第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
71 低軌道の嵐 2
8月6日。
連合軍艦隊が大挙して出動するかのように、派手に大量の熱を撒き散らしている月のプトレマイオスとL5外縁部に進出したヤキン・ドゥーエ駐留艦隊との睨み合いが構築された状況の中、ボアズに駐留する艦隊が地球軌道に到達し、待ち受ける連合軍艦隊と対峙している。
それぞれの戦力は、ザフトのボアズ駐留艦隊がDDMHが四、FFM十四と主にジン、シグーを中心とする艦載MS108機であるのに対し、連合軍艦隊は300m級一、250m級十二、150m級五十二及びそれらの艦載機だ。
うちの戦隊が事前に行っておいた情報収集の結果、250m級の半数と150m級の三割強に若干、改装されたものが発見されたため、これらがMS母艦ではないかとボアズ駐留艦隊司令部では判断している。
今回の会戦に際して、うちの戦隊というか、輸送船団の護衛や航路巡回の任務に当たっていた六個独立戦隊は遊撃を兼ねた予備戦力を担うことになっており、艦隊の後方で待機し、戦況や状況に応じて動くようにと艦隊司令部から通達が出されている。
とはいうものの、以前、俺達が二月にやったような奇襲を警戒する必要がある以上は、積極的に動きにくいというのが本音だ。このことに関しては他の五つの独立戦隊……、ラヴロフ隊、ムーア隊、シュタイナー隊、モンテルラン隊、セナ隊の隊長達とも話し合っており、独立戦隊組が積極的に動かなければならない場合でも、最低一個戦隊分の戦力を残すべきだとの結論に達している。
……どの隊になるかはわからないが、うちが残る可能性が高いかもしれないだなんて、予想していたりする。
◇ ◇ ◇
8月6日夕方。
新任やMS隊の様子を見る為に降りていた格納庫から艦橋に戻って来たのだが、相変わらず、メインスクリーンには敵味方双方の艦艇による"当たったらラッキー"な艦砲や対艦ミサイルによるハラスメント攻撃が映し出されていた。
実は、昼過ぎから始まった戦闘は、艦艇での遠距離砲撃戦に終始しているのだ。
連合軍側が積極的に攻撃を仕掛けてこない思惑はともかく、ザフト側の動きが鈍いのは、艦隊司令部が連合軍のMSを警戒してるのだろうと、俺は勝手に推測している。
でも、この砲撃戦なんだが、艦砲弾はともかくとして、ミサイルは無駄遣いとしか言いようがない。
もちろん、ここ最近のミサイルがニュートロンジャマー影響下での使用を考えて、電波誘導式からレーザー誘導や熱源探知式へと主流が移りつつあるのは知っているが、対抗策が多いために牽制ぐらいにしか役に立たないのが実情なのだ。
「あのミサイル、一発、幾らするんだろうなぁ」
「……そりゃ、俺達がまともに働いても、まず、お目にかかれない金額だよ」
思わず出てしまった本音という名の独り言に、アーサーやCICに、流れ弾と奇襲の警戒をしてちょうだいな、との指示を出した以降は、肘掛に頬杖を付いてメインスクリーンを眺めていたゴートン艦長が答えを返してくれた。
「……お金って、ある所にはあるんですね」
「いや、プラントに関しては、国債の発行で凌いでいるだけさ」
「え、そんなもの発行してたんですか?」
「うん、実は発行しているんだよ。……何分、プラント市民はプライドが高くて、外聞を気にする人が多いからね。目に見える借金は見栄えが悪い上に、最高評議会も支持率を下げるからってことで、内向きには宣伝しないで、軍需企業を中心に買ってもらってるそうだよ」
「それは何とも、あほらしい理由ですね」
「まぁ、厳しい財政や苦しい戦況を市民に隠蔽する意図もあるんだろうさ。……あ、ちなみに、返済の財源は、戦後、適当な理由をつけて空気税を増税することで確保するみたい」
「へぇ……、って、増税、ですか?」
「うん、後、半年位したら、上げる予定らしいよ」
なんてこった、増税かよ。
……それまでに親父の所に行けたらいいんだけどなぁ、なんて狡賢いことを思い浮かべてしまうが、一般庶民なんてこんなものだ。
それよりも、ゴートン艦長と話を続けるために知っていることを俎上に上げる。
「俺も、資源に関しては、資源衛星での採掘の他に中立の月面都市群からアメノミハシラ経由で、食料は地球の大洋州連合や占領地、中立国から、前はオーブやビクトリアのマスドライバー、今はカーペンタリアの加速レール経由で、それぞれ仕入れているとは聞いていたんですが、国債や増税は知りませんでしたよ」
「そうだろうねぇ。……俺もつい最近、知り合いから聞いて、初めて知ったぐらいだからね」
「でも、国内はとにかく、国外でプラントの国債を買う国なんて、あるんですか?」
「一番最近の発行は……、確か、去年の十二月だったかな、その時は、大洋州連合を始め、月面都市群やスカンジナビア王国の王族、赤道連合の一部企業、オーブの氏族なんかが挙って買っていたらしいよ」
「はぁ、よくもまぁ、独立が達成できるかどうかもわからない上に、自分達にとんでもない迷惑を振り撒いた国の国債をよく買う気になりますね」
「ふふ、ラインブルグ君も相変わらず言うねぇ」
しかし、大洋州連合はともかくとして、月面都市群やスカンジナビア王国、赤道連合、それにオーブがプラントの国債を買った?
いや、中立国だから、別におかしくはないが……、これはやっぱり……。
「中立国が買った理由は、戦後を睨んで、プラントへの影響力を確保する為?」
「……かもしれないけど、当初は攻められない為の担保代わりにでもしてたんじゃないかな?」
「あ、なるほど」
「まぁ、実際、利率がとても良いからって理由もあるんだろうね」
「……それだけリスクが高いってことでしょうに、まったく、よく買いますよ」
「くく、言えてる」
でも、確かに債権を握ってれば、外交面でも裏で大きな顔ができるし、さり気ない干渉もできる。それに、例え、踏み倒されたとしても債権を買った事実は残るから、踏み倒した事も含めて、借りを作れるって面もあるか。
あっ、だから、ヘリオポリスの件も有耶無耶になったのかもしれない。
……ふぅ、まったく、何時の世の中も、裏ではドロドロしてるってことだなぁ。
「あ……、隊長、戦闘に動きがあったみたいです」
ゴートン艦長が声色を変えて、注意を促すのを聞き、俺も意識を切り替えて、メインスクリーンに目を移す。
……。
連合軍艦隊から艦載機が出撃したようで、艦艇の周りに多数の出撃光が確認できた。これに応じる形で、ザフト艦隊からも、次々にMSが発進して行くのが艦橋から見える。
味方の健闘を祈る意味でも見送りたいが……、今は、連合軍がMSを出撃させてきているかを確認したい。
「トライン班長、敵艦隊周囲を拡大できる?」
「すぐに」
流石は艦長、心得ている。
……。
メインスクリーンの映像が拡大され、300m級や改装された250m級と周囲の様子が映し出される。
300m級から出撃しているのは従来通りの主力MAたるメビウスだったが、改装250m級から出撃しているのは……。
「……人型、……MS、だねぇ」
「ええ、あの姿形……、連合軍の量産機【ストライクダガー】です」
生で初めて実際に見る連合軍の主力MS、その判明している機体データを思い出して、自然と溜息が漏れた。
「どうかしましたか、隊長?」
「いえ、あの量産機の武装がビーム兵装だったことを思い出しましてね……」
「……実体弾主体のザフトのMSは攻撃面で不利ということで?」
「相手は一撃でこちらを撃破できる破壊力を持つ武装に加えて、頑丈な盾まで持ってますから」
ビクトリア陥落以降の戦闘で持ち帰ることに成功した実戦データでは、ストライクダガーが装備している盾は、ジンの重突撃機銃の弾じゃ、破壊できないくらいに頑丈らしいからな。
「運用実績の差で、何とかできればいいんですけど……」
「まぁ、そこは、ボアズ艦隊の実力に期待しましょう」
ゴートン艦長の言葉に込められた期待と若干の毒……ボアズに駐留している艦隊は新星攻略戦とその運搬ミッションに参加していた艦艇が主であり、それ以降は実戦を経ずに訓練尽くめだった……を感じ取り、俺も頷く。
「そうですね、期待させてもらいましょう。……ですが、味方が崩れた時や突発的な事態を想定しておくに越したことはないです」
「……確かに。フォルシウス艦長とも話して、劣勢時の対応を確認しておきます」
「ええ、お願いします」
ゴートン艦長が艦長席備え付けの小型通信機を使った戦隊首脳用ホットラインで、ハンゼンのフォルシウス艦長に連絡を取るのを見届けた後、再び、視線を前方に移す。
メインスクリーンには機動戦力同士が激しくぶつかり合う前線の状況が、サブスクリーンには戦域全体を記号や数字で模式化した状況図が映し出されている。
そのメインスクリーンに目を向けてわかったのだが、前線では基本的に、ザフトのMS隊がこれまでの経験を活かしてか、連合軍の機動部隊を翻弄しているようだった。けれども、ストライクダガーの防御力やメビウスが装備している対MS用小型ミサイルの制圧力の為、撃墜には至らないケースが目立つようにも感じられた。
それどころか、時には、逆にストライクダガーの攻撃を受けて、危うく落とされそうに、或いは、実際に落とされている場面が散見されるくらいだ。
そんな前線の映像から受ける印象と戦域状況図から見取った情報から、戦況は均衡状態といったところだろう。本当に、去年までの戦闘からは考えられない光景であることは間違いない。
……こうやって使用している兵器に格差がなくなった以上、後は、数の差でこちらが磨り減らされるというわけか。
これはもう、カナーバ議員の外交交渉に期待するしかないなぁ。
まったくもって他力本願な事だが、自分の力には限界があるというか……、そんな自分一人で何もかもをしなければならないような、何もかもを背負っているかのような考え方自体が、傲慢でかつ不遜としか言いようがないよな。
この世界は誰のものでもなく、そもそも一人の力で世界が簡単に動くわけがないのだから……。
「……隊長」
「ッと! 何ですか、艦長?」
「いえ、アルテミス要塞に動きが見られます」
「……こちらへの攻撃ですか?」
「それに近いものですね」
艦長が目で指し示す先、メインスクリーンはこれまでの戦域映像が半分にされ、もう片半分には新たにアルテミス要塞方面が映し出されていた。
……。
アルテミスに駐留している小艦隊が外に出て、こちらを伺うような動きを見せている。
「他の戦隊は何か言ってきましたか?」
「ムーア隊とシュタイナー隊が"我が戦隊が対応する"と名乗りを上げてますよ」
「……その二戦隊に対応を任せてしまう方が早いですね」
「わかりました。うちの考えを他の戦隊に伝えておきます」
「ええ、お願いします」
これで、ある程度、アルテミスの動きを制する事ができるだろう。
後は、L4や月からの援軍が来ないかどうかだな。
「艦長、L4や月に動きは?」
「月に関しては毎度の如く、ヤキン・ドゥーエの艦隊が月方面へ牽制に動いている上に、L1にも監視の目がありますからね、大丈夫と考えても差し支えはないでしょう」
「では、L4は?」
「こちらは……、若干、探知される熱源が増えているようですが、表立っての動きは見えていないですね」
……だが、動く可能性はあるということか。
そんな俺の憂慮を見透かしたのか、艦長が事実に基づく楽観を述べてくれた。
「まぁ、流石に今から動いても、地球に落ちる危険を覚悟しない限り、届くことはないでしょう」
「……ですね」
なら、これで、懸念事項は、それこそ予期できない突発的なアクシデント以外は、ないと考えていいのだろうか?
「んん、また他の戦隊から通信が着たみたいですね」
「……戦域に突入して、流れを傾けるつもりかな?」
「今の状況なら、おそらく、その連絡でしょう」
自身の手で、自身の部隊で、会戦の行方を決められるならば、これ程の勲はない、って考えだったら、絶対に無理をしてしまうからやめた方がいいとは思うが……、ここに揃っている戦隊は、通商破壊任務で劣勢であっても強靭な精神力でもって対抗し続けた連合軍艦隊と鎬を削った隊ばかりだから、そんな考えは捨てているだろう。
アーサーから報告を受けた艦長が一つ頷いてみせると、俺にその内容を話し始めた。
「……どうやら、ラヴロフ隊は前線宙域の敵に横撃を、セナ隊は敵艦隊への攻撃を仕掛るつもりみたいです」
「ラヴロフ隊はともかく、セナ隊は大丈夫なのか?」
ラブロフ隊の隊長、イヴァン・ラヴロフは、若年が多いザフトでは貴重な30代後半であり、ジンのテストパイロットを務め、訓練所の最終試験でユウキや俺を褒めてくれた人でもある。非常に温厚で沈着な人柄で、ナチュラルを色眼鏡で見ないという、ザフトでは希少な"良識派"といってもいい存在であり、独立戦隊群のまとめ役も担うこの人は戦闘経験も豊富だし、若輩の俺なんかが心配なんてする必要はない。
もう一方のセナ隊の隊長は俺と同世代であり、血気盛んな面があるのだが、白服を纏うだけ合って、それをコントロールできるだけの忍耐力を身につけている。それに俺達同様、通商破壊任務に長く従事していただけあって実戦経験は豊富だし、前の低軌道会戦にも参加していたこともあって、この環境下での戦闘経験があるのは心強い。
しかしながら、いくら実戦経験が豊富とはいえ、十二機だけで艦隊に攻撃を仕掛けるのは、前線を突き破る、所謂、敵中突破をしないといけないことを考えると、やはり無謀すぎる気がするんだが……。
「セナ隊はうちと同じで、ゲイツが主体らしいですから、自信があるってことでしょう」
「そうですか。……というか、そもそも、同格の相手を止める権限は俺達にはなかったですね」
「ですが、判断材料を提供することはできます」
判断材料か。
……。
「敵機動戦力の能力が以前よりも向上していることに加えて、今後の機動戦力保持を考えると、味方機の掩護に回って前線を優勢に持って行く方が得策だと思われる。また、敵艦隊への攻撃は、機動戦力を叩き潰してからの方が効率的ではないか、とセナ隊に伝えてください。それと、ラブロフ隊には、武運を祈ると」
「了解です」
後は、受け取り手のセナ隊長がどう受け止めるか、だな。
メインスクリーンから目を外し、窓越しに青く淡く輝く地球へ、戦場と化している宙域へと目を移す。
……。
時折、火球が瞬き、戦域を彩る。
そして、戦域下方では、地球の強力な力に引かれたのだろう残骸やデブリが以前と同じように赤い輝きを発しながら、重力の井戸へと堕ちて行く。
「隊長、セナ隊からの返信です。ラインブルグ隊長の意見は重々承知している。故に短期での決着を図るべく敵の大元を叩く、だそうです」
「……そうですか」
そういう考えで動いているんなら、協力した方がいいかもしれないな。
……なら、何ができる?
……。
うん、俺達が為すべきことは、セナ隊が連合軍艦隊への突入に集中できる環境を整えることだな。
「艦長、戦隊に第一種戦闘配置を発令。戦隊MS隊はセナ隊の艦隊突入を支援……、敵戦線に穴を開ける露払いに入ります。セナ隊と、他の戦隊や艦隊司令部にもそう伝えてください」
「了解です。……総員、第一種戦闘配置! セナ隊に、"我が隊が戦線に穴を開け、突入を支援する"とも」
「アイ、艦長! 総員、第一種戦闘配置! ハンゼンに一種配置を伝達! セナ隊に"我が隊が戦線に穴を開け、突入を支援する"と伝えます!」
一気に活気付く艦橋を少し眺めてから、ゴートン艦長に声をかける。
「艦長、俺も出ますから、後の全体指揮を頼みます」
「はっ」
ゴートン艦長がキリッとした敬礼をしたので、こちらもできるだけ、綺麗に見えるように意識して返す。
すると艦長は普段のとぼけた顔つきに戻り、口を開いた。
「無理は駄目だよ、ラインブルグ君」
「ええ、ちゃんと、皆、連れて帰ってきますよ」
「うん、その言葉、信じるよ」
できるだけ不敵な笑みを浮かべて、艦長の念押しに応え、艦橋を後にした。
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