第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
70 低軌道の嵐 1
7月。
うちの戦隊が休暇とL5宙域での訓練……MS隊の機種転換及び小隊連携訓練を皮切りに、対MS戦闘、遭遇戦、迎撃戦、遅滞防御戦、強襲戦、艦艇襲撃戦、撤退相互支援といったMS隊戦術訓練や戦隊母艦を構成する二艦の対MSを想定した迎撃や防御の手順構築及び訓練、MS隊と母艦の連携を主眼にした迎撃と撤退の戦術訓練、あまり想定したくはないが、小隊の誰かが落とされた後、その場での臨時再編訓練……に明け暮れていた時も、世界の情勢は、徐々に地球連合優勢、つまりはプラント劣勢に傾きつつあった。
特に地球ではその傾向が強く、ザフト地上軍、特にビクトリアを失い、主力戦力も失っていた北アフリカでは敗勢が続き、戦線はズタズタにされ、占領地も奪い返されている。
当然、ジブラルタル基地からは連日、悲鳴のような救援要請が出され、宇宙軍の軌道爆撃艦隊もボアズ駐留艦隊の掩護の元、戦線やその後方に展開されている前線基地への支援爆撃やビクトリア基地へのハラスメント攻撃を行っていたが、物量と士気で勝る連合軍はこれらを耐え凌ぎ、遂に軌道爆撃艦隊は補給が追いつかない状況に追い込まれてしまった。
空からの援護を失い、戦線に掛かる圧力が一気に増大した結果、士気が崩壊寸前までに落ちたジブラルタルに追い撃ちをかけたのが、7月19日にカサブランカ沖で発生した二回目の大規模海戦だ。
この海戦で連合軍は新たに水中用MSを投入し、その圧倒的な力を見せ付けることになり、ザフト潜水空母艦隊及び地味男君ことグーンやグーンを不良化したような【UMF-5】ゾノの部隊は連合軍水中用MS部隊に蹴散らされ、地中海及び東大西洋の制海権を失う結果となった。
ここに至り、ザフト上層部はジブラルタル基地の放棄を決定し、その戦力をカーペンタリアへと撤退させることになる。
……。
プラント市民やザフトの一般隊員には知らされていないが、このジブラルタルからカーペンタリアへの撤退戦、非常に凄惨なものだったらしい。
ジブラルタルからカーペンタリアへの撤退は、制海権が奪回されたことで海洋ルートでの往還は難しくなり、ヨーロッパ方面の殿軍以外、大部分の部隊が陸路で北アフリカの戦線を突破して東アフリカ沿岸まで向う横断ルートを取らざるを得なくなった。
補給がなった軌道爆撃艦隊の支援爆撃があって包囲戦線の突破はできたものの、危地の中、撤退する部隊全体を指揮できるような突出した存在がいなかった故に部隊間の連携は最悪になり、また、カーペンタリアからの補給ルートも存在しない為に必要な物資が不足した結果、組織戦を展開する所か保有戦力自体がガタガタに崩れていった。
そこにザフトを敵視する現地住民から有形無形の援助を受けた連合軍や現地の反プラント系や反コーディネイター系ゲリラから連日、追撃や襲撃を受けることになったのだから……、もう、目も当てられない。
もしも、東アフリカ沿岸まで迎えに来ていたカーペンタリアの部隊が、海上封鎖に当たっていた連合軍海洋部隊を相応の被害を受けながらも撃破して、MS隊が敵中を長躯侵入して撤退支援しなければ、ジブラルタルの部隊が全滅していたのは疑いないだろう。実際、東アフリカまで到達できた部隊は当初、ジブラルタルから脱出した部隊の二割程だったらしいからな。
もしも、四月馬鹿を起こさず、占領統治でも現地住民のことを慮っていれば、もう少しはマシになっていただろうが……、結局は、因果は巡る、ということが実証されたということだろう。
次に宇宙だが、日に日に目に見えて、月の連合軍宇宙艦隊の動きが活発になっている。特に、地上の余剰戦力を宇宙に上げるために、地球軌道を確保しようと色々と手を打ってきているようだ。
この動きを象徴するのが、月のプトレマイオスから一個艦隊がL4に進出して、展開している艦隊が二個に増えたことだろう。この戦力強化に伴なって、地球-L4-月の航路を巡回する戦力も増えたため、こちらの独立戦隊群も迂闊に手を出せない状況になってきている。
……というか、予定されていた独立戦隊の新規増設が、各駐留艦隊や各要塞防衛隊の増強を優先したいザフト上層部の意向により見送られてた影響で、独立戦隊という便利な駒が不足した為、通商破壊任務に当たっていた独立戦隊が別の任務に駆り出される事になってしまい、手を出せる戦力が半数まで減ってしまったのが一番の原因だったりする。
そんな独立戦隊群が地球-L4-月の航路で通商破壊を仕掛ける為の前線拠点であるL1の世界樹の種だが、連合軍は先だっての戦闘結果から、手を出すと痛い目を見るが月を狙うだけの力はないとでも判断したのか、警戒のため無人偵察衛星を外縁部近くに展開させる位に止めている。
そして、係争の場になりつつある地球軌道だが、七月中旬にビクトリアから打ち上げられた小艦隊が静止軌道上のアルテミス要塞に入った影響で、ザフト及びプラント船籍船舶の行動が著しく制限されることになってしまった。
具体的に言えば、今までは単独でも可能だった地球からの輸送船等の打ち上げや降下が、戦闘部隊の援護や護衛なしに行えなくなったということだ。
結果、船団護衛や地球軌道への道を確保する為の巡回、地球軌道に進出しての示威行動が新たに独立戦隊群の任務として与えられ、通商破壊任務に当たっていた戦隊の半数が割り振られることになった。その為、先に挙げた通り、連合側への組織的な通商破壊が弱まり、月やL4の戦力増強を許すことに繋がっている。
……。
でも、まぁ、それも大洋州連合を中心に中立国から高値で輸入している食料品等の必需品が無くなった時に市民生活に与える影響の大きさや、ザフトの戦力及び戦線維持、継戦能力確保のために必要な物資を手に入れる為と考えれば仕方がないのだろう。
地球で磨り減らされてしまったザフトの戦力では、徐々に、そして、確実に、各所で増強される地球連合軍の戦力全てに対抗する事が難しいのだから、取捨選択するしかないのだ。
それにしても、いつかはこうなるとわかっていた事とはいえ、プラント自体の総人口が少ない故に戦力回復が難しいザフトと比して、地球連合の、次から次にキャベツ畑から勝手に生まれてくるんですよ、だなんて、ブラックジョークが作れそうな程の強大な回復力を見るにつけて、これが数の力の恐ろしさかと実感させられる日々である。
◇ ◇ ◇
8月4日。
訓練を終えて、ボアズに駐留することになった戦隊は船団護衛任務……、地球のカーペンタリアから、マスドライバーと同じ原理なのだが、レール長が短い為に加速力が弱くて、補助ブースター代わりでしかない打ち上げ用加速レールで打ち上げられる輸送船団を地球軌道で援護し、合流した後はボアズ管制宙域まで護衛するという任務に当たっているのだが、これほど心身を磨耗させるものはない。
いつあるかもわからない襲撃に備えるために、常に気が抜けず、四方八方どころか上下水平の全方向に気を配らなければならないってのが、もう、ね、しんどいのよ。
いや、実質的にお仕事しているのは戦隊員だけど、いざ事が起きると、判断や決断して動かないと駄目だから、いつも以上に気が抜けないのだ。
……でも、うちはまだマシな方なんだろうなぁ。
「こちらIS1312、周囲に敵影はありません。引き続き、警戒を続けます」
「エルステッド了解。よろしく頼むわね、ビアンカ、ロベルタ」
「了解です」
「任せてください!」
偵察に特化している複座型に護衛の一個小隊を付けて、輸送船団の周囲をぐるぐると大きく回ってもらっているのだ。
偵察機があると、本当に便利だよねぇ。
ベルナールが複座型と通信しているの聞きながら、俺がそんなことを考えている間も、何やら話が続いている。
「IS1303、……デファン、あんたもしっかりと二人を護りなさいよ?」
「わ、わかってるっすよ」
「あ、でも、二人に粉をかけたら駄目だからね」
「……俺、うちの班長連中みたいに飢えてないっす」
まぁ、確かに、ハンゼンに所属している二人の班長、エンリケとジェルマンの自称【ザフト最優のイケメンコンビ】は下半身及びそれに関連する所にしかコーディネイトしてないんじゃないかな、って疑う時があるくらいに、管制や主計、保安、衛生といった各班の女性隊員に声を掛け、未遂だったが、時には力ずくで手を出そうとしていたのだ。
その俺の前世ならば迷惑防止条例や刑法に引っ掛かりそうな二人の行動から、あまりにも女性隊員からの苦情が多かったので、五月に一度、二人を呼び出して注意をしたんだが、そんなことは個人の自由に関することだ、等と大いに嘯いてくれた。
そのまったく反省するつもりのない二人の態度に、普段から寛容でかつ温厚な俺も頭にきて、エヴァ先生やリュウ副長といった女性幹部と謀り、二人の食事や飲料に様々な調味料や下剤を混ぜる、二人が使用するシャワーに赤色の顔料を混ぜる、二人の洗濯物を洗わないでむしろ汚して返す、むさ苦しい男性保安班員と汗まみれの格闘訓練をさせ、シャワー室ではだかのげふんげふん、まぁ、要するに、色々な嫌がらせ、もとい、策を弄して、二人がちょっかいを出した全員に、泣いて謝るまで懲らしめたのだ。
……。
まだ、あれから三ヶ月も経っていないというのに、なんだか、懐かしい話に感じられるというか、短い期間に色んな事が起きすぎて、時間の感覚が狂ってきているのかもしれない。
ちなみに、件の二人はあれだけのことをされてもまだ懲りずに、女性隊員に粉をかけて続けている。
まぁ、男としてのマナーを守るようにはなったので、見逃しているけどね。
……なんか、今の状況とまったく関係のないことを考えてしまったな。
でも、少しリラックスできたから良しとするかと心中で自己弁護していると、俄かにアーサーがこちらを振り仰いだ。
「艦長! 地球、ビクトリア基地からの打ち上げを確認しました!」
「……ですって、隊長、どうします?」
「まだ、護衛に当たる前ならちょっかいを出したかもしれませんが、今は護衛対象もありますから、任務である輸送船団の護衛を第一に動きます。よって、後方からの攻撃に備えて、厳に警戒をするに止めておきましょう。MS隊には二種戦闘配置を……、後はゴートン艦長の判断に任せます」
「了解です。トライン班長、ハンゼンにMS隊の二種配置と前方に進出してアルテミスやデブリ帯を警戒するようにと通信を送ってちょうだい。うちはMS隊の二種配置発令と合わせて、後方に下がって、地球とL4方面への警戒を担当するからね」
「アイ、艦長」
アーサーが艦長の指示に従って、各担当管制官に指示を出し始めるのを眺めているとゴートン艦長が話し掛けてきた。
「やはり、連合は宇宙戦力の強化に乗り出しているようだね」
「ええ、宇宙での攻勢準備が本格的になりつつあるんでしょう」
「……ビクトリアが無傷なのが、つくづく痛いねぇ」
「軌道爆撃も、地球軌道の安全確保が難しくなった今ではやりにくいですから」
今の状況で無理をして軌道爆撃をしようとしても、下手をすると、今年2月の低軌道会戦のようなことが、攻守逆転で起きうる可能性があるからなぁ。
戦力が磨り減っている状態で、かつ、回復が見込めない以上は、必要な無理であっても早々決断できない。
云わば、昔からある通りで、ない袖は振れない、って奴だよなぁ。
自陣営の厳しい懐事情に溜息をつきかけた時、再び、アーサーが大きな声を……、これまた大きな驚きの声と共にあげた。
「ええぇぇっっ! か、艦長! L4より多数の熱源を探知! 艦隊規模の出動と思われます! 推進方向は……、地球ですっ!」
艦長が俺に目配せしたので頷いて、対応を委任する。
一応、戦隊の指揮系統を崩さず、対応を早める為の知恵だ。
「トライン班長、ボアズに大至急、L4方面に動きありって伝えて」
「はい!」
「それと、ハンゼン、輸送船団司令にも同様の内容を伝達、L4方面から攻撃があるかもしれないから、警戒を密にするようにも付け加えてちょうだい。MS隊は引き続き、二種配置で待機。偵察組には、L4方面を重点的に警戒するように連絡して」
「アイ、艦長!」
……でも、こうすると、俺って、いらないよなぁ。
目の前の大事を放って、自身の存在意義について考えていると、ゴートン艦長が顎の無精髭を撫でながら、小声で囁きかけてきた。
「奴さん達の目的は、何だと思う?」
「……おそらく、地球軌道の確保に本腰を入れた、って辺りでしょうね」
俺達のような小物を潰すために艦隊が動くなんてことは、まずあり得ないし、仮にそうだとしても、既に地球軌道を離れてL5に向っている以上は、今更遅いとしか言いようがないからな。
「ということは、地球からの宇宙への戦力移動を前にした、……軌道確保による打ち上げ支援かねぇ」
「……プラントへの本格的な攻勢を始めるための第一歩ということでしょう」
「うん、それに艦隊戦力に余剰ができたとも、こちらに対抗できるだけの自信ができたとも、受け取れる」
「もしそうなら、その自信の源は、MSを本格運用し始めたってあたりですね」
しかし、対MSか、……対MS戦闘訓練はやったが、何分、実戦は初めての事だから、不安だ。
頭の中で、ああだこうだと、対MS戦術を思い返していたら、艦長が帽子の位置を調整しつつ、口を開いたので耳を傾ける。
「その連合軍のMSだけど、六月のビクトリア戦で量産型MSの他に派生機や新型機を出してきたことは聞いてる?」
「ええ、ビクトリアからの撤退に成功した部隊が持ち帰った戦闘データや報告書を読んだ以外にも、シゲ……ティーバ班長からも話を聞きました。派生機に関しては、今年1月に、こちらが鹵獲した試作機や足つきの艦載機の技術を使った、砲撃戦仕様機と武装換装仕様機があるみたいですね」
「新型に関しては?」
「残念ながら……。ビクトリアでの情報は得られず、オーブで得られた概要のみで、詳細はわかりません」
新型に関しては、ビクトリアで直接戦闘した部隊がその戦闘で全滅したり、以後の度重なる撤退戦で落伍したりで、戦闘データの回収ができなかったのだ。だから、具体的な戦闘データや詳細情報がなく、オーブで諜報員が得た概要情報だけしか存在しない。
ちなみに新型だが、聞いている限りでは、火力が強力な支援機、防御力に優れた突撃機、機動力に優れるMA可変機らしい。
「……俺達が戦う時に、出てこないことを祈ろうか」
「……ですね」
ゴートン艦長と二人して頷きあった時に、アーサーが報告にやってきた。
「艦長、隊長、ボアズからの返信です。ラインブルグ戦隊は当初の予定通り、輸送船団の護衛任務を全うせよ、だそうです」
「お前達は余計な気を使わなくっていいってさ」
「なら、お言葉に甘えましょう……、と言いたいところですが、情報はあっても困りませんし、複座型に連合軍艦隊の情報を集めさせましょう」
「複座型の護衛は?」
「リー小隊を出します。輸送船団周辺の哨戒パトロールにはマクスウェル小隊を、デファン小隊は補給後、予備に回しましょう」
「了解。トライン班長、その旨をハンゼンとMS隊に連絡してちょうだい」
「了解です」
アーサーが俺達に敬礼して、自身の仕事場へと立ち去ると、艦長が独り言のように呟いた。
「きっと激しい戦闘になるんだろうねぇ」
「ええ、地球軌道が確保できるかできないかで、今後の状況も変化しますから……」
……。
それにしても、使える戦力が少ないって、やっぱり大変なことだよな。
その上、その戦力の回復すらも、ままならないときた。
戦争当初の有利条件だったMSも、相手が本格配備し始めている以上は格差がなくなりつつあるし……、はぁ、これから、きっと、厳しい状況が続くんだろうなぁ。
まったく、現実ってのは、手加減がないから、非情だよねぇ。
……あ、何か、胃と頭が痛くなってきた。
後で、エヴァ先生に薬をもらおう。
……。
うぅ、本当に、機械仕掛けの神様、どこかにいないかなぁ。
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