第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
75 一時の凪 1
8月15日。
うちの戦隊はラヴロフ隊、モンテルラン隊と共にボアズ駐留の任を解かれ、アプリリウスに駐留する三個独立戦隊と入れ替わる形で、アプリリウス軍事衛星港に戻ることになった。
国防事務局からの業務連絡では、今回、駐留任務を解かれた三つの独立戦隊は仮想敵及び戦闘教導任務を与えられることになるらしい。他にもビクトリア陥落以降、地上で過酷な戦闘を続けて、何とかプラントまで帰ってこれた連中も同様の任務に当たるとのことだった。
どうやら、ザフト上層部は連合軍MS部隊と実際に交戦した部隊に教導任務を与えることで、ヤキン・ドゥーエ要塞とアプリリウス軍事衛星港に駐留する艦隊やプラント防衛隊の錬度を向上させようと考えたらしい。
実際、連絡をくれた事務員に、この真っ当でかつ真面目な対策が決定した詳しい経緯を聞くと、FAITHであるユウキを中心に、地球で連合軍相手に苦闘した指揮官達が一緒になって積極的に動き、連合軍というか、未だにナチュラルを侮っているザフト上層部連中相手に、一歩も退かずに議論を展開して押し通したそうだ。
どちらかといえば優等生気質で、お上に対して従順な部類に入るユウキが逆らったと聞いて驚いたが、あいつも連合軍によるL5への直接侵攻があることを覚悟しているから、少しでもプラント防衛隊や駐留艦隊の戦力を強化しようと努力しているということだろう。
この同期主席殿の活躍を切っ掛けに、ザフトが少しは軍事組織ひいては党軍ではなく国軍として、まともになることを期待しつつ視線を艦橋内に戻すと、ゴートン艦長がアーサーに指示を出している所だった。
「トライン班長、入港はEブロック。……後、よろしくねぇ」
「アイ、艦長! 航法、入港はEブロックだ。皆、Eブロックはアプリリウス衛星港で一番古い箇所だから、誘導ビームはもちろん、気の利いた管制官もいなければ、タグボートなんてものもないからね、僕達の腕の見せ所だよ?」
「了解、班長」
「これぐらい、余裕ですよ、トライン班長」
「うん、そうだね。この程度、鼻で笑ってやってみせよう」
アプリリウス・ワン近くに存在する軍事衛星港への入港指揮は滞りなく進んでいる。いつもの如く、ゴートン艦長に任せておけば、何の問題もないだろう。
よって、俺は思索を続けることにする。
……。
現状、プラントを取巻く状況は、悪化する一方だ。
まずは、今月上旬に発生した、俺達も参加した地球軌道を巡る戦闘だ。
あの戦いにおいて、ボアズ駐留艦隊は連合軍の一個艦隊を撃滅することに成功したが、MSという新たな力を手に入れた連合軍艦隊の激しい抗戦によって、半数もの機動戦力を磨り減らされてしまった。この結果、連合軍の更なる増援に対抗するだけの余力はなくなり、ザフトは地球連合に地球軌道の支配権を奪われることになってしまったのだ。
簡単に言えば、先の戦闘は、戦術的に勝利したが、戦略的に負けた、とでも言えばいいのだろうか?
……とにかく、地球連合に地球軌道を奪われた以上、アルテミス要塞の駐留戦力は更に強化され、連合軍の地上からの宇宙への戦力移動は確実に行われるといえる。
そして、地球軌道の支配権が連合に移った影響で、地球でも新たな動きが発生した。
地球連合軍による大洋州連合への直接侵攻だ。
幾つかの伝手から手に入れた情報では、何でも大洋州連合内のエアーズロック付近に、地球軌道から連合軍MS部隊が大量の物資と共に強襲降下して、橋頭堡を確保したらしい。
で、この部隊降下に対して、大洋州連合とザフト地上軍が共同で動き、オーストラリア大陸中央部で連合軍の降下強襲部隊と激しくぶつかり合っているとのこと。
っていうか、これはカーペンタリア基地の防備を薄くする為の陽動作戦の類のような気がするんだが……、いや、アフリカで敵中突破を成し遂げた優秀な地上軍の事だ、ちゃんと気がついているに違いない。
それに、カーペンタリア基地は地上軍の一大策源地として兵器の生産・修理・補給と一通りの施設が揃っている上、各地から撤退してきた戦力が集結しているから、そう簡単に陥落することはないだろう。
ちなみに観測衛星と撤退中の監視からわかったことだが、エアーズロックへと強襲降下したMS部隊はどうやら戦闘の最中、地球から上がってきた部隊のようで、先の戦闘の翌日、8日には、L4から到着した増援艦隊の援護の元、輸送船から大気圏降下用のカプセル……、ザフトが使用したモノを参考に、輸送船の規格に合わせて作られたらしいモノを降下させていた。
むぅ、あの戦闘中の打ち上げは、作戦計画をスケジュール通りに進行させるために強行したんだろうか?
……でも、やっぱり、戦闘中に上げなくていいような気がするんだけどなぁ。
それとも、それが出来るだけの力があるとでも、連合軍指導部は考えたんだろうか?
……わからない。
いくら考えても、専門教育を受けていない俺如きでは連合軍指導部の思惑はわからないが、もしも、足つきが上がってこずにMS隊を展開させなかったとの仮定で考えてみると……、地球軌道上の艦隊はセナ隊によって文字通りに殲滅されていただろうし、L4からの半個規模の増援艦隊が到着する前にボアズ艦隊の態勢を整えることもできたはずだ。
いや、そもそも、打ち上げがなかったと仮定するならば、L4から到来した連合軍の艦隊戦力は出動すらなかった可能性が高いのではないだろうか?
なんとなれば、L4自体の艦隊戦力が半個艦隊以上不在になって防備が薄くなったなら、L1の独立戦隊群がL4へとちょっかいを出した可能性が非常に高いからだ。
もちろん、その場合は月の連合軍艦隊だってL1やL4の確保に動くかもしれないが、その時はその時で、ヤキン・ドゥーエ駐留艦隊による援護の元、軌道爆撃艦隊を使って、プトレマイオスやマスドライバーに直接的な攻撃を仕掛けることも考えられるし、機動戦力の総予備的な位置付けにある本国艦隊を……、いや、これは駐留拠点のサイズ的に考えて無理だとしても、本国駐留の独立戦隊を全てL1へと戦力を移動させれば、以前、行っていた大々的な通商破壊を再展開できるだけの力が揃えられるはずだ。
もしも、仮にそうなれば、月やL4への直接的な圧力が増えるという事であり、連合軍側にとっては苦々しい時期であったろう、去年の秋以降から今年の春までの状況、つまりは月と地球との連絡線を脅かされる事と同義である以上、艦隊戦力は動かせないという事になる。
となれば、ザフトがもうしばらくの間は地球軌道を確保し続けられただろうし、地球連合も地上から宇宙への戦力移動や例の降下作戦も今のようには上手く進まなかった可能性もあるとも考えられるだろう。
……まぁ、あくまでも仮定や可能性に基づいた妄想に過ぎないけど、こうやって考えると、あの戦闘中での打ち上げは正しい賭けだったと言えなくもないような?
でも、他人の命が賭け金になる以上、俺にはとても決断できない賭けだな。
いやはや、流石に、本職の軍人は違うということか……。
職業軍人がいないザフトと地球連合軍とを比較しながら、意識を外界へと向けると、丁度、エルステッドがEブロック内の埠頭に接舷する所だった。
……我ながら、このタイミングの良さにはビックリだが、人間なんて無意識に都合を合わせるものだと結論付けて、下船許可をエルステッド、ハンゼンの両艦へと出した。
◇ ◇ ◇
機動艦隊司令部から与えられた二日間の休暇の後、戦隊は早速、教導任務に就くことになったのだが……、その前にまず、どのような教導内容を、どのように実施するかということで、戦闘関連部門の責任者と各MS小隊長とを集めての打ち合わせを行うことになった。
……もちろん、任務開始に間に合わせるために、休暇を返上してである。
仕方がないこととはいえ、極一部から盛大に文句が出たが、フォルシウス艦長のありがたい説得による援護もあり、無事にまとめる事が出来た。
で、肝心の教導は、防衛隊と艦隊とでは基本的に同じものもあれば、それぞれに求められるモノが異なる場合もあるために、それぞれに合わせて、異なる内容を実施することになった。
その内容を簡潔に、今日から教導を行うプラント防衛隊から述べると……、基本的に、防衛隊はその名の通り、拠点防衛を第一にしている為に、拠点周辺での防衛作戦や治安維持、偵察といったことが主たる任務になっている。だから、教導内容も、受身的な戦術を中心に据えて、如何にして、敵の侵入を完全に阻止し、効果的な反撃を行うか、といったものに偏らせる必要がある。
一方、艦隊への教導内容はその任務の多様性から、護衛のMS隊に護られた敵艦隊を想定した対艦戦、戦域の支配権を争奪する対MS・MA戦、敵MS部隊による味方艦隊への攻撃を阻止するための迎撃戦、艦艇と連携しての防衛戦といった具合に、多岐に渡り、施さなければならない。
とはいえ、それらの教導に入る前にも、やはり、やらなければならない事がある。
実は、ザフトのMS隊というか、特に艦隊の連中は個人主義というか、"俺が俺が"の唯我独尊的な思想が強く、小隊や中隊での連携を考えない輩が矢鱈と多いのだ。
このあたり、プラント教育の根底に見え隠れする、コーディネイター選民思想の業が見える気がするなぁ、なんて俺の感慨は置いておいて、今後の戦いで連合軍が数で押してくるのが自明の論理である以上、こちらも個々人の力を掛け合わせて倍化させる為にも、小隊、中隊と戦闘集団としての纏まりがなければ、話にもならない。
よって、実機教導演習の前に、幾つかの段階を重ねることにしたのだ。
まず最初に、俺達が普段から訓練している小隊戦術及び中隊戦術を、また、連合軍側が使用していると思われる戦術も併せて講義して、戦術の有用性を説明する。
次に、ガンカメラの実際映像を見せながら、訓練や実戦では実際にどう動き、どう連携しているか等を、小隊長を筆頭に小隊の連中に解説させて、教導を受ける連中各々の理解を深めさせた後、シミュレーターを使用して連携を確認したり、模擬戦闘訓練を行う。
で、実機を使った戦闘演習……例えば、艦隊MS隊を相手にする場合は、うちのMS隊は連合軍が多用している足を止めての高精度迎撃から半包囲殲滅、部隊を分割しての十字砲火等の戦術を使用して、仮想敵を務める……を行い、終了後はデブリーフィングでの評価と検討を行い、今後の訓練課題を提示するという流れになっている。
ちなみに、艦艇運用組は、艦艇を動かさない研修時は各科それぞれの技能研修や意見交換会に行って、それぞれの技能の磨きをかけてもらったり、俺達と同じく艦艇乗組員に戦術の講義やMSとの連携を解説してもらい、また、実機演習の際には、敵艦艇役を担うことになる。
まぁ、これまでの戦闘で、ナチュラルを見下していた一般的なザフト隊員の間でも、ようやくと言うべきか、連合軍MSが足つきに艦載されていた試作機だけでなく、量産機も相応の強さを持っているとの認識が芽生え始めており、皆、真剣に講義を聴くだろう……といいなぁ、との希望も含めて、予測している。
だが、おそらく、今までの常識的な認識……、ナチュラルはコーディネイターよりも劣るという認識をひっくり返せることはできないだろう。
実際、生物的な単体として、コーディネイターがナチュラルよりも勝っているのが現実だからな。
しかし、それも所詮は個々人レベルの話に過ぎず、社会を形成する群体としては、コーディネイターはより洗練された社会や組織を有するナチュラルよりも劣っていると言わざるを得ない。
ここに、この時代に至るまでに綿々と続く人類の歴史を、ナチュラルの、旧種の歴史だからと、無闇に否定や無視したがるなんて不健全な風潮があるプラントでは、そうなるのも無理はないだろう。
……そもそも、プラントなんて、全人口で精々2000万位しか居住していない、小さなお山に過ぎない。
そんな小国が全世界に喧嘩を売り、一年以上も優勢を保てた事自体が奇跡なのだ。
何か、考えが逸れた気がするので、元に戻して……、とにかく、うちの戦隊の教導を受ける連中には、徹底的に、今現在、プラントが置かれている危機的状況や地球連合の国力比といったものも一緒にすり込むつもりだ。
……今後のプラントの為に、引いては不必要な戦争を起こさせない為にもね。
「先輩、プラント防衛隊所属のマイウス、セプテンベル、ディセンベル各防衛MS中隊、全隊員、揃いました」
「わかった、レナ。今、行くよ」
さて、仕事に取り掛かろう。
……でも、落ちこぼれと言われた俺が、並み居るコーディネイターを相手に講義というか、指導する立場になるなんて、昔からは絶対に考えられないよなぁ。
まぁ、これも人生、いい経験をさせてもらってると思うことにしよう。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/12/23 誤字修正。
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