政治的、外交的な判断も必要になる。そのことから、ザラ議長が直々に発射指揮を執られることになった」

 あの、奥様の尻に敷かれつつも、夫として、男としての義務を果たし続けている、敬愛すべき"おっさん"の最近の様子を見るに、大量破壊兵器を使用する責任を全て自分が受け持つ為って面があるかもしれないなぁ。

「何、アレの本分は抑止力としての存在価値がメインであって、実際に使用するのは、核攻撃を受けた場合のみの選択肢であることは、再度、議長に確認しているから、安心しろ」
「それは心配していないさ。どちらかというと、心配なのは発射目標だ」
「……最初の一撃は月のプトレマイオスが目標だ」
「なるほど、今後の事も考えれば、妥当な選択だな。……それで、第二射は?」

 地球を狙うのは余りにもリスクが……、それこそ、人類存亡に関わるだけにやめて欲しいが……。

「予定はしていない」
「……」
「とは言っても、お前は簡単には信じないだろうから言うが、実はな……」
「実は?」
「アレは一射だけで耐久性能の限界ギリギリだ」
「ちょっ、待て待て、……さっきは二回が限度だって言わなかったか?」
「公には、そういうことになっている。だが、実際には、一射後、大規模な改修なしには二射目を撃てないだろう。……これが使用時の予測データだ」

 そう言ったユウキがスクリーンに、核爆発を起こすチェンバー部や一次、二次反射ミラーの許容限界エネルギーと使用時予測エネルギーを対比する表とグラフを出してくれたが……、…………うわぁ、チェンバー部の耐久値がギリギリのラインだよ。

 ……さっきユウキが二射が限度と言ったのは、アレが一射しか確実に撃てないという欠陥を隠す為か。

「さっき言ったのは欺瞞情報ということか?」
「そういうことだ」
「まぁ、それはわかったが、これって、欠陥兵器じゃないか?」
「……私もしっかりと認識している。だから、それ以上は言わないでくれ」

 ずーん、と背景効果音が聞こえてきそうなくらいに暗くなったユウキを見て、一瞬だけ、躊躇するが、原因は知っておいた方がいいだろう。

「いや、でも、なんで、こんなことに? 最初に読んだ資料よりも、アレの性能が劣化したのは何故だ?」

 そう尋ねると、ユウキは陰を背負ったまま、ふっと口を歪ませた。

「そもそもの発端は主力機をゲイツへと早期更新する為に増産した結果、アレを建設する為の予算と資源が不足したことだった。……とはいえ、ゲイツの増産は今現在の劣勢において、前線を支える為には仕方がないことだし、私も納得したことだ。だからこそ、本来、アレの全外装に使用するはずだったPS装甲をγ線をレーザー光に転換する装置やγ線レーザーを直接受け止める反射ミラー部分だけにして、他の部分は要求性能を満たす代替装甲に変更したのだ。だが……」

 ちょ、何、その不吉な切り方っ!

「だが?」
「ああ、嘆かわしい事に……、人為的な問題が起きたのだ」
「人為的な問題とな?」
「まぁ、聞いてくれ」
「あ、ああ」
「……一月程前、未だに、アレの開発を担当する国防委員から、代替装甲が決まったとの連絡が来ていなかった。戦況が悪化していたから、そろそろアレが完成していないと拙いと考えたので、私は要求性能を満たす装甲を提示する為に、開発担当の国防委員に面会を求めたのだ。しかし、折りが悪く、時間が合わなかった」
「まま、あることだろう?」
「ああ、それが一度や二度ならわかるのだが、四度、五度と続くと、明らかにおかしいだろう?」
「……まぁな」

 偶然の可能性も残るが、相手が避けているとも考えられるな。

「けれど、向こうの事情を探ろうにも、私は私で教導関係の仕事が忙しくて手が回らなかったし、他の者もそれぞれ忙しく、気になりつつも時間が過ぎていった。それで、一週間」

 ……。

「ようやく、受け持ちの教導関係の仕事が軌道に乗り始めて、時間に余裕が出てきたから、向こうの都合の良い日に合わせると言って、国防委員との面会の約束をこじつけたのだが、何故か、その調整に一週間」

 ……おい。

「面会が叶って、国防委員に代替装甲について聞いてみたら、既に装甲の選定は終わり、工事も進んでいると言われて驚かされる。いや、本来なら、ここで話は終わりになる所だが、面会に至るまでの時間が掛かり過ぎた経緯から、何となく嫌な感覚を持っていたから、念の為、使用されている代替装甲が性能を満たすかを、連合軍の戦力分析の合間に調査するので一週間」

 ……まさか。

「調べた結果、使われていた代替装甲がその国防委員の妻が経営する会社が生産していたものであり、まったく必要耐久値を満たさない代物であることが判明した。その事実に愕然としつつも、一縷の望みを持って、技術部にアレが使用できるかの検証を依頼する。その結果、使用されている代替装甲では、γ線を発生させる為の核爆発を支えきれなくて、チェンバー部が吹き飛んでアレそのものが破壊される事がわかった。ここまでで、一週間だ」

 おいおいおいおい。

「まさか、今の状況で、そんな……」
「言っただろう、嘆かわしい人為的な問題だと」
「その馬鹿を仕出かした"阿呆"は?」
「一昨日、16日にザラ議長に直訴して、その"阿呆"を国防委員から解任した上で、拘置衛星に放り込んでもらった」
「……ならいい。でも、どう対応するんだ?」
「"阿呆"の会社の資産を差し押さえして資金を回収しつつ、私が提示した代替装甲を大急ぎで調達している最中だ」
「いっそのこと、その会社の営業許可を取り消した上で整理してしまって、馬鹿を仕出かすと上層部でも容赦しないって意思表示……、一罰百戒にしたらどうだ?」
「……考えておこう」

 黒い微笑を見せるユウキに、間違いなくやると確信を抱いてしまった。

 ……。

 しかし、何故、チェンバー部みたいな重要部に、PS装甲を使わなかった?

「ユウキ、なんで、核爆発を受け止めるチェンバー部に、PS装甲を使わなかったんだ?」
「無論、当初は予定はしていたのだが、PS装甲以外では代替が利かない反射ミラー部分が広すぎて、チェンバー部にあてがうだけの量が確保できなかった。……単純な話、生産したくても、必要な希少資源が足りん」

 おう、理由が末期だったっ!

「んんっ、とにかく、アレに関しては、現状のままでも何とか一回は撃てるようにする為、ザフト技術部が主導して、今ある資材でチェンバー部を補強する改修型を設計したから、開発陣は改修作業に忙殺されている最中だ」
「よって、一回なら撃つ事は可能ということか?」
「ああ、後二日程で可能になるだろう。ついでに言えば、私の方もここに来るまで、チェンバー部の新規生産に向けて、人員や資材、工場の確保、生産スケジュールの調整に追われていた」
「でも、ここに来たって事は、お前の方も目処が立った?」
「……不眠不休で、何とかな」

 そ、そいつはお疲れさんでした。

「だが、生産の目処が立ったとしても、もしも、今月中に連合軍の侵攻が開始された場合は、チェンバー部の換装は絶対に間に合わないだろう。よって、この換装が終わるまでは、アレの使用は一回が限度だということになる」
「なんともはや……、正直、この後に及んで、人為的な問題で戦略に制限とか……、まさかとしか言いようが無い、泣いて喚き散らしたくなるような事態だが……、それって、チェック体制はなかったのか?」
「国防委員の権限が大きい事に加えて、FAITHや事務局も来る侵攻に備える為に大童でな、入念なチェックに携われるような手隙の者がいなかった」
「それで、この件が表立った場合は、国防委員の権限《ザフトの権益》を守る為に、全ては人員不足が原因ってことで収めるのか?」
「私とて腹立たしいが、そうなるだろうな。実際に、人手が足りないのも事実だ」
「やれやれ、ザフトって、組織防衛だけは得意だから、困る」
「だが、ラインブルグ、ザフトが皆、そんな者達だけではない。今回の件だって、国防の根幹に関わるだけに、現場や後方の者達の多くが、何とか威力を落とさないで撃てるように、土壇場で足掻いて、必死に工夫を重ねているんだぞ? 私やアレの開発に関わっている技術者達は、アレの存在で独立が達成できると信じて、精一杯頑張っているんだぞ? 本当なら、一射もまともにできなくなる所だったんだぞ? なのに……」

 虚ろな目をして、ブツブツと上層部への怨み言を次々と呟くユウキを見るにつけ、権力の枢軸に関わると碌なことがないんだろうなぁ、と思わされる。


 とりあえず、ストレスが溜まり過ぎているユウキは、それを解消させる為にもしばらく放って置くとして、画面を元に戻して、残るその他の勢力について見ていこう。


 月面都市群は防衛戦力しか持っていないから純軍事的な影響力は限定的だと考えられる。もっとも、政治的、経済的に見れば、連合側に付かれると外交の伝手と通商相手を失うことにもなるプラントは確実に干されてしまうだろう。

 ……っと、今は軍事的な条件だけに止めておこう。

 で、更に見ていくとして、本国が連合軍に蹂躙されたオーブのアメノミハシラだが、アメノミハシラ周辺の宙域確保に務めているようで、こちらから手を出さなければ動きはないだろう。
 地球圏各地に散らばるジャンク屋を束ねるジャンク屋組合に関しても一貫して中立の立場を保っているから、これもアメノミハシラ同様、こちらから手を出さなければ何もしてこないはずだ。
 それと火星の入植民だが、遠く離れた場所にある上に生存のための開拓に忙しくて、こちらを気にしている余裕もないだろうから、無視して構わないと考えられる。

 後、問題になるというか、気になる勢力なのだが……、全てがL3に集中している。

 L3にある、今年初めの騒動で大打撃を受けて運用休止というか崩壊してしまっているオーブのスペースコロニー、ヘリオポリスとその資源衛星の周辺に、ザフトや地球連合軍の脱走兵が海賊化して屯しているのに加えて、武装した素性や素行の悪いジャンク屋というか傭兵に近い奴等とか、例の連合軍を脱走した足つきとか、アメノミハシラとは別の指揮系統を持ったオーブ軍残党とか、プラントから逃げ出したクライン派の連中とか、様々な半端者というかアウトローが集結しているみたいなのだ。

 先月、足つきとクライン派に強奪された新型艦追討任務を受けているラウも足つき捜索とクライン派討伐のためにL3へと向ったらしいのだが、ヘリオポリスに屯している連中がザフトだろうが連合軍だろうが関係なく、狂犬のように牙を剥いてくる為、侵入は危険だと判断して接近は断念したと言っていたからなぁ。

 こいつらを排除するにしても、連合軍もL5への直接侵攻の準備で忙しい上、そもそもL3にはコロニー等の権益を持っていないから動かないだろうし、ヘリオポリス等の権益を有するオーブにしてもアメノミハシラに駐留している戦力はアメノミハシラ防衛で手一杯のようだし、地球から上がってきたらしいオーブ軍に関してはアメノミハシラとの合流を嫌って、L3へ向った以上は海賊と何ら変わらない存在に過ぎないし、ザフトにしても攻める理由がクライン派の排除くらいしかないから、L5の防衛を最優先にしている現状では後回しになって、動くことはないだろう。

 となると、放置する他ないということになるが……、これ、後々の災いの種にならないといいなぁ。

「おい、ユウキ」
「……ダのアンちくしょうめ、対案も出さずに追従しか出来ないのに大きい顔をして、行動もしないくせに……」
「ユウキッ!」
「ッ! ……む、ど、どうした、ラインブルグ?」
「いや、今後、予想される連合軍の動きについて、聞こうと思ったんだが……、お前、ストレス、溜まり過ぎじゃね?」
「……自覚があるから、何とか時間を作って萌える会に顔を出して発散している。だから、大丈夫だ」
「そ、そうか」

 ……本当に、こいつも変わったよなぁ。

「さて、今後の動きだったな。今現在、我々が侵攻が予想されているのは、矢印を見ての通り、ボアズだ」
「世界樹の種やヤキン・ドゥーエは狙われないと?」
「ああ、ボアズがL5宙域でも地球方面の外縁部に位置し、また、駐留艦隊が地球方面を担当している以上、先にこちらが狙われるだろうと予想している」
「連合軍が地球軌道の奪回を恐れているということか?」
「そういうことだ。いくら連合軍に戦力があるとはいえ、地球とのラインが切られたら、地球から宇宙への増援が難しい状況になる。それに、もしも、連合軍が先にヤキン・ドゥーエを攻めたとしても、こちらには二個艦隊が駐留していることに加え、要塞の防衛隊もあるし、本国艦隊やプラント防衛隊からの援軍がすぐに届くことを考慮に入れると、よほどの戦力を集中させなければ、まず陥落させることはできない。では、仮に連合軍が戦力を集中させたならばどうなる? 当然、その他の場所が手薄になることに繋がるだろう?」
「ああ、そこをボアズ艦隊に突かれて、地球軌道を奪回されたら、連合軍は一転して、厳しい状況になるな」
「そうだ。それとL1に関しては、我々にデブリ暗礁という地の利がある上、連合軍も以前の戦闘で手痛い打撃を被っている経験もあるから、戦闘を嫌うだろう。加えて、今のL1の戦力では拠点防衛が限界なのは向こうも承知しているはずだ。まぁ、希望的観測も含まれているが、下手に手を出さずに今の状態を維持して、包囲するに止まると考えられるだろう」
「……つまり、"飛び石"ってわけか?」
「ああ、戦力が揃っているからこそできる贅沢だ」
「数を揃えることこそが、戦略の王道だって証拠だよなぁ」
「まったくだ。……んんっ、とにかく、これらの予測から、我々FAITHは、戦力的にも劣っているボアズが先に狙われると判断した」
「そのボアズの備えや対応は?」
「防衛隊のMSをゲイツとジンM型へ更新させている。……無論、ある程度の増援部隊も送る予定だが、月への備えも考えると数を出すのも厳しいし、補充人員が払底している為、戦力の補強や補充は不可能だ」
「……そうか」

 ……なら、ボアズは落ちるな。

「ユウキ、FAITHは、ボアズ陥落は既定の事と考えているのか?」
「……他の者の考えは知らぬが、私はそう考えている。ボアズは、アレを真の意味で完成させる為の時間稼ぎと連合軍の戦力を少しでも削る為の……、捨石だとな」
「同期で、白服でもある俺に、わざわざ偽悪的に言う必要はないさ」
「ふっ、そうだったな。……なら、聞いてくれ、ラインブルグ。私はな……、私は今ほど……、仲間を切り捨てなければならない今ほど……、己の無力と己も認めた判断に罪悪を感じたことはないよ」

 今、ユウキが感じているだろう、それは、戦争を指導する立場にある以上は甘受しなければならないものであり、自身の判断で死ぬことを定められた者達と遺される身内のことを思えば、当然の義務と言えるものだろう。

「……そうか」

 だが、同じ白服という立場とはいえ、戦略の方針決定に参加していない俺には、今の悩み苦しむユウキを、不覚悟だと批判する資格もなければ、仕方がないことだと擁護する事もできない。加えて、未だに、そこで戦って死ね、と"部下"に命じたことがない以上、今の心情を汲み取ることも出来ない。

 俺ができるとしたら、精々、ユウキの嘆きを聞いたり、沈黙に付き合う位だ。



 その後、エルステッドがアプリリウス・ワンに到着するまで、俺達は、既に定められた犠牲者達を悼むかのように、沈黙の中で過ごした。
11/02/14 表記修正。


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