第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
76 一時の凪 2
9月。
うちの戦隊はラブロフ隊やモンテルラン隊と同様に、先月から引き続き、L5の訓練宙域で、プラント防衛隊や機動艦隊に所属するMS隊への教導任務に当たっている。
最近になって、それなりに手応えを感じ始めているのだが、プラントを取巻く情勢は一段と緊迫の度合いを増しており、そろそろ時間切れが迫っているようだ。
先月からの情勢を見ていくと、地球における大洋州連合領を舞台にした地球連合軍と大洋州連合・ザフト共同軍との戦闘は、陸海で一進一退の状況が続いているらしい。
陸では、連合軍が地球軌道上からの強襲降下によって、オーストラリア大陸内陸部のエアーズロック周辺に橋頭堡を確保したものの、プラントから兵器を供与されていた大洋州連合軍の戦力を完全に読み誤っていたらしく、大洋州連合領内を荒らし回るどころかエアーズロック周辺に封じ込められているのだ。
また、海……、カーペンタリア方面でも、連合軍の太平洋艦隊がカーペンタリア基地へと攻撃を仕掛けているのだが、オーブ攻略戦での損耗が意外と大きかったようで攻め切ることができず、カーペンタリア基地を陥れるには至っていない。
そんな連合軍の頼みの綱であろう大西洋艦隊は、オペレーション・ブリッツブレイクで破壊されたパナマ運河の修復が完了していないことに加え、元ジブラルタル基地所属のザフト海洋部隊が連合構成国の大西洋沿岸へと地味なゲリラ戦を展開させていることもあり、太平洋へと廻航できないことも影響しているだろう。
……まあ、逆に言えば、大西洋艦隊が到着した後が怖いということだ。
とにかく、地球に唯一残ったプラントの拠点、カーペンタリア基地はまだ、確保されている状況だ。
それよりも、プラントにとって拙い事が宇宙で起きている。
先月の戦闘で連合軍に地球軌道の支配権を奪われた影響で、地球-L5間の輸送路をほぼ封鎖されてしまい、資源及び食料の確保が非常に難しくなったのだ。
まだ今のところは、月-アメノミハシラ-プラントという中立系月面都市船籍の輸送船を利用するアメノミハシラ経由の通商ラインは生きているが、L1-地球間にあるデブリベルトで宇宙海賊の活動が活発になっている上、アメノミハシラや中立系月面都市へと為される地球連合からの有形無形の圧力により、いつ途切れるかわからない状況になっている。
もっとも、資源面に関してはプラントにも資源衛星が幾つかある為、もうしばらくは何とかなるだろう。
それ以上に拙いのが、食料面だ。
事実上、地球からの輸送路を絶たれ、食糧備蓄計画にも失敗している以上、大至急、食料の生産供給体制を整えなければならないのだ。
そのため、農業生産を主に担当するユニウス市で農地確保の為の区画整理が行われており、急ピッチで増産体制が整備されつつある。
だが、それでも、配給体制にして、何とか間に合うか合わないかといった所だろう。
これも地球で飢餓が発生していた中でも、地球から収奪し、飽食してきた付けということになるが、どちらにしろ、地球でもプラントでも一番の被害を受けて死んでいくのは、社会的な弱者ばかりなんだろうな。
そして、俺も、その飯を食っている以上、加害者ということになる。
……。
ああもう、やめやめ、ただでさえ、先行きが真っ暗なのにこれ以上、暗くなっても損するだけだ。
だいたい、連合軍にしても地球から盛んに打ち上げを行っている所を見るに、兵糧攻めなんて気の長いことをするつもりはないみたいだから、今後の強攻に対応できるように、プラントを護れるだけの力を養うことを考えた方がいいだろう。
……現実逃避めいているが、俺は俺にできることを精一杯するしかないんだ。
◇ ◇ ◇
9月18日。
今日の相手は、ユウキが以前、隊長を務めていたアプリリウス防衛MS中隊だ。
このアプリリウス中隊は本格的な量産体制が整い、現場へと大々的に配備され始めたゲイツへの機種転換訓練も兼ねて教導を受けているのだが、流石に首都防衛隊に相当する存在だけあって、各々の錬度は非常に高く、間違いなくザフト最精鋭と呼ぶに値するといえるだろう。
しかしながら、小隊の連携は稚拙だし、中隊での戦術行動も実戦で使えるかどうか、微妙なレベルだった。一応、ユウキの話によれば、戦術に関しても色々と試行錯誤していたらしいが、転任した影響で中途で終わってしまったとの事らしい。
流石に中途半端での放置は駄目だろうというのが、俺の偽らざる感想だが、これもユウキから引き継いだ現隊長の怠慢と、個々の能力が高い為に今まで連携を必要とする状況が少なかった事に加えて、直接、連合軍と戦闘した経験の少なさ……、実戦経験の少なさ故だろうと思い直す。
なんというか、教導で実機戦闘演習に参加して感じたことなのだが……、防衛隊というかプラントに常駐している部隊には、演習や訓練に、どこか遊戯感覚が感じられるというか、"相手を圧倒する"為の気迫や"相手を確実に殺す"という鋭利な殺意というか、何が何でも"絶対に生き残ろう"とする強い意志というか、人が己の全存在を賭ける時に生まれる重圧めいたもの或いはその片鱗……、そう、凄みが足りないのだ。
無論、実戦ではなく演習だから、という見方もあるし、士官学校を繰上げて卒業した者が多く配属されていることも影響しているんだろう。
だが、それでもやはり、地球からプラントへと引き揚げてきた指揮官やその部下達から感じ取れたものがないとしか言いようがない。
その地球からの引き揚げ組とは教導任務中に何度か会う機会があったのだが、何でも彼らは、第三次ビクトリア防衛戦からジブラルタルへの撤退を経て、ジブラルタル放棄に伴う敵中突破を敢行し、凄惨な撤退戦を潜り抜けてきた歴戦らしかった。
それだけの不利な状況で戦闘をし、潜り抜けてきた歴戦の猛者だけあって、それぞれが纏っている空気が殺伐……ではないなぁ、……とにかく、こう、隙がないというか、周辺の空気が張りつめているというか、とにかく、独特の緊張感が漂っていて、他の連中とまったく異なっていた。
……うーん、やはり、潜り抜けてきた実戦経験の有無や大小でしか、あの凄みは生まれないということになるのかなぁ。
それに加えて、変な話かもしれないが、より直接的に命のやり取りをしてきた者の方が、ナチュラルを蔑視し見下す傾向が少ないようにも感じる。
いや、俺が見た引き揚げ組の連中がたまたま、ナチュラルへの侮蔑や憎悪を表に出す事もなく、純粋にナチュラルの実力を淡々と認めているだけであって、本当は、よりナチュラルを憎悪し蔑視する方が多くて、当たり前なのかもしれないが……、少なくとも、俺は見ていなかったりする。
……うーん、歴戦の彼らは以前からナチュラルを蔑視したり見下したりせず、結果、戦場でも決して気を抜かなかったから生き残ったのか、それとも、厳しい戦場を生き残ることができたから、敵である連合軍やナチュラルを蔑視したり見下さないのか?
正直、興味を引かれる所なのだが……、調べる余裕はないなぁ。
まぁ、どちらにしても、敵を根拠もなく侮ることは避けた方がいいというのはわかるし、俺自身も常にそうあろうと考えている。
けれども、今現在の教導相手である実戦経験が少ない連中は、どうしてもナチュラルを、連合軍を、ただそれだけで、見下す傾向が強い。
この戦争で初期の有利を失い、確実にプラントが追い込まれつつあるのにも関わらずだ。
これも恐らくは、コーディネイター選民思想の弊害の一つだろうとの目処は付けているが……、それだけでは根拠としては弱い。
なんて具合に、俺が物思いに耽っている間に、実機戦闘演習が終了したようだった。
……。
今回のアプリリウス中隊を相手にした実機戦闘の内容なのだが、簡単に言えば、アプリリウス中隊が後方のコロニー群を敵MS部隊から護る防衛戦だ。
この演習に俺は参加せず、仮想敵中隊の指揮をマクスウェルに執らせ、また、レナと防衛隊から借り受けた予備機のゲイツにそれぞれ乗せたフェスタとスタンフォードに小隊を組ませてみた。
これで十二対十二とお互いの機数も同じなら、使用するMSも同じで、一応は対等条件になるからな。
そんでもって、演習開始直前に向こうの隊長さんが、我々、首都防衛を担う栄誉を与えられたアプリリウス防衛隊が、"たかが"独立戦隊が務める仮想敵に負けるわけにはいかない、と隊員に檄を飛ばすというか、鼓舞というか、とにかく豪語していたのだが……、結果は、アプリリウス中隊が全機撃墜判定の壊滅状態でコロニー防衛任務は失敗、仮想敵に与えた損害はフェスタとスタンフォード、ベルディーニというまだまだ技量が足りてない面々のみを撃墜判定にできただけに止まっている。
言葉もなく、真っ白に燃え尽きた感のある向こうの隊長には悪いが、うちの部隊"如き"を止められないのでは、数に勝る連合軍なんて、止められるわけがない。
……ここはラインブルグ隊流の特別集中訓練を課すべきだろう。
とりあえずは向こうの隊長に、結果が全てだと伝えて、基地への帰還と予定しているデブリーフィングの時間を伝えておく。
アプリリウス中隊の今後の課題は、演習でのそれぞれの小隊や中隊としての動きを分析して、徹底的に短所を洗い出して、そこを潰すように朝晩関係なく、血反吐を吐くまで徹底して訓練する、なんてものでいいだろう。
うちの隊は……そうだな、帰還後にするデブリーフィングで、撃墜された機の所属小隊長であるレナとリーをMS隊員全員の前で叱責するかな。
……まぁ、リーはともかく、レナに関しては、あくまでも演習時のみの臨時編成小隊であって、今の所は実戦で使用する気もなければ、艦載機数の関係で編成もできないから、特に厳しく言う必要はないのかもしれない。
けれど、今日の演習で実機に乗る機会を得たフェスタとスタンフォードは自身の撃墜も含めて、貴重な経験を色々と得ただろうし、自身の長所短所も把握することができたはずだ。更に言えば、自身の技量について明確に把握できている今こそが、確実に腕を伸ばせる好機とも捉える事ができるだろう。
だから、ここは一つレナには犠牲になってもらい、レナを慕う二人に自身の不甲斐なさを自覚させ、また、撃墜された自分達ではなく、自分達の隊長であるレナを叱責する俺の理不尽……実際はそうでもないが……な行動に不満や義憤を抱かせ、より一層、訓練に発奮して励むように仕向けたいと考えたのだ。
もちろん、デファンやマクスウェルには、レナとリーをフォローするようにしっかりと頼んでおくつもりだ。
ふふふ、MS隊訓練での憎まれ役は俺の責務というか特権だ、なんて事を内心で嘯きながら、エルステッドの艦橋で俺の隣に立ち、共に演習を観戦していたユウキに問い掛ける。
「ユウキ、アプリリウス中隊は集中訓練でいいな?」
「ああ、頼む。……しかし、私が隊長を勤めていた時に、口を酸っぱくして各々の役割と連携を考えろと言い続けながら、訓練してきたのだがな」
「いや、連携はまだ他よりも上手い方だったさ。……だが、自分達の能力に自信を持ち過ぎる余りに、周囲を下に見るというか、侮り過ぎている気配があるから、それが部隊連携でもマイナス方向に働いているんだと思う」
「む……、となれば、とことん追い詰めて、一度、どん底まで落とすべきか?」
「それはやめとけ。この隊のエリート連中じゃ、確実に心が折れて、使い物にならなくなる」
「そうか……、やはり難しいものだな」
無論、中にはエリートだろうが、精神が強靭な奴もいるにはいるだろうが、少なくとも、あの隊にはいなかったように見えた。
まぁ、それはそれとして……。
「しかし、ユウキ。お前さん、国防委員長付きで忙しいはずなのに、こんな所で油を売ってていいのか?」
「別に遊びに来ているわけではない。現在の戦力状況を報告書だけでなく、この目でしっかりと確認するのも必要不可欠なことだ」
「……確かにな」
ザフトと言う組織は、自身の能力不足が露呈するのを恐れるあまり、報告書に虚偽記載する奴も多いのだ。
「で、FAITHであるお前の目から見て、今現在のプラントの戦力評価はどうなんだ?」
「率直に言えば……」
と言いながらも、ユウキは管制官各々が粛々と己の職務をこなしている艦橋内を見回した。
「場所を変えるか?」
「……いや、構わない。現実を知っている者には今更の認識だろうからな」
おおぅ、何とも過激な言葉だ。
「はっきりと言えば、連合軍が予定しているであろう大規模攻勢を一度支えきれる位だろう」
「二度目はないってことか?」
「ああ、FAITHではそう予想している」
「それでも、足掻く為の対策は考えているんだろう?」
「極めて遺憾だが……、来期の士官学校の候補生を繰上げ卒業させる予定だ」
「……そうか」
本当の意味で学徒動員と言えるそれは、まさに末期戦状態だと言えるが……、その割には、楽観的な空気がザフト内に流れているし、プラント内の空気も変に余裕がある。
俺の目から見たら、この内と外との認識の落差は、あまりにも不可思議過ぎる。
「なぁ、ユウキ。……正直に言わせてもらえば、ザフト隊員や市民、それぞれの現状認識と今のプラントが置かれている現実との落差が激しすぎる気がするんだが?」
「ザフト上層部が広報局を通してマスコミに歪曲報道させて、事実を伝えていないからだ。そして、これがザフト内部にも影響を及ぼしているのだろう」
「ああ、なるほど。……大本営発表の影響ね」
外での任務が多かった上に家でもテレビを見ないから、そんな歪曲報道をしていたなんて気付かなかった。
「だが、流石に、今の状況では拙くないか?」
「わかってはいる。……だが、一度隠してしまうと、な」
「簡単には表に出せない、か」
もしも、下手に現在の追い詰められた状況が伝われば、情報を隠蔽してきた政党としてのザフトや戦争指導する最高評議会への不審につながり、そこから政権が崩れる可能性もあるということか。
「このままでは拙いということはわかっているので、少しずつ表に出すようにしようとしているのだが……、今度は広報局やマスコミが動かない」
「くく、自分達の信用や権威が崩れるのが怖いんだろうよ」
「ラインブルグ……、笑い事ではないぞ?」
「笑い事だろう。……権力を監視すべきマスコミが権力に媚を売って、尻尾を振っていたんだからな」
もっとも、そうさせたのはザフトであり、最高評議会なのだから、批判すべきはそれらであって、マスコミを批判するのはお門違いなのかもしれない。だが、それでもやはり、マスコミの存在意義を考えると、最早、今のマスコミに存在する意味がないと思ってしまうのだ。
「……手厳しいな」
「悪いな、ちょっと抑え切れなかった。確かに、全体を見るお前の立場を考えば、笑い事ではないな」
「いや、いい、お前の言う事も正しいからな。それにお前が率直な物言いをしない方が私には怖い」
そんなユウキの物言いに、俺も苦笑を浮かべてしまう。
「言ってくれるな、ユウキ」
「何、お前とも長い付き合いだからな」
これもまた同期の気兼ねのなさって所かな。
って、俺の中で結論が出たら、ゴートン艦長が余所行きの顔で報告を入れてきた。
「隊長、MS隊全機、帰還しました」
「わかりました、MS隊員全員はエルステッドのブリーフィングルームに集合するように伝えてください。それとアプリリウス中隊の基地があるアプリリウス・ワンに寄港しますので、そのようにお願いします」
「了解です」
「じゃあ、ユウキ、また後でな」
「ああ、隊長室で待たせてもらう」
さて、今日の一番大切なお仕事の時間だ、精々、気張るとしよう。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 誤記及び表記修正。
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